殺すべきクマ/生かすべきクマ
しまった誤解招いたぞ!みたいな部分はちょいちょい書き直してます。こういうの書くのは難しいです。
感想は基本的に返信しません。テラさん専門家ではないので、詳しい言及はできません。細かいとこは専門家に聞いてください。
なにやらクマの話題で沸騰しているなぁ、と思ってついったーのTLを見ておりました。
殺すのはかわいそう。他に何かできなかったの。
クマは人食いだって分かってるんだから、殺すのが当たり前。かわいそうと思うのがまずおかしい。
という二つの意見に割れているように思えます。双方に一理ありだな、という感想です。
なぜならば、街に降りてきた時に殺すべきクマと、殺すべきではないクマがいるとされているからです。双方に一理ありでしょう?
それは何故なのか。なにを基準に駆除を決めているのか。
知る機会がなければ、TLの泥仕合を眺めて気分が悪くなるだけの不毛な時間が続いてしまいますよね。
というわけで今回は、『クマ対処の落とし所はどこにあるのか』というお話をさせていただきたいと思います。
このエッセイの最後に参考文献を載せますので、興味を持った人はそちらに行ってくださいね。テラさんの私見ではなく、学術的な論を話すだけですので!
ではでは↓
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まず、「なぜ動物が街に降りてくるようになったのか」という話をしましょう。
これはすごい単純な話で、街場にあるものがおいしいからです。
人間が美味しく食べられるように作った果物や野菜が畑にあるから、それを食べにくる。
けものも美味しいものを食べたいと思うから、わざわざ山を降りてくる。そこは別に、山が豊かでも関係ないんです。
ジンジャーエールが飲みたくなった時に、冷蔵庫の生姜と蜂蜜と炭酸水を混ぜて作るよりは、隣のコンビニで買ってくるよね……みたいな感じに思っていただければたぶん合ってます。たぶん。
これはクマにもある程度当てはまります。
山にある程度の食べ物があったとしても、放ったらかしにされた生ゴミや養蜂箱があれば、それを食べに来てしまう。
また、クマははっきりした縄張りは持たないので、畑が無防備だと何匹もまとめて畑に現れるようになる……と、まぁそんな感じになるわけです。
このパターンに対する対処は簡単です。
誘引物となっているゴミをしっかり管理し、畑に柵を張ればいい。これができていないと、クマによる被害はどんどん拡大します。
さて、ふたつめのパターン。親から独り立ちした若いクマが、街場に迷い込むという状況ですね。
これは今の時期特有のもので、特定の何かを狙ってはいない。むしろ降りてきた方が混乱してしまって、むやみやたらに逃げ回ってしまいます。
ちなみに、クマが木に登った時は「ごめんなさい私の方が弱いです。逃してください」という服従の合図です。
クマは仕草やアイコンタクトで会話をする社会性を持っていて、「自分より強い」か「無意味な攻撃はして来ない相手」と判断した相手には戦いを挑みません。これは人間相手でも当てはまる事が多いです(主にツキノワグマですが)
自分がこの場所に来るべきではなかったと理解して、かつ街に食べ物がないと判断した場合、こういうクマは山に大人しく帰ってくれます。
これは『クマが降りてくるなんて珍しくもないから』と、追い払いもせず放置することによって、被害が悪化するパターンです。
街場にくるクマはだいたいこの2パターンです。さて、この中で殺すべきなのはどういったクマなのか。
それは、「人間が用意した万全の防御柵を突破してでも入ってこようとする奴」です。
ほったらかされた畑に延々とやってくるクマ全てを殺すのではキリがないし、そもそも対処する人間だって危険で負担が大きい。
畑の所有者が駆除をやるならともかく、対処する人はたいてい狩猟ができる人だから、雇うのも効率が悪い。
たいていのクマは、しっかりとした対策をすれば畑に寄り付かなくなります。
だから、それでも来る奴を獲るという方が効率が良いし、人里近くにやたらとクマを集めないので、人身事故の心配も減ります。
対策をせずに来たクマ全てを殺そうと神経を尖らせるよりかは、誘引物に対処してから備えた方が、襲撃回数が減り対処する人の負担も減る。そう考えていただければ幸いです。
