ドラゴンな日々
1-053
――ドラゴンな日々――
次の日にはキララの背中の傷もだいぶ良くなっていた。
ナナの尻尾はまだしばらく時間がかかりそうであるが既に切り口が袋状になっている。
枯渇していたユキの力も徐々に回復をしてきて、何度か転移の実験が行われたらしい。
その結果少なくとも4人分の転移は可能だとの結論が出たのでゼルガイア達4人は転移で帰る事にした。
したがって竜の子供達はお父さんたちと結界の上を飛び越える事にした。
帰還の日ユキとサキュアは抱き合って泣いていた。
クールに見えてもやはりサキュアも年頃の女の子である、短い間とは言え仲良く過ごした友達との別れには涙が出るのだ。
転移ポイントは世界を分かつ壁の前に有った。
コンクリートの様に見える壁が連続して続く場所、その一部が撤去された場所があった。
その撤去された壁の向こうには同じような壁が横に広がっている。
「あの壁はなんじゃ?」
「あれはこの世界の反対側に有る壁です、内側から結界を超えても反対側に出るのですよ。」
ふたつの壁の中間位に大きなアーチが作られていた。
そのアーチの根元にコンクリートのステージが作られており、そこにユリとナズナとクロが控えていた。
「あのアーチに意味は有りません、なにも無いと結解の位置が判らないので作っているだけです。」
ケアルは包帯だらけでは有るがその上から装具を付けていた。
「へっ、この位の怪我でへばってちゃあ討伐隊期待の新星の名が廃るぜ。」
頭に包帯を巻いたザンザルドに啖呵を切っていた。
外の世界に出たらとりあえず遺跡の調査隊に合流を試みる。
暴走に巻き込まれていなければ支援を頼めるだろう。
どのみち遺跡の正体は判ってしまったのでもう調査の意味は無くなってしまった。
それでも砦は人族が遺跡の修理をする時には使えるかもしれない。
合流できなければそのまま歩いて街道を目指すそうだ。
転移ポイントでユキとナズナとクロが揃って転移能力を開放するとゼルガイア達の周囲をあのボールが包む。
ボールが小さくなった時に4人の姿は消えていた。
「何じゃあっけない物じゃのう、これでもう向こうの世界に帰ってしまったのか?」
お父さんが結界のアーチに首を突っ込むと普通に反対側に首が飛び出す。
空間が接続しているのでそこにいる人間には異変を感じる事が出来ないのだ。
「それじゃ今度は私達が出発する番ね。」
母さんがユキちゃんの所に顔を伸ばして来る。
「おかあさん、短い間だったけどお世話になりました。」
ユキがお母さんの顔に頬を擦り付ける。
「あ、ワシもワシも。」
お父さんもしっかり自己主張をする。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう。」
ユキがキララとお兄ちゃんにも抱き付いていた。
「ユキちゃんがお父さんと妹さんに会えて良かったわ、私達のこと忘れないでね。」
「うん、絶対にまた会いに行くから。ケーキ屋のおばさんにまた食べに行くって伝えておいてね、お願いよ。」
「ああ、みんなで食べに行こうね。」
「お兄ちゃん達はホールケーキ丸ごとね。」
「ああ、もちろんさ。」
お兄ちゃんがにっこり笑う。
「よし、それではワシらも行くとするか。」
その様子を見守っていたお父さんがみんなを促す。
子供達を連れて広場に戻ると他の人達もついてくる。
子供達はエルギオスの周囲にしがみついて名残を惜しんでいた。
「お父さん、大きくなったらまた会いに来るからね。」
「ああ、期待しているよ。私もまだ当分死ぬことは無いだろうからね。」
後ろの方でサンザルドは渋い顔をしてる。
まあ子供達が成人するまで人間は生きてはいられないからね。
「さあ、もう行きなさい。大きなお父さんが待っているからね。」
子供達の前でお父さんが注意事項を説明している。昨夜お母さんのレクチャーをしっかり受けていたのだ。
「いいかね、大きな子は小さな子と二人一組でをワシの背中に爪を立ててしっかり掴まるんだよ。もし落っこちてしまってもお前たちは飛べるからあわてなくてもいいからね。キララはまだ傷が全開していないかもしれないからワシの背中に乗る。後ろからはお兄ちゃんがみんなを見ているからな、安心して掴まっていなさい。」
「「「はーい。」」」
「う~ん、いいお返事だね~、それじゃワシと母さんに別れて背中に登るんだよ。」
二人一組なのでお父さんが4人とキララ、お母さんが6人を受け持った。
「それじゃ皆さんこれから出発します。」
「みんな元気で、お父さんの言うことをよく聞くんだよ。」
