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2話 ユーミアの弟

 ユーミア・ゴールディングには可愛い妹が沢山いる。実の妹の他にも、父方母方の従姉妹達も妹のようなものだった。

 そして最近、その中に一人、手のかかる可愛い弟も加わった。


 彼、ルクシオ・アンブラーと初めて出会ったのは、とある夜会でだった。背中を丸めて不機嫌そうに顔を顰め、柱に寄りかかっていた暗い少年。こういったところに慣れてないのだろうが、それでもそのあまりに不機嫌丸出しの態度はいただけない。

 そう思って声をかけたのが始まり。


『すみません俺この世の『光』と名のつくものことごとく苦手なんで……』


 ルクシオ・アンブラーはとても変わっていた。人の多い場所が苦手なのかとは見ていて思ったが、明るいところがもう苦手だと言う。古今東西灯りを求めてやまない人類の歴史を逆行するかのような発言。なんだかうっかり昼間に洞窟から出て目を回してしまったコウモリみたいで、放っておけなくなってしまった。

 のちに熱を伴った光、つまり直射日光が大の苦手だと聞き、ますますコウモリのようだと思ったのは秘密である。


『踊れないんです……女性パートしか』


 つんとして言う彼はますます夜行性の小動物かのようで。

 おそらく歳も15、6くらいだろう。ユーミアの一番下の妹よりも年下に見える。まだまだ子供だ。

 手のかかる子を見ると世話を焼きたくなるのがユーミアの性分である。その点において、ルクシオは久しぶりに出会っためちゃくちゃ手のかかりそうな子であった。


『ついて来なさい。私が男性パートの踊り方教えてあげるわ』

『え、や、ちょっと……』


 手を引いて導けば案外素直についてきたルクシオ。振り払おうと思えば振り払えただろうに、戸惑った顔をしたまま大人しくされるがまま。

 この子を女の子の一人や二人、立派に誘えるくらいにしてみせよう。バルコニーでダンスの指導をしながらそう決めた。

 月明かりに照らされた濃紺の髪と灰色の目がまるで夜明けの空のように綺麗だと、その時に気づいた。





 二度目に出会った彼は驚くべき成長を遂げていた。前回のユーミアの言いつけ通りしっかり背筋を伸ばし、女の子の誘い方もたどたどしくも復唱してみせた。一ミリ足りとも迎合する気はないと全身で表していた最初の頃とは大違いである。

 前回の夜会で男性パートの踊り方を教えた後は、疲れたのかまるで夢でも見てるかのようにぼうっとして、帰り際もフラフラと危なっかしい足取りだったのに。


『こ、今夜は月が綺麗だ……月光に照らされた貴女も見たい』


 見本から学んだ口説き文句を震えながら復唱し練習する姿はいじらしく、彼なりに必死なのだろうと見てとれた。後はこれを震えずに、他の女の子にスムーズに言えるようになれば合格である。

 こうなったらとことん練習に付き合ってあげようと、差し出された手に自身の手を重ねた。しかしこの成長ぶりならあっという間に巣立っていくことになりそうだと……。


『貴女が好きです結婚してください』


 前言撤回である。一を覚えていきなり十に飛ぶとは不慣れにも程がある。バルコニーをつくや否やまるでこれでゴールかのように言い放ったルクシオに、ユーミアは数十秒前の評価を取り消した。

 ただ、聞けば跡継ぎ予定だった兄が二人共家を出て、早く結婚して代わりに跡を継がねばと焦っている様子。それにしたってその年でそこまで焦る必要はないのではと思ったが、急がねばいい人は誰かに取られてしまうとのこと。

 もしかして前回流れるように女の子を口説いていった男性参加者達を見て焦ったのかもしれない。このままでは自分だけ置いていかれると。

 16歳で結婚は男性では滅多にいないができないわけではない。しかしここまでルクシオの結婚願望が強かったとは。頑なに自分は17歳だと言い張るのも、少しでも男の結婚適齢期に近づきたいからかもしれない。

 ユーミアのルクシオ育成目標が『女の子の一人二人誘えるようにする』から、『結婚相手を見つける』にランクアップした瞬間だった。

 手のかかる子は放っておけないのがユーミアの性分。しかし何故だかわからないが、この出会ったばかりの彼のことは特に気になったのだ。できればその願いを叶えてやりたいと、心から思うくらいには。





