ケモ耳フリーク
1-31
――ケモ耳フリーク――
「なに?コイツいい男。」
ガルディがモニターを通じてケアルを見た第一印象はこれであった。
聞いていたとおり頭の上に犬の様な耳が生えていたがそれ以外は人間と区別はつかないばかりか、基地にいる男達に比べてもかなり引き締まった細身の体をした2枚目と言えた。
警備部隊の男たちに比べても体が太い訳ではない、この体で完全武装の警備隊員を何人も素手で倒したと聞いていたので恐る恐るという感じで通信を行なっていたのである。
そういう訳でガルディは万一の為にマスクをしてモニターの前に座った。
やはり恐ろしい獣という印象の獣人の前に顔を晒す気にはなれなかったのだ。
そこでリフリと相談して蝶のマスクをすることになった。
何故蝶かと言うとたまたま昨年の年末パーティーで使用したのが残っていたからだ。
「…………………。」
「え~と、私の名はガルディと言います。お二人の生活面での相談に乗るように言われました。」
「…………………。」
うわ~っ、じっと見られてるよ~、やっぱり言葉通じないのかな~?
「あ、あの………。」
「アンタのその顔は素顔なのか?」
「へ?」
「いや、顔の模様は生まれたときの物か聞いているんだが……?」
「あ、そうか。」
相手は獣人であるから耳や顔に模様が有る事はきっと珍しく無くて仮面の顔が素顔であってもおかしくは無いと考えるんだ。
そう理解したガルディより先に横から女性の声がする。
「ばかね私達に素顔を見られたくないのよ。」
「なんで?そんな事をするんだ?見られたってどうってことは……。」
「それが女心というものなのよ。」
姿を表した女性を見てガルディは驚愕の声を上げる。
「う、……うさ、…うさ…。」
「どうしたの?私は兎耳族ですけれども。」
「兎耳族~~~っ!!!?」
ガルディの両手が何かを求めてわさわさと動く。
「???」
それを見たミゲルはなんとなく耳を押さえる。
はっと気がついたガルディは慌てて手を隠す。
「コホン、私はお二人の生活面でのサポートを命じられたガルディといいます。なにかお困りの事とか有りましたら伺います。無論、殿方に話せないような事も私なら話せると思いまして。」
「そんなものねえよ。」
鈍感の塊であるケアルがあっさりと答えてミゲルに引っ叩かれる。
「アンタはちょっとあっちに行っていて。」
ケアルはあっさりとミゲルに蹴り出されて壁に頭を突っ込んでいた。
「な、なにかミゲルさんはすごい脚力ですね~っ。」
ガルディは冷や汗が出ていた。
聞いていた以上に獣人と言うのは身体能力が高くて野蛮な種族だと思ったのだ。
「アタシは兎耳族なので先祖はウサギですから。」
ああ、そうか獣人だからキメラの元となった動物の特性が出ているんだ。
口には出さずガルディはそう思った。
「それで、魔獣と戦ったりしているんですか?」
「アタシが?兎耳族は戦闘なんかできませんよこれは逃げ回る為のジャンプ力です。」
「そ、それじゃその頭の上にある耳は?」
「遠くの物音を聞きつけて早く逃げ出す為の物です。」
「そ、そうですか~っ、なんか髪の色と同じ短い毛がふさふさと、髪の毛もものすごいふわっとして、むふふふふ。」
ガルディは見えない所で手をわさわさしていた。
「が、ガルディさん?ヨダレが垂れていますけど。」
「え、え?ああ、いけない、いけない……じゅるり。」
慌ててヨダレをぬぐうガルディ、今度は兎耳フリークが発症したようである。
「と、と、とにかく生活に困る事が有ったら何でも言ってきてください、特に耳の毛を洗うシャンプーとかブラッシングのやり方とか、コンディショナーなんかの相談にも乗りますからね、是非!是非!相談に乗りますからね!!」
ガルディ必死のアピールである、残念ながらミゲルには全く意味が通じていない。
「しゃんぷー、こんでぃしょなー?なにそれ?」
そんな物が外界に有る訳が無い、せいぜい石鹸ぐらいである。
「おう、ねえちゃん。それなら俺のふんどしの予備もくれや。今のままだと洗っている間はフルチンでよう。」
困った事と言われてケアルが横から割り込んでくる、実際かなり深刻な状態なのだ。
「ふんどしって何ですか?」
「これだよこれ!」
ケアルはズボンを下げてふんどしを見せる。その途端ミゲルにキックを見舞われる。
最近はミゲルも慣れて来たのかキックが当たる様になってきた。
「ごめんなさい、見苦しい物を見せちゃって。」
おほほほと笑うミゲルである。
「お、お二人とも仲がよろしいんですね、ご夫婦だったんですか?」
「「違います。」」
二人の言葉がハモる。
「ま、まあなにかお困りでしたらなんでもおっしゃってくださいね、特に耳の手入れに必要な事とか。私を呼び出すときは画面下の赤い蝶々のボタンを押してくださいね~、待ってますから、耳の事とか、耳のマッサージとか。」
そう言って通信を切ったガルディの手は相変わらずわしゃわしゃしていた。
「ああ~んあの耳をモフモフしたい~っ。」
ケモ耳欲望爆発のカルディであったが後で通信を行ったリフリも同様の症状を発症していた。
「なんか変わった人達だったわね。」
「何なんだろうな、ミゲルの耳にずいぶん関心が有ったようだけどな。」
ぱっとミゲルは耳を押える。
「ダメよ、あたしの耳は旦那にしか触らせないんだから。」
「心配しなくてもそんな趣味はねえよ。俺はメスの犬耳にしか興味はねえから。」
実際ケアルも全くミゲルに関心を示さない、やはり犬耳族は犬耳が無いと欲情しないのだろうか?
