episode.2 出会った二人
激突といっても男の子に覆いかぶさってしまったといったほうが正確かもしれない。
「ごっごめんなさい!」
顔を上げて花恋はとっさに謝った。
男の子は少し驚いた表情をしていたが、怒っているという感じではない。
「いえ、こちらこそすみません。突然こんなに美しいレディが現れてつい見とれてしまい……本来であれば私がきちんと受け止めなければならなかったのに。」
男の子は立ち上がって一礼すると花恋に手を差し出した。
見た目は自分と同い年くらいなのに大人びていると花恋は思った。
さらっと少し恥ずかしいセリフを言われたことは気にも止めてないが。
(いや、ちょっと待って。ここはどこ?もしかして日本じゃない?)
花恋が落ちてきたのは山の上らしい。下を見ると見たことがない街が広がっていた。
雰囲気はヨーロッパの町並みに似ているが、日本から瞬間移動でもしたというのだろうか。
「あの、失礼ながらあなたはどちらからいらっしゃったのでしょう?杖を持っているということは魔法使いなのでしょうから移動魔法を使ってここに?」
彼は日本語を話しているのに花恋が日本人であることに気づかないのだろうか。
(いや、それ以前に今なんと…確かに魔法使い、魔法と言ったわよね?)
まさかここは――――そう思って、恐る恐る聞いてみた。
「質問されておいて申し訳ないのだけどここは一体どこなの?」
「ここはコーンウォール王国。あちらに見える街が王都グラストンベリーです。」
「コーンウォール王国…」
聞いたことがない国の名前。
花恋は学生として、一通り世界の国の名前を覚えている。
暗唱はできないが、国の名前を聞けばだいたいの位置をが分かる。
しかしコーンウォール王国などという国の名前は花恋の脳内のデータベースに存在しない。
ということはつまり……
「ここは異世界なの!?」
嫌な予感が確信へと変わり、花恋はおもわず叫んでしまった
。
脳内がパニックになり、思考が上手く働かない。
花恋の顔は、幽霊のように真っ青になっていた。
ぶつかった男の子の方はというと、それこそ驚いた表情をしたが、少し経って口を開いた。
「つまり貴女は、こことは異なる世界から来たと?」
「そ、そうなるのかしら?でもどうしてあなたはそんなに冷静にいられるの?私は異世界から来たのよ?」
いきなり異世界から来たと言われてそれをあっさり受け入れるなんておかしい――――いや、この世界ではそんなことでは驚かないような文化なのだろうか。
花恋は度重なる疑問に頭を悩ませていた。
「まぁ、冷静なのはいつものことですから。世界は一つではないということは、知っておりますよ。異世界を渡る魔法もありますし……」
その言葉に、花恋はすがりつくように男の子言った。
「異世界を渡る魔法があるんですか!?だったらお願いします!私をもといた世界へ送ってください!」
「送るもなにも貴女は魔法を使ってこの世界へきたのではないのですか?」
「……それがよく分からなくて。」
花恋はひとまず落ち着いてここに来た経緯を話した。
自分の部屋に今着ている服と持っている杖がおいてあったこと。
そして杖を持った瞬間に眩い光に包まれてよくわからない空間を通って、気がついたらここにいたと。
「それ、もしかすると条件発動魔法かもしれません。」
「条件発動魔法…?条件が必要な魔法…ですか?」
聞き慣れない言葉に花恋は首を傾げたが、言葉から連想して大体の見当を口にした。
「まぁ、そんなところですね。条件発動魔法はある条件がそろうと発動するようにした魔法です。たとえば先程のお話だと発動条件をその服とローブを着て、杖を握るというようにあったと考えられます。条件発動魔法はとても高度な魔法で、使える人はほとんどいませんが。」
「そ、そうなんですか。でも、なんでそんな魔法がかかったものが私の部屋にあったのかしら?」
「分かりません。しかし私では異世界へ渡る魔法は使えません。異世界へ渡る魔法もまた高度な魔法で、たぶん使える者は今のこの世界では皆無に等しいかと。」
「そんな…」
なぜあの服とローブ、そして杖が自分の部屋にあったのかが不思議でたまらない。
そして何故魔法がかかっていたのかも――――
彼の話だとそれらに魔法をかけたのはかなりすごい魔法使いだということしか分からない。
「仮に異世界へ渡る魔法を使えるだけの実力を持ってきいる者が現れたとしても、貴女が元いた世界へ帰れないでしょう。」
「……どうしてですか?」
「そもそも移動魔法で行き先をコントロールするには行く先を明確にイメージしなければなりません。それは異世界へ移動するにあたっても同じだと推測されます。つまり貴女の故郷を知らない者が魔法を発動すれば、貴女はまた知らない世界へ飛ばされる恐れが非常に高いのです。」
「………」
最後の望みがとぎれた。
いや、まだ何か帰れる方法があるはず!――――そう自分に言い聞かせていたが、花恋の心は不安でいっぱいだった。
「でしたら貴女が異世界へ渡る魔法を使えるようにすればいいのでは?」
「!!」
思いがけない彼からの提案に花恋は驚いた。
神社の娘である花恋は、生来人間の感情がオーラのようなものとなって感じることはできたが、魔法といったものは単なる空想上のものと考えていた。
そんなものを、果たして自分が使えるのかどうか――――花恋は不安でたまらなかった。
「でも、私に魔法が使えるかどうか…」
「誰でもすぐに使えるようになるわけではありません。魔法を使えるようにするには訓練が必要です。」
「少なくとも私の世界に魔法が存在するのはお話の中だけです。現実には存在しません。」
「ですが魔法を使うことができる力はあると言っていいでしょう。条件発動魔法は発動するにあたり術者本人がこめた魔力がほとんど使われますが対象が人間であった場合、その対象の人間の魔力も少し使われます。つまり貴女は少なからず魔力を持っているということです。」
自分で魔法を使おうなんて思ってもみなかったが、故郷の世界を明確にイメージできるのは花恋本人だけだ。
「……分かりました。私、魔法を使えるように頑張ろうと思います。しかし魔法を使えるようにするにはどうしたら…」
「魔法の習得は独学でもできますがやはり……」
そう言いかけると、彼は考え込んだ。
「ですがもう夜も遅くなってきましたし、続きは王都にある私の屋敷でお茶でも飲みながらにしましょうか。」
「ありがとうございます。」
屋敷ということはお金持ちのご子息なのだろうか――――そんなことを考えながら、花恋は彼について行くことにした。
初対面の相手についていくのは、いささか少し迷ったが、行く宛もなかったので仕方がなかった。
だが、花恋の神社の巫女としての直感では、レナードが悪い人とは感じていなかった。
歩きはじめたが、すぐに彼は立ち止まって花恋に向かって振り返った。
何だろうかと花恋は思うと、彼は洗練された所作で自己紹介をした。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はレナード·アーサーといいます。以後お見知りおきを。」