後日談 初デート
本編ちょっとルクシオが報われなかったので、美味しい思いをする後日談です。
「ユーミア嬢!」
広場の噴水に向かい、日傘を差して歩いてくる美しい女性。
数十メートル前からそのきらめく赤い髪を見つけ、ルクシオはパッと顔を輝かせた。
「良かった……もしかしてこのまま来てもらえないかと……」
「え?ごめんなさい、私待ち合わせの時間を間違えてしまったかしら?どのくらい待ってたの?」
「民家の雄鶏が夜明けを告げる頃から」
「貴方が間違えただけじゃない!」
驚いたような、呆れたような顔がまた眩しい。未明頃から待っていた苦労が充分過ぎる程報われて、ルクシオは感極まったように相貌を崩した。
「いや、間違えたわけではなく万が一にも遅刻しないようにと思って早め早めに行動したらその時間に」
「よく家の人に止められなかったわね……」
「父は『それでこそアンブラー家の男だ』と御者を買ってでてくれました」
「誰も止めてくれる人はいなかったの?」
驚きや呆れを通り越し、心底心配げな表情を浮かべるユーミア。まるでとある一族の行末に不安があるかのように。
「貴方が日光が苦手だから、せめて日差しが一番強い正午を避けて午後にしたのに……明け方から待ってたなら意味ないじゃない」
「ユーミア嬢……俺の身体を心配して……」
「今は頭も心配してるわ」
自身に差していた日傘をルクシオにかざしながら、ユーミアが冗談を、というよりは割と本気のトーンで言う。
今日は待ちに待ったカフェデートの日である。
「この日傘は大きいから、貴方も入れると思って」
「へ?」
先日のガーデンパーティで取り付けた、一緒にケーキ屋に行くという約束。
勿論『前から気になってたケーキ屋』など適当に言っただけで何もなかったが、その場でごく偶に街に降りた時に見た風景を思い返し、ケーキ屋らしき看板を探し当てて店名を告げた。
一度見た風景は細部まで忘れない。この特技がこんなところで役に立つとは思わなかった。
「男の人が日傘を差していたら変だと思われるけど、女性と一緒なら別よ。むしろ代わりに持ってあげてる紳士に見えるわ」
「あ、え、はい、え?い、いいのか?いやいいんですか?」
「勿論よ。そのために持ってきたんだもの」
というわけで近くの広場で待ち合わせをし、ケーキ屋に向かうという段取りだったのだが。
「じゃ、じゃあ……お、おおお言葉にあああ甘えまして」
「恐縮し過ぎよ。ただの日傘じゃない」
日傘じゃない。ただの日傘じゃない。
ユーミアから差し出された日傘の取手を持ち、ルクシオはガチガチに緊張していた。
日傘に一緒に入るということは、日傘が覆うスペースに二人が収まるようにするということだ。
「どう?遮るものがあるだけでだいぶ楽になるでしょう?」
何もない。遮るものが何もない。今ユーミアは、ルクシオが日傘を持つ右腕にぴったり寄り添う形で立っている。
ダンスの時だってこれくらい近い距離であるが、立ち位置が違う。それに夜会衣装は豪奢で何重に重ねられた布地の分素肌からは遠い。だからこんなただの外出用の薄いドレスで、こんな風に真横からくっつかれるとなると……。
「俺は……もうここで死ぬかもしれない……」
「ほらもう明け方から待つなんて馬鹿なことするから!」
まだ始まったばかりでこんなに良いことがあっていいのだろうかと、ルクシオは喜びを噛み締めた。
危うく待ち合わせ場所でデート終了になるところだった。
そんなに体調が悪いなら帰りなさいと言うユーミアをなんとか説き伏せ、予定していたケーキ屋に向かう。ただし出来る限りゆっくりめに歩いた。
「ユーミア嬢はどんなケーキがお好きですか」
「ベリーを使ったものなら何でも好きよ。ルクシオは?」
「あー、ええと、ナッツ系とかですかね……?」
「何で疑問系なのよ」
ケーキ屋に行きたかったというのはただのデートの口実なので、ルクシオは別に特別ケーキが好きというわけではない。そもそもケーキどころか食事自体あまり興味がなかったくらいである。強いて言うなら絵を描いてる途中に片手で食べられるものが都合が良い、程度の好みだ。
