竜神《ドラゴン》の娘
1-005
――竜神の娘――
キララがパタパタと翼をはためかせて巣に戻って来る。
「はい、サキュアちゃんに頼まれた物を持って来たわ、ゼルガイアさんにも捜索を頼んでおいたから。」
キララは背負ってきた風呂敷とバスケットを渡す。
「ありがとうございます、これであの娘の治療が出来ます。」
キララが小屋を覗くと少女が目を開けていた。
「………あっ………。」
「サキュアちゃん起きたみたい。」
キララがサキュアを呼んだのですぐに少女のそばに行く。
「大丈夫ですか?先程は何が有ったのか覚えていますか?」
サキュアが尋ねるが少女の目は虚ろで焦点が合っていないように見える。
小屋の中の異変に気が付いたのかお母さんが覗きに来る。
「あららお父さん、お嬢ちゃんが目が覚めたみたいよ。」
お母さんがそう言うのでお父さんも振り返って立ち上がろうとした。
「お……お父さん?」
お父さんと言うお母さんの声を聴いて少女はお父さんの方に駆け寄って行く。
「わっ、わっ、わっ、ちょっと待て、近寄ったら危ない!」
突然走り寄って来た少女にお父さんは慌ててバランスを崩す。
「まかせて!僕が守ってやるよ。」
お兄さんはそう言うと少女に向かって駆け寄って行った。
ものすごい勢いで少女に近寄って行くお兄ちゃんの目の前で少女を後ろからキララが抱きかかえる。
そのまま後ろを向いて振り回した尻尾がお兄さんの顔面にまともにぶち当たった。
お兄ちゃんは反対方向にゴロゴロと転がってお父さんの足に激突する。
「おいおい、大丈夫か?」
もちろんお兄さんも竜ですから怪我などする訳では有りませんが……。
「いかんな、こりゃ目を回している。いつからキララはそんなに強くなったんだ?」
「お兄さんがこの娘に突進してくるからですわ、ぶつかってこの娘が怪我でもしたらどうするつもりなの?」
「お父さーん、お父さーん。」
キララの腕の中で少女がお父さんを求めてじたばたする。
「あっ!」
少女の腕から血がほとばしる、キララの爪に当たったらしい。
「いたあああ~~い!」
崩れ落ちた少女の頭の上に昨日見たボールの様な物が浮かび上がる。
「だ、駄目よここでそんな物出しちゃ。」
サキュアが叫んで少女に抱き付く。
サッカーボール程に膨れたそれはそのままふわふわと巣の外に向かってゆっくりと漂っていく。
「二人とも危ないわ。」
キララが二人を抱えてボールから引き離す。
「昨日から出て来とるこれはいったい何じゃろうね?」
お父さんが爪でそっとさわる。
「わ!爪の先っぽが消えた!」
ボールに触ったお父さんの爪の先が煙の様に消えてしまった。
「ええ?」
サキュアが悲鳴のような声を上げる。
「なんと!不可侵の竜神様の身体を貫けるボールをこの少女は出すことが出来ると言う事ですか?」
ガルアは目の前で起きた事が信じられない事の様に思えた、竜の爪と言えばなまじの刀より硬いのである。
「いや、不可侵と言うほど丈夫じゃないけどね。」
ボールはふわふわと巣の外に出るとそこで爆発を起こす。
さほどに大きな爆発では無かったが木の根元で起きた爆発によってへし折られた木は巣の方に向かって倒れ掛かって来た。
「危ない!」
木が二人を目がけて倒れて来る、そこをキララが上に覆いかぶさるがその前にお父さんが片手で木を捕まえる。
「二人とも大丈夫かのう?いったいなんだってこんな物騒な物が出て来るんじゃろうかね?」
「あううう~っ腕から血が~っ。」
「いけませんわ、とにかく小屋に戻って手当てをしましょう。」
サキュアは小屋に戻って少女の傷の手当てをする。
「それ程深い傷では有りませんが気を付けて下さい。竜の身体は我々と違って非常に丈夫に出来ていますから。」
「ごめんねあたしが爪を出さなければ良かったんだけど。」
キララがしょんぼりしていた。
「お姉ちゃんの爪ってすごく鋭いのね。」
「お姉ちゃん?あたしの事?」
「そうよ、お父さんの娘ならあたしのお姉ちゃんでしょ?」
怪我をしたにもかかわらず少女はキララの事を悪くは思っていない様である。
姉と呼ばれたことに対してキララはじ~んとなるのを感じた。
お姉ちゃん!、なんて素敵な呼ばれ方………もうこの娘の為なら何でもしてあげちゃう!と心の中で思った。