「お父さん、さよーならーっ。」
エルギオスは皆に向かって手を振る、兵士達が見送る中お父さん達は出発していった。
「うわあああ~~っ、すごいい~っ。」
「景色があんなに小さく見える~~っ。」
「こんなに高く飛ぶ事が出来るんだね~。」
子供達は竜の背中で小さくなっていく地上の景色を見ながら大はしゃぎである。
「さっきも言ったとおり3万メートル上空に付くのに2時間はかかる、はしゃぐのはいいが居眠りをして落ちるんじゃないぞ。」
お父さん達は螺旋を描きながらゆっくりと上空に向かって登っていく。
「見てみて、もう雲があんなに下に見えるよ。」
「空気が薄くなってすごく寒くなってきた。」
「寝たら体が凍りつくから寝たら駄目よ。」
「「「うん、わかったーっ。」」」
そう言いつつ最初の脱落者が出る。
「ナナが落ちた~っ。」
誰かが叫ぶ、見るとナナがどんどんお父さんから離れていく。
キララがすぐにお父さんから離れてナナを掴まえに行く。
ナナは手をパタパタさせながら飛ぼうとしていた。
やはり飛べてもお父さんの速度にはかなわないのだろう。
「駄目じゃない、気をつけてね。他の子達も誰か落ちたらすぐ知らせるのよ。」
「「「わかった~っ。」」」
どのくらいわかったのか怪しいものである。
キララはナナをお父さんの背中に連れて戻るとしっかり掴ませる。
「お姉ちゃんほらお日様が出ているのにお星様が見えるよ~。」
「そうよ、もう空気の上層部に来ているから空が青く無いから星が見えるのよ。」
「すっごい~っ、お星様の世界に来たみたい~。」
「そのうち本当に星の世界まで行くことが出来るかもしれないわね。」
キララがニッコリ笑った。
「…………。」
ナナが手を合わせて何かをつぶやいている。
「どうしたのナナちゃん。」
「お父さんが言っていたの、お星様に願いをかけるときっとかなうんだって。」
「ナナちゃんはどんな願いをかけたの?」
「私達が大きくなった時に世界中の人々が幸せでいますようにって。それから尻尾が早く生えて来るようにって。」
「そうね、人々の幸せを私達の努力で叶えられるといいわね、何しろ私達は竜神なんだから。」
やがて結界を超えたお父さん達はゆっくりと降下を始めた。
◆ 3ヶ月後。
遺跡の調査団は何とか暴走を乗り切ったようである。
救援をあきらめて自力で歩いて街まで戻って来た。
そして遺跡の調査はゼルガイアの報告により中止される事になった。
その遺跡のすぐ近くに突然液体のようにぶよぶよした光を伴ったボールのような物が出現した。
そのボールの中から真っ黒な色の大きな鋼鉄の箱がゆっくりと飛び出してくる。
箱には6つの大きなタイヤがついており森の中を走り始める、人族の国に有った装甲車である。
普段はヤブや茂みに隠れている小型の魔獣が装甲車に反応して飛び出してくる。
装甲車に飛びついてくるが車はそれを無視して進み続ける。
街道に出ると一昼夜かけて車は街の外縁部に到着する。
何頭かの魔獣が装甲車を追いかけて来るが畑に出ていた熊族の男が鍬を振りかざして突進してくると慌てて逃げ去っていく。
そのまま装甲車は街の中心を目指すがこの辺に来るともう現れる魔獣はいない。
周囲で驚いて見ている人々を尻目に装甲車は街の中心を目指す。
朝の主婦は戦争である、ましてや子供が10人もいればそこはもう修羅場である。
子供達は朝食に盛られた肉の塊にかぶりつくとあっという間に食べ終わり次の肉を要求する。
「「「おかわり~~っ。」」」
お母さんは皆が起きる前からオーブンに火を入れ必要以上の肉を温めておいた。
しかし10人もいれば肉を切り分けるだけでも大変である。
いつも使っているちゃぶ台は10人の子供に占領される。
お父さんは邪魔者扱いでトイレで膝を抱えて暗く沈み込んでいる。
「うううううう~~~~~ん。」
チョポッン
「はああああ~~~~っ、出ないな~~~っ。」
キララは子供達の為にお肉を切って弁当の用意をしている。
子供達は食事を済ますと手を洗って更衣室に入った、以前はサキュアとユリが寝ていた小屋である。
壁にかけられたうわっぱりを羽織り手袋を入れたカゴを持ってくる。
キララがそこにお弁当を入れてあげる。
そう、それはピカピカの新入生の格好である。
今日から子供達は学校に通う事になっているのだ。
一度に10人もの竜の子供を入学させるのは実は大変な事であり学校そのものの再編にも匹敵する大事であった。
何しろトイレの改造から始めなくてはならなかったのだ。
