竜神様の食卓
1-007
――竜神様の食卓――
「さあ、みんなご飯が出来たわよ。」
お母さんがオーブンの蓋を開けると湯気の上がるお肉が現れる。
それを見たお父さんがちゃぶ台を開く。
ちゃぶ台と言っても直径5メートル、厚さ20センチ位の木を組み合わせて作られた天板を持つちゃぶ台である。
それでもお父さんの大きさから比べると本当に小さなものである。
ジュウジュウと油が沸騰する鉄板の皿を事も無げに手づかみて取り出すとキララ達が敷いた敷板の上に鉄板を置く。
サガミヤのソースの入った樽を持ち上げて肉の上から掛けるともうもうと湯気が上がる。
「いただきま~す。」
「ちゃんと内臓も食べるのよ、うんと栄養が有るんだから。」
別の鉄板に乗せられた臓物もきれいに焼きあがっている。
お父さん達は肉の切り身を前足の爪で突き刺して口に運ぶ。
キララやお兄ちゃんにはその切り身は少し大きいので肉の塊にかぶりつく格好になる。
内臓も切り分けられているのでそのまま口に運ぶ。
その時割れ鐘の様な声が響く。
「竜神殿ゼルガイアであります、お邪魔致いたします。」
作業小屋でその声を聴いたサキュアはチッと言う顔をして小屋から出ていく。
「ああ~らゼルガイアさん、お久しぶりですね。丁度いいわご一緒にいかが?」
「これはお食事中でしたか、お邪魔して申し訳ありません。」
「どうしたのゼルガイア殿が珍しいじゃないの。」
「この度は同胞をお救いいただきありがとうございました。」
頭を下げるが相変わらずの大声で有る。
「ゼルガイアさん!いまその子が眠っているのです、もう少し小さな声でお願いいたします。」
「おお、これはサキュア殿もおいででしたか。」
立場的に言うと竜に関わる事案についてはサキュアの方が上位者に当たる。
とは言え、サキュアの倍もある獅子顔の男が小さな子供に頭を下げるのはいささか滑稽である。
「しーっ、もう少し声を落としてくれませんかの。」ガルアも口添えする
「おお、これは配慮が足りませなんだ。」
相変わらずの大声である。
「あのねゼルガイアさん頼むから小さな声で、お願いね……。」
お父さんにまで言われる始末である。
「その救出されたと言う子供の様子を見たいのですが、よろしいでありますかな?」
「大声を出さないでいただけます?」
「お、おお……も、もちろん。」
サキュアの言葉に口ごもるゼルガイアである。
サキュアに案内されてゼルガイアは小さくなって小屋に入る。
ゼルガイアが少女を見るが、頭に耳が付いていないので首をかしげる。
「はて?耳が無いので種族が判りませんな、気の毒に魔獣に襲われて食いちぎられたのですか?」
「そんな訳無かろう、ほれ耳ならもっと下の方に付いておるわ。」
後ろからついてきたガルアに言われて更に頭をかしげるゼルガイア。
「なんですかな?これはその……奇形……なのですかな?」
「いやいや、これはそう言った種族だとは思わんのかね?」
ゼルガイアの脳筋は天然物の様である。
「はて?あまり見た事のない種族と思われますが未知の種族でしょうか?」
「人族じゃと思われるんじゃが。」
その言葉にさすがのゼルガイアも衝撃を受けた様である。
「人族だと!?」
「お静かに、と申し上げた筈ですが。」
慌てて口を押えるゼルガイアである。
「まさかあの世界を滅ぼした元凶と呼ばれておる人族ですか?」
ゼルガイアは興奮して大声を上げる、割と衝動的な性格らしい。
サキュアはぴょんと飛び上がるとゼルガイアの鼻面を思いっきりぶん殴った。
「静かにしなさい、この娘が起きるでしょう。」
兎耳族は肉体的には他の種族とは比べるべくもない。
しかし唯一他の種族より肉体的に勝っているものが有り、それがジャンプ力で有る。
倍も身長の有るゼルガイアの顔まで軽々と飛び上がってその鼻を殴ったのである。
もっともゼルガイアの獅子の顔には兎耳族の子供のパンチなど蚊が刺した程にも感じなかった。