「あ、あれかしら?貴方の言っていたお店は」
出来るだけ、出来るだけゆっくり歩いたけれどもゴールは訪れる。ユーミアが指し示した先に、ルクシオが最初に告げた店の名の看板があった。
まさか店内で日傘を差すわけにはいかないので、名残惜しくも傘を閉じて入る。
「まあ、美味しそうね。どれにしようか迷うわ」
「あ、ベリータルトがありますよユーミア嬢」
「ナッツケーキもあるわ。貴方はそれにする?」
「はい!」
ついさっき言った自分の好みを記憶に留めてくれたことが嬉しく、ルクシオは即行で頷いた。
まあナッツは味が好きというより、片手で食べれて楽だから食べていただけだが。問題ない、今日から世界で一番好きな食べ物である。
「じゃあ、私はベリータルトにするわね」
店内にはそれなりに人はいたが、イートインスペースは空いていた。
店員に丸テーブルへと案内され、ルクシオが先回りしてユーミアの椅子を引く。
「良くできました」
合格、とふわりと笑ってユーミアが席につく。
「失礼します」
続いてルクシオもその隣についた。丸テーブルにカップルで座る場合、向かいではなく隣に座るのが良いと聞いたからだ。あの恋愛面だけは多少頼りになる父親に。
「?どうかしましたか」
「あ、ええ、何でもないわ。そうよね、これも練習になるわよね……」
「お待たせしました!ベリータルトとナッツケーキです!」
成る程向かいに座るよりずっと距離が近く話しやすい。偶にはあの父も正しいことを言う。
しかしユーミアが少しだけ肩を震わせたことは、ルクシオはその時は気づかなかった。
「まあいいわ食べましょう。ガラス越しで見るより美味しそうよ」
「はい」
テーブルに置かれたベリータルトとナッツケーキ。ベリータルトには粉砂糖が振りかけられ、ナッツケーキは生クリームが添えられている。
「……今まで食べたどんなものより美味しいです」
「それは良かったわね」
不自然ではない程度に、なるべくゆっくりと食べ進める。あまり早く食べ終わってはデートも終わってしまう。
「ああ、もう生クリームがついてるわよ。やっぱりまだまだ子供ねぇ」
その時。
不意に、ユーミアがルクシオの頬に手を伸ばした。
「え」
口元に細く柔らかいものが触れた感触。ルクシオが驚いて顔を向けると、そこには指先に生クリームを掬ったユーミアがいた。
「あ……」
固まるルクシオの隣でユーミアも固まる。そのクリームの行き先を決めあぐねてるようだ。つい昔幼い妹達にやっていたようにクリームをぬぐってやったものの、これを自分が食べるのはおかしいのでは……と今更気づいたように。
「え、ちょっと!?」
ユーミアが困っている。その生クリームの行き場所が無くて。
「ひゃあっ」
深く考えるより先に身体が動いた。
目の前に浮かぶ手首を掴み、ルクシオはその指先に乗ったクリームを口で取り去った。
「な、な、な、何するのよ馬鹿!」
「うぐぁっ!?」
次の瞬間身体を襲った衝撃。不安定な体勢で胸元に掌底撃ちをくらい、椅子から転がり落ちる。
「ご、ごめんなさい……」
「ああああ違うわ私が最初にうっかりあんなことしたから!ごめんなさい反射的に、大丈夫ルクシオ!?」
魔が差した。目の前に差し出されたそれがあんまりにも美味しそうだったから。夜明けから起きて待ってた故の寝不足と、ここまで相合傘をしてきて有頂天だったテンションでどうかしていた。
「本当にごめんなさいルクシオ、大丈夫?立てる?」
「ええと……」
しかしこの慌てようからするに、どうやらユーミアの方が気に病んでくれてるようである。
「う、変に捻って腕をついたせいで右手が」
「そんな!」
「これじゃあケーキが……ああまだ半分も残っているのに」
人の罪悪感につけ込むなど卑怯者のすることである。しかし。
たった今思いついたことを諦められる程、ルクシオは聖人でもなかった。
「なら私が食べさせてあげるわ。それでもいいかしら……」
「喜んで!」
そしてまんまと狙い通りの言葉を引き出し、全くもって痛みも何もない右腕を左腕で支えながら席についたのだった。