名もない終焉
あなたは、ゲームのセーブデータを「削除」するとき『その先』を考えたことがありますか?
これは『その先』を綴った物語…
名もない終焉 take
第0章 ひとつの選択
「うーん、どうすっかなー」
九月一日 月曜日 午後七時三十一分 。
俺は、携帯ゲーム機の白く光ったディスプレイと睨み合っていた。視線の先にはカーソル選択された一つのデータファイルがある。
「うーん」
悩みながらも、カセットパッケージに目を落とす。双翼のエンブレムと宝剣を背景に「FAIRY FANTASY」と大書されたバッケージ。新品の輝きはもう失われ、所々くたびれている。当時恐ろしくハマっていたのが、伝わってくる。
「まぁ、もうやらないか…」
そうつぶやくと、ファイルの詳細設定を開き、『削除』を選択する。
『本当に削除しますか?』
少し考えてから、もう一度『削除』を選択する。
『削除中です、しばらくお待ちください。』
お馴染みの黒縁のゲージが表示され、左から白く侵食されてく。
ふと思い出し、時計をみると…七時五十五分。
「やばっ!」
床に転がってるカバンを荒っぽく拾いながら階段を駆け下りる。玄関から飛び出し、自転車にまたがったとこで、空気がいつもと違う香りをしているのに気づく。
雨の匂いだ。
空を見上げておれはつぶやいた。
「今日は一雨くるかもな。」
第1章終わりは突然に
九月一日 月曜日 七時五十五分三十一秒
『FAIRY FANTASY』内部でひとつのコマンドが実行された。
「ふあぁー」
昨日は早く寝たつもりだったのだが、やはり朝は苦手だ。
誘惑を押し切って布団から出る。とりあえず、目を覚まそうとカーテンに手をかける。一気に開け放つと朝日が……
…あるはずだった。
「……なんだ…これ……」
そこに、太陽は存在しなかった。あるのは無限に広がる血色の空。
しばらくして、バンッと部屋の扉が勢いよく開き、少し痩せた女性が入ってきた。すると、こちらを見つけた途端、口を開いた。
「カル!」
それに応えるようにしてカルも声を出す。
「母さん!」
呼びながら母さんの腕へ飛び込んだ。なぜかとても安心感があって泣きたくなったが必死に我慢する。それは向こうも同じようで腕の力がどんどん強くなっていくのを感じる。
「また、魔王軍が攻めてきたの?」
カルは震えながら聞いた。
「いえ、それは……ないはずよ。ハデスは二ヶ月ほど前に外界から召喚された勇者様が倒したはずだわ。復活だって無いという王都からの知らせで…それで、平和になったはずよ…平和に…」
確かにその通りだ、しかもこの空からは事態がその程度でないことを物語っている。
その時、空から赤い雷が降ってきた。
ズッダァァァーーン
耳をつんざく轟音が大地にとどろいた。
親子は揃って窓の外を見た。そして二人は言葉を失った。
赤雷が落ちたその場所から大地が…崩れていく。それは布の上に落ちたインクのように、たちまち広がっていった。
「か…さん…」
恐怖で声がかすれる。
「カル、よく聞きなさい」
母さんは両方の手をカルの頬に当ててこう言った。
「逃げなさい、できるだけ遠くへ」
「でも、母さんは?」
その答えをカルは知っていた。
「私は村長の妻としてまだやるべき事があるわ、きっと父さんも今村のみんなを避難させているはずたから」
「一緒に逃げないの?」
それを聞いて、母さんは少し悲しそうな顔をした。それでも彼女の目は決心で強く輝いていた。
「ごめんね、ずるいかもしれないけど最後に一度だけ母さんの願いを聞いてね」
セレナは最後にもう一度だけ息子を抱きしめて、こう告げた。
「さぁ、走って! 生き延びて!!」
あれから、どのぐらい走っただろう…
時間感覚はとっくにわからなくなってしまった。何度か振り返ろうとしたが、怖くて振り返られなかった。振り返った途端、あの赤雷が生み出した奈落が、すぐそこまで迫っているかもしれないと思うと振り返られなかった。
途中でカルに助けを求める人もいた。それでも走り続けた。…見捨てた、生き延びるために
浮かんできた微かな罪悪感のせいで、カルはそこに石が転がってることに気づかなかった。
「わぁっ!」
ズデーンと派手に転んだ。
しばらくして、血で染まった両手を使ってゆっくりと起き上がった。痛みはなかった、それよりも喪失感の方が大きかったからである。
だから自分の目の前にある状況を見ても驚かなかった。
カルはそれっきり走らなかった。なぜなら目の前に既に奈落が存在していたからだ。後ろからは大地が崩れていく音が相変わらず響いている。
カルはそこで初めて、後ろを振り返った。奈落はまだ追いついていない。
しかし、あと五分もすれば追いつかれるだろう。
もう、だれにも止められない。
諦めたカルの瞳に意外なものが飛び込んできた。
「えっ?」
信じられなかった、そこには人が立っていた。しかもあれは…
「父さん!」
とっさにカルは叫んだ。
「カル!生きていたのか!」
二人は駆け寄った。
「父さん!母さんは?」
その言葉を聞いた瞬間、父さんの顔が一変した。
「…セレナは……」
父さんは黙って首を振った。
カルは父の表情が悲しみではなく罪悪感で染まっていることに気づいた。
「…っまさか、見捨てたの?!」
「仕方なかったんだっ! 俺が生き残るにはあれしか無かったっ!」
あれが何かはわからなかった。いや、むしろ知りたくなかった。
「母さんは!父さんを信じていた、信じていたのに!」
「子供のお前になにがわかるっていうんだぁっ!」
そう言って男はカルの胸ぐらを掴んだ。
「お前だってここに来るまでに、何人も見捨てただろっ!知ったような口を叩くんじゃない!」
カルはそのまま勢いよく投げられた……その先に地面無かった。そこにはただ奈落が口を開けて待っていた。
落ちる。カルは単純にそう思った。
『…無力だ……』
涙が頬をつたう。カルは落ちながら思った。結局何も出来なかった。母さんの願いを叶えることも誰かを救うことも…そして最後には、父さんに殺された。
外界の勇者は何をしているのだろう。こういう肝心な時に世界を救ってはくれないのか。いや、もしかしたら最初から、彼によって仕組まれたことだったのかもしれない。
もう、分からない。
僕は何のために生まれてきたのだろう?
それが彼の最後の思考だった。
こうしてまた、ひとつの世界が終焉を迎えた。
―END―
最後まで読んでいただきありがとうございます。
初の作品ですので、読者の皆様には色々と思うところがあると思います。それでも、皆様の胸に少しでも響くものがあれば幸いです。
今度も短編小説をちょくちょく書いていく予定です。よろしくお願いします。