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天空の境界

1-047

 

――天空の境界――

 

 お母さんに連れられてどんどん上空に昇りつつ有る竜神の2柱、何やらお父さんも不安は隠しきれない。

 

「それで母さんや、ワシらどこまで上がっていけば良いんじゃろうか?」

 既に雲は遥か下にあり真っ青な青空を山の峰々を超えて更に上空を目指している。

「空が青から黒になって星が見える所までよ。」

「いや、そんなことしたら空気がなくなって息が出来なくなっちゃうよ。」

「大丈夫よ体内のSQ細胞がエネルギーを補給してくれるから。」

「なにそれ?」

 お父さんは理解が出来なかったがお母さんが自信たっぷりに言われて後をついて行くしかなかった。

 

「ねえお母さんはなんでそんなにいろんな事を知っているのかな?そんなに頭良かったっけ?」

「ああら、本当はお父さんも知っていることばかりなのよ、ただお父さんは昔のことなので忘れちゃっっているだけなのよ~。」

「いや、何千年も前のことを覚えているだけですごい事だと思わない?」

「私の頭の中には少し仕掛けがしてあるから。」

「なにそれ?もしかしてワシが忘れちゃった事いっぱい覚えているってこと?」

「そうよ~、女は執念深いんだから~。」

 ニコ~ッと笑うお母さん、お父さんはその言葉に言いしれぬ不安を感じた。

 

(ワシ、浮気したこと有ったっけ?)

 それすら忘れているお父さん、忘却は最強の砦である。

 

  ◆

 

「ワシらが住んでいた世界から人族の住む世界を隔離したと言うのか?いったいどうやって隔離したのだ?」

 

「SQ器官の応用で二つの壁の間の空間を繋いだのです。片方の壁から入った者は隣の壁から出て行くので壁の間に隙間が有る事が判らないのです。人類はその壁で人類の生存領域をすっぽり囲みました。」

 

「それがこの場所なのか。」

「無論完全に遮断することは出来ずに時々魔獣が入ってきますので常に犬たちが警戒に当たっています。管理された狭い土地で有れば魔獣は決して脅威ではないのです。」

 

「それで?なんであなた達は私達の世界に来たのかしら?」

「いや~っ、そこなんですよ。実は4000年も安泰な生活をしていますとね、壁の技術もかなり失われまして修理の為に外に出る事も出来なくなってしまったのですよ。」

 

「「「……………………。」」」

 

「おバカですね。」

「はい、サキュアさんのおっしゃる通りです。」

 

「それで?ユキちゃんがあんな所にいた理由はなんなの?」

 やっぱりニッコリ笑うキララである。

 いやいや、ニコニコ笑いながら魔獣の骨をバキバキと噛み砕かないでください。

 

「ははは、はい!ユキちゃんは魔力を使って空間を捻じ曲げる能力を持っています、元々は竜族はこの空間変異能力が有るとされていたので再度竜族を復活させたのです。」

 冷や汗をかきながら説明を続けるクロ。

 

「それがあの竜の子供達ね。」

 お腹が一杯になったせいかユキを含めて全員が固まって寝ている。

「ところが竜族にその能力を持つ者は現れず別の方向性を探らざるを得ませんねした。」

 その結果作られた成功作がユキでありクロであったそうだ。


「もうひとりユキちゃんの妹さんのナズナさんがいますがね。」

「ああ、あのとき現れた小さな子供か?」

 ゼルガイアは最初の魔獣襲撃の後に遺跡の近くでこちらを見て驚いた様な顔をしていた少女の事を思い出す。

 あの少女がこちらの状況を見てこのペンギンを送り込んできたと言う事だ。

 

「するとあの卵の中に入っていたのがお前か。その後起きた肉泥棒もお前のせいか。」

「いや~っ、その節はボコボコにされましたがおかげさまでユキちゃんとめぐり合えました。」

「ユキちゃんがお父さんと言っていたのは誰の事なんだ?」

「はい、竜族の始祖のエルギオスです我々全員の父親ですから。優い人でみん懐いていました。おそらく記憶が混乱して竜神のお父さんを見て始祖の事を思い出したのでしょう。」

 

「それじゃあそこにいる竜達もあんたもユキちゃんと………。」

「血のつながった兄弟です。」

 

