襲撃跡
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――襲撃跡――
「なんだ小型に毛が生えた程度でないかニャン。」
いつの間にか樹上に上がっていた猫耳族のチャッキーが魔獣にとびかかると素早く後ろ足の腱を切断する。
ちなみに語尾にニャンを付けるのは決して猫耳族の独自の習慣と言う訳ではない。
猫耳族平均身長は160センチ程度で犬耳族よりは細身で有る。
従って力は犬耳族に及ばないが高い俊敏性と柔軟な体を持つ特徴がある。
暗闇でも見える目を持ち音を立てずに木の上を移動出来る、しかもその速度が地上を走る犬族にも劣らない所が有る。
魔獣に見つかっても樹上に逃げ、木を伝って魔獣から脱出するの戦法を取れるので軽量ではあるが非常に効率のよい戦いを行えるのだ。
足が動かなくなり倒れたケルビオンに獅子族が一斉に槍を持ってとびかかる。
獅子族は平均身長200センチ位の大型の体躯で非常に強い筋肉を持っている、それ故俊敏性にはすぐれないが強い力と耐久性を持っている、
しかも大きな体躯に溜められた魔素は獅子族に強力な魔法を与えてくれる。
動きを止められた魔獣は口から光を発するが獅子族は腕に付けた金属製の盾でそれを防ぎながら首筋に槍を突きたてる。
ゼルガイアが魔獣の頭を足で押さえつけ心臓に剣を突き立てる。
しかしそれでも魔獣は動くのをやめない。
他の仲間が手足の腱を切断するとやがて魔獣はゆっくりと動きを止める。
中型魔獣の恐ろしい所は急所を突いてもすぐには死なない所にある。
普通の魔獣でもその回復力は大きく怪我をして逃げた魔獣はたちまちのうちに傷を治して復活してくるのだ。
ゼルガイアは素早く抜いた剣を首に突き立てるとそのまま牛の首を切り離す。
「けがをしたものはいるか?」
大声で叫ぶが誰も返事をする者はいない。獅子族は全員が返り血を浴びて血まみれになっていた。
500キロ程の中型魔獣であった。
元来肉食獣と言う物はあまり大きくはならない、俊敏性を無くし獲物を狩る事が出来なくなるからだ。
ところが大型魔獣になれば軽く1トンを越す。
肉食の大型魔獣は体内で作られる魔素の働きにより魔法攻撃を行い獲物を遠距離から仕留めて食らうようになる。
大きな体を持ち本来狩りなど出来ない魔獣が狩りを行えるのはその理由による。
魔獣は必ず何かしらの魔法を持ち他の小型魔獣を遠距離から仕留めて食らう。
大型魔獣になれば軽く1トンを越す体躯を持ち、それに伴って力も耐久力も強くなる。
考えてみれば大型魔獣軽々と持ち上げあまつさえ毎日それを食っている竜神と言う物の恐ろしさを感じる。
しかも魔獣と異なり非常に高い知性と物事を客観的にとらえられる理性を持っているのだ。
ただの身体の大きなだけの化け物では断じて無いのである。
今回のメンバーであればその大型魔獣をも倒せる能力が有る。ただ全くの無傷と言う訳にもいかないだろうが。
「獲物を吊り上げるぞ。」
近くの大木の枝にロープをかけると2頭の馬を使って獲物を高く吊り上げる。
普段であれば持ち帰るのであるが今回はそうもいかない、探索の任務が有るからだ。
しかし放置すれば他の魔獣に食われる事になるので彼らの手の届かない場所に置いておく必要が有るのだ。この獲物は帰りに回収していくことになる。
「前足を回収してよろしいでしょうか?今夜の糧食に出来ます。」
「む、そうだな、回収しておくか。」
さすがナンナ、そこいら辺の気遣いが出来る良い女である、ぜルガイアの女房ではあるが。
前足を肩から切り離し馬車に放り込む。
作業が終われば休むことなく先へ進む、無駄とは思いつつも生存者のいる可能性が有るうちは引くことは出来ない。
「近いな。」
アグンが何かをかぎつけた様だ。
「魔獣でない者の血の匂いだ。」
犬耳族の鼻は鋭い、現在はその能力が更に強化されているのだ。
やがて殺戮の有ったと思われる場所にたどり着く。
周囲には食われた者が身に着けていたと思われる物が散乱していた。
身元の確認が取れる物でも有れば良いが多分難しいだろう。
衣服の切れ端や靴と言った物も有るがあまり見慣れないデザインの物が多い、他の町ではこういった物が流行っているのだろうか?
