王都へ
時刻はお昼前で、依頼を受注した冒険者が居なくなっている時間であり、今日も空いていた。
「どの子のとこ行く?私はいつも、1番左の子のところに行ってるけど。」
「俺たちも、一昨日その受付嬢のところに行きました。ヴィオラさんもギルドによく来るんですか?」
「ええ、ソラが居なくなってやる事が無かったからね。じゃあ、カンナのところに行くわよ。」
師匠も同じ受付嬢のところに行っていたみたいで、先頭になって歩き出した。あの受付嬢、カンナさんって言うのね。名前呼びするなんて、結構仲いいのかな?
「魔物の買い取り頼むわよ。」
「はい、かしこまりました。…その声、もしかしてソラママさんですか?」
「ええ、そうよ。そういえば、今日はフードで隠してなかったわね。」
え?ソラママって何?師匠はそんな名前を名乗っているの?絶対私のママって意味よね。恥ずかしすぎるよ!
「凄い綺麗な髪ですね。なんで今まで隠してたんですか?もったいない。その人達とも知り合いだったんですね?」
「あはは、ちょっと理由があってね。この子は私の娘、凄く可愛いでしょ!そして、そのパーティーの子達よ。」
「…ぅわぁ!」
師匠は私の肩を持ち、自分の前に押し出した。少し恥ずかしいけど、師匠は嬉しそうに私を紹介するから、私まで少し嬉しくなった。
ガタタッ!!
「ヴィ、ヴィオラさん⁉︎なんでこんなところに!」
すると、1番奥の30歳過ぎくらいの黒髪の受付嬢さんが椅子を倒し、驚いた様子でこちらを見てきた。
「あはは、久しぶりねシルラ。まあ、私はずっと居るの知ってたけどね。」
シルラさんという人は、慌ててこちらに早足で歩いて来た。
「ちょっと、あなた急に引退したって聞いていたのに、また冒険者始めてたのね?気付いてたなら私のところにもに来なさいよ!」
「あー。あんまり知り合いにバレて騒がしくなるの嫌だったからね。
あ、この人はシルラ。王都で冒険者になった頃に最初に対応してくれた人よ。」
最初に対応って、だいぶお世話になった人じゃないの?師匠はそんな人がいる事を知っていてあいさつもせず正体を隠してたって事?それは、ちょっとどうなのかな。
「…あの、ヴィオラってあの元Sランク冒険者のヴィオラさん⁉︎」
師匠の名前は凄く有名だから、もちろん名前は知っているカンナさんが驚いた様子で聞いてきた。
「えぇ、そうよ。けど、本名での冒険者はもう引退したから、今の私は新人冒険者ソラママよ。」
「はぁ、そんなの強くて当たり前じゃないですか。凄い新人が現れたって、ギルドでかなり有名になってるのに…。」
あ、そういう事ね。一昨日聞いた速攻でAランクになった冒険者って師匠のことだったのね。師匠は何やってるのよ。
「…とりあえず、魔物を買い取って貰えるかしら?この子達の分も。」
「…かしこまりました。裏へどうぞ。」
魔物の内容も確認せずに裏へ通されるなんて、師匠は常連さんで確定じゃない。確かに師匠なら素材をほとんど傷付けずに魔物を殺せるわね。今日出てきた魔物は、全部一撃だったもんね。
「あ、私これからこの子達と王都に行くから、当分戻ってこないわ。」
裏の解体場で魔物を出していると、師匠がふと思い出したように言い出した。
「ええぇ!…そんな。寂しくなるじゃないですか!行くのなら、もっと早く言ってくださいよ!」
「ええ、ごめんね。昨日決めたもの。短い間だったけど世話になったわ。」
私達が明日王都に帰るから仕方ないけど、急に知り合いと会えなくなるのは悲しいものね。
「お前さんが居なくなると、仕事がかなり少なくなるな。毎日大変だったが、やりがいがあった。今までありがとよ。」
解体士さんは、フードで隠していない師匠の顔を見て驚いていたけど、本名は名乗って無いから、ヴィオラだって事は分からなかったみたい。
「ええ、こちらこそ。今までありがとうね。」
その後査定も終わり、報酬を貰った。師匠はカンナさんにお別れのあいさつをして、私達はギルドを後にした。
家を出るのは結構遅かったけど、下山は師匠がいた事で1時間ほどで終ったから、お昼を済ませてもまだまだ時間があった。
商会主さんとの待ち合わせは明日の朝だから、今日は師匠の行きつけのお店を周り過ごし、宿で一泊した。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「おう、来たな。」