「……………………。」

「ななな、な~んですか~っ、その全員の沈黙は~っ?」

 

 なんでもあの遺跡が結解壁の外部側の制御装置だったそうでその修理のために壁を通過して来たらしい。

 無論護衛もいたのだが人間に引き寄せられた魔獣の群れには全くの無力だったらしい、それでもなんとかユキだけは逃がそうとしたみたいである。

 

「まあ、あの連中じゃ魔獣にかかったらイチコロですね。」

「そんなに弱いのか?」

「はい、3人がミゲルに踏み潰されました。」

「ちがーう!」

 ミゲルの悲鳴が上がるが皆にジト目で見られていた。

 

 そういう訳でたまたまそこに来た竜神のお父さんによってユキは救出されたらしい。

 その様子を探っていた妹のナズナは捜索隊の存在を知りクロをカプセルに入れて生存者の救出を目論んだのだと言う事だ。

 意外とこのペンギンは勇敢な奴の様である。

 その空間を歪めるたびに制御装置が作動したらしく、その振動にたまたま魔獣が引き寄せられたらしい。

 今回の暴走スタンビートの原因もそこいらへんに有ったのかもしれない。

 

「それじゃあの竜の子供達はこれからどうなるの?」

「たぶん大きくなる前に始末されるのではないかとゼルギアス言ってました、だから俺たちに託して子供達を逃がそうとしたらしいんス。」

「そうか……。」

 大変な荷物を背負い込んでしまったと考えるべきか?新たな竜を10柱も手に入れたと喜ぶべきか?ゼルガイアはいささか逡巡する。

 

「それで?どうやって壁を抜けるんだ?」

「いや、わからねえッス、ただ子供達を連れて逃げる場所を指示されただけッスから。」

 全員がクロを見る。

「クロちゃん、君何かわかるかい?僕に教えてくれないかな~。」

 

 いやいやいや、お兄ちゃんまでニッコリ笑って歯をむき出さないでください。

 

「壁を抜けるための転移ポイントが有ります、今のユキちゃんならどこからでも抜けられますが私やナズナの力では決められたポイント以外では魔力の消費が多すぎるのです。

 多分そこにはナズナとエルギオスもいるのではないかと思われます。」

 

「みんながやってきた所で強引に壁の外に転移させてしまおうと思ったのかな?」

「ただナズナには今のユキちゃん程の能力は有りません、ベースキャンプを制圧して順番に転送を行うつもりで有ったのでは?」

「結構杜撰な計画だな俺の戦闘力頼りかよ。」

「いやいやきっと獣人族の戦闘力を目の当たりにすれば穏やかに退去していただくことに異論は出ないと思いますよ、それは竜族も同じでしょう。利用できると思って作ったのに利用できなければ只のお荷物ですから。」

「だめよ~っクロちゃん、子供達の前でそんなこと言っちゃ~。」

 

 キララさ~ん、ニッコリり笑って私の頭を口の中に入れないでください。

 

「ただユキちゃんと私の大量生産が始まっていますから。数年後には壁を自由に抜けられるようになるでしょう。」

「それで遠慮会釈なく貴方ををこっちに送ってきた訳ですね。」

 サキュアさん、人を消耗品みたく言わないでください、これでもユキちゃんの為に命がけで転移してきた英雄ですから。

「それでは我々の戦闘力を見せながら目的地を目指せば良い訳だな。」

 結構平気で物騒な発言をするゼルガイアである。

 

 転移ポイントならずともユキちゃんが十分なSQ細胞を取り込めばここからでも脱出は可能でだと思われる、しかしクロもユキちゃんも今の状態ではSQ細胞が足らずに壁を抜けるのは2、3人が限界だと言っていた。

「ユキちゃんはあちらで大量の魔獣の肉を食べた上にゲルドさんの訓練を受けたおかげで非常に魔力の使い方が良くなりました。それだけにさっきの転移で殆ど魔力を使い切ってしまいましたから。」

 

