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夜明けの貴公子は行き遅れの太陽に恋焦がれる(旧題:引きこもり令息は行き遅れ令嬢を追いかけたい)  作者: 鶏冠 勇真
2章 恋する令息は諦めない

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7話 待ち人来たらず

「お待たせしましたルクシオ様!」


 月明かりと街灯だけが街を照らす夜。

 待ち合わせ場所に現れた少女の姿を見た時。ルクシオは何があったか、いや何を間違えたか全てを理解した。


「ロ……ロックハート嬢……」

「ロレッタとお呼びください、ルクシオ様」


 夜会でユーミアに博物館デートに誘われたあの時、二人きりがいいと言った。ユーミアは頷いて、ロレッタにも伝えておくと言ってくれた。


「今日は二人がいいと言ってくれてとても嬉しかったです!私、ずっと楽しみにしてました!」


 しかしこの場に来たのはロレッタのみでユーミアはいない。それが導き出す答えとは。


「……違う、違うんだ、ロックハート嬢……」


 ああ、確かに、“ユーミア嬢と二人がいい”とは言ってなかったと、ルクシオは己の迂闊さを全力で呪った。






「楽しみですねルクシオ様!」

「……ああ」


 真新しい博物館の前で、はしゃぐロレッタにルクシオが答える。ただしその嬉しげな声はどこか無理を含んだ響きだった。


『わかってます。何かの間違いなんですよね』

『え?』


 十数分前、嬉しそうに語るロレッタの前にルクシオはおもむろに膝をついた。力が抜けたからではない。これからする謝罪の為である。

 行き違いがあったこと。二人がいいと言ったのは、ユーミアと二人がいいというつもりだったこと。

 しかしそれを伝えようと『悪かった、実は』と口にしたところで、ロレッタに遮られた。


『ルクシオ様はずっと私に興味が無いようでした。それなのに急に二人きりでデートがしたいなんて、言うわけないってわかってます』


 楽しげな様子から一変、今にも泣きそうなロレッタの声。


『何か行き違いがあったか、私をきっぱりフるために二人きりがいいと言ったのか、どちらかだと思ってました』


 前者だったみたいですね、と今にも消え入りそうに。


『……すまない、本当に悪かった。ロックハート嬢。俺は自分の都合ばかり考えていた。はっきり断りも入れず、今まで中途半端な態度を取って本当に申し訳ない』

『いいえ。一番最初に言われました、貴方の気持ちは変わらないと。それでも諦め悪く縋ったのは私です。……迷惑でしたよね』


 否定すれば嘘になる。

 今まで何度も恋路の邪魔だと、迷惑だと思ってしまった。そんなことないと優しくまことしやかに言える演技力はルクシオにはない。


『他に好きな方がいらっしゃるんですね』


 コクリと頷けば、ロレッタが胸を押さえたのが気配でわかった。


『今夜だけでいいです、私とデートしてください。乗ってきた馬車は返してしまいました。迎えを頼んでる時間までまだまだあります。言い間違えた責任くらいは取ってくれてもいいでしょう?』


 跪くルクシオの腕にロレッタが縋るように手を重ねる。

 この場でその手を振り払える程、ルクシオも冷酷にはなれなかった。






「ロックハート嬢」

「はい!」

「……悪かった」


 それでも応えられない事実は変わらない。二人で博物館に入る直前、ルクシオが声を落として言う。


「謝らないでください。私がルクシオ様の想い人に勝てなかっただけです」


 手を取ってエスコートすることすらできないのだ。

 行き違いがあったせいだけじゃない。

 そもそも最初に紹介された時に断っていれば、ユーミアに仲介などしないでほしいときちんと言っていれば、こんなことにはならなかった。

 

「その……ルクシオ様とその人は婚約してるわけじゃないんですよね。……ずっと先の未来でも、ほんの少しでも私に可能性はありますか」

「……俺の気持ちは一生変わらない」

「そうですか……」


 二人の間に流れる暗い空気とは裏腹に、足を踏み入れた博物館はとても明るかった。至るところに光り輝く球のようなものがあり、それが館内全体を照らしている。

 熱を伴った光が苦手であるルクシオでも平気な光。


「あ、ルクシオ様!あれは何でしょう?近くで見てみましょう!」


 無理にはしゃいだ声を出してロレッタが駆け出す。さすがに追いかけないわけにはいかないと、ルクシオが足を早めると。


「……?」

「ルクシオ様?」

「あ、いや、何でもない」


 視界の隅に見覚えのある顔が横切った。正確に言えば見覚えのある顎のラインと耳の形、首から肩にかけての滑らかさ。


「ほら見てください、大昔の人の服が飾ってます!昔はこういう自然のものを主に使ってたんですね」

「ああ、うん」


 ユーミアだ。ユーミアが十数メートル離れたところにいる。白い帽子を被って髪は全部まとめて、館内だというのにサングラスをして変装バッチリのユーミアが。

 おそらくルクシオ達が博物館に入る前から入館して待っていたのだろう。


「わあ!二階は古代の宝飾品の展示があるみたいです!」

「そ、そうか」


 いやどうして、何のために。まさか焼きもち……ではないことは確かである。単純にルクシオとロレッタが心配だっただけだろう、あの面倒見の良い人のことである。


「ルクシオ様はどこを見て周りたいですか?」

「まあ……3階の骸骨展とかいうのくらいは気になる」

「えっ」


 ただあまりユーミアに気を取られて、会話すらおざなりになってはロレッタに失礼である。案内板を眺めながら、ルクシオは断腸の思いで背後のユーミアから意識を引き剥がした。


