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フギャアメイカー

1-30

 

――フギャアメイカー――

 

 コンコンと個室のドアをノックする女がいる。

 本来このドアはノックするようには出来ていない、室内からモニターで相手を確認して鍵を開けるシステムなのだ。

「やま。」

 ノックされたドアの内側から声が聞こえる。

 

「かわ。」

 ノックした人間が答える。

 

 ドアの電気錠が解錠される。

 周囲を見回して誰もいないことを確認した女は素早く部屋の中に入る。

 

「リフリ、誰にも付けられなかった?」

「大丈夫よカディル、そんなドジはしないから。

 リフリと呼ばれた女は銀色の長い髪をした20代の女性で大きな胸をしてややトロンとした目をした女性である。

 一方のカディルと呼ばれた女性は細身の黒髪でややきつい目をした女性であった。

 共に竜の子供達の生活面の面倒を見る仕事についている。

 

「どうだった?」

「最高の出来よ。」

 リフリは抱えて来たバッグの中から小さな包みを取り出すと開いた。

 

「うわあああ~~っ、最高じゃない。」

 竜のナナがボールを捕えようと尻尾を使ってジャンプをし、見事にヘディングをした瞬間をとらえて彫刻化していたのである。

 無論これはリフリが彫った彫刻では無い、竜の子供達の授業を複数の隠しカメラで撮影し修正処理を施した後3Dデーター化した物を3Dプリンターで打ち出したした物である。

 

「見てみて、この牙の再現具合。」

「ナナちゃんの爪の形はいいわね~。」

「でもやっぱりこの体に比べて大きな手足と頭のアンバランスが最高よ~~~っ。」

「「ナナちゃんかわいい~~~っ。」」

 そう、この二人は実は竜族フリークなのである。

 

 竜の子供達にフリフリの着物を与えこっそりと映像を取っていたりする。

 無論過度な竜の子供への接触は要領によって禁じられている。

 彼女らは5年前からこの子供達の世話を始めた竜の子供のかわいらしさに当てられてしまっていた。

 

 実験体の竜族であるエルギオスは広く知られていたが、その子供達である真正の竜族の存在は知られていない。

 竜族が存在している事はこの国の機密事項に属しており国民には発表していないのだ。

 身長が10メートル超す竜族を身近に置きたいと思う人間はいないのである。

 これは獣人族の世界でも同様であったる。

 

 しかし外の世界では竜族は大型魔獣を駆逐してくれる存在であり、神格化することによって庶民との距離を設けその代替処置としてやしろという組織が竜族との仲介を行っているのである。

 魔獣の脅威から逃れ引きこもったこの世界に魔獣はおらず竜の存在価値も無い。

 逆に大型化した竜は恐怖の対象でしかなくなる。

 あらゆるものをかみ砕く牙、鋼鉄すらも切り裂く爪、それだけでも危険性は十分である。

 

 むしろ子供だからと言ってそれを可愛いと思う彼女たちの嗜好の方がやや異常だと言っても良いだろう。

 そして愛する者を愛すると言えない彼女たちがあらゆる世間の冷たい目を逃れ地下に潜るのは必然であった。

 竜達を抱きしめたいと言う衝動を押え彼らの姿を隠し撮りしそのデーターを元に彼らの姿を彫刻化することで彼女たちは自らの欲望を抑えていたのだ。

 

 ばっとカーテンをめくるとそこには棚がしつらえられてありふたりで作った竜のフィギュアが大量に並べられていた。

 この基地に赴任してきた二人で有ったが男ばかりのこの基地で出会った可愛い者が竜の子供であった。

 カルディの部屋には秘密の棚を設け竜の大判の写真を壁一面に張り付け竜の等身大のぬいぐるみを作りベッドでは竜の写真をあしらった抱き枕と共に寝る。

 しかしこれらは全て他の住人には秘密であり不用意に訪れた人間に見られない様合言葉を使って用心しているのである。

 

 リフリは竜の栄養士で有り食事の管理を行っている。

 カディルは竜の生活が係りであり一般的な生活と健康面の管理を行っている。

 彼女たちに取って最も重要な事は自らが竜フリークであることを知られない事であった。

 もし知られれば今のこの仕事を続ける事は出来なくなるだろう。

 

 男だらけのこの基地の中言い寄る男は数多いるが彼女たちは男たちの竜に対する嫌悪の目つきが気に入らなかった。

 彼らを獣の一部としてしか見ない彼らは人間としての魅力の大半を失っていた。

 竜の子供達は驚く程優しく素直でしかも頭が良かった。

 形こそ恐ろし気な竜であり強力な力を持ってはいたがその心は人間と何ら変わる事は無かったのだ。

 そのアンバランスさこそが竜の魅力で有りその外見的なアンバランスと相まって彼女たちの心を捉えて離さなかった。

 

 しかし聞こえてくる恐ろしい噂が彼女たちの心をひどく揺らしていた。

 竜が処分されると言うのだ。

 

 今の所彼らは体も小さく無害にも見える。

 しかし大きく育った時は果たして人間と対峙せずに済ますことが出来るだろうか?