しかしサキュアは幼いとはいえ竜守の巫女である。
その権威はゼルガイアの立場をはるかに凌駕しているのである。
「申し訳ありません、人族との言葉に我を忘れてしまいました。」
ゼルガイアは自分の半分以下の子供に深々と頭を下げる。
しかし部屋が狭いのでゼルガイアの鼻面がサキュアの頭に当たってしまう。
「ふげっ。」
頭を抱えてうずくまるサキュア。
「おお、こ、これはまことに……。」
「ふぐううう~~~っ。も、もうよろしい出て行きなさい。」
サキュアは頭を抱えながらゼルガイアに向かってシッシッをする。
仕方なくすごすごと退散する警備軍司令官である、こんな所は部下には見せられない。
ゼルガイアが出ようとするとき先程少女が壁に開けた穴に気づく。
しかしサキュアに怒られたばかりなので黙って外に出てからガルアに尋ねる、さすがに今回は声を落としている。
「この穴の切り口は、面妖ですな。」
「アンタもそう思うのかね?」
「どうすれば木の羽目板の切り口をこの様にすべすべにしかもまん丸く切断できると言うのであろうか?」
「まあ、色々あってワシらにもよく分からんのじゃが、あっち行って話さんか?」
ガルアがお父さんたちが食事をしているちゃぶ台の方を指さす。
「ゼルガイアさ~ん、あなたも一緒にお食事をいかが~?」
お母さんがにこやかに歯をむき出して笑っている。
「さあさあ、今日はサガミヤのソースを試してみたのよ。」
お母さんは湯気の立ち上る肉を爪に刺してゼルガイアの前に差し出した。
残念ながらここには人間用の皿は置いていないのだ。
「これは恐れ入りますな。」
ゼルガイアは大きな肉の塊を構わずに素手で掴んだ。
ガルアはベジタリアンの兎耳族なのでお母さんも肉を勧める事はしない。
「それで?ガルア殿はどうしてあの娘が人族だとお考えになったのですか?」
大きな牙の有る獅子の口で肉の塊をかじりながらゼルガイアは尋ねる。
「社に伝わる文献に人間の記述があるのじゃが、それによると耳が首筋に近い位置にあると言う物じゃ。」
社の歴史は古く、人族が消滅し人間が竜の巣の周囲に住むようになった頃からの物が有る。
如何に竜に住み続けてもらうかと言う事だけを考えて出来上がった組織であるが、各地の組織の情報交換を行う互助会の様な組織体でもある。
その為竜に関するあらゆる情報は社に集められ代々の竜守達はそれを学び竜の好むサービスを提供している組織である。
竜にかしずくだけの情けない組織とも言えるが何しろ街の存続がかかっているのである、なりふりなど構ってはいられない。
それ故に古今の歴史を知る事は人族が必然的に遡上に上って来るのである。
「成程、このソースはなかなかうまいですな。」
ゼルガイアは肉を食べ終わって手に着いたソースをぺろぺろと舐めていた。
「あんた人の話聞いとるんかいな?」
「キララ、あなたも早くお上がりなさい。」
「うん、食べるよ……。」
どうやらキララは少女の事が気になって仕方が無いよううである。
キララは竜族でもやはり女の子である、小さくか弱い生き物に対しては非常に優しい心を持っている。
もっとも竜族の子供であるから、生まれてから既に50年以上は立っているのだが。
一方お兄ちゃんはもう100年近く生きているにも関わらず、まだまだ子供では有る。
それでもとても妹思いの良いお兄ちゃんではあった。
「ほら、内臓もちゃんと食べるのよ、栄養が有るんだから。」
どこのお母さんも子供に栄養のあるものを食べさせたいと思うのは同じである。
「うん、わかってるよ。」
そう言いながら臓物をそっと避けるお兄ちゃんである。
「内臓まで食べんと魔法がうまく使えないぞ。」
お兄ちゃんの前に臓物の山を作り上げるお父さんである。
お兄ちゃんは渋い顔をしながら臓物を食べる。
「臓物は嫌いでありますかな?」
ゼルガイアは臓物をちぎるとそのまま口の中に突っ込む。
「うん、苦いところが有るからね。」
「いやいや、その苦味を楽しむのがまた一興なのですがな。」