無論、社と街の後ろ盾が有るのだが前代未聞の事態であった事も間違いない。
その為にこれ程の時間がかかってしまったのだ。
そこに何やら巣の外に大きな物がやって来るのが見えた、それは子竜達が以前に見た乗り物であった。
その乗り物のドアが開くとそこから大きな人間が降りてくる。
それを見た子竜は一斉に飛び上がるとその者に向かって突進をする。
それは竜の顔をした人間であったのだ。
エルギオスは一斉に自分に向かって飛んでくる竜の子供達を見ると顔をこわばらせて頭を抱える。
勢いのついた子供達はエルギオスの頭上をかすめて装甲車の横腹に次々と激突する。
大きく揺れる装甲車を脅威の目で見るエルギオス。
「お父さん!」
「お父さんだ~っ!」
竜の子供達はエルギオスに抱きついた。
「おお~、皆元気そうだね~、良かった良かった。」
「あの~~、今はワシがお父さんなんだけどな~~~っ。」
かなりアンニュイな気分になってトイレで落ち込んでいるお父さんである。
「ああ~らお父さんじゃ有りませんの。今日はどうされたんですか?」
「はい、いよいよ結界の修理にかかろうと思いましてね、この街の皆さんに協力をお願いに来たのですよ。」
「それじゃその車で結界を超えて来たの?」
キララが目を輝かせて聞く。
装甲車ごとの転移が出来るとなれば誰でも安全に行き来が可能となる。
「はい、ですから当然ユキさんも一緒ですよ。」
「装甲車のドアが開いてユキが顔を見せる。」
「キララお姉ちゃん!」
一声叫ぶとキララに向かって走ってきてそのお腹に抱きつく。
「もうそんなに大きな物を転移できる程の力を身に蓄えたのね。」
「違うよ、これはナズナの力だよ。ゲルド先生の教えの通り訓練をしたらすぐにこんな事も出来るようになったの。」
「それはすごいわね、ゲルド先生にもお礼を云わなくちゃ。」
「先生はお元気かしら?」
「ええ、あれから毎日魔獣のステーキを召し上がって今じゃ元の太さまで戻っているわよ。」
「すげえ……。」
様子を見に来たお兄ちゃんは子供達がぶつかった装甲車の壁がへこんでいるのに気が付いてびっくりしていた、小さくとも立派な竜である。
「さあさあ、あなた達は今日から学校よ~。」
「「「ええ~っ?」」」という声が聞こえる。
「ははは、大丈夫だよ今日はゼルガイアさんに頼み事をしに来たからたぶん2,3日はこちらにいるからね。安心して学校に行っておいで。
「それじゃ子供達はボクが連れて行くからキララはユキちゃんをサキュアちゃんの所に連れて行くといいよ。おい、みんな!出かけるよ。」
「「「は~い。」」」
うん、みんな素直な良い子である。
お兄ちゃんを先頭にうわっぱりを羽織った竜の子供達が一列になって浮かぶと尻尾をピーンと跳ね上げる。
ちぎれたナナの尻尾も殆ど再生が終わっていた。
尻尾を跳ね上げたままピコピコとお兄さんの後ろについて飛んでいく。
「学校に行く前に湖でトイレをしていくぞ~。」
「「「は~い。」」」
朝のトイレは争奪戦である。
お父さんの居場所を奪ってはいけないのでみんなは少し遠回りして湖でトイレをしていくのである。
「うう~っ、ウチの子達は優しいな~。」
心の中でそう思うお父さんであった。
「はい、お父さん。」
どーんとお父さんの前に焼けたばかりの大きな肉の塊が置かれる。
「おおお~~~っ♪」
「朝食が済んだらすぐに狩りに行きましょうね~♪」
「……………はい……。」
お父さんは朝から頑張っております。
「うう~~~~~ん。」
「「「ううう~~~~ん。」」」
ずっぽ~~~ん。
「はあああ~~~~~っ。」
ちょぽ~ん。
ちゃぽ~ん。
じゃっぽ~~ん。
「「「はあああ~~~~っ。」」」
今日もドラゴン一家は平和であった。
完
お読み頂いてありがとうございました。
今回で「ドラゴン家族」の連載は終了いたしました。
新作「竜の嫁は樹海を舞う」の連載を開始しております。
引き続きそちらの方もよろしくお願いいたします。
今回はドラゴンを使って生活臭がふんぷんとするような作品を描いてみたかったのです。
そこいらの街角にいる様な子供とお父さんお母さんが織りなすドラゴンのホームドラマと、その周囲で生活している獣人達の生活を描きながらこの世界の成り立ちを示す作品を目指しました。
次回作は同じ世界観の中で竜の嫁が生まれた状況とその世界の中でのドラゴンの立ち位置を描いてみたいと考えています。
不死身で有っても無双で有っても全ての生き物は周囲と関わりを持たずに生きていくことはできない、そんなドラゴンを描くつもりです。