「いいわよ、あなたの帰る先が見つかるまであたしがあなたのお姉ちゃんになってあげる。」
ぱっと手を繋ごうとして慌てて引っ込めるキララである。
「あ、お父さんだーっ。」
小屋の外から心配そうに中を覗き込むお父さんであった。
隣でお兄ちゃんも手を振っている。
「お父さんのとこに行くーっ。」
少女が叫ぶがサキュアが渋い顔をする。
「お父さんそこに寝そべってくれる?」
「わ、わし?ここで寝そべるの?」
「寝てればこの娘を踏みつぶす事も無いでしょう、ついでにこの娘の事情を聞いて見てちょうだい。」
かなり強引にお父さんに話を振るキララである。
「わし、そうゆうの苦手なんだけどな~。」
「5000年も生きて来て小さな娘一人あやせないの?」
「おまえね~、ワシこの体だよ、人間の子供となんかと遊べるわけないだろ、お前と違うんだからさ~。」
「大丈夫よ、アタシがちゃんとついてて上げるから。」
なぜか娘の方がしっかりしている竜神様であった。
お父さんは床に頭を付けてうつ伏せになる。
「おとうさ~ん。」
サキュアが少女を離すとお父さんの顔にしがみつく。
「元気になったかい?どこか痛むところはないのかい?」
「ん~っ、さっきまた怪我しちゃったけど、大丈夫だよ~っ、もう痛くないよ~っ。」
いや、まださっきの傷から血が出ていますけど。
「ワシらの身体は丈夫に出来ているからね~っ、気を付けないといけないよ~っ。」
「うん、気を付ける~っ。」
「時に君の名前はなんて呼んだらいいのかな~っ?」
「忘れちゃったの~?ユキだよ~っ。」
「い、いや今思い出したよ~っ。それで今までどこにいたのかな~?最近顔を見て無かったからね~。」
「んん~っ?あれ?よく覚えていないよ~っ。」
「そ、そうなの~?それは困ったね~っ。」
話を聞いて見るとユキは竜に助けられるまでの事を覚えていなかった。
そればかりかそれ以前の記憶もかなりあいまいな感じで夢と現実が混ざりあった混沌とした様な状態であった。
やはり恐怖の体験がユキの記憶を曖昧な物にしている様であった。
なにか恐ろしい物に追いかけられたようなあいまいな記憶だけが残っている様であった。
「さっき爆発したボールの様な物はいったい何なのか教えてくれるかな~っ?」
少女の後ろでキララがブロックサインを出してお父さんに質問を促す。
「なんなの~?それ~。」
どうやら先程の爆発の原因を理解してはいない様であった。
ユキにしてみればいきなり木が爆発したように見えただけらしかった。
それにしても竜の爪を何の変化もなく消して見せたボールはひどく危険な物である。
あれの大きなものが竜の外皮を消して体内で爆発すれば竜とて死ぬ危険性が有る。
そしてどうやら今の状況を見るとあのボールはユキの心が不安定になった時に無意識に出るような気がした。
獣人も魔法を使用する事は出来るが竜神を傷つける程の物では無く、ガルアに言わせるとあのような魔法は今まで見た事が無いとの事である。
ユキが何故か竜神の事を父親と呼ぶのかその理由は判らない。
いずれにせよこの娘からは目を離すのはまずいとサキュアは感じ、ガルアも同意見であった。
その時少女のお腹が可愛い音を立てる。
「あなた、お腹空いてない~?」
くきゅるる~~~っ。
そう聞かれて少女のお腹が更に大きく鳴る。
「サキュアさん、さっきのバスケットにお食事の用意を頼んで来て有るわよ。」
「え?キララ様が竜守達に頼んでくださったのですか?」
「ええ、その子の為にお粥の様な物とサキュアさんの為に昼食を頼んでおいたわ。」
少女の怪我に気を取られて食事にまで気が回らなかったサキュアはキララの思いやりに感謝した。
「それじゃあ温め直しましょうね。」
サキュアは木箱から土鍋と食器を取り出しすとキララがそれを持ち上げると口から火を噴き出して鍋を温める、竜神コンロである。
少女はお父さんに抱き付いたまま不思議な物を見るような目つきで見ていた。
「サキュアさん焦げないようにかき回していただける?」
「あ、はい。」
お玉を取り出すと鍋をかき回し始めた。
「熱くないのですか?」
鍋を手に持ったままそこに火を吹きかけるキララを見てサキュアが驚く。
「大丈夫よ、ドラゴンですもの。」
火を噴きながらにこやかに返すキララ、ちょっとシュール過ぎないか?
