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調査部隊

1-008


――調査部隊――


「隊長殿、出発の準備が出来ました。」

 犬耳族の革鎧を着けた男が馬から降りてゼルガイアの元に来た。

 息も切れていないようで訓練のされた体をしているようだ。


「おお、そうか?今状況を聞いていたところだ。」

「ああら、アグンさんじゃありませんかお久しぶりですね。」

 精悍な顔つきの犬耳族の若い男で警備隊の部隊長を努めている。おそらく今回の捜索には彼の部隊と出かけるつもりなのであろう。


「は、竜神様にはいつもお世話になっております。」

 男はきっちりとみんなに向かって最敬礼を行う。

「あらあらそんなにかしこまらないでくださいな。お肉でも一切れいかがかしら?臓物もあるわよ。」

 そう言ってお母さんは爪を使って肉を少し切り取るとアグンに渡す。

「これは恐れ入ります。」

 アグンはチラとゼルガイアを見るがゼルガイアの口もソースで濡れていたのでナイフを取り出すと肉を差して立ったまま食い始める。


 ゼルガイアはアグンに地図を示して捜索場所の当たりを話していた。

 その間にアグンは肉を食い終えていた。

「それでは馳走になりました。これからすぐに調査にかかります。」

 二人は立ち上がると足早に馬の所に歩いて行く。


「お二人とも若くて元気の良いこと。」

 お母さん、それはアンタが年を取りすぎているからなんだがなあとお父さんは思った。

 しかしそんな事を言ったらどの様な天誅が下されるかわからないので黙って聞いていた。

 夫婦円満の秘訣は余計なことを言わないことなのだ、いくら鷹揚なお父さんでもその位は学習していた。


 ご飯を食べ終わるとキララはまた少女の様子を見に行く。

「あの子は昔から子供には優しい子でしたわね。やっぱり友達が欲しいのでしょうかねえ。」

「うむ、とは言え人間の子供はすぐに年を取ってしまうのでなあ、ワシ等の時間には付いてはいけんのだよね。」

 不老不死のドラゴンとは言えやはり友達は欲しいのである。

 しかし仲良くなった友達もすぐに大きくなって結婚をして子供を育てるようになってしまう。

 それなのにキララは未だにドラゴンとしては子供のままゆっくりと成長を続けている。


 一説によると成人のドラゴンになるのには500年位かかるそうである。

 キララ達の成長速度を見ているとどうもそれが事実のように思えてくる。

 お父さんにとって子供の頃と言うのははるかな昔の事であり、とうに記憶の彼方に消え去ってしまった事なのだ。

 いずれ大きく育った時には二人は新しい縄張りを求めて巣立たなくてはならないだろう。

 しかしそれまではゆったりと、まったりと、家族の時を過ごしたいとお父さんは思っていた。


 何しろドラゴンが子供を設けた例はあまり無いのである。

 と言うより500年も夫婦を続けているドラゴンも実はあまりいない。

 やはりつがいを500年も続けると自由が欲しくなるのであろうか?

