魔獣警備軍のゼルガイア
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――魔獣警備軍のゼルガイア――
サキュアは少女の体に作業小屋の中に備え付けられていた薬草を使って擦り傷の手当をしていた。
「服が汚れているわ、着替えが要るわね、キララ様しばらくこの娘を見ていていただけますか?着替えを取ってまいります。」
「いいわ、私が行くから貴方はこの娘に付き添っていて、それでどこに行けばいいのかしら?」
キララがサキュアに向かって微笑みかける。
確かにこの娘が目を覚ました時にキララを見るよりは自分を見た方が良いだろう。
そう判断したサキュアはキララに頼む事にした。
「社に行って備え付けの医薬箱と私の寝間着をもらってきて下さい、それに洗ったシーツに毛布と新しい枕を。それから警備隊に行って事情を説明してこの子の連れの捜索隊を出すように言ってください。」
「判ったわ私に任せてね。」
キララは翼をパタパタと動かすと街に向かって飛んで行った。
「怪我は大したことは無いようですが、かなりショックを受けているのか心が折れてい様で寝ております、今はサキュアが見ておりますが。」
手当の状況を確認した後ガルアはお父さんの所で状況の説明をした。
「そうなの、街の者では無いの?」
「はい、あの様な者は人間5種族の中にはおりません、あの者は《ひと》人族では無いかと思われます。」
その言葉を聞いてさすがの竜族のお父さんも驚きを隠せない。
「人族だって?魔獣を生み出しこの世界を破壊し尽くしたと言われている人族だとでも言うの?」
人族は既に絶滅したと言われる種族で現在の人間の源流となった種族と思われている。
一説によれば魔法の力で人族と他の動物を合成したと伝説に記されている。
「全ては伝承です。しかし実際に人族を見てきた者もおるわけですが、本当の人族はあのような姿だったのでしょうか?」
「だれ?それ。聞いて見れば良いじゃない。」
お父さんはガルアに言葉に首をかしげる。
「あなたですよ、伝承によれば5000年前には人族がかなり残っていた筈ですが。」
そう言われても5000年前の記憶なんかどこかに吹っ飛んでいるお父さんであった。
「あのね、ワシ5000年生きていると言われているけどそんな昔の事覚えていないのよ。そもそも何年生きているのかすら数えていないんだからね、わかるはずもないでしょう。」
まあ、あまりにももっともな発言である。5000年生きていて正確に記憶が残っていたら頭の中は一体どうなるのだろう?
「5000年生きることがどのようなことなのか我ら短命の種族には想像すら出来ません。」
「別に大したことじゃないのよ、食って寝て狩りをして、その繰り返しをずっとしてきただけなんだからさ。だからこの5000年間何も変わって無いんだよね。むしろ文字として記録を残しているあんた達の方が物事ははっきりしてると思うよ。」
「寂しいことを言われますな、不老不死の竜神様有ってこその我ら民が生きて行けるのですから。」
ガルアが渋い顔をする。
「ただね、魔獣達の動きがおかしかったんだよね、食の好みは有ると思うけどあいつら別に何を食ってもいいはずなのにわざわざ人間を追いかけて食おうとしていたんだよ、あんなのは初めて見るよね。」
「魔獣があの子供を追いかけていたと言われるのですか?」
「大型の魔獣の他に小型の魔獣が何匹もいたし、しばらく目を離していたらキララ達が魔獣に囲まれていたんだよ。あいつらワシらを見ても逃げなかったんだよ。よほど腹が減っていたのかな?」
「まさか、食べ物を選ばないが故に魔獣は魔獣足り得るのでしょう。まあ、魔獣に関しては我々も知らないことのほうが多いのですが。」
「ワシも昔は知っていたのかもしれないけどね、きっと全部忘れちゃったんだよ。」
「ふううう~っ。」
なんか爺さんが溜息ついてる、ワシなんかまずいこと言ったかな?
