竜 僕
1-006
――竜 僕――
「失礼いたしま~す。」
犬耳族の4人が馬車に乗って現れた、先程お母さんの遠吠えに寄って召喚された竜僕達である。
竜の巣は山の頂上に作られてはいるがそこに来る道は階段だけではない。
大きく迂回する道が作られており竜神達の為の作業を行う物は馬車を使って上がって来れるようにしてあった。
階段は社と巣を結ぶ最短距離に設けられているが作業は馬車が通れなければ出来ないのである。
そもそも巣の床の石畳などを階段を使って作る事など出来よう筈もない
竜守達の仕事は魔獣の解体や巣の掃除とメンテナンスである。
彼らは竜神様に快適な生活をしていただくために毎日の獲物の解体と巣の掃除をしに来ているのである。
獲物が捕れた段階で解体を始めるのでお母さんの呼び出しに答える形で参上するのである。
全てはこの街に竜神に居続けて欲しいが為の人間達のサービス業務である。
そしてそれは竜神と人間が共存する為に必要な仕事であった。
それまでは魔獣の血と残骸で巣からはひどい匂いが漂っていた。
巣の周りには食い散らかした魔獣の骨と残骸が散らばっていたせいである。
その為風向きによっては街中に臭いが広まっていたのだ。
しかし社の組織はそれに対する対応を編み出していた。
竜僕達による獲物の解体と巣の清掃である。
魔獣の解体を竜僕が請け負う事により余分な食い残しを減らすことに成功したのだ。
革を剥き解体した魔獣は固い部分がなくなり血抜きをすることにより臭みも減ったらしい。
これは竜神達にとっても魔獣をそれまでよりも美味しく食べられると好評であった。
しかも竜守達は常に巣の掃除を行い魔獣の残骸もまとめて引き上げて行くようになった。
格段に巣が清潔に保たれる事になったので竜達も非常に喜んでいた。
「丁度良い所に来たわ、二人が解体をしている間一人は社に行って新しいシーツと布団を2組持ってきて頂戴、ついでに新品のタオルと石鹸とタライも一緒によ。残った一人は作業小屋の中の物をベッド以外は全部出して掃除をして。」
この人間は社に雇われている人間達なので巫女であるサキュアは子供ながら上司に当たるのだ。
ごつい体の男たちにテキパキと命令を下すサキュアを馬鹿にしたようなそぶりをすることもなく命令に従う。
巫女の権威は決して小さい物では無いのだ。
竜守達はサキュアの指示によって作業小屋から荷物を取り出し小屋の脇に立てかけてゆき、小屋の中を掃除して雑巾をかけていた。
小屋は古い物では無かったがだいぶ埃もたまっていた、しかしそれもすぐに綺麗になっていた。
物がなくなると何とか暮らせる程度の大きさにはなる。
掃除をしている間に布団を取りに行っていた竜僕が戻ったのですぐにベッドを作り直し少女を寝かせる布団を敷きシーツをかける。
藁を敷いただけのベットで有ったが床を作り直して布団を敷いたのでだいぶは寝心地が良くなった。
「あの~、サキュアちゃん何をやっているのかな~?」
お父さんのか細い声が聞こえる。まだユキちゃんにしがみ付かれているのだろう。
「それじゃ皆さん、少し時間がかかりそうだから先に解体の方をお願い出来るかしら?」
お母さんが空気を読んで獣人達にお願いする、良くできた竜の女房である。
「はい、わかりました。」
竜僕たちは馬車から大きな解体刀を持ち出して来る。
お母さんは獲物の下に厚い鉄板のお盆を置く。
男たちは作業小屋に有った脚立を持ち出すと魔獣の解体を始めた。
竜守が魔獣を解体している間お母さんはオーブンの用意を始める。
お母さんが人の背丈よりも高さの有る岩の塊の前に立つ、岩は内側を大きくくり抜かれておりそれでもかなりの厚さが残っていた。
竜の成獣が使用するオーブンであるから巣の隅っこに有った大岩をくりぬいて作られているのだ。
岩の内側には煤や油がこびりついている。
その穴にブレスを吹き込み岩全体を熱しその中に魔獣の肉の切り身を入れておくのである。
お母さんは何度もその内側にブレスを吹き込む。
やがて内側が赤くなってくる、外側まで熱が伝わってくるほど熱くなると肉を入れて大岩で蓋をする。
現代的に言えば遠赤外線オーブンである。
それではキララ様これをお願いいたします。
サキュアはバケツに水を一杯に入れてキララに渡す。
「判ったわ。」