 前の奥さんとは300年で出て行かれたしその前の奥さんは200年、これまでの人生は結構一人でいる時が長かったようである。

 今の奥さんは何故か長続きしているのは彼女がうまくリードしているのが原因であろう。

 何より出産という思いもかけぬ幸運に恵まれ二人も子宝に恵まれたのだ、お母さんには感謝しても仕切れないとお父さんは思っていた。

 もっとも前の奥さん達の事も含めお父さんにとっては過去の事でありその記憶はほとんどが忘却の彼方に消えているのではあったのだが。



 結局アグンが集められた人数は騎馬が10人馬車が2台である。

 御者の一人は兎耳族の女性である。


 元事務員で非常勤の隊員となっていたミゲルである。

 茶色の髪に栗色の耳が立ち上がっており先端が濃茶色をしていた。

「いやああ~っ、こんな任務は初めてなのよね~っ、いつもは畑を荒らす魔獣の索敵が仕事なんだけどな~。」

 大きめの二本の前歯の見える唇が明らかに震えていた。


 元々兎耳族は非常に臆病な人間が多いので気の毒だとアグもン考えていたがのだが、他に兎耳族の隊員がいないので召集の憂き目にあったという不幸な事態であった。

 街と言うのは竜神の巣を中心に広がってはいるのだがその外周部には畑や牧草地が広がっておりいくつもの村が存在している。

 竜の縄張りはおおむね半径50キロ程で人々はその中で生活している、この縄張りの範囲には大型魔獣グリックは近づいてこない。

 しかし縄張りの外周部では小型の魔獣達が人間の作る作物を狙って出没するのだがこれを狩る部隊が警備部狩猟部隊である。


 彼女はその部隊にいて魔獣を索敵するための仕事に従事していた人間だ。

 魔獣とは言え小型の物は普通の野生動物と変わる事は無く狩猟に対しては殆ど危険はない。

 むしろ人間から隠れて逃げるような獣であるから戦うより索敵する方が重要なのである。

 魔獣を捜しその場所まで狩猟部隊を連れて行けばそこで仕事は終わりなので、後は安全な所に隠れていればいい。

 当然の事ながら大型魔獣グリックなど死体以外は見たこともなく戦った事もない人間だった。


 緊急事態なので仕方が無いことでは有るが、戦闘になったら荷物の影で丸くなっているように伝えて有る。

「心配するな、俺が体を張って守ってやるよ。」

 新人の犬耳族のケアルだ、正直言って魔獣が出て来たら真っ先に逃げて欲しいタイプの人間である。

 無論犬耳族であるから鼻は良いし索敵能力は高い、運動能力もかなりなものが有る。しかし未熟な上に鼻っ柱だけは強い。

 勇敢なのではなく周りが見えないだけの蛮勇の持ち主であるからもっとも前に出したくない人間なのである。

 危なくなったらミゲルを引っ担いで逃げさせようとアグンは考えていた。


「ようし、出発するぞ!」

 ゼルガイアが騎乗する。

 馬車が2台に騎馬が10騎の小隊である。副官はアグンが務める事となる。

 竜が示した場所に到着するのに丸2昼夜位はかかるので今夜は野宿となる、無論それなりの装備を用意しての出発した。

 そう考えると竜神の飛翔力は大した物だと考えざるを得ない、1日の工程を一時間足らずで飛行してしまうのだ。

「向こうに着いたとして明後日の夕刻だ、捜索は次の朝を待ってと言うことになるかな?」

 歩きはじめながらゼルガイアはアグンと話を詰める。緊急出動であったので十分な計画が建てられてはいないのだ。


「なんとかそのあたりの捜索を行ったとしてすぐに暗くなりますね。」

「竜の話では一人の子供をたくさんの魔獣が追いかけていたらしい。」

「するとやはりあの伝説は事実だったと言うことでしょうか?」

 人族の事は既に伝説の範疇に入っている。4000年ほど前までは存在したらしいのだが忽然と姿を消している。

 現在も各地に人族の残した遺跡は数多く有り、その中に眠る宝を目指す者が跡を絶たない。


「人族は魔獣に食い滅ぼされたという伝説だな。」

 かつて魔獣は人族を襲い食らったと言われている、何が旨いのかは知らないが人族を好んで食ったらしい。

 それ故に人族は獣人を産んだとされている、なぜなら魔獣は人間(獣人)を襲うことはなかったからだとされている。

 実際にはそうでもなく肉食の魔獣は魔獣と言わず普通の獣も捕食するのだ。


「まあいずれも伝説の時代の話だ。実際の所は何もわからんよ。ただあの娘が人族だとすれば確かに魔獣が追っていた理由も理解できるのだがな。」

「いずれにせよ現地に行って調査しなければ状況はつかめませんからね。」

「十分な武装は用意して有るだろうな。」

 水に食料、そして予備の武器を用意してある、北の樹海に行くことを考えるといささか不安は拭えない、竜神が餌場にするくらい大型魔獣の密度の高い場所なのだ。

