4話 闇の貴公子は恋に生きる
そもそもリリアは、呼んでもいないのにパーティがあると聞きつけてやってきたらしい。
一応従姉妹であるし、他の招待客の手前追い返せなかったとイザベラがユーミアに何度も謝っていた。
「本当にありがとうルクシオ、助かったわ」
「別に……あんなの信じる方がおかしいんだ」
ルクシオの言葉に、まだ残っていた他の招待客が若干気まずげに目を逸らす。はっきり口に出してユーミアを責めた者はあまりいないものの、皆すっかりリリアを信じる流れだったのだ。
「それにしても、貴方にそんな特技があったなんて」
「見たものを忘れないだけです。特技と言う程では」
一人、また一人と庭園を去っていく中で、ユーミアがそれに続く気配はない。ルクシオが歩き出すまで待ってるようだ。ならばギリギリまで動くまいと大地に根を張るルクシオ。
もしかしてこれは、だいぶ株を上げたのではないか?
「アンブラー殿」
放っておけない子供から頼りになる男に格上げされたかも……とそわそわしていたルクシオは、突然かけられた野太い声に少々水を差された気分で振り返った。
「何でしょうか」
「先程の件、感謝する。危うくユーミア嬢が濡れ衣を着せられるところだった」
振り返った先にいたのは、名前は知らないが見覚えのある男。
「恐れ入ったよ。貴殿は素晴らしい特技を持っているのだな」
「いいえとんでもない。人より少し記憶力が良いだけです。それに、あんな穴だらけのリリア嬢の証言を鵜呑みにする方がどうかしてるのです」
「ルクシオ!」
とても見覚えがある男だ。ついさっき、「ユーミア嬢もいい年してそんな仕返しをするとは」と呟いたハゲ男。
ユーミアが焦ったようにルクシオの腕を引くが、助けられた手前強くは言えないのだろう、それ以上は言葉が見つからないようだった。
「は、はは、中々手厳しい。いやしかしリリア嬢も巧妙であったし、言い分も一理なくもな……」
「何を言ってるんです?リリア嬢の話のどこに信憑性が?ユーミア嬢が妹や従姉妹に結婚を先越されて焦っていたなどと、そこからしておかしい。ユーミア嬢は余裕で選ぶ側だ」
「ルクシオ?待ってそれはないわ待って」
ユーミアがルクシオの腕を掴む力が強まる。だが止まるわけにはいかない。惚れた女を侮辱した、この無礼なハゲを黙らせなければ男が廃る。
「現に俺は先週彼女にプロポーズして一秒の迷いなくフラれてる!本当に焦ってるなら!婿候補が他にいないなら!少しくらい悩んでくれたっていいだろう!」
「ルクシオ!?」
そのため動かぬ証拠を突きつけようとして、一番玉砕してる己の例を出したのだが。
「今日だって!お前は子供だと遠回しにフラれた!他の女まで紹介されそうになった!せめて!せめてキープしてくれ!リリースが早過ぎる!」
後半若干ユーミアへの恨み節になってしまった。間違った、ハゲ男にダメージを与えるつもりがむしろ自分にきた。
「お、おお……」
返す言葉も……というよりかける言葉も見つからないように、哀れみの目を向けてくるハゲ男。いやおかしい。確かに黙らせはできたが想定していた黙らせ方と違う。
「それは……すまなかったな…………いや、私も往生際が悪かった。ユーミア嬢、謂れのない罪を着せてしまい申し訳ない」
「気にしておりませんわ。頭を上げてください」
去り際、ハゲ男が『頑張れよ』と憐憫のこもった視線を送ってきた。
どこを間違ったのだろうか。言い負かしたはずが、何故だか気分は完全に敗者であった。
「助けてくれたのは本当にありがたいけど……自分を犠牲にし過ぎよルクシオ……」
ユーミアの手に持ったハンカチがルクシオの額に当たる。ハゲ男を言い負かし(?)た後、ルクシオは疲労と心労でその場に崩れ落ちた。蓄積した日光ダメージと、そういえばフラれたんだった、と自分で言って自分でダメージをくらった結果である。
「うう……」
「あの人だけじゃなくて、他にも聞いてる人が沢山いたのに。中には噂好きのご婦人もいたし……今更否定しても取り消せないわよ。アンブラー家の名前も相まってどんどん広まってしまうわ」
恋で身を滅ぼすことで有名なアンブラー家の跡取りが、ゴールディング伯爵家の長女に一目惚れして即プロポーズして玉砕。
そんなふうに面白おかしく脚色された噂があっという間に広がるだろうとユーミアが言う。