キララはバケツの中に口から炎ボールを落とし込むとあっという間に水がお湯に変わる。
「お湯が暖かくなったかしら?」
サキュアがバケツに手を突っ込んで温度を確認する。
「よろしいかと思います。ありがとう御座いますキララ様。」
「ユキちゃん、体が汚れているから拭きましょうね。」
サキュアがお父さんにしがみ付いているユキのそばに行く。
「いや~ん、お父さんのそばにいる~っ。」
ユキはお父さんのそばから離れようとはしない。
「あのね~ユキちゃん、体を綺麗にしないと病気になっちゃうよ~、そうしたらお父さん悲しいな~。」
驚く事にお父さんがユキを説得にかかる。
「お父さん悲しいの~?」
「そうだね~、お父さんは子供が元気でいるのが一番うれしいんだよ~。」
「わかった~、ユキは体を洗う~。」
意外とこのお父さん説得の仕方がうまい。
「それじゃユキちゃん小屋の中で体を拭きましょうね。」
「……………ん。」
サキュアがお湯の入ったバケツを両手で持って運び始めたが見るからに危ない。
「あっいいわよ、サキュアちゃんアタシが運ぶから。」
「申し訳ありません、兎耳族は非力な物ですから。」
「あ、私が。」
竜僕の一人がバケツを取ろうとして手を出すがキララにギッと睨まれて引き下がる。
「仕方ないじゃない、それが種族の特性なんだから、サキュアちゃんは立派に巫女の仕事をこなしているんだからいいのよ。」
実に嬉しそうにキララはバケツを指先の爪に引っかける
「もったいないお言葉、痛み入ります。」
「や~ね~サキュアちゃん、固いんだから~。」
キララは片手でバケツの重さなど無いかの様に小屋に運んでいく。
サキュアは竜僕の持ってきたタライを用意する。
キララは外から視線を感じて振り返ると。お父さんとお兄ちゃんが小屋を覗いていた。
「覗くなって言ったでしょう!」
尻尾で思いっきり扉を叩きつける。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ~っ、どうしようお兄ちゃん。」
「うう~っ、ボクあの子に嫌われているのかな~?」
「な~にキララは妹が出来たみたいで喜んでいるのさ、仕方が無いから飯が出来るまで巣の隅にでもうずくまって待っていようか?」
革を剥がれ内臓は抜かれると肉の塊となった魔獣が梁からぶら下がる、はがされた革は梁に掛けられ干されていた。
今は魔獣の肉を適当なブロックに切り分けている最中であった。
「はい、ちょっとごめんなさいね。」
お母さんは内臓の乗った鉄のお盆を持ち上げると岩塩の入った樽に前足を突っ込み内臓に振りかける。
岩をくりぬいたオーブンにそれを突っ込むと肉の塊になった魔獣の所に来る。
男達が下がると前足の爪でスパスパと無造作に肉を切り落としていく。
塊になった肉に塩を刷り込むと今度は鉄棒で出来た網に乗せていく。
人間が手を入れればそれだけで大やけどをするであろうがお母さんは平気な顔をして肉を突っ込んでいく。
その後岩で開口を塞いでしばらく放置すれば調理終了である。
「これがご注文のサガミヤのソースです。」
竜守達が馬車から大きな樽を下ろして来る。
「わあ嬉しい、やっとサガミヤのソースが来たのね、いいわそこに置いておいて頂戴。はいこれ古いソースの樽よ。」
お母さんが注文していた新しいソースが届いたみたいだ。
今度のソースはどんなソースかな?食事を楽しみにするお母さんであった。
「今のうちに床の掃除をやっといちゃってくれるかしら。」
「判りました。」
竜守達は巣の掃除を行い前日の食い残しやゴミを回収する。
巣はいつもきれいで竜達は快適な生活を謳歌している。
男たちはブラシで床をこすり始める。
「それじゃその間に私は水を汲んできますわね、おほほほほ。」
お母さんは大桶をぶら下げて川の方に飛んで行った。
巣の横には大樽が据え付けられそこに水が溜められている。
此処は山頂なので水を引くことは出来ない、そこで毎日お母さんが川から大桶で水を汲んできているのだ。
無論竜であるお母さんはそんな事は苦にもならない。
翼を動かして飛び上がるもののすごく遅くてパタパタと言う感じで飛んでいる。
羽を激しく動かすと強い風が巻き起こるのだが下が市街地なので気を使って魔力だけで飛んでいるらしい。