『ユーミア嬢!』


 三度目の再会は妹のガーデンパーティ。思いもよらなかった登場に驚いたものの、こちらを見てパッと顔を輝かせたルクシオはとても可愛らしかった。まるで気難しい猫を手懐けた気分である。


『太陽の光に照らされた貴女は輝くほどに美しい』


 そして今度は震えずに滑らかに言ってのけた彼。やはり成長ぶりが凄まじい、これが若さかと感嘆する。

 ただ今回のパーティは身内ばかりの集まりであり、ルクシオの年齢に釣り合いかつ婚約者のいない女性参加者は少なかった。

 せっかく苦手な日光を押し除けて来てくれたというのに、この頑張り屋の少年に良い子を紹介できないことがとても残念に思った。だから……。


 だから、ガーデンパーティでルクシオを気に入ったという従姉妹から是非彼を紹介してほしいと頼まれた時は、渡りに船だと思ったのだ。





「ユーミア姉様、ユーミア姉様!」

「え?ああ、なあにロレッタ」


 カラカラと走る馬車の中、夜会からの帰り道。隣に座ったロレッタから呼ばれユーミアは現実に引き戻された。

 ルクシオと出会ってから今までのことをぼんやりと思い出していたのだ。


「今日は本当にありがとうございました。やっぱりルクシオ様は思った通り素敵な方でした」

「それは良かったわ」


 ロレッタ・ロックハート。14歳。妹主催のガーデンパーティにて、ルクシオに好意を抱いたというユーミアの従姉妹。

 子爵家の次女であり嫁入りは問題なく、家柄も年齢も釣り合う。まだ結婚できる年ではないことが結婚に焦っているルクシオにとっては難点かもしれないが、それだって他の適齢期の女の子を一から探して交流を重ねることを考えればそこまでの大差はない。


「次はいつルクシオ様とお会いできるでしょうか?」

「そうねぇ……次の夜会までは日があるし……」


 共に踊る二人をホールの隅から見ていたが、とてもお似合いに見えた。一瞬ロレッタが足を滑らせた際もルクシオがすかさずフォローしており、息もぴったりで。

 二曲目も二人のことが気になって、他の誰とも踊らずに見ていたが、一度も失敗することなくスムーズに踊っていたように思う。心なしかルクシオの顔色が悪いように見えたが、おそらく緊張していたのだろう。微笑ましいことである。


「次回こそルクシオ様に気に入っていただけるように頑張ります!」

「あら、今日だってもう良い感じだったじゃない」

「いえ、私にとってはまだまだなので」


 あれだけ人が苦手で、どんなに促しても尻込みしてユーミア以外と踊れなかったルクシオが二曲も続けて踊ったのだ。その後は二人で庭を散歩したようだし、これ以上ないファーストコンタクトだったはず。


「そうだロレッタ、貴女ケーキは好きよね?」

「え?はい、大好きです!」

「だったら……」


 この二人が結婚したらルクシオとも親族になる。それは楽しみだと考えるのと同時に、なんだか胸につかえるものがあった。何故だろうか、手取り足取り口説き文句やダンスを教えて世話を焼いてきた子供が巣立っていくのが寂しいのかもしれない。弟妹に先を越されて焦ってるのかもしれない、それとも。

 

『貴女を愛しています』


 不意に。ユーミアの脳裏に、夕暮れの中そう言って膝をついたルクシオの姿が蘇った。理想の口説き文句を教えてくれと乞われ、答えるや否や実行してきた彼。


「……っ!」


 あれは駄目だ、思い出しては駄目だ。あの時は急にルクシオが知らない男の人のように見えたのだ。可愛くて手のかかる子供で、弟のようであるはずのルクシオが。


「ユーミア姉様?どうかしましたか?」

「え、ええ、何でもないわ、何でも……」


 ロレッタに腕を引かれ、ユーミアがハッと我に返る。危なかった、うっかり変なことを考えるところだった。


「それで、ルクシオ様に次に会える機会のことですけど……」

「そうね、ごめんなさい。その話の途中だったわね」


 余計なことは考えてはいけない。ルクシオとロレッタの幸せだけを考えよう。二人の仲を取り持つことを最優先の目標とし、ユーミアはロレッタのほつれた髪を優しく梳いて直した。


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