「私の名誉を守ろうだなんて、馬鹿ねぇ、あれくらい言われ慣れてるのよ。さすがに人様の持ち物に傷をつけたりはしないけど、行き遅れなのは本当だもの」
「選ぶのに時間をかけてるだけでしょう。行き遅れとは言わない」
「はいはい、ありがとう。貴方立派な紳士になれるわ」
現在ルクシオは夕暮れに染まる庭園で椅子に座り、隣に座ったユーミアから看護を受けている。迎えの馬車には少し遅れることを伝えた。今馬車に揺られたら確実に吐く。まあ、それを口実にユーミアが側についてくれるならという打算もあったが。
「でも笑い事じゃないわよ。こんな噂が広がったら、貴方もう他の女の子と結婚できなくなっちゃうじゃない」
「えっ」
「えっじゃないわよ!ばか!」
それは、じゃあ責任を取って結婚してくれる的な。とうっかり口に出そうとしてギリギリで引っ込める。こんな罪悪感につけ込んで結婚を迫るなど卑怯者のすることである。
「……何か、お詫びができればいいのだけど」
「あ、ええと、じゃあ、けっ……」
罪悪感につけ込んで結婚を迫るなど卑怯者のすることである。
「けっ……ケーキ屋に一緒に行きたい……」
再びせり上がった言葉をギリギリで軌道修正する。危なかった、もう少しで卑怯者になるところだった。
「ケーキ屋?」
「ま、前から気になってたところがあって……でも男一人では行きづらいから、その」
「そんなことでいいの?いいわ、お安い御用よ」
ただこのくらいなら。結婚までは駄目でも、デートくらいなら。助けたことにかこつけて誘ってもバチは当たらないはずである。
「何か他に欲しいものとかはない?物で済ませられることじゃないのはわかってるけど」
「じゃあ……今後ユーミア嬢が参加する夜会の予定表……」
「物じゃなくない?」
どこまでなら許されるだろうか。望み過ぎて引かれては元も子もないが、あまり遠慮し過ぎてチャンスを逃すのも勿体無い。
「私の予定を知ってどうするのよ」
「俺も出来る限り同じ夜会に出ます」
「ああそう、別に構わないけど……他には?何かない?」
いける?まだいけるか?もっと踏み込んでもセーフか?
「な、なら、次の夜会で」
ルクシオの全身に緊張が走る。この『そんなことだけでいいのだろうか』と言わんばかりのユーミアの表情。これはもう少し欲張ってもいいのではないかと。
「貴女と、最初に踊る権利を」
「ええ?それだけ?」
「じゃ、じゃあ!毎回の夜会で!」
「いいけど……」
「っしゃあ!」
思わず拳を突き上げた。こんなにあっさりオーケーが貰えるなんて。夜会で必ず最初に踊るなど、まるで婚約者のようではないか!
「ただそうすると、周りにますます誤解されるわよ?いくらまだ男性パートの踊り方に慣れてないからって、練習し過ぎて本番ができなかったら本末転倒に」
「え?あ、もっと上手くなってみせます!貴女を満足させられるくらいに!」
「うーん……まあ、ルクシオがそうしたいなら……」
浮かれていてちょっと今何を言われたかわからなかった。ただ男性パートの踊り方に不慣れなことを指摘された気がする。
慌ててもっと練習することを誓えば、ユーミアは釈然としないまでも最後には頷いてくれた。
「他にもしてほしいこととか、欲しいものがあったら何でも言って頂戴」
貴女が欲しい。そう言ってしまいそうになるのをぐっと耐える。そんな見返りを求めて助けたわけではないのだから。いやそりゃあ全く下心がなかったと言ったら嘘になってしまうけども。
「だいぶ顔色がよくなってきたわね。そろそろ立てるかしら?」
「あ、ああ」
そろそろ時間も遅くなってきた。
あまり長居しても家主にも付き添ってくれるユーミアにも迷惑であろう。ユーミアの問いに答え、ルクシオは勢いよく立ち上がった。
「危ない!」
立ち上がったが、その瞬間視界が揺らいだ。覚えがあるこの感覚。長時間絵を描いていてふと立ち上がった時も、よくこんなふうに。
「ルクシオ!大丈夫?」
「!」
こんなふうにぐらついて、床に倒れ込んだなあと思い出すも。全身を覆った感触は、床や地面よりずっと柔らかいものであった。
「え、あ」
「急に立ったから、ふらついちゃったのね。無理しないで」
うっかり地面に倒れるところだったのを、ユーミアが殆ど抱き締めるようにして支えてくれたのだ。