もっともお父さんの方はその辺は鈍感で構わず垂直に飛び上がるので毎度市街地に大きな風が吹く、町の人間はそれによって竜の存在を感じているのである。
「おお、竜神様のご出発だ。」
「今日も魔獣たちを狩りに行って下さるのだ。ありがたや、ありがたや。」
と思って手を合わせているかどうかは定かではない。
「もう少し静かに飛んでくれないかしらねえ、洗濯物が飛んじゃうじゃない。」
「山の枯葉が飛んできて掃除が大変なのよねえ。」
という声もちらほら聞こえる。
川の途中に少し大きな水たまりの池が出来ている、お母さんはそこでいつも水を汲むのだ。
水たまりの周りでは何人もの女性たちが洗濯や水汲みをしていた。
お母さんは空中に浮いたままサブンと桶を水の中に突っ込む。
「ああ~ら、竜神のお母さんごお水汲みですか~?苦労様~っ。」
「みなさん今日はいい天気で洗濯日和ですね~~っ。」
にこっと笑って挨拶を返す、かなり庶民的な竜神のお母さんである。
お父さんと違って結構社交のチャンネルを持っているお母さんの側面である。
「この間教えていただいたサガミヤのおソースが届いて今日試して見るんですよ~。」
「いかがでした~?お口に合いましたか?」
「はい、は~い、これからいただいて見ます~、また教えて下さいね~っ。」
「そう言えばこの間巫女様が交代なさったんですって?」
「先代が病気で急死されちゃってね~、娘さんが新しい巫女に就任したのよね~。」
「なんでもまだ可愛い娘さんだと言うじゃない。」
「そ~なのよ、うちのキララが気に入っちゃってね~~。」
しばらく噂話に勤しむが料理の途中なので適当な所で切り上げる。
「今度詳しく教えてね~~~っ。」
「はい、はい~~っ。」
そう言うとお母さんは水を一杯入れた桶をぶら下げたまま飛び上がって行った。
「先に髪の毛を洗いましょう、だいぶ埃をかぶっていますから。」
サキュアは少女をたらいの前に跪かせると頭に石鹸を擦り付ける。
すぐに泡が出て来たのでゴシゴシと擦る。
「ふ~ん。」
サキュアが感心したように言う。
「どうしたの?サキュアちゃん。」
「いえ、指の通りが良いのです、この娘の髪はあまり汚れていませんね。ほこりにまみれてはいましたが髪に油が乗っていません。」
「手入れが良いと言う事?どこかのお金持ちの娘さんだと言う事かしら?」
「いえ、しかし竜神様が獲物を狩るほど遠方に行っているのですからもっと髪が汚れているのかと思いましたが。」
「そう言う物なの?」
まあ、竜には髪の毛が無いですから。
「申し訳ありませんが桶の水を捨てていただけますでしょうか?」
「はいはい、いいわよ。」
キララが水を捨てに外に出るとお父さんとお兄ちゃんがどんよりと暗くなって巣の隅に座り込んでいた。
目を合わせないように気を付けながら水を捨てるとそそくさと小屋に戻る。
新しい水にブレスを吹き込んでお湯にするとサキュアはユキをベッドに座らせて体を拭き始めた。
「とてもきれいな肌をしています。まるで一度も日の光に当たった事のないような肌です。」
体を拭きながらユキの体の状態を調べていく。
やはり長い旅をした状態ではない、昨日体を洗ったばかりの様に体を擦っても汚れが落ちない。
冷静、沈着、知性、観察力、サキュアは兎耳族の血統を実に見事に体現していた。
「あなたの服は後で洗っておきます、とりあえず私の服ですが着替えて下さい。」
サキュアはユキに新しい服に着替えさせた。
お腹が一杯になって体を洗ったので気持ちよくなったのか再び船をこぎ始める。
「ユキさんここのベッドはあまり良い物ではありません私の家に来てお休みになりますか?」
「………いや……お父さんどこ?」
「今はちょっと席を外しています、すぐに戻ってきますよ。」
「ここ………私ここがいいの………。」
「判りました、私達が付いていますからゆっくりおやすみなさい。」
「サキュアが布団をかけてやるとすぐに寝入ってしまった。」
巣の隅で落ち込んでいた2柱は掃除の竜僕に追い立てられて場所を移動していた。
お読みいただいてありがとうございます。
お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。
次回は火曜日の朝の更新になります。