「こいつは何でしょうか?」
ひん曲がった金属の棒状の物が残っていた、打撃武器にしては貧弱である。
「遺品だ、馬車に放り込んでおけ。」
その食われた跡は3か所にも上り少なくとも10人以上は食われているようだ、よくあの子供が生き残れたものである。
あるいはあの子供を助ける為に自らを犠牲にしたのであろうか?
いずれにせよそれは本人に聞かねばわかるまい。
「そう言えばこの近くに遺跡群が無かったか?」
ゼルガイアは以前の報告書に有った遺跡の事を思い出す。
「はい、発見されたのが3年前ですし、この辺は大型魔獣の出現地域ですので発掘はまだほとんどされていません。」
さすがナンナである、大した記憶力の持ち主である。
「そうだな、発掘するにしてもシェルターが作られなければ作業が出来ないだろうからな。」
財政的な理由よりもむしろ警備部隊の人数の不足によって作業が出来ない側面の方が大きかった。
現在でも隊員にそれ程の余裕はない、この仕事は常に命の危険にさらされる、それだけの決意が無いと出来ない仕事なのだ。
「まあ、命知らずのトレジャーハンターが発掘を行っているようですが、早い話が盗人ですから状況は全くわかっていません。」
ゼルガイアはしばらく考えていた。
「お前遺跡の場所は判るか?」
「そう遠くは無かった筈ですが調査のついでに寄ってみますか?」
「そうだな、しかしもう暗くなって来たこの辺でキャンプを張る。」
大きな木を背に二台の馬車をキャンプを囲むように配置する。この辺は大型魔獣も生息しているので注意は怠れない。
馬を馬車から外し餌を与えて水をやる。ナンナが先程回収した魔獣の前足の革を剥いて焼き始める。
ナンナもぜルガイア程ではないが190センチはある偉丈夫である。
しかもいくつかの攻撃魔法を駆使できる、警備軍の中でも屈指の実力者でも有る。
ぜルガイアとの間に二人の子供を儲けているが引退はせずに討伐部隊の任務に付いている。
現実問題として警備軍は常に人材不足である。町の外周部が広がるにつけて魔獣との接触が増える。
小型とは言え100キロを超える魔獣も少なくないのである。それが畑を荒らすのであるから狩らぬわけにもいかない。
罠を仕掛けてもいかんせん相手が大きすぎると罠が壊されるのである。
何しろ魔獣は雑食性で有り、なんでも《・・・・》食べる。
しかも食べた物は余さず肉体へと変化させるのである。
森の中の物を食べていろと言いたいが、やはり人間の作る物は美味しいらしく里の物を食った魔獣はまた里に来る。
とは言え現実問題として狩った魔獣は捌いて市中で売りに出らされており、それが飼育されている家畜より安いのである。
味にしても十分太刀打ちできる肉質で有り街の人間の重要な蛋白源であることもまた事実である。
竜神のおかげで街の周辺での大型魔獣は殆ど見られない、しかし小型の魔獣はそれこそいくらでも湧いて出てくるのである。
警備軍の新人は罠や狩猟でこの小型魔獣を狩る事を任としている。
その中で能力を発揮した者が警備軍の中でも大型魔獣と戦える討伐部隊としての任に着ける。
討伐部隊は警備軍の中でもエリートである。しかしその為の代償は限りなく大きい。
狩猟部隊の行う狩りは小型魔獣でありあまり危険はない、しかし大型魔獣との戦いは常に命がけのものとなり致死率も高い。
警備軍の狩猟部隊にいた兎耳族のミゲルが討伐部隊に引っ張られたのは大変な迷惑という以外には無いだろう。
もともと兎耳族は極端に臆病でありその大きな耳は外部に有る危険をすばやく察知するために有るのだ。
力が弱く体力も無いが知性は高く一般事務としては非常に優秀な能力を発揮する。
警備軍の上層部にはかなりの数の兎耳族がおり、脳筋揃いの警備隊をなんとか知的な存在に仕立て上げているのが現実である。
ミゲルは警備軍の事務職に就職していたのだが狩猟部隊の人手不足にいやいや駆り出されたのであった。
ところが高い索敵能力に加えて魔獣の動きを見切る能力が認められて狩猟隊部隊に完全にスカウトされてしまった。
まあ一般事務に比べて雰囲気は自由だったし危険も少ないのでだんだん馴染んできたのではあったが、今回のことはまさに晴天の霹靂、交通事故以外の何者でもないとミゲルは思っていた。