「今度こそちゃんと立てるかしら?」
「あ……」
ゆっくりと体勢を立て直す。ユーミアの両手はまだルクシオに触れたまま、お互いの体温が伝わってくる程近い距離にいる。
「……他にも」
「え?」
「他にも、欲しいもの、今思いついた」
「あら、何?何でも言って」
欲しい。この人が欲しい。同じ想いを抱いてほしい。同じ熱を感じてほしい。他に何も見えなくなるくらい、自分のことを考えてほしい。今自分がそうであるように。
「貴女が……思わず落ちるくらいの、口説き文句を」
どうしたらいい。どうしたらそうなってくれる。何をすれば、どうすれば。
「理想のデートコースも、理想のエスコートのされ方も、理想のプロポーズの言葉も、全部」
わからない。わからないから聞くしかない。
「教えてください、全部。全部その通りにします」
「ルクシオ……」
流れるような口説き文句と動作で意中の相手を連れ出した、あの軟派男のようなテクニックはルクシオには無い。あれは多くの経験を経てこそ成せるテクニックである。
しかし、今から経験を積んでいては間に合わないのだ。
「ええと……私でいいのか、わからないけど……もっと年の近い子の方が参考に」
「貴女がいい!貴女じゃないと駄目なんだ!」
「わ、わかったわ。そうね、最初にお節介を焼こうとしたのも私よね。最後まで面倒見てあげるわ」
口説き落とす相手に口説き文句を教えてもらうなど情けないにも程があるが、最早なりふり構っていられない。
「と言っても、理想の口説き文句って、改めて言われたらわからないわね……小さい頃読んだ絵本に憧れたことはあったけど」
「絵本?王子様とお姫様のお話とかですか?憧れたとは?どんなシチュエーションで?どんな台詞で?」
「そうよ王子様とお姫様の話。最後のページで王子様が片膝をついて、お姫様の手の甲にキスして言うのよ。貴女を愛していますって。ああ、ちょうどこんな夕暮れが背景で……」
片手をかざしながら、ユーミアがオレンジ色に染まった空を仰ぐ。もう片方の手は無防備に身体の横で揺れていた。
「貴女を愛しています」
すかさずルクシオが片膝をついてその手を取り、その甲にキスをする。夕暮れが条件だと言うなら今しかない。あれこれ考えてる暇はなかった。
「えっ……」
どうだっただろうと見上げた途端、目をまんまるくしたユーミアと視線がカチリと合った。
「きゅ、急に!急にやらないで!びっくりするじゃない!」
「え、ご、ごめんなさい」
少しはときめいてくれただろうかと思いきや、めちゃくちゃ怒られてしまった。何故だ、これが理想だと言っていたばかりなのに。
「今度からそういうことする時は事前に言いなさい!わかった!?」
「は……はい……」
知らなかった。女性を口説くのは許可制だったのか。しかし『今から貴女を口説いていいですか』と聞くのはあまりに間抜けなような。
「ほら!日が暮れる前に帰るわよ!もう立てるんでしょう!?」
「あ、はい、えっま、待って!」
気づけばユーミアは身を翻して門へと向かって行ってしまった。そんなに怒ってるのか、まさかそこまでのマナー違反だったとは。
もしかして手の甲へのキスが馴れ馴れし過ぎたのかもしれない。きっとそうだ、ただ口説いただけの時は毎回余裕で受け流されていたし。
「すみません悪気は!悪気はなく!」
最後に視界を掠めたユーミアの顔は、今まで見たことがないくらい赤かった。怒りのせいか、いや夕陽のせいだと信じたい。
理想の口説き方の初っ端から失敗してしまった。先に行かれてはエスコートも何もない。
「待ってくださいユーミア嬢!」
夕陽と同じ色の髪を靡かせ、どんどん足を進めるユーミア。全然止まってくれない。
こうしてはいられないと、ルクシオは慌ててその背中を追いかけた。
ルクシオはまだ知らない。
怒って血が上っているのだろうと思ったユーミアの赤く染まった顔の、本当の理由を。
ユーミアが今までルクシオの口説き文句を余裕で流してるように見えたのは、それがただの練習だと思っていたからということを。
ついさっきの告白が、ルクシオを意識する最後の一押しになったことを……今はまだ知らなかった。
お読みいただきありがとうございました。
陰気ヒーローが恋で様変わりするのが好きです。
感想もらえたらとても嬉しいです。