「はい、よろしくお願いします。ちょっと相談なんですけど、馬車に乗るの1人増えても大丈夫ですか?」
翌朝、西都の入り口の門近くまで行くと、すでに商会主さんが来ていた。そしてクライが、師匠が追加で馬車に乗ってもいいか相談した。
「ああ、別に構わないが。パーティーメンバーでも増えたのか?…ってヴィオラさんじゃねぇか!マジかよ、何でこんなところに⁉︎」
「あれ?私の顔を知ってるの?…ん?どっかで見た事あるような…。」
どうやら面識があるようだけど、師匠は思い出せないようで、首を傾げている。
「商人になる前は冒険者やってたから、何度も顔を合わせた事があるぞ。まあ、俺はヴィオラさんみたいに有名じゃ無かったがな。」
「…ああ。そういえば、ギルドで何度か見かけたかも。ごめんね、名前までは覚えてなくて。」
「いやいや、俺みたいなのを少しでも覚えてくれていただけで嬉しいよ。俺はラデス。馬車に乗って構わない。改めて、よろしくな。」
「うん、ありがとう。よろしくね。」
商会主さんは王都出身で冒険者だったから、師匠を知っていたみたいね。師匠が追加で乗ることも許可してもらえたから良かったわ。
「じゃあ、また強化魔法掛けますね。」
「おう、頼む。」
そして私は、行きと同じように商会主さんと馬と馬車に強化魔法を掛けた。
「あれ?ソラ、馬に防御強化しか掛けないの?」
「え?うん、そうだけど。」
師匠は、私が強化魔法を掛けたのを見て口出ししてきた。
「身体強化は掛けないの?」
「えぇ!人以外に掛けるなんて私には無理だよ。体の構造も違うんだし。」
師匠は急に無茶な事を言い出した。体の外面を強化する防御魔法ならまだしも、内側から全身を強化する身体強化は、体の構造をしっかり理解しておかないと、うまく強化されないから動物に使うのは難しいのに。
「なら私がやるわね。よく見ておいて。ソラならすぐ出来るようになるから。
まず、初めての時は対象を指定した探知魔法で、体の構造を理解する。これさえちゃんと出来れば問題無いわ。後は人に掛ける時とほとんど一緖よ。どこに筋肉があるかをよく見て、満遍なく身体強化魔法を掛けるの。」
師匠はそう言い、ゆっくりとやりながら説明してくれた。師匠の魔力が馬の体に行き渡っているのがよく分かる。やっぱり師匠は凄いなぁ。
「これで大丈夫よ。ソラはやった事が無いだけで、やれば出来る子なんだからもっと挑戦してかなきゃね。」
「うん。私、もっと頑張るね。」
そして、いつかは実力でSランク冒険者ななれるように!
「じゃあ、出発するぞ。」
「「「「はい。」」」」
そして、私達は門を出た後、荷台に乗り込んだ。荷台の中は十分なスペースが空いていたから、師匠が加わっても問題無かった。師匠は私と同じでそんなに大きく無いからね。胸はほんのちょっとだけ師匠の方が大きいけど、私はまだ成長するからね。たぶん。
「…うをぉぉぉぉっ!!」
行きの馬車は、歩きより少し速いくらいだったけど、今は違う。本当に馬車なのかを疑うくらい速い。商会主さんは、馬の速さに驚いて奇声を上げている。
「ねぇ、お母さん。馬に何倍の身体強化掛けたの?」
「ん?3倍よ。あんまり強くしすぎると負担が掛かっちゃうものね。」
さっきは頑張るって言ったけど、師匠を超えるのは絶対無理ね。私は人に掛けるのでさえ2.5倍が限界なのに。自分になら4倍くらいまで出来るけど。
「はぁ、私寝るね。」
「何言ってるの?護衛依頼は普通ちゃんと起きておくものよ?たとえやる事が全くなくても。」
「ちゃんと許可貰ったから大丈夫。『スリープ』」
「ちょっと、何で私まで…。」
私はもう、師匠のでたらめな魔法に疲れたから寝ることにした。師匠とレインちゃんも巻き込んで。クライとフウジは勝手に寝るでしょ。お昼ごはんには、ちゃんと起きるからね。
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目が覚めると、何故か師匠が私の膝を枕にして寝ている。レインちゃんは時間通りに起きているのに、師匠はまだ起きない。
「…どういう事?」
私の睡眠魔法がちゃんと掛かっているなら、同じタイミングで目を覚ますはずなのに。