 結局根拠のない伝説を信じ10体もの竜を作ってしまったが政府は初期の目的を果たせずにいる。

 こうなるともう竜達は単なる邪魔者に過ぎなくなる。

 

 国民に知られる事なく彼らを作ったのは万一彼らが失敗作であった時に人知れずに処分する為である。

 犬、猫の様に人間でない物を処分するのに批判を受ける言われはないと考えているのだ。

 ただし市民団体の声は無視できないと考える政府が彼らの存在を秘密にしているのである。

 元々この基地は魔獣の研究を行う機関であり住人にはその存在を詳しく報じてはいない、反対運動が怖いのである。

 施設は軍によって厳重に管理されており外部の人間も立ち入りを禁じられている。

 現在竜の生活面に関わる人間は研究者も含めて50人程いる。

 当初は獣の様に檻の中で飼育ということも考えていたようであるがエルギオスの強力な反対によって人間のような教育を行うことになった。

 

 5000年前に育てられた竜達も最低限の教育はなされてから放たれたとされている。

 教育とは知識を与える事ではなく脳の生育を行うことであり、生まれてから一定期間頭脳を使わない生活をしていると脳の働きそのものが障害を受けるのである。

 つまり動物と変わらない本能と欲望によって生きる物になってしまうのだ。

 

 結局彼らには人間と変わらない教育が与えられそれに伴って非常に豊かな情操も育ってきている。

 現実的には人間を襲わない、傷つけないという洗脳教育である。

 実際現在は幼い竜達もその能力は既に非常に危険な段階に有る。

 力は人間の大人より強く、その皮膚は簡単にナイフなどの貫通を許さない。

 

 SQ細胞を与えるとブレスと呼ばれる炎を吐き、空を飛ぶことが出来る。

 過去の人類がこの竜を魔獣対策の最後の切り札にしようと思ったのもよくわかる。

 

 しかし所詮は浅知恵であった。

 

 高い繁殖力を持つ魔獣に対してそれを全滅させる事は不可能であり、人類の生息圏を確保するためには生息圏内の魔獣は結局自分達の力で排除しなくてはならなかった。

 最後は魔獣の侵入を防ぐ壁を作りその中に立てこもったが壁の維持と内部の魔獣の駆除に国家予算の半分以上が費やされる事となった。

 結局人類はすべてを放棄してこの世界に閉じこもる事を選択したのである。

 長い安息の時はすべてを忘却の彼方に押しやり密かに近づいてくる破滅の足音に耳を傾けずにいた。

 

 子供達が何とかしてくれるだろう。

 

 今その付けを人類は払わされようとしている。

 自分達の守ってきた世界の結界にほころびが出てきておりそれを修復する為に竜が必要であったらしい。

 しかし別の方法が成功し竜そのものの必要性が失われたらしい事が噂として流れて来ていた。

 その噂が本当であれば竜達が処分される時期は近いということになる。

 

 その時ドアをノックする音が聞こえる。

 慌ててカーテンを締め枕やグッズを物入れに放り込む。

「山。」

「川。」

「アマンダなの?」

「そうよ早く開けて。」

 それでも用心深く周囲をカメラで見回してから彼女を部屋に招き入れる。

 

「どうしたの?遅かったじゃない。」

「大変な情報を掴んだの。」

 入ってきたのはアマンダ・エルメラス、竜達の教師をやっている女性である。

 彼女もまた竜を教えているうちにフリークとなった人間の一人である。

 

「どうも外の世界から獣人の転送に成功したらしいの。」

「「なんですって?」」

 人類が結界の中に閉じこもる以前に作られた獣人は人類を見捨て勝手に生きていくことを選択したと言われている。

 その後の経緯はわからないが人類の文明から離れた彼らは原始時代まで遡った生活をしていると予想されていた。

 

「それが立派な刀と防具を装備して捕獲されたらしいの。なんでも素手で難なく軍の兵士を倒して10人近くが病院送りにされたらしいのよ。」

「なにそれ、バケモノ?」

「詳しくは知らないわよ、とにかくそんな連中が今外の世界を支配しているみたいなの。」

「それは誰から聞かされたの~?」

「エルギオス先生。」

「…………。」

 

 エルギオスこそが竜の子供達の親となった細胞の提供者でありこの5000年間生き延びてきた不死の竜人であった。

 その異様な外見によってこの基地で知らないものはいないが当の本人の情報は極力流さないように政府によって統制されているらしい。

 竜の子供の親として子供達は慕っているようだがあまり基地に来ることは無いようだった。

 そのエルギオスが何故そんな事をアマンダに流したのだろうか?