「魔力が貯まるまで逃げ回るかそれとも転移ポイントをこの戦力で押さえるか?」

 ゼルガイアの中ではこれからの行動計画を考えていた。

「どちらにしても魔獣の肉は必要みたいね。」

「人類はSQ細胞を人工的に作れますが魔獣は今回私達が引き連れてきたあの数だけです。そもそも細胞を食べても消化して吸収されるまでしばらく時間がかかりますし。」

「もう少し魔獣を拾って来ようか?」

「そうね、お兄ちゃんどうせ様子は見に行かなくちゃならないし。」

 その時ミゲルの耳がヒクヒクと動いた。

 

「周囲から何かが迫ってきます。たぶんあの犬では無いかと思われます。」

 

  ◆

 

「母さんすっかり暗くなっちゃって星が見え始めたよ、太陽だけがギラギラ輝いてる。」

 風の抵抗がなくなって翼での姿勢制御が難しくなり始めた。

 竜の夫婦は高度3万メートル以上の成層圏まで上がってきたのである。

 地面の丸みが見え始めて来た頃お母さんが話しかけてきた。

「ほら、お父さん下を見てご覧なさい。」

「なんじゃ、あれは?」

 丸く見え始めた地球の真下の地面に虹のようなゆらめきの線が大きく横切っている。

 

「あの虹のような線が人族と人間達を分ける結界なのよ。」

「なんでそんなものが見えるの?」

「結界も無限に上まで伸びているわけじゃないからその上に上がれば結界を超えられるのよ。」

 結界はドームのように土地に被さっているのではなく壁のように土地を囲んでいるらしい。

 壁の上までいけば壁を抜けられるのは道理である。

 

「な~んか種を明かせば当たり前過ぎる事なんだね~っ。」

「人族は昔はこの程度の事は簡単に出来たんだけど閉じこもっている間に忘れちゃったみたいね。」

 壁の中も情けない事になっているみたいだな~とお父さんは思う。

 

「しかし今となってはこの高さまで上がれるのはワシら竜族だけだけじゃないのかね?」

「だから私達は人族の作った結界を超えられる者とされていたのよ。」

「もしかして母さんこの結界を超えた事有ったんじゃないの?」

「ああ~ら、それは女の秘密よ~っ。」

 悪女っぽく笑うお母さんである。

 

 まあ結界を超えて人族を食った訳では無いと思う。それにしても絶対の自信を持っていた結界を超えて来た竜を見たらさぞ中の人間は驚いただろうな~。

「それじゃお父さん結界を超えたらゆっくりと降りるわよ、あんまり急に降りると体に悪いから。」

「はいはい、そうしましょう。」

 

 2柱の竜神はゆっくり降下を始めた。

 

  ◆

 

「ちっ、あの犬か!」

 ケアルが立ち上がると耳をヒクヒクさせる。

「全員を起こせ!敵襲だ!」

 ミゲルが子供達を起こすと全員をまとまらせる。

 

 突然藪の中から犬が飛び出してくる。

「グアルルル!」

 パキーン!

「ギャーン!」

 ケアルの一発で吹っ飛ぶロボット犬、周囲から次々と犬が飛び出してくる。

 

「なんじゃ?コイツ生き物じゃないな。」

 子供達を守るようにゼルガイアは位置を変える。

 キララ達もその意図を察したのか子供を囲むように場所を移動する。

 何頭もの犬が周囲を囲み威嚇の吠え声を上げる。

 

「なんだ?こいつらワシらを攻撃して来ないな。」

 ゼルガイアが犬達の行動を訝しく思ったその時ミゲルが叫んだ。

「上空から何かが接近してきます。」

「む、こいつらおとりか!ミゲル皆を馬車の中に!」

「だめよ!みんなバラバラに別れて逃げるのよ!いそいで!」

 ミゲルはユキを抱き上げるとサキュアと共に飛び上がって逃げる。

 

 突然上空からバリバリッという射撃音と共に車めがけて銃弾が浴びせかけられた。

 竜の子供達はバラバラになって逃げだすが小さな子供が転ぶ、大きい子が小さな子を抱きあげて逃げる。

 馬車から周囲に向かって銃弾は撃ち込まれる場所を広げていく。

 

「ぐあっ!」

 小さい子供をかばった竜の子に銃弾が命中し二人がふっとばされる。

 

 そこにいた全員が竜の子を見る、倒れたまま動かない子供の背中から煙が上がっていた。




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