「ソラの魔法では、ヴィオラさん眠らなかったよ。たぶんレジストしたんだろうね。その後ソラの頬をいじくり回して、寝ちゃったよ。」
「あぁ。…はぁ。」
フウジはずっと起きていたようで、起きた事を説明してくれた。私はため息をついた後、師匠のほっぺをいじくり回した。
「そぉらぁ〜、い〜た〜い〜。」
「あれ?起きてたの?」
いじくってたら師匠が目を覚ましたから、私は手を止めた。
「…うぅ、今起きたのよ。ソラが寝て2分後くらいに寝たから、2分後に起きたのよ。」
てことは、師匠は2分も私のほっぺたをいじってたってこと?道理で痛いわけね。
そしてすぐ、昼食の時間になったから馬車が止まった。私達は荷台から降り、早速レインちゃんが昼食を作り始めた。昨日狩った魔物のお肉を少し残しておいたから、今日は狩りに行かずにそのまま昼食ね。
「それにしても凄いな、魔法ってのは。馬車の速さにびびってか、盗賊も魔物も出てこねぇ。行きも楽しかったが、馬車で走るってのも悪くねぇな。」
「今回は私がやったけど、ソラもすぐ出来るようになるから、指名依頼でも出してあげなよ。」
「ああ、もちろんだ。こんなの体験しちまったら、他の護衛を雇うなんて金の無駄だ。商人として断言出来る。」
商会主さんにはとっても好評だけど、他の冒険者には悪いわね。
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昼食と小休憩も終わり、私達は再び出発した。商会主さんの話では後2時間もせずに到着するとの事だ。行きは1日半かかったのに、帰りは半日ちょっとって師匠の魔法はやり過ぎね。
そして、やはりやる事が無いから私達は寝た。最初、師匠は『護衛依頼は起きてるものだ』って言ったくせに、私の膝を枕にして寝る気満々だ。まあ、師匠は一緒に乗っているだけで依頼を受けているわけじゃ無いから良いんだけどね。
そして、目を覚ますとすでに馬車は止まっていた。
「おう、起きたか。商会主さんに伝えてくる。」
そう言ってクライは外に出て行った。
「もしかして、起きるの待ってたの?」
「もう少しで着くからって、スピードを上げたみたいで予定よりも早く着いたんだ。商会主さんにもソラの睡眠魔法の効果は伝えてあるから大丈夫だよ。じゃあ、降りよっか。」
「うん、ありがとう。」
依頼主を待たせるなんて申し訳ないな。もうちょっと短い時間で起きるようにしとけば良かったわね。
「ごめんなさい、待たせちゃったみたいで。」
「ああ、良いんだよ。俺がはしゃいで飛ばしまくっただけだからな。さ、行くか。」
本当に優しい依頼主で良かったな。怒られても文句言えない事なのに。
私達は王都の門を通り、そのまま『ステラ商会』に向かった。
「これが今回の報酬、金貨20枚な。いやー、楽しかったよ。ありがとうな。」
「はい、こちらこそありがとうございました。」
クライが報酬を受け取り、今回の依頼は無事終了した。後はギルドに報告するだけね。
「で、早速で悪いが『ソラちゃんの魔法の袋』を売ってもらって良いか?」
「はい。でも、私ので良いんですか?今なら…。」
私がそう言いながら師匠を見ると、師匠も商会主さんも何が言いたいか分かったようだ。
「あー。ソラ、それは無理なんだよ。私の収納袋は商人に売る事を禁止されてるからね。勝手に売ると、エルのやつに怒られちまうんだ。」
「エル?誰それ?」
商人に売れないってのは、転売されたからだと思うけど、知らない名前が出てきたから気になって師匠に聞いてみた。
「元Sランク冒険者で、この国の王子だよ。」
「王子⁉︎そんな人もSランク冒険者だったのね。」
まさか、王族が冒険者やってて、Sランク冒険者だったなんて凄いことね。
「…エルリック様はこの国の国王様だぞ?」
「はあぁぁぁ?え、本当に?でもエルは第3王子よ?」
「ああ、だけど騎士団、魔術師団のトップがエルリック様以外に仕える気はないと言い出したみたいで、異例ではあったんだが、エルリック様が国王様に。」
確かに騎士団や魔術師団は強い人を押しそうね。ましてや、元Sランク冒険者だもの。
「あぁ、そういう事ね。どうせ騎士団と魔術師団のトップってあいつらでしょ?」
「…ああ。たぶんヴィオラさんが考えてる人達で合ってる思う。」