 

「わからないわ、ただこれで外の情報が得られることになるし、実際いま外がどうなっているのか全くわかっていないのが実情だもの。」

「そういえばこの間転送能力者が転送実験を行なったと聞いたけど?」

「それが連絡が途絶えちゃったみたいで。」

「たしかユキちゃんが行ったんだよね~。」

 ケアル達は救助されたのがユキであった事など知らされる間もなく飛び出してきたのだ。

 

「ナズナちゃんがその後探査を行なった結果クローディアが追跡に出てその獣人達を捕獲したと言うことみたい。」

「あのペンギン体のクローディアの事~?」

 その名前が出た途端全員が顔を見合わせたのはやはり彼の人徳のなせる技であろうか?

 

「ま、まあ……彼はあれで結構しぶといし。」

「そ、そうよね~っユキちゃんと仲が良かったし、彼ならきっと……。」

 実際の所彼は単独で転移が可能で有ったし、人間の1,2名くらいなら転移させられたのだろう。

 

 転移能力はユキの方が大きいがコントロールが不安定だったがクロと協力することにより大きな転移能力を発揮できていたのだ。

 二人の世話をここで行なった経験はあまり無い、魔獣や竜と違って危険性の無い彼らは都市部で生活をしていたのだ。

 ここにいるのは生物的に危険性の高い竜族と魔獣だけである。

 この施設では時々迷い込んでくる魔獣を捉えてその生態の研究をしているた。

 

 竜を育てる事も、転移の研究の一環として行われているのだった。

 まれに転移を行う魔獣が存在することが判っており、当然魔法を使いこなせる竜族は転移魔法を使用できる可能性が高かった。

 問題は彼らの行く末である。

 人の役に立つならそれでも良いかもしれない、しかしそのまま大型化するに任せるには危険が大きすぎた。

 実際彼らが成長する前に処分するという事も話し合われていると聞く。

 

「そんな事絶対に許さないんだから。」

 カルディが声を震わせる。しかし彼女らに何かが出来る訳でもない。

 

「とは言ってもねえ、あの子達が外で生きていくことが出来るかしら?」

 彼らはアマンダをはじめとする数人の教師による学校に通っており人間としての教育を受けてはいるのだが。

「無理よねえ~、毎日調理された食事を食べて喧嘩すらした事のない子供達だもの。」

「いい子なんだけどね~、サバイバル訓練を受けている訳でもないし~、獣の様な環境で生きて行けるとも思えないし~。」

 リフリが大きなため息を付く。

 

 今回捕獲された獣人達は人間とは比べ物にならない位の戦闘力を持ったバケモノのようである。

 魔獣のみならずそんなバケモノが住む世界で竜の子供達が生き延びていく事など想像すらつかなかった。

 まあ、多分に夢と想像の世界をさまよっている3人には竜の実態を知らないだけでは有るの様な気がするのだが。

 

「その事なんだけどリフリとガルディが獣人の生活係になるみたいよ。」

 驚くような情報をアマンダが持ってきた。

「「なんですって~!?」」

「あとで正式に辞令が出ると思うけど今日部長が課長と話をしていたのを小耳に挟んだのよ。」

「いやよ~っ!牙を生やした野蛮人でしょう!」

 二人のケアル達に対する印象と噂はこの様な物であった。

 

「いやいや、いくらなんでも素手で武装した兵士を倒せる相手に対して檻の中に入って面倒を見ろとは言わないでしょう。モニターを通しての接触となるでしょうね。」

「それにしたってそんな野蛮人、言葉が通じる訳は無いでしょう。」

「いえ、少し壊れてはいるけど古代語が通じるんですって、それに持っていた武器や防具に関しても非常に熟練度の高いものらしいわ。」

 

「ちゃんとした文明人だと言いたい訳なの~?」

「いいこと?これは私の考えなんだけど、どうもこれはエルギオス先生が手を回したんじゃないかと思うのよ。」

「エルギオス先生が?一体なんの為に。」

 

 エルギオスはキメラ体の研究者であると共に竜の子供達に対しても親として振る舞っていたのである。

 噂によれば都市部の自分の自宅にユキとナズナを引き取っていたとも言われている。

 つまりキメラの実験体全てに対してその生活面の面倒を見ていいたらしい。

 無論生活費そのものは公費による支出であるが、親としての愛情を彼らに注ぎ続けているのだ。

 

「だから目的はたぶん竜の子供達と関わり合いが有ると思うの。」

「もしかして子供達の為のサバイバル訓練とか~?」

 ぎょっと言う顔で二人はリフリを見る。

「十分ありえる話だと思わない?」

「そうか~、子供達を外の世界に戻す為にね~?」

「上層部がどう考えているかは知らないけどね。」

 

 こうして彼女たちはケアル達の生活係を兼任することになったのである。

 


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