ガハハハと笑う獅子族であるが口の中の大きな牙がむき出しになる。あまり子供の前でやると怖がられる。
もっともお兄ちゃんの方が倍ほど年上ではあるのだが。
「はい、ゼルガイアさん手を洗って。」
キララが水の入った桶を渡す。
「これはこれはお世話をかけますな。」
「あの子は先程一度目を覚ましたんじゃがお父さんの事をお父さんと呼んで抱き付きおりましてな。」
「いや、お父さんだからお父さんと呼ぶのは不自然では無いと思いますが?」
どうもゼルガイアと話をしていると長くなりそうな予感がしたのでガルアは早めに切り上げる事にした。
「いずれにせよあの娘が人族であることは間違いなさそうなのじゃ。重要なのはかつて絶滅したとされておる人族が突如現れたのかじゃ。」
「そうですな今までどこに隠れておったのでしょうな。」
そう言われてゼルガイアは初めて今回の捜索の重要性に気が付く、伝説の人族が発見されたのである。
「お父さんの話では他にも何人か魔獣に食われた跡があったそうじゃ、あんな子供が一人で突然こんな所に現れる訳が無かろう誰かと一緒だったに違いない。」
「そうですな、他にもいれば是非連れて来た話を聞いて見たいですな。」
生き残りがいれば人間達の住む集落が見つかるかもしれない、それは歴史的な発見になる。
「まあ、正直言ってそれは難しいかもしれないよ。」
「それはどうしてですかな?お父さん。」
「何人かが魔獣に食われた跡が有ってね、他の人はみんな食われちゃったかもしれないからね。ただおかしなことに乗り物が見当たらないんだよ。」
「乗り物?馬車とかの事ですかな?」
「さすがに魔獣でも馬車までは食わないと思うけどね。」
確かにどこからか来たのであれば乗り物が無くてはならない、地元に住んでいたのであれば狩猟部の調査隊が発見していた筈だ。
「あの子が人族だとして何か問題が有るのかなあ?」
不死身の竜に取ってはあらゆることが些末な事に過ぎないのであり、重要な事などほとんど存在しないのである。
「人族に対する伝承と記録には様々な物があります。しかしそれがどの位事実に基づいた物であるのかは残念ながらわかりません。その中のひとつにはこの世界の魔獣を生み出したものと言うのも有りまして。」
「具体的に何が問題なの?」
「民間伝承としては人族は忌み嫌うものと言うのと反対に人族は付き従うものという真反対の解釈が有りましてな、実際のとこ様々なのですよ。」
お父さんは頭をひねる。お父さんの食事を作ってくれた種族と言う事になれば感謝しなくてはならない。
「人族が見つかったとしても黙ってれば判らないんじゃないの?」
人族が伝承通りであれが非常に高い技術力が有る事になる、その問題点にお父さんもゼルガイアも気づいていない。
ガルアはため息が止まらなかった。
「何れにせよ竜神様にはあの子の救出には感謝を致しております。後のことは我々で処置致しますから。」
ゼルガイアの言葉にキララがギッとにらみつける。
「うん、そうしてくれる?その方が助かるから。」
お父さんにしてみればたまたま拾い物をしてしまったが出来れば穏やかに毎日を過ごしていたいと言うのが本当の所であった。
もっとも事態はお父さんの知らぬところで別の進展をしている事に気づくのに時間はかからなかった。
「それでお父さん?遺体を見つけたのはどの辺でしょうか?」
ゼルガイアが持ってきた地図を広げる。
「北の森の湖から10キロ程街によった場所だよ。」
「ふむ、するとこのあたりですな。」
ゼルガイアが地図のその辺を指さす。
「血の跡がかなり有ったからね、犬耳族を連れていけば匂いでわかると思うよ。」
「ふむ、助言を感謝致します。」
お読みいただいてありがとうございます。
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次回は金曜日の18時頃の更新になります。




