2.
昼前にいつものように起床してベットの上で大あくびをしていたフリードは、いきなりノックもなしに扉が開いたので、物取りが足音を忍ばせて現れたのかと動揺した。
「わわわっ! ……な、なんだ、母さんかよ」
部屋の中に入ってきたのが古めかしいドレスを纏った母親ルナだったので、フリードは胸をなで下ろした後、なぜ母親がここに来たのかを理解して天を仰ぐ。当然、起こしに来たのではないのだから、状況判断は一瞬だった。
「何だじゃないよ。さあ、今すぐここを出る」
すでにその言葉を予想し、さらに行く先が実家であることも言われなくても想像が付いた彼は、首を左右に振り、肩をすくめる。
「ノックぐらいしろよ、母さん。それに足音も立てろよ」
「足音を立てたら窓から逃げるのは、お前の常套手段じゃないか」
「ここ2階だぜ。そんな、危ないことはしねーよ」
「そんなことはいいから、さあ、早く出る。……ミーナ、息子をここから出して」
「ミーナ……?」
気ままな一人暮らしを満喫する息子の宿屋へ、母親が自分を自宅へ連れ戻しに一人で来るわけがないので、執事のハンスあたりがいるのだろうと思っていたが、聞き慣れない女性名にキョトンとした。
ルナの言葉に「はい」と答えた女性が部屋の中へ入ってきた。
彼女は、自宅にいるメイドが着用しているのと同じオーソドックスなメイド服に身を包んだうら若き乙女。やや丸顔で翡翠色の目、高い鼻、桜色の唇。亜麻色髪のショートヘアにホワイトブリムを付けている。背丈はフリードよりやや低い感じ。
(うわっ、やっべー、マジでタイプ……)
実家にはメイドが三人いたが、全員が五十歳以上のベテランで、こんな若いメイドはいなかった。家を飛び出してから雇ったのだろう。
それにしても、自分に近づいてくるミーナを見ていると満開の花が甘い匂いをまき散らしながら歩いてくるような錯覚を覚える。
フリードの頬が、ほのかに染まった。
いつも通っている遊郭には――こう言っては悪いが――美人はいるけれど、フリードのタイプの女性はいなかった。たまに、馬車に乗った貴族の娘にタイプがいて惚れたことはあるが、今まさにその状況が起きている。
「母さん。ミーナって、最近雇ったの?」
息子が目の色を変えたのが面白い母親は、ニヤッと笑った。
「いや、借りている」
「借りている? どういうこと?」
「お前、ミーナが人間に見えるのかい?」
「はあ!?」
ミーナが手の届くところまで接近してきたので、フリードはまじまじと彼女を頭の上からつま先まで見つめる。肌がちょっとツルッとしている感じがするくらいで、他は人間と遜色ない。
「人間じゃないとしたら、何?」
「ミーナは、知り合いで変わり者の錬金術師フリッツが暇に任せて作ったオートマタさ」
「機械人形!?」
「そうさ。魔力を動力として長時間働くことが出来る優れものだよ。先日、月極めで二体、ミーナとカリーナを借りたのさ」