師匠は、騎士団と魔術師団のトップとも知り合いみたいだなんて、どれだけ顔が広いのよ。それに、そのトップをあいつら呼ばわりするなんて…。
そして商会主さんは、お金を取ってくると言い商会に入っていった。私は収納袋の一つを腰から外し、準備した。もちろん中身が空である事をしっかり確認して。
「白金貨20枚です。確認お願いします。」
「はい、大丈夫です。こちらをどうぞ。」
商会主さんは私に対しても敬語になり、お金を渡してきた。さっきまでは、あくまで護衛依頼としての接し方で今は商人としての接し方の様ね。私はお金を受け取り、収納袋を手渡した。
「ありがとうございます。…あの、Noは書いてもらえないのでしょうか?最初に見せて頂いた収納袋には記載されていたのですが…。」
「…え?あったが良かったですか?」
まさか商会主さんまでそんな事を言い出すなんて。Noってそんなに大切なのかな?私はそう思いつつも、渡した収納袋を受け取りNo .5と書いて、もう一度渡した。
「ありがとうございます。おお!No .5!これは嬉しい。こんなに若い数字のものを頂けるなんて、凄い幸運です。大切に使わせて頂きます。」
「いえ、お買い上げありがとうございます。」
思いの外、喜んでもらえたようで私としても少し嬉しい。凄く高いけど、買う人にとってそれだけの価値があると思ってもらえて良かったな。
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その後、私達は商会主さんと別れ、依頼の達成報告をするためにギルドに向かった。
ギルドに入ると、タイミング良くサラさんの前が空いたようだから、私達はそのままサラさんの元に向かった。
「サ〜ラ〜ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ガタガタッ!ガタンッ!!
師匠はサラさんを見るなり思いっきり飛びつき、受付のテーブルを飛び越えてサラさんを押し倒した。もうっ。
「いったーい!何なのよもう!…ってヴィオラ⁉︎ヴィオラなの⁉︎」
「サ〜ラ〜ぁ。会いたかったようぅ。」
「…もう、勢い良すぎよ。たんこぶ出来ちゃうじゃない。…何泣いてんのよ、汚れちゃうじゃない。」
サラさんはそう言いつつも師匠を抱きしめ、薄っすらと涙を流している。あぁ、本当に仲良しなんだな。少し羨ましい。
「うぅ…。ごめんねぇ。『完全回復』『完全浄化』」
「あはは、仕事の疲れも魔物の血痕も全部無くなっちゃったわよ。ほら、もう立って。重たいから。」
師匠は無詠唱?で魔法を使った。私、高度な魔法だと、まだ無詠唱で発動出来ないのに!
そして、師匠とサラさんが立ち上がった事で、私達もそこに向かった。
ドダダダダダダダッ!!!
「…ヴィオラ!!ヴィオラァァ!!!」
「あ、久しぶり。元気してたぁ?」
ギルドマスターが凄い慌てて奥から出てきたから、師匠が軽く挨拶をした。サラさんへの対応と違いすぎるよ。
バッ!
「ちょ、ちょっと。何するのよ!いきなり抱きついてくるなんて何考えてるのよ!」
「うるせぇ。…俺が、俺がどれだけ心配したと思ってんだ!お前が死にそうな面してギルドを出て行ったとき、俺は何も出来なかったんだぞ。…何も出来なかったことがどれだけ悔しかったと思ってんだ!…グスッ、…おかえりヴィオラ。おかえり。」
「何泣いてんのよ、もう。ただいま。心配かけて悪かったね。」
「…もう絶対あんな思いはしねぇ。もう絶対離さねぇからな!」
「…いやいやいや、離しなさいよ!いい加減苦しいわよ。」
「そういう意味じゃねぇよ!くそっ。」
「…分かってるわよ。」
ギルドマスターが人の目を気にすることなく、あんなに感情的になるなんて驚いたわ。それだけ師匠が慕われていて、大切に思われていたって事なのよね。
その後、私達はサラさんに護衛依頼の達成報告をして、師匠がついてくることになった事を説明した。サラさんは『いきなり過ぎるわよ。』と言っていたけど、終始笑顔でとても嬉しそうにしていた。
「さぁ、サラ!私は、あなたと勝負しないといけない事があるの!良いわよね?」
「…良くないわよ。急に何言い出してるのよ?」
そして、師匠は急に変な事を言い出した。
読んでくださり、ありがとうございます。




