ウニが食べたい気分なの!
秋の桜子様が扉絵を、雨音AKIRA様が、挿絵を作成して下さいました!
お二方とも、ありがとうございます!
「ああもう、ウニ食べたい!」
叫びながらソファに飛び込んだら、クッションが優しく受け止めてくれた。
「はい、はい。今日は何があったの」
お姉ちゃんが苦笑いを浮かべながら聞いてくる。
「あいつがさ、今日来たインドからの留学生の女の子にデレッデレしてんの。ちょっと英語が出来るからって、ずーーーーっと話してるしさ。だいたい、何が『ナマステー』よ。日本に留学に来てるんなら日本語で挨拶しなさいよって話!」
私の心からの叫びを、お姉ちゃんは「あははー」なんて笑いながら受け流す。ちょいイラッとした。
「やっぱ、あんたが荒れてるときって、大抵礼文くんがらみだよね」
「うっさい」
ほんっとむかつく。ソファに寝そべったまま、お姉ちゃんをジロッて睨みつけた。
「あーあ。これからちょっと出かけるから、可愛い妹のために市場寄ってウニでも買ってきてあげようと思ったのになぁ」
あ、マジか。
慌てて上半身を起こして、お姉ちゃんを見上げる。
「お姉ちゃん! だーい好き!」
上目遣いを意識して。たっぷり1オクターブ高い声に、首の角度は20度くらい。これでお姉ちゃんは落とせる。
「まったく、しょうがないなぁ。今回だけだからなー」
ほら、鼻歌は辛うじて我慢できてるけど、足取りがちょっとだけスキップになってる。チョロい。
「はぁ」
機嫌良く家を出てく我が姉を見送って、もう一度ソファに沈んだ。ウニにありつけそうなのは嬉しいけど、別に問題が解決したわけじゃない。ちらって見たスマホには、通知が10件。慌てて開いたら、全然興味ない男子ばっかズラリ。
「お前かよ」
あー萎える。はずみで1人既読つけちゃった。まいっか。
スマホを投げ捨てたら、ソファからポフって音がした。
ブー、ブー、って音で目が覚める。え、あたしいつ寝たっけ?
周りが眩しくて何も見えないけど、とりあえずテキトーに手伸ばしたらスマホがブルブル震えてた。
「もしもし」
「もしもし、宇仁山、今時間ある?」
え、え? 礼文から電話? 時間あるかって何? デートの誘い……はあいつに限ってないよなぁ。
「あるけど、どうかしたの?」
「いや、大した用じゃないんだけどさ。てか、なんか調子悪そうだけど、大丈夫?」
「はぁ? 誰のせいだと思ってんの?」
「え? 俺?」
まずいまずい。寝起きの不機嫌をぶつけちゃった! えっとね、こういうときはさっさと謝っちゃうに限るの。
「いや、ごめん。ちょっと寝起きで機嫌悪かっただけ」
「ああ、そういうこと。別に謝ることじゃないよ。こっちこそタイミング悪くてごめん」
ふふっ。礼文は優しいから、謝ればすぐ許してくれるんだ。
「それよりさ、今アーシャちゃんと一緒にいるんだけどさ……」
「はぁ?」
ねえ、これは怒って良いよね?
「なんであたしは呼び捨てなのに留学生はちゃん付けなわけ? てか、そもそもなんであんたが留学生と一緒にいんの?」
「いや、そっちを先に聞かれると思ってたよ、俺」
「で? いいから答えてくんない?」
「どっちから?」
「呼び方に決まってんでしょ!」
この際だ。溜まってたモヤモヤを思い切りぶつけてやる。
「いや、ほら。女の子を呼び捨てってなかなかハードル高いじゃん? 呼び捨ては宇仁山みたいに気の置けない仲になってからが良いかなって」
「呼び捨ての方がちゃん付けより上なの?」
「うん、当たり前じゃん」
「そっか。なら、まあ良し」
上下関係ははっきりさせておかないと、後々のためにならないからね。けど、あたしの方が上ってことなら、目くじらを立てるほどのことじゃないか。
「で、次は? あんたが自分から女の子と二人になる勇気があるとも思えないんだけど?」
スマホの向こうからはは、と笑い声が聞こえる。
「やっぱり宇仁山は俺のこと何でもお見通しだな」
そんな言い方したって許してやんないんだから。ちょっとだけ嬉しいけど。ちょっとだけね。
「ほら、俺割と英語できるじゃん?」
「そういう自慢いらないから」
「自慢じゃねえから。でさ、なんか困ったときに相談乗って欲しいからって、連絡先交換したわけよ」
いや、待って。あたしが礼文に連絡先教えてって言えるまで何年かかったと思ってるの? それをたった1日なんて。インド人留学生、いよいよ気に食わなくなってきた。
「そしたらさ、帰宅時間間違って伝えてたらしく、ホストファミリーがまだ家に帰ってないんだと」
「それで、暇つぶし要員としてあんたが呼び出されたけど、アーシャちゃんと2人じゃ間が持たないから、電話してきたのね」
「さすが宇仁山! よく分かってる!」
褒めたって何も出ないんだからね。こういうときはピシッと断って、恋愛の主導権を握るチャンスだって、なんかの雑誌に書いてあった。
「つまり、あたしは人数合わせってことかな?」
澄ました声って、こんな感じかな。
「違う。俺にはお前のコミュ力が必要なんだ! 今度なんか奢るから!」
「あたし、そんな安い女じゃないから」
「ウニ! サゴジョー寿司のウニ奢る」
「おっけー」
あれ? やばい。ウニって聞いて脊髄反射で口が動いた。いや、脊髄反射じゃ口は動かないか。脳幹反射ならいける?