「やっぱりケアルもメスの犬耳をモフモフしたいの?」
「そ、そりゃあな~っ、あの耳を舐めてやると女は喜ぶんだよな~っ、ふへへへ。」
一気に顔の筋肉が崩壊したケアルを冷たい目線で見下げるミゲルであった。
いや、ここは健全な男子力の発露と生暖かく若者を見守るべきであろう。
「それで~、わたしが~っ、お二人の栄養管理を任されていますリフリと言いますが~。」
リフリが話をする度に上下する胸を見てケアルの目も上下していた。
やはり健全な男子たるものこうでなくてはいけない、種族の垣根を越えて女性の胸は愛でるべき物である事を彼女は立証していた。
いささか小ぶりなミゲルは複雑な思いが有るようである。
と言うか一応兎耳族は種族の特性でスレンダーな体型が多いのである。
その代わりお尻は大きくて締まっている。
ジャンプするときポヨンポヨンではいささか都合が悪い、無論それを喜ぶ男もいるのだが。
「今度~、お二人の健康状態を~、私手ずから是非とも診察させていただきたいと~思っているんですよ~、栄養管理士として~、太り過ぎないように特に耳の状態とか~、触り具合とか~、是非是非直接触診をさせて~いただきたいと思ってます~。」
無論彼女の手も二人から見えない場所でワシャワシャしていた。
「あ、ああその時はよろしくたのまあ。」
いささか引きながらもニカッと笑ったケアルの犬歯が光る。
『狼男~~~~っ!』
リフリはケアルの歯を見て直感的にそう思った。
ブルブルッとリフリの体が震える、彼女にとって狼男は『男』の象徴なのであった。
「あ、あの~っ失礼だけどあなたのその牙みたいなものは~、あなたの種族の特性なのかしら~?」
「ん?ああ、犬耳族はみんなこの程度の大きさの牙を持っているが、それがどうした?」
今度はわざと唇をめくって牙を見せる、実はこれは犬耳族の女性に対するアプローチのしぐさ一つなのである。
ぞわぞわぞわっと何かがリフリの背中を這い上がってくる。
どうもこの女性には狼男コンプレックスが有るようである。
「い、いえ。なんでも有りませ~ん、余分なことを聞いて失礼致しました~。これでよくわかりました、ケアルさんは肉食系でミゲルさんは草食系なのですね~。」
どうも言っている意味が違うような気がしないではないが。
「そうよ私は動物性タンパク質は消化出来ないの。」
「先日は失礼しました、我々と同じ食性という前提で食事を用意いたしましたので、あれから気をつけていますので何か食べられないものが有りましたらその都度連絡してください~。画面の下の部分に有る青い蝶のボタンをしてもらえれば私が対応しますから~。」
こうしてみると結構ミゲル達の生活環境に関しては気を配っているようである。
あれ以来あの犬を使ったテストは無いが定期的に体育館に運ばれて運動をさせてくれている。
狭い部屋に一日中押し込められていてはストレスが溜まって仕方が無かったであろう、そういう意味では助かっている。
「体調がすぐれないときにも~、すぐに画面の下のの青い蝶のボタンを押してくださいね~、直ちに駆けつけて耳の……コホン…体の具合を調べさせていただきますから~。」
リフリはぷるんと胸を揺らして画面を切った。
「な~んなんだろうな~、ここの連中はやたら俺たちの耳に興味が有るみたいだな。」
「人族は耳が無いからここでは私達の様な耳は珍しいんじゃないの?」
「俺らここでは珍獣扱いかよ。」
まあケアル達の世界に行けば耳の無い人族は珍しい生き物と言うことになるのだからおあいこである。
「ふうう~~~っ。」
通信を終わったリフリは大きなため息をついた、あの牙を持った男の印象はあまりにも衝撃的過ぎた。
すっごい、男らしい、カッコいい!