「お祖父様。」
サキュアが作業小屋から出てきた。
「おお、サキュアか。あの子はどうした?」
「眠ったようです、キララ様は下に降りて必要な物を取ってきていただきます。警備隊への連絡も頼みました、犠牲者が出たようなのでその捜索もしなくてはなりませんから。」
「サキュア、もうじき竜僕達が魔獣の解体にやって来るから必要な事は彼らに指示すると良いじゃろう。」
「はい、そう致します。」
「いいね~、サキュアちゃんは若いのにあんなにしっかりしているなんて。」
サキュアちゃんのキリッとした態度にお父さんはすごく感心していた。
「はあ、しかしあんなに気が強くては果たして嫁の貰い手があるかどうか?」
竜守の巫女などと言う要職に若くして就いたサキュアの事を心配するのは祖父としては当然の事であった。
「大丈夫だと思うよ、サキュアちゃんは優しい娘だしね~。」
「あの子が人族だとして何か問題が有るのかなあ?」
先程のガルアの話に何か引っかかる所を感じたお父さんであるが何しろ人族の事など記憶の片隅にも残っていない。
「人族に対する伝承と記録には様々な物があります。しかしそれがどの位事実に基づいた物であるのかは残念ながらわかりません。その中のひとつにはこの世界の魔獣を生み出したものと言うのも有りましてな。」
「具体的に何が問題なの?」
「この世を破壊したのが人族ならば現在の様に復活させたのも人族だと言う神話的な話です。」
「ワシらの世界の復活者?でもワシら別に滅びかけている訳じゃ無いでしょう。」
「民間伝承としては人族は忌み嫌うものと言うのと反対に人族は付き従うものという真反対の解釈が有りましてな、実際のとこ様々なのですよ。」
とは言えあんな爆発を起こせるなんて所を見るとかなり物騒な能力を持っているみたいである。
「どっちにしても揉め事の種には事欠かないと言うことになりそうだね~。」
顔を見合わせる一人と一柱であった。
キララが社に降りてくると兎耳族の竜守の男がひざまずいてキララを迎える。
サキュアに言われた通りに医療箱に寝間着とシーツと枕を注文する、それとふと気が付いてお粥の様な物とサキュアの弁当を作って置くように頼んだ。
竜守の男はかしこまって承っていた。
キララはこれから警備隊の本部に行くので帰りに寄ると言ってそこを後にする。
パタパタと翼を動かしながら街の道の上を飛んでいく。
なるべく馬車を驚かさないように飛行しながら警備軍の本部に向かう。
警備軍と言うのは魔物から街を防衛するための組織である。
大型魔獣は竜が狩ってくれるが小型の魔獣はそのまま街の周囲に住み着いている。
実際の所は街の周囲と樹海の間には干渉地帯があり樹海を切り開いた牧草地にになっている。そこでは魔獣と家畜が共存している。
魔獣も人を見れば逃げ出すが普段は大人しい物である。
しかし彼らも人間の食べる物はやはり美味しいらしく出没して畑を荒らす。
それ自体は脅威ではないがやはり人間と鉢合わせをすると襲ってくる。
この辺は野生の動物は皆同じである。
小型魔獣とは言え種類によっては300キロ以上の物もいる訳で人間が襲われれば死ぬ事も有る。
その魔獣の被害に対処する為に対魔獣狩猟部隊が作られ街の周辺の魔獣を狩って数を減らしている。
大型魔獣ともなれば最強の手練れが数人かかりでなければ死人が出る事もあるが、小型魔獣はそれ程でもない。
そこで定期的に街の周囲から魔獣を駆除する役目を担っている。
それともう一つ、街を行き来する通商馬車の護衛である。
通商を行う馬車の為に週に一度警備軍が護衛任務を行ってくれる。
街を行き来する馬車はこの討伐部隊に金を支払って同行させてもらうのである。
この護衛部隊は大型魔獣との遭遇もあり得るので部隊の中でも精強の者が任に当たる。
警備軍に入った者はこの討伐部隊に参加し大型魔獣と戦う事を目指す者も多い。
キララが警備部隊の本部の入り口の前に降り立つと、前にいた衛兵がキララを見て最敬礼を行う。
時々訪れる事も有りゼルガイアの部屋は知っていたので真直ぐ部屋に向かう。
ゼルガイアは部屋で執務を行っていた、その横には兎耳族の秘書が張り付いて説明を行っている。
キララを見ると立ち上がって挨拶をする、立ち上がると非常に大柄で隣の小柄な秘書が幼児の様に見える。
ゼルガイアは軍服に身を包んでいた、体は普通の人間だが頭の部分はライオンの顔をしている獅子族である。
男なので立派なたてがみをたなびかせているが、これは獅子族の男のアイデンテティの様な物でとても誇りにしている。
「おお、これはキララ殿良くいらっしゃいました。何か特別な問題でも起こりましたでしょうか?」
ゼルガイアは唇を上げる、にこやかに笑ったつもりだろうが大きな牙が現れて人々恐怖を抱かせる事に本人は気が付いていない。
この辺はキララも同じであるがやはり女の子で有るのでなるべく牙を出さないようにしていた。
この男は本部付武官の中のトップで有り40歳を超えても未だに彼にかなう者はいないと言う位の傑物である。
何しろ身長218センチの大男で有り見事に鍛え上げられた体を見るだけでその強さの予想が付くのである。