「メンバーは獅子族は隊長を含めて4人、犬耳族は私を含めて4人、猫耳族は3人それに兎耳族の一人を加えての合計12人です。」

「アグン頼んだぞ、現地に行ったら犬耳族の鼻が頼りだからな。」

「おまかせ下さい。」


 調査部隊は街道を目的地の森に向かって出発した。

 竜を中心として各地に街が出来ておりその街同士を結ぶのが幹線街道である。

 まずはその幹線街道を使って目的地の近くまで進んでいき途中から森の中に入って行く。

 ゼルガイア達の住む街の名はウルガル、直径約100キロで人口は約10万の街で近在ではかなり大きな街である。


 竜の巣の有るウルガルを中心にして周囲に大小100位の村落を有する大きな都市国家である。

 ウルガルから周囲には5本の街道が隣の町に伸びており活発な交易がおこなわれている。

 無論交易路の周辺では大型魔獣グリックが出没しているが出会っても動かなければ結構そのまますれ違う事も多い。

 それでも時々護衛を付けない隊商が大型魔獣グリックに襲われ全滅する事も有ったのだ。


 そこで街は護衛部隊を編成し定期的に街を往復させる事になった、隊商は街に金を払いその護衛部隊に守ってもらう事により安全を確保している。

 時々この護衛料を払えずに単独で街を渡る者もいるがこの様に単独で渡る者にとっては大型魔獣グリックだけではなく小型魔獣でも脅威となる場合も多い。

 とはいえ往来の激しい街道においては魔獣の出現頻度は低く比較的安全な道となっている。

 調査部隊は最初は街道を伝って進み途中から樹海に入り込むのだが、樹海に入れば道は無いので馬車も楽に進めるわけではない。

 そこからは魔獣に警戒しながら道を切り分けながらの進行となる。


 獅子族と犬耳族は腰の帯剣以外に短槍を装備している。

 人同士の戦いと異なり敵は刀を持ってくることはない。

 そうなれば魔獣の手の範囲の外から突き殺すのが最も合理的で有ることは考えるまでもない。

 柄の部分が1メートル位の長さが有り刃渡りが60センチ程の穂先が付いている。

 ゼルガイアや大型の獅子族はこの刃の部分が80センチ以上の物を使用している。


 簡単に言えば両刃の直刀に柄を付けたようなものだ。

 小型の魔獣にはこれを振り回して使い、大型の魔獣には突いて使うのを基本としている。

 背中に斜めに背負うか馬に装備して移動をする。

 いずれも腰には長剣を備えているがこれは近接戦の予備であり主要な武器ではない。


 猫耳族は身長が低いのでこういった短槍よりは刀の方がそのスピードを活かせるので柄の長い片刃の曲刀を装備している。

 兎耳族のミゲルは小型のナイフを装備してはいるがまあ飾りのような物である。むしろ調理の時に使用する頻度が高い。

 兎耳族は性格的に戦いには全く向いていないのは全員が周知の事実である。

 戦闘が起きれば真っ先に逃げ出すのであるが文句を言う者はいない、むしろその方が邪魔でなくて良いとみんな思っている。


 日の光は中天を超えており森の中では現場を特定できるか否か位の時間しか残されてはいない。

 魔獣の住む森とは言え魔獣自体はさほど大きな脅威ではない。

 現場付近は大型魔獣グリックも多いとはいえ実際には小型魔獣の密度がはるかに高く人間を見ると逃げていく。

 とは言え竜はそこで大型魔獣グリックを狩っているのであるから油断は禁物である。

 大型魔獣グリックとの偶発的遭遇に気を付けながら進んでいく。


 しかし犬耳族の耳と鼻、兎耳族の耳、猫耳族の斥候能力、そこに獅子族の攻撃力が有るのである。

 先制攻撃さえ受けなければいくら魔獣が魔法による攻撃をしてこようと大きな脅威にはならない。

 森に入ると視界が悪く兎耳族の耳、犬耳族の鼻が頼りで有る。

 おそらく生存者を見つけることは絶望的であろう、だが数千年ぶりに発見された人族であるあらゆる手がかりが貴重なものとなりうるのだ。


 街道を馬車が通ると犬ほどの小型の魔獣がコソコソと物陰に隠れるのが見える。

 殆どの物が草食か雑食の魔獣でありめったに人間を襲わない。

 多少大きめの魔獣が畑を荒らして住民に追われた時に反撃をするだけである。

 問題は肉食の魔獣である。肉食の魔獣は魔獣を食うが人間も食う。

 魔獣を食った魔獣は急速に体を大きく成長させ人間に取って大いなる脅威となる、それが大型魔獣グリックである。


 大きくなるだけでなく体も変化し肉食獣の証である大きな牙を持つようになる。

 力だけでなく魔法攻撃が可能となりそれによって遠距離から獲物を殺す。

 その大型魔獣グリックを狩って食料にする竜神が里に住んでくれるということは人間に取っては魔獣の脅威の大部分を排除してもらえることを意味している。

 人々は竜神の膝下で安心な生活を送ることが出来るのだ。


 その日は森の手前の街道で野営し次の日に目的地を目指して森の中の街道を進む。