街に出てきて、その辺を目的なくうろついてるクマの場合。これは少し難しい。
このクマは、興味本位の行動として街をふらついています。
一度街を追い出して、その間に家の扉や誘引物に対処をしてしまえば、基本的にこのクマが害を出すことはない。
ただ、追い出すためにはクマが安全に逃げる為のルートを確保し、街が危険なのだと覚えさせる専門の技術者が必要になります。
クマはチンパンジーくらいの知能は余裕で持っているので、ダメなことを覚えさせるという事ができるんです。
ただこの「覚えさせる」というのが難しいところで、まずクマは「痛い目にあったから、ここの食べ物を食べない」という思考回路ではなく、「食べたいものがそこにあるのに、人間が攻撃してきた。あいつらは敵だ」と判断するようになります。
恨みを持って行動するようになった生き物は危険です。中途半端にクマを傷付けると、さらなる事故に発展する恐れがあります。
技術者ではない人間が無理に技術者の真似をしようとすると、余計に危険になるおそれがあるわけですね。
ただ、もしこの若いクマを殺した場合、その後の世に生まれるクマは街が恐ろしいものなのだと覚える機会を得ない。
結局こいつらの後に続く若いクマが興味本位で街に出てきてしまい、その度に町中大騒ぎになるというのもちょっと疲れる話です。
妥協案として取れるのは、この個体を取っ捕まえて遠くに離し、その間にクマを寄せそうな物を片っ端から片付けて行くという手段です。
クマはいずれ元の場所に戻って来るかもしれませんが、食べ物がないとなれば引き下がる。
もし追放されるまでの過程で「街が怖い」と知ったクマなら、その子供が街にくる可能性も低くなります。
見つけてすぐ殺すよりかは、世代をかけて「教育」していく方が、ゆるやかに騒ぎを減らして行けるんですよね。
だから、実際行き当たりばったりで殺すよりは「人間側が畑やゴミ箱に工夫する」とか、「クマは生かしてダメなことは学ばせる」方が、被害を減らすには効率がいいんです。
ですが取っ捕まえて遠くに放すと言ったって、離す先にも他の誰かは住んでいるし、そもそも取っ捕まえるための麻酔薬は、獣医でなければ基本的には扱えません。
獣医でさらに麻酔銃の所持者というのは、圧倒的に少ないでしょう。一県に一人いるのかこれ?
だから、「生かして捕まえる方がいい場合でも、殺さざるを得ない状況の方が多い」んです。
無理してでも捕まえろ?それは無理な話です。中途半端に傷付けたら、クマは人間を敵とみなすかもしれない、というのは先ほど話した通り。
麻酔を使えないからと網で捕まえるのであれば、その捕獲者が致命的な怪我をしてしまう可能性があります。
いつ出るかも分からないクマのために技術者を雇うのはコストが高すぎる。取る手段が固まってしまうのは、現状では不可抗力の事が多いです。
これで行政に文句を言う方は、網持ってクマを捕まえに行ってきた方が良いです。私ならやらないですけども。
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さて、話題のなかでは一頭のクマが連続で人を襲った事件について複数上がっていましたが……これは基本的には、街場に出たクマではなく山に自ら入った方の場合が多い。
以前山菜採りでの事件が複数続きましたが、警告看板をどけてまで山菜を採りに行った場合の対処については、行政を責めるべきではないと思います。
ちなみにクマは、食事の70%以上を植物で補う植物食寄りの動物です。
自己防衛のために攻撃を行う事はありますが、人間を襲って食べる事は滅多にない。
それでも人を執拗に狙うようになる理由の大半は、街場の場合と同じく「誘引物があった」から。
テントの外に出しておくべき食料を、テント内にしまっていただとか、クマの主食の山菜を背負って一人で歩いていた、という状況がそれに該当します。
最初クマは、人間を食べ物としては判断していません。食べ物として認識するのは、誘引物となるエサ目当てで攻撃した時に、その味を知ってしまった場合です。
そんなわけで、山に自ら赴く方の場合は、街場のクマの対処とは違い、自身にも責任が生まれる。
山に潜む危険を理解し回避するのは、一般的なリスクマネジメントの範囲に含まれるものであると私は思ってます。