ナンナが調理してくれた肉を他のメンバーがガツガツ食っている間ミゲルはボソボソと芋と茹でたニンジンを食っている。
兎耳族は肉を消化する能力が低く皆ベジタリアンである。スープくらいはともかくまともに焼いた肉を食えば下痢は必須なのである。
したがって誰もミゲルに肉を勧める事はしない。
魔獣の肉を食った討伐隊は周囲の見張りを怠らない。
見張りは犬耳族と猫耳族が行う、残念ながら獅子族は攻撃力こそ大きい物の感覚はあまり鋭くなく見張りには向かない。
その代わり魔獣との戦いでは常に先頭に立つのである。
食事を済ませ焚火の周りでこれからの行動を検討する。
「現在地はここ、最初の血だまりを発見したところである。」
「発見された遺跡はこことここ。」
ナンナが地図に位置を示す。
「ふうむ、この場所を囲むように遺跡が有るな。」
滅びたと言われている人族の残した遺跡である。大部分の遺跡は時の流れに風化してしまっているが、中には不思議な物が詰まっていたりする。
「遺跡の真ん中で人族が発見された……と言う事はナンナ、偶然であろうか?」
「さあ……なんとも図りまねますね。いずれにせよ明るくなって捜索をすればまた何かわかるかもしれませんが。」
「ん?」
ミゲルが耳をヒクヒクと動かす。
「なんだあれは?」
見張りの声にハッとして顔を向ける。
見張りの指さす方向がぼうっと光っていた。
光はブヨブヨと形を変え少しづつ大きくなっていく。
アグンが剣を持って駆け寄ろうとする所をゼルガイアが止める。
「まて、様子を見るんだ。」
全員が剣を取ると光の周りを囲んで成り行きを見守る。
「アグン、周囲に何か変化は有るか?」
そう言われてアグンも耳を動かし空気中の匂いを嗅ぐ。
「今のところは何も感じません。」
「よし、何か異常を感じたらすぐに報告しろ。」
「いえ、何かわかりませんが変な音が聞こえます。何かブーンと震えるような音です。」
全員がミゲルの方を見る。
「それは今始まったのか?」
「いえ、この異常が始まる直前からです。」
「音源の方向は判るか?」
ミゲルは耳をヒクヒク動かしながら周囲を探る。
「大体の方角はわかりました。」
やがて光の粒子が回りながら集まってだんだん光の空間を広げていく。
ぼうっと何かの陰が光の中から現れ動いているのが判るようになる。
「あれはなんだ?」
光の中に人影が見える、動いているようだ。
「ま、まさか?」ゼルガイアがつぶやく。
光の中に幼い少女が現れる。少女はキョロキョロと周囲の様子をうかがっているように見える。
「あの娘はもしかして人族の……?」
ナンナがゼルガイアに囁きかける。
少女は幼く見えるがその特徴的である犬耳も兎耳も持っていなかった。
「判らん……もう少し様子を見るんだ。」
ゼルガイアはゆっくりと光の近くに寄って少女を覗き見る。
少女がゼルガイアの方を向くと突然驚いたように目を大きく見開く。
ゼルガイア指をさし口を動かし何かを言っている様にも見えたがその声は聞こえなかった。
そして光がぱっと強く輝いたと思った瞬間すべては終了し何もなかったかのように消え去った。
ゼルガイアが光の有った場所に駆け寄るがそこには何の痕跡も無かった。
「あの娘……。」
昼間会った少女に似ている様にも見えた。
しかし獅子族の彼には他の獣人族の顔の見分けは付きにくい。
同様に他の獣人族もまた獅子族の顔の見分けは付きにくいと言う種族的特性が有り実際の所は判らなかった。
「ん?」
アグンが声を上げる。同時に他の犬耳族も耳を動かして周りを探っている。
「どうした?異常が有れば報告せよ。」
「判りません……周囲のざわめきが急に増えたような感じがしたのですが……。」
そう言いながら剣の柄に手を掛ける、それを見た他の隊員たちもそれに習う。
突然藪の中から犬程の大きさの魔獣が飛び出してきた。
剣を抜きざまに魔獣に切りつける。
「ギャウン!」
剣は間違いなく魔獣を切り裂いたがそのまま藪の中に消えて行った。
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