3.
なんと実家に帰ると、カリーナというオートマタもいるらしい。名前から当然女性だろう。ミーナがこんなに美人ならカリーナもきっとそうに違いないと推測するフリードは、自然と口元がほころび、屋敷の中で彼女たちに世話してもらうあれこれを夢想する。
だが、なぜおばさんから乙女に替えたのだろうと思った途端、目が覚めた。
(いやいやいや、これは、俺が女に弱いことを知っている母さんの計略だ!)
不覚にもミーナに惚れてしまったが、かぶりを振るフリードは脱走を計画する。
ところが、それは一呼吸もおかず、もろくも崩れ去った。ミーナが、立ち上がったフリードの右腕を、反射的に左手一つでつかんだのだ。
「痛てて……! ミーナ、ちょっと勘弁!」
上腕の肉に食い込むミーナの指は、男勝りの力なんてものではない。こんな力なら、左腕一本で背負い投げされそうだ。
「ミーナはオートマタさ。そんちょそこらの冒険者より力持ちだよ。諦めな」
ついさっきまで一輪の可憐な花だったのが、悪魔に魂を吹き込まれた機械人形に思えてきたフリードは、半べそ状態で部屋から連れ出され、階段で何度もこけそうになり、なんとか階下に達した。
ここで、床にしゃがみ込む抵抗を試みたが、ミーナの前には駄々こねる子供みたいなあがきでしかなかった。結局、彼はその体勢のまま引っ張られ、宿屋の前に横付けされた馬車へ入っていくミーナに引きずり込まれた。
「荷物は後で取りに来るから。今まで世話になったね」
馬車の手すりをつかんだルナが後ろを振り返り、何事が起きたかと心配して出てきた宿屋の女将と女中に笑顔を向けてから真顔で馬車に乗り込み、フリードの正面の席に向かい合わせで座った。すでに右横のミーナに腕をつかまれたままのフリードは下を向き、目だけ上げて母親を見る。
「母さん、ちょっと強引じゃないか?」
「このくらいがお前にちょうどいいんだよ」
「よくねーし」
「さあ、行っておくれ」
扉を閉める御者にそう告げると、説教が始まった。
(父さんなら、『まあ、好きにやらせればいいじゃないか』って言ってくれるのになぁ……)
笑って何でも許してくれた父親フリッツの幻影を母親の横に見るフリードは、一段と声が上がったルナの叱責に目をつぶった。
「親が話をしているときに目をそらすとは、たるんでいるよ、お前!」
その言葉が合図だったのでもないであろうが、ルナが言い放ったタイミングで御者が馬に鞭を入れると、馬車は車輪が正直に伝える悪路のでこぼこで左右に揺れながらガタガタと音を立てて出発した。