「そ、そんなものもあるんですね……と、とりあえず全部見てみましょう!まずは一階から制覇しましょうルクシオ様」

「わかった」


 指をさして前を歩くロレッタに大人しく着いていく。

 博物館自体にはあまり期待はしていなかったが、案外色々なものがあり悪くはなかった。まあ一度見てしまえばもう全部覚えてしまうので、何度も行く価値はないが。


「さあ、次は待ちに待った宝飾品展です!」


 やはり古今東西女性というのは光ものが好きらしい。1階をあらかた見終わり2階に進むと、ずらりと並んだ宝飾品の展示にロレッタが目を輝かせた。

 大昔の王族貴族がつけていたという首飾り、王冠、ティアラ、指輪の数々。ガラスケースに納められたそれらは、何百年の時を経て尚高貴な輝きを発していた。


「あ……」


 その中で一つ、ルクシオの目に留まったもの。サンセットサファイアがあしらわれたティアラ。


「ルクシオ様、それが気になるんですか?」

「あ、いや、その」


 サンセットサファイア。太陽のように輝く、まるでユーミアのためにあるような宝石。プロポーズするためにこの石で指輪を作ろうとしたこともあった。今思えば完全に早まっていたのだけども。


「綺麗ですねぇ」

「……ああ」


 早まっていたけれど、あの時本当にプロポーズしていれば今何かが変わっただろうか。最初のプロポーズはまだ出会って日が浅く、指輪も花束も何もなくいきなり言ってしまった。あれでは殆ど本気に取ってもらえてなくてもおかしくない。

 たとえ脈がなくたって、もう一度しっかりプロポーズしていたら、少なくとも何の迷いもなく他の女性を紹介されることはなかったのではなかろうか。


「私、結婚指輪で貰うならサンセットサファイアがいいなあと思ってたんです」

「へ?」


 まさか心を読まれたのかと思い、ルクシオがびくりと肩を震わせる。いやそんな馬鹿なことあるわけないが。


「サンセットサファイアは太陽の光から生まれた石って言われてるんです。だから何だか特別な気がして……まるで『貴女は私の太陽です』って言ってくれてるみたいじゃないですか」


 太陽は苦手である。暑いし目が痛くなるしその光に当たってるだけで体力を奪われる。


「太陽か……」


 けれど、綺麗だ。

 ルクシオが描く風景画はいつも、太陽の光が反射した湖や、日光が降り注ぐ光景が多かった。少しだけ外に出て見た光景を部屋の中でも見れるようにと思ったのが、絵を描き始めるきっかけである。

 苦手だ苦手だと思いながら、その実ずっと追いかけていた。


「まあ、そんな予定今のところ全くないんですけどね!」

「……」


 ユーミアは、太陽のようだと思う。明るくて眩しくて、時に厳しく、皆に優しく、いつだって輝く程に美しい。そしてどんなに手を伸ばしても届かない。

 初めてユーミアと言葉を交わした時の印象は『苦手』であった。その後見事に反転したわけであるが。

 ただ、苦手なタイプだと思っていたその時でもなんだかんだ話を聞いてしまったのも、手を振り払えなかったのも、今思えばもう既に惹かれていたからかもしれない。まるで太陽のようなあの人に。

 

「……そろそろ3階に行くか」

「……はい」


 あの時バルコニーでユーミアはルクシオの髪と目の色を夜明けの空のようで綺麗だと言ってくれた。その言葉はずっとルクシオの胸に残っている。今まで言われたことの中で一番嬉しい言葉として。

 ただ……夜明けの空とは、まるで太陽を捕まえきれずに消えていく空のようだと、そんなことがふと頭を過ぎった。





「きゃああああああ!」

「っ!?」


 3階へ続く階段を登ってすぐの展示室を抜け、二つ目の展示室に入ったところで。先を歩いていたロレッタが急に悲鳴を上げた。

 どうしたと聞こうとして、ロレッタの視線の先を見て一瞬で悟る。そこには古代の王のものだとかいう骸骨が飾られていた。


「ミイラか……」

「い、今目が合いました!まさか生きてる!?」

「なわけないだろ」


 ところどころ崩れているが、大きなショーケースにはそれはもう立派な人体の成れの果てが納められていた。


「は、早く行きましょう、きゃああああ!」

「今度は何だ」


 まるで逃げるようにして身を翻したロレッタがまた悲鳴を上げる。ルクシオが視線を向けると、そこにはズラッと並べられた頭蓋骨があった。おそらくこの国王たる骸骨の部下達であろう。


「ル、ルクシオ様、こっちです!」


 右を見ても左を見ても人の骨ばかり。3階の一つ目の展示室は動物の剥製がメインだったので、ここは人がメインテーマなのだろう。

 ルクシオとしては動物の剥製の方が一瞬生きてるように見えて内心驚いてしまったので、生きてるわけもない人の骨の方を恐がるロレッタは不思議だった。


「こんなところ早く抜けましょう!」


 ロレッタが震えながら展示室の出口を指差す。案内板を思い出せば、陸上動物、人と続いて次の部屋は海洋生物展だったはず。

 特に逆らう理由もないので、ルクシオも後に続こうとし……。


「きゃあっ!?」

「え?」


 その時である。

 ブツンと何かが切れる音がして、さっきまで昼間のように明るかった館内が、急に自身の手のひらも見えなくなる程真っ暗になったのは。

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