まあ、竜フリークなので、その時点で嗜好に関して何かを言うのは諦めよう。
「やあ、君たち済まないねえ、私ではデリケートな彼らに対する生活上の対応は難しくてねえ。」
二人の後ろからザンザルドが声をかける。
「大丈夫ですよ~、あの二人結構まともな精神的活動を行なっていますからね。人間と変わりませんわ~。」
いささか上気した様な顔で答える。
「き、きみ。大丈夫かね?少し具合が悪いようだが。」
リフリの反応にいささか引きぎみのザンザルドではあった。
実際の所今回捉えた獣人は戦時捕虜でも犯罪者でもなく人権を考えた場合不当勾留と言うことになる。
何しろ今までも獣人と戦闘状態になったことはないのである。
ただ数千年閉じこもって来た歪がここに来てかなり露呈してきており、いずれは彼らとの関係は戦闘か交流かを選択しなくてはならないかもしれない。
いずれにせよ彼らの世界の事を十分に知る必要が有る。
彼らにはあの魔獣の森の中で生き抜く討伐部隊という戦闘組織が有るようだ、彼らの戦闘能力が森の中では大変な脅威となることは目に見えていたからだ。
そこでこの二人を彼らの世話役としてつけることにしたのであったが、失敗だったのかな?となんとなく考えるザンザルドであった。
◆
「山。」
「川。」
その夜リフリとガルディは落ち合った。
「どんな感じだった?」
「いや~~~っあのワイルド感がたまんなかったわ~~~っ。」
胸をプルプルさせて喜ぶリフリである。
「男の方のこと?」
「あの牙を見せられたら背筋が震えちゃったのよ、それで?あなたの方は?」
「あの兎耳がもふもふですごく素敵でね~~~っ。」
ガルディの手もわしゃわしゃしている。
「あなたもそう思った?」
「そ~なのよ、外に出たらあんな人達がいっぱいいるのよね~っ。」
いや、外に出たら魔獣がいっぱいいて確実に殺されますから。
コンコン
「山。」
「川。」
「ねえ、こんな合言葉は意味がないからやめにしない?」
教師のアマンダ・エルメラスが言う
まあ、二人に取っては秘密の会合の様式美のようなものなのだろう。
この二人を今回の任務に推挙したのはアマンダでは有るが、実際は竜人のエルギオスなのである。
エルギオスが何を考えているのかはわからない、しかし最近の彼を見ていると何かが悩み事が有るように感じていた。
それが竜の子供達のことであることはまず間違いが無いだろう。
つまり政府が竜の子供達の処分の方向性を決めたか、決めつつ有るという事なのとエルメラスは思っていた。
もしそれが最悪の決定だとすれば、エルメラスに何が出来るのだろうか?
あの可愛い竜の子供達が処分されると言うことになるかもしれないのだ。
「それで獣人達に接触してみてどうだったの?噂通りの野蛮人だった?」
「すごーく耳が大きくてね、それでもふもふ感が半端なかったわよ。」
「なんてゆうかな~、すご~く逞しくて純朴で、今どきあんなワイルドな男っていないわよね~。」
「………いやいやそういうことじゃなくて。」
そういうことなら是非とも同席するべきだったとエルメラスは思った。
いやいやいや!……そうではなくて~。
エルメラスは頭を振って考えを整理した。
「竜の子供達が殺されるかもしれないのよ。」
「「ええ~~っ?」」
エルメラスはその事に関して説明を始めた。
もしあの獣人が敵対的であれば竜を全面に押し出して戦闘を行う。
「あの子達を戦争に使うつもり?」
あの竜の子があまり大きくならないうちは転移魔法で向こうに送り出せるが成体になればとても結界を転移させられる大きさではなくなる。
小さいうちに全員を戦闘員として結界の外に出し結界装置の修理を行う人間を守らせる。
修理が終わった時点で全員がそこに残されると言うものらしい。
「なによ?そんな事されたらあの子達死んじゃうじゃないの。」
焼いたステーキ肉しか食べた事のない竜の子が外で生きて行ける筈もない。
「先行した修理部隊があっけなく全滅したらしいのよ、装甲車を転送させられるだけの穴を開けられないらしいし、完全武装の魔獣防衛隊でも全然駄目だったらしい。そうなると最も強力な戦力と言うのが……。」
「竜って事?」
「実際のプログラムと言うことになれば軍の方が考えるでしょうからどうなるかはわからないけど。」
魔獣は人間の匂いに引かれて人間を襲う、それ故に結界によって世界と縁を切った人類では有ったが4000年の時間はその記憶すら曖昧にしてしまったようである。
その結果が先遣隊の全滅という重大事を巻き起こしてしまったのだ。
「その話ってやっぱりエルギオス先生の~?」
「そうよ、先生はあの獣人たちを使って竜の子供達を外の世界に逃がすつもりなのよ。」
その時ドアをノックする音が聞こえた。
みんながギョッとなってドアを見る、3人が揃っている時にこの部屋に来るものなどいるはずもない。
ガルディは慌ててカーテンを閉める。
「だ、誰かしらこんな時に?」
ガルディがドアに近づくと外から声が聞こえる。
「やま。」
「………………。」
「エルギオス先生……?」