 街道は比較的頻繁に人間が往来するので魔獣はあまり近づかない、魔獣を追って来た大型魔獣グリックとの遭遇が恐ろしいだけである。

 竜が1時間で飛行する距離は馬車が街道を2日かかる距離なのである。

 それだけの飛行能力があればこそ人の生活圏から大型の魔獣を駆逐してくれているのだ。

 2日目に日が傾き始めた頃目的地にだいぶ近づいてきた。

 その日は早い目にキャンプを張り次の日に備える。明日はいよいよ道のない樹海に入って行く事になる。


 次の日太陽が昇ると同時に出発した、樹海の中は暗い、移動できる時間は限られているのだ。

 ミゲルは御者台に座りながらひっきりなしに周囲の音を探っていた。

 震えながらもちゃんと仕事をこなしているのは流石であり伊達に警備隊員になってはいない。

 大型魔獣グリック中型魔獣ギャロックの気配を探りながら樹海のなかを進み続ける。

 ごくまれに遭遇する超大型魔獣ドリュックに関しては早々に進路を変更し隠れながらやり過ごすことになる。

 猫耳族と犬耳族は分散して周囲の探索を始める、彼らは馬を置き単体で捜索を行う。

 樹木の生い茂る場所での馬の使用は機動性を損ない逃走の邪魔になる。

 そもそも短距離においては馬よりも彼らのほうが早いのである。

 移動に馬を使用するのはあくまでも疲労を抑える為であり斥候の場では馬はただの足手まといでしかない。


 馬車には獅子族が残り報告を待つ、今回の獅子族の人数を持ってすればかなりの大型の魔獣と戦っても問題なく殺すことが出来る。

「なんか魔獣の数が多いような気がするのですが?」

 ミゲルが周囲を探りながらそう報告をしてくる。

 獅子族の女性のナンナも同意見らしい、茂みに隠れる魔獣の密度が高い気がするとの事である。

 彼女はゼルガイアの伴侶で有るが非常に高い俊敏性と攻撃力を持っておりなおかつ非常に知性が高く信頼できる仲間でもあった。

 確かにいつもより魔獣の影が濃いように感じられるとゼルガイアも思う。


 斥候の出ていった方向から信号弾の狼煙が上がる。

 ミゲルがその方角に神経と耳を集中させる。

「敵襲!!」

 ゼルガイアが叫んで信号弾を打ち上げると直ちに馬車を寄せ間に馬を挟む。

「音からして中型魔獣ギャロック!蹄持ちです!」

 信号弾の方向に耳を澄ましていたミゲルが叫ぶ。


「中型の蹄持ちか。」

 元は牛や馬の親戚のような蹄を持った魔獣が肉を食って大きくなった物の事である。、

 中型ということはまだそれ程の成長を遂げていない魔獣と言う事でたまに街の近くでも狩猟部隊が遭遇する事がある。

 体が小さいのであまり大きな魔法を使うことは出来ないが狩猟部隊にとっては大きな驚異となる。

 これを発見した場合は狩猟部隊は速やかに罠を仕掛けて撤退する、長距離からこれらの魔獣を発見することは狩猟隊にとっては大切な事なのである。

 それ故に戦闘力はほとんどないにも関わらず狩猟隊に参加する兎耳族は多いのである。

 見つけた魔獣は討伐部隊に連絡し討伐するか、竜神にその付近を飛行してもらえれば逃げ出す場合が多い。

 いずれにせよ街の周囲においては肉食魔獣の餌となる小型の魔獣を早い目に狩り取っておくことが重要な事であった。


 獅子族たちも馬を降りると武器を携えて信号の有った側に集結をする。

 ざざざっと小枝と藪をかき分ける音がする。

 犬耳族のオットーが木々の間を縫ってこちらに向かってくる。


 先程の新号弾は魔獣の攻撃を受けたと言う合図である、こちらの信号弾は馬車の位置を知らせる為の物である。

 犬耳族は平均身長で170センチ程、男女の個体差は殆どない。非常に足が速く疲れを知らずに走れる。

 したがって魔獣に遭遇した折は走って馬車まで誘い出して来るのだ。

 その後ろから大きな牛ほどの魔獣が追ってくる。

「ケルビオンだ。」


 牛に似た魔獣は頭に角を持ち力が強い、その口から光を発射しながらオットーを追いかけてくるが巧みに木の間を縫って走るオットーに当てることは出来ない。

「ナンナ、攻撃を!」

「はいっ、」

 ナンナが両手を前に出すとその手の間に光の玉がいくつも現れ魔獣に向かって飛んで行く。

 オットーは素早く身をひるがえし光球をかわすと魔獣の前で爆発を起こす。


 強い光と爆発音にひるんだ魔獣は動きを止める。


お読みいただいてありがとうございます。

お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。

次回は火曜日の朝の更新になります。


ケアル 犬耳族新人の討伐部隊 18歳 身長173センチ

ミゲル 兎耳族 狩猟部隊17歳 女性 身長158センチ(耳を除く)



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