もっとも、キララも尻尾を除いてゼルガイア並みの大きさがあるので相当な大きさだと言う事が判るだろう。
未だに警備隊の緊急出動の際は真っ先に出動し全員の指揮を取るという、よく言えば勇敢、悪く言えばバトルマニアである。
いささか脳筋な所は有るが住民を守る事に対して情熱を傾ける人間で部下の人望も厚い。
「今朝の狩りの時魔獣に襲われた遭難者を発見し保護したので急いで救援の要請に来ました。」
このゼルガイアの優れたところは誰とでもすぐ親しくなれる懐の深さで有った。
竜守を除いて竜達との交渉事をまともに出来るのはこの人間だけであった。
竜神のお父さんもゼルガイアには一目置いており仕事上の付き合いとはいえ親しく話の出来る数少ない人間であった。
「なんと、人間が襲われたのですか?」
「北の樹海の辺りでした、子供が一人ですが家族は犠牲になったようです。」
「そうかそれでは早速部隊を組織して出動致しましょう。正確な場所はお分かりですか?」
「父が正確な場所を教えられると思います、私はまだ……。」
キララ自体があまり狩りには出ていないのであまり周囲の状況を認識してはいなかったのだ。
「おお、それでは早速お父さんの所に伺う事に致しましょう、キララ殿は先にお帰りになっていて下さい。」
キララはそう言われて早々にそこを引き上げたが後ろの方で秘書の呪いの様な声が聞こえたような気がした。
キララはパタパタと飛び上がるとそのまま巣に向かい、途中社に寄って頼んでおいたものを受け取る。
食事はバスケットの中に入れて有り服などは風呂敷に包んであったので竜守がそれをキララの背中に括り付ける。
背中に風呂敷包みを背負った竜は意外と様になっていて可愛い。
そのままパタパタと巣に上がって行く。
ゼルガイアはキララと別れるとアグンを呼び出した。
「竜神様が北の樹海で遭難者を発見したそうだ。生存者を救助したらしいが他にも人がいたと思われる。」
「北の樹海ですか?なんだってあんなとこに行ったんでしょうか?あそこは街道も通っていないし森の中を抜けていかなくちゃなりませんよ。」
副官のアグンが頭からピンと立ち上がった耳をヒクヒクと動かす。
後ろで兎耳族の秘書が泣きそうな顔でアグンをにらんでいる。
犬耳属の将校のベテランである。獅子族と違い人間の顔をしておりその頭に犬の耳が乗っている。
顔の良し悪しはゼルガイアにはわからない、種族が違うので判断基準がずれているのだ。隊員の中では2枚目だとの噂である、
それはさておいても部下からの人望も厚く判断力も高い、何より優れているのはその鼻である。
索敵や捜索に関してはその鼻の持つ能力は非常に大きな武器になっている。
「他に人がいたとして生きていますかね?」
「洞窟か何かに隠れていれば生存の可能性はある、肉食の魔獣とはいえ積極的に人間を襲って食うことはないからな。」
「魔獣をみてパニクって逃げなけりゃそうでしょうが普通の人間ではどうですかね?」
「いずれにせよワシはこれから竜神様の所に行って正確な場所を聞いてくる、その間にお前は招集と荷物の用意を頼む、作戦期間は7日間分としての食料を頼む。メンバーは場所が場所だからなベテランを招集してくれ。」
「隊長殿は?」
「無論ワシも行く。」
ゼルガイアが出かけるということは内部の事務作業がその間滞る訳で、事務の女性の怨嗟の声が聞こえたような気がした。
まあ、いつもの事なので仕方ないと思いつつメンバーの名前と装備の量を頭の中で計算をし始めるアグンであった。
生存者の捜索ということを考えると犬耳族が多いほうが良い、獅子族は当然ゼルガイアの奥さんも行くと言い出すだろう、脳筋夫婦だからな。
兎耳族も一人欲しい、連中は荒事には向かんが非常に耳が良い、犬耳族の鼻と兎耳族の耳の組み合わせには最強の索敵能力が有る。
ゼルガイアを除いて大型魔獣に対抗できるだけの勢力も必要だ。
それでも非番と現在本部にいる人間からそれだけの人間を集めるとなると結構大変である。
実際の作業を進めるのは事務部門のメンバーなのだがこういった緊急事態にもよく対応してくれるメンバーが揃っているので非常に助かっている。
ゼルガイアは段取りを済ますと馬に乗って竜の巣まで走り始める。
竜の巣には社から階段で行く方法と迂回して斜路で上がっていく方法が有る。
竜の巣の世話をするのに階段を上がり降りするわけにも行かないので当然道路は整備されていた。
ゼルガイアが山の頂上に有る竜の巣に近づいて来たところで何かがドーンと爆発する音が聞こえた。
「なんじゃあ?オーブンでも爆発したのか?」
まあ竜の巣であるから問題は無いだろう。何しろ山火事になっても炎の中で昼寝をするような頑丈さが有る連中なのだ。
心配などとは無縁の存在では有るが、それでも爆発物など無い場所での爆発は何かしらの危険な予感を感じさせた。
お読みいただいてありがとうございます。
お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。
次回は火曜日朝の更新になります。
登場人物
ゼルガイア 街の警備隊の隊長 獅子族 40歳 身長218センチ
アグン 警備隊第3分隊長 25歳 犬耳族 身長175センチ