お粥があったまって来ると良い香りが漂って来る。
「いい匂いしてるね~っ、キララが頼んで作らせたの?」
お父さんが顔に娘を張り付けたまま尋ねる。
「そうよ、この娘がお腹空かせているといけないと思ったのよ。」
「キララはえらいね~、よく気が付いたね~。」
お父さんは我が子ながら良い娘に育った事にご満悦であった。
匂いで食欲を刺激されたのか少女の腹が一層激しく鳴り始める。
サキュアが椀を取り出し中の粥を注いで少女の方に捧げる。
それを見た少女の口からよだれが垂れる。
「いいんだよ~っ、ワシここを動かんからご飯を食べておいで~。」
お父さんがそう言うと少女はちょっとお父さんの顔を見てから手を離した。
「熱いから気を付けるのよ。」
少女は茶碗を受け取るとはふはふと言いながら食べ始める。
時々お父さんの方を振り返る。
「大丈夫だよ、どこにもいかないからね~、ゆっくり食べなさい。」
お父さんは寝そべったまま少女の食事を見守っている。
「はい、お代わりをどうぞ。」
食べ終わるとすぐにサキュアが茶碗にお粥を注ぐ。お腹が空いていたのだろう用意されたお粥は全部食べてしまった。
「ふうう~~っ。」
サキュアにお茶碗を返すと再びお父さんの所にやって来る。
お父さんの顔にもたれかかる。
「お腹いっぱいになったかい?」
「……………ん。」
安心したのかお腹が一杯になった為かはわからないが少女体の力が抜けてお父さんい寄りかかっていた。
「お口の周りにお粥が付いているわよ。」
サキュアはタオルを掴むと少女の顔を拭いて上げる。
「私はサキュアと言います、そっちの竜神の娘様はキララ様、お父さんは判っておりますね貴方の事はユキさんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「ユキでいいよ~。」
「それではユキさん早速ですが此処は竜神様の住む巣で人の身が住むところでは有りません。」
「住んじゃいけないの………?」
「よろしければ下の社屋に降りてゆっくりとお休みいただければよろしいかと思うのですが?」
「下………?」
「大丈夫よ、アタシが抱いて行ってあげるから。」
キララがユキを持ち上げようとするとユキはお父さんにしがみ付く。
「いや~っ、お父さんと一緒にいる~っ。」
「左様で御座いますか、それならば致し方御座いません。」
「いや、あのワシいつまでこうしてればいいの?明日の御飯を狩りに行かなくちゃいけないんだけど。」
後ろの方でお父さんのつぶやきが聞こえる。
「しばしのお待ちを、もうすぐ解決させますので?」
「ずいぶん自信たっぷりなのね、サキュアちゃん何か目算でもあるの~?」
「はい、『すべてはなるようになる。』で御座います。」
巫女たるものは如何なる状況に置いても人間と竜神様の利害を調整するのが役目なのである。
「そうだね~、お母さんも良くやってくれたんだけどね~、サキュアちゃんも若いのに申し訳ないね~。」
「お戯れを、私は巫女ですから一生を竜神様に捧げる覚悟が有ります。」
「あ~のさあ、その気持ちは嬉しいんだけど~、いくら巫女だって自分の幸せを求めていいんだよ~。」
「はい、ちゃんと人生を捧げながらいい男を引っかけて子供を10人くらい生む覚悟が有ります。」
なかなかにたくましい人生設計のサキュアちゃんであった。
「あ~、でもサキュアちゃん結構何とかしちゃうんだよね。」
「はい、兎耳族の神の加護に誓いまして。」
かなり強気な発言にいささか引いてしまうお父さんであったが後ろの方からお母さんの顔が伸びてくる。
「あ~ら、お父さんお忙しそうね~。」
「何ですか~?お母さんワシ結構なピンチに至っているんですけど~。」
「いいえ~、ルームメイキングの方たちがおいでになったのでお父さんが邪魔かな~?なんて思いまして。」
「竜神様、ここはしばらくこの娘のお父さんと言う事でお預かり願えないでしょうか?無論すべては社の方で手配させていただきますし私もこちらで生活させていただきます、ここはどうか。」
サキュアはひざまずいて竜神に願い出る。
「う~ん、サキュアちゃんんにそう言われると仕方ないな~。」
「ユキちゃんはそれで良いかい?」
「うん、お父さんと一緒ならそれでいい~っ。」
お読みいただいてありがとうございます。
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次回は金曜日朝の更新になります。




