episode.6 魔法の杖
「そんなに驚いたか?」
「十分驚いたわよ!」
王族という真実を告げてもケロッとしているレナードにカレンは呆れてしまった。
しかし、十分インパクトのある真実であったことに変わりはないだろう。
話は戻り、アーサー公爵にもこの世界に来た経緯と魔法学校への編入を希望していることを説明した。
「ふむ、なるほどな。それは不思議だ。だが過ぎたことをどうこう言っても仕方ない。大切なのはこれからどうするか、ということだ。」
レナードと同じことを言われ、この二人も親子なのだとつくづく思っい知らされた。
「でも、魔法を習得するのでしたら、まずは杖を買わなくてはなりませんわね!」
「杖だったらここにあるけれど……」
そう言って、カレンは持っていた杖を見せた。
「確かにそれも杖ですが、初心者であるカレンさんはハンドサイズの杖でなければ使いこなせません。」
「え?どうして?」
アリスに言われたことにカレンは疑問を持った。
杖ならどれも同じなのではと思ったが、どうも違うらしい。
「杖は長さで区別されます。手持ちサイズのハンドサイズ、術者の身長と同じくらいの長さのロングサイズ、その中間のテルムサイズがあります。カレンさんのはテルムサイズですね。」
「テルムサイズ…」
「魔法を使うのに杖は必要不可欠です。杖がなくとも魔法は発動できますが、魔法が暴走してしまったり効果的に魔法が発動しなかったりします。杖を使わずに魔法を普通に発動できる魔法使いはいますが、相当な鍛錬が必要になってきます。」
この世界で杖は魔法を使うのにとても大切な道具なのだとカレンは理解した。
レナードが長さ35cm程の杖を取り出した。
赤を基調としたデザインで赤い魔石?が埋め込まれている。
「これは俺の杖だ。魔法学校の奴らも1、2年生なら大抵この長さを使っている。杖は長さが長いほど扱うのが難しいんだ。まあ、長い杖のほうが大規模な魔法や難しい魔法が発動しやすいというメリットもあるが。」
「つまり初心者の私ではこの長さの杖は使いこなせないのね。」
「そうゆうことだ。」
カレンは持っていた杖を見て、ため息をついた。
実は、カレンはこの杖を結構気に入っていたのだ。
カレンをこの世界へと無理矢理連れてきた元凶でもあるが、何故か自然と愛着のような感情が起こっていたのだ。
「でも上達すれば、その杖も使いこなせるようになりますよ。」
「……っ!はい、そうですよね。」
カレンの心情を察したのか、リリア夫人が優しい言葉をかけた。
母親がいなかったカレンにとって、本当の母親のように思えた。
「では、明日にでも杖を買いに行きましょう!」
やる気満々に言ったのは、カレンではなくアリスだった。
「そうだな、明日にでも買いに行くか。」
「ついでに、カレンさんの服や日常に必要なものも買い揃えましょう!」
「すみません。何から何まで…本当にありがとうございます。」
カレンは感謝の気持ちを込めて深々とお辞儀をした。
「困ったときはお互い様だ。もう夜も遅い。部屋でゆっくり休むといい。」
メイド達に案内されてカレンは自室となる部屋へ向かった。
部屋の大きさはカレンのもとの世界の部屋の3倍以上あった。
「どうぞ、ゆっくりおやすみなさいませ。」
ドアの前でお辞儀をして、メイド達は部屋を出ていった。
部屋の内装は洋風だったので、カレンはどことなく落ち着かなかった。
部屋のバルコニーに出てみると満月が浮かんでいた。
(こっちの世界は満月なのね。これなら月を見ながら(お茶で)一杯できたのに。)
明かりに照らされながら、カレンはもといた世界のことを考えた。
そんな時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい。」
「失礼するぞ。」
入ってきたのはレナードだった。
「どうしたの?レナード。」
「いや、慣れない異世界できちんと休めていないんじゃないかと思って。」
「ふふっ。優しいのね。」
レナードもバルコニーに出て月を見た。
「月がきれいだな。」
「…」
「どうした?」
「ふふっ。いや、大したことじゃないのだけど。私の故郷の国のある小説家が本来なら“あなたが好きです”って意味の外国語を“月がきれいですね”って訳していたなって。」
それを聞くとレナードは顔を赤らめてしまった。
「いや、そっそういう意味で言ったわけじゃ…」
「ええ、私の世界の事だもの。あなたが分かるわけないじゃない?」
「そ…そうだな。」
カレンはレナードが何故顔を赤らめているのか分からなかった。
レナードは一瞬カレンから目をそらした。それからはっとしてカレンに話しかけた。
「故郷が恋しいのか?」
「ええ。でも、貴方も貴方のお父様も言っていたじゃない。“過ぎたことををどうこう言っても仕方がない。大切なのはこれからどうするか”だって。」
そう言って、カレンはレナードに微笑みかけた。
月明かりに照らされたカレンの微笑みに、レナードはつい見惚れてしまっていた。
「どうしたの?」
「いや、別に。俺もそろそろ自分の部屋に帰る。」
カレンはドアまで見送ることにした。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
お互いに寝る前の挨拶を済ませ、カレンはちょっと大変だった異世界での初日を終えた。