「まじか! 助かる!」
まあ、言ってしまったものは仕方がないか。電話の向こうで礼文も大喜びしてることだし、せいぜい恩に着てもらおう。
「しょうがないなぁ。今回だけだからね?」
そんなわけで、十分後にはあたしは駅前にやってきていた。
「宇仁山! 来てくれてありがとな」
公衆の面前で大きく手を振るのやめて欲しい。別人のフリをしたくなるけど、そしたらもっと激しく手を振ってくるんだろうなぁ。
「別にお礼言われる筋合いないんだけど。非モテ男子と2人きりじゃ、アーシャちゃんが可哀想だったから来てあげただけ」
腹が立ったから、つっけんどんに返す。
「それでも、ありがとな」
この場面でスマイルが許されるのは、イケメンに限られる。だが、たちの悪いことに礼文は割とイケメンだった。
「ど、どういたしまして」
ちょい恥ずかしくて礼文から目を逸らすと、隣でおろおろしてる女の子と目を合った。身長は礼文の肩くらい、動きはひょこひょこしてて癒されるけど、脚はすらっとしてるしスタイルは大人っぽい感じ。
「コンニチハ。ハジメマシテ」
カタコトの日本語が、また可愛い。
え、てか、アーシャちゃん、よく見たらかぁわいい。教室であんまちゃんと見てなかったけど、よく見るとラクシュミーかよってくらい可愛い。
え、ラクシュミー知らない? ソシャゲキャラだよ。インドのなんか。
で! とにかくアーシャちゃん可愛すぎてやばいの。卍。
なんせ、顔ちっこいのに、おめめパッチリ鼻くっきり! そのくせほっぺとか唇はプクってしてて、突っつきたくなる。あ、あと、腰までかかりそうな長さの綺麗な黒髪。
こりゃ男子が放っとかないのも分かるなぁ。
「こんにちは」
緊張しているのかな、炊く前のお米みたいに顔が強ばってる。ふふっ、これはこれで可愛い。
「ナマステー」
そう言って笑いかけると、アーシャちゃんの顔がパッと明るくなった。
「ナマステー!」
アーシャちゃんは合掌して、ぺこりと一礼する。
まったく、何が「ナマステー」よ。可愛すぎかよ。
結局カフェでカタコトの日本語と英語混ぜて駄弁ってたら、1時間なんてあっという間だった。はじめはマックのつもり立ったんだけど、アーシャちゃんが菜食主義で無理だったんだよね。
ま、どうせあたしの懐は痛まないから良いんだけど。
「じゃあねー! ナマステ-!」
「ナマステー!」
ナマステは別れの挨拶にも使えるらしい。ナマステ万能説が浮上した。
「はあ。楽しかった。礼文も可愛い女の子と一緒にいられて楽しかったでしょ」
「まあ、うん、そうだな」
否定しないんかい! まあ、アーシャちゃんが可愛かったのは事実なんだけどさ。
「でも、3週間したら帰っちゃうんだからね?」
「え? 誰が?」
礼文がキョトンとした顔になる。
「誰って、アーシャちゃん」
「え、あ、可愛いって、アーシャちゃんの話?」
焦ったように礼文の声が上擦っている。
「いや、他に誰……」
あ、えっ? ちょっとこれ、どういうこと?
「あ、ごめん、ちょっと走りたい気分だから走って帰るわ。じゃあな!」
礼文は、エゾバフンウニみたいに赤くなった顔を隠すように走り去ろうとする。
「ちょっと」
止まれと言われて止まる素直さも、礼文のいいとこだと思う。
「ウニ、ちゃんと奢ってもらうからね!」
「分かってるよ。じゃあな!」
「じゃね!」
ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら、礼文を見送った。
「ただいまー」
「おかえり。なんか機嫌直ったね」
「えへへー」
びっくりした様子のお姉ちゃんに向けて、ピースをして胸を張る。
「元気になったから、ウニはいらないかぁ。自分で食べちゃおうかなぁ」
その手には蛍光灯の光を受けて、黄色く輝くムラサキウニ。
「それはだめだよ」
だって今は――
「――良いことがあったから、ウニが食べたい気分なの!」
我ながら最っ高のスマイルで、お姉ちゃんから黄金色のウニを引ったくった。