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長くなりましたが、まとめましょう。
クマを殺すべきか生かすべきか。これは状況によって異なるし、生かすのは現実的に難しいという事が大半です。
問題提起をして、議論するのはいい。しかしこの件で行政や街の人を攻撃したり、極端な意見に踊らされるべきではありません。
クマが街にくる、人を追いかける……この原因となるのは「誘引物」なので、根本の原因である誘引物に対処してしまえば、襲撃数そのものを大幅に減らす事ができます。
誘引物除去で襲撃数そのものを抑えることは、不安と負担を減らす事に直結します。
クマに対処できる方が常にいるわけではない、という状況下なのであれば、自身が身の回りの誘引物を減らす事が一番の安全策になります。
誰かが対処してくれるだろう、殺してくれるだろうとは思わず、まずは自身の安全を自身で確保してください。
現状では、人里付近に出たクマを安全に殺せる技術者はほとんどいませんし、誘引物を片付けない限り、クマを殺し続けても被害は減りません。
山中で起きた事件と街場の状況を比較するのは、基本的には避けるべきです。
クマは最初から人間を食べ物と認識してはいないので、こちらが適切な対応をすれば事故を免れることが大半です。落ち着いて対処しましょう。
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さて、このエッセイはBear Smart Japanという団体が無料公開している「非致死的なクマ管理技術の手引き_日本語訳」というテキストを参照しています。
クマが街に出てきた時、クマを傷付けず安全に追い返し、しかも二度と街に出てこないようにする……という技術を確立しているアメリカの技術書を日本語訳しためっちゃすごいテキストです。
このエッセイを読んで、さらに知りたいことが増えたという方はぜひ。
根本の原因である「誘引物」が具体的に何なのかとか、「クマに会った時、何をすれば安全なのか」「子供が会ってしまった時、どういう事をさせればいいか」とか、そういう話は全部載ってます。
農水省、環境省や各市町村でも、各土地に合わせたマニュアルは既に出されています。ぜひ調べてみてください。
今日はそんな感じです。
Bear smart japan
【非致死的なクマ管理技術の手引き_日本語訳】
→総合対策資料。アメリカの資料だが、基本的な部分は日本と変わらず、技術面における具体的な記載は最高レベル。主に技術者、行政、警察向け。
日本クマネットワーク
【各地のクマ被害報告書】
→どのような被害があったのかの報告書一覧が閲覧可能。会員になると最新の研究結果も閲覧できる。研究者組織のため、生態学分野における知識が最も強い。調査によって、クマの出没頻度予測を成功させている。
北海道渡島総合振興局
【クマと食べ物】
→誘引物への対処のほか、観光客への注意喚起を行う。意図的、非意図的に関わらず、人間の食物を覚えたクマが、性格を変える事が記されている。
NHK
【クマの被害を減らすために】
→糖尿病患者がトイレの後にクマに抱きつかれたという、興味深い事例について記される。クマは好きな匂いの物に抱き着く習性があり、これが人里に誘引される原因のひとつになっている。
環境省
【クマ類出没対応マニュアル】
→バランスの良い国の資料。誘引物除去の重要性の他、水路の整備など、現地の人が捕獲の前に行うべき具体的な対策についても記される。
ヒグマの会
【ベアカントリーの心得】
ツキノワグマと混同されがちだが、対処法が異なるヒグマへの対処がより区別されて示される。生態学知識から入り、誘引物除去の重要性を記す分かりやすい記事。
北見市
【クマにご注意ください】
一般的な内容の他、ガソリンなどの揮発性物質の取り扱いについても記されている。クマはガソリンやペンキの匂いが大好物なので、外に放置していると香水がわりに使われてしまうらしい。
WWF
【クマとの共存を目指して】
こちらも一般的な内容が記される。当事者が誘引物の除去をしなければ根本的解決にならないという点は、どの記事においても共通で主張されている事がわかる。