表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/53

人《ひと》族の少女

1-003


――ひと族の少女――


 老人が階段を上って来た。サリュアの祖父のガルアである。


「おお、竜神ドラゴン様緊急の呼び出しで御座いますな、何事が起きたのでしょうか?」

 老人は息を切らせながら言葉を継ぐ。

「申し訳ございません、老人にはこの階段はちときつう御座いましてな。」

 山の上にある竜達の巣から社までは階段が繋がっているが300段位有るので年寄りには少しきつい様である。


「ああ、お孫さんが来て様子を見ているから大丈夫だよ。お祖父さん無理はしなくていいからね。」

 この老人は先代巫女の父親に当たりこの街の社を実質的に取り仕切って来た人間である。

 先代の巫女が存命で有れば引退するべき立場にあったのだが急な巫女交代に伴って巫女の相談役として残らざるを得なくなっていた。


「もったいないお言葉、ありがとうございます。それで?何が有ったのでございましょうか?」

「実は北の樹海で女の子を見つけたんだけどね、どうやら魔獣に襲われた様なんだよ。」

「なんと?樹海に?何でそのような場所に子供がいたのでしょうか?いったい何族でしたか?」

「いやその辺はわからんのよ、助けた時はそんなこと考えてもいなかったんでね。いまお孫さんが怪我の具合を調べとる様だけど聞いて見てくれる?」

「おお、そうですな、種族が判れば街へ行動計画が提出されておるやもしれませんしの。」


「いずれにせよその子に会いませんと話は進みませんな。」そう言って老人は作業小屋に入って行く。

 小屋の中ではサリュアが少女の服を脱がせ体を調べていた。

「子供の様子はどうじゃねサリュア。」

「お祖父さん、体の傷は擦り傷程度だから薬草を貼って置けば問題ないわ、内臓の方は意識が戻らないと何とも言えないけど。だけどこの子の種族は見た事が無いわ、何族かしら?」

 下着になって寝かされている少女を見て老人は目を見開いた。


「ま、まさか。こ、この子は…この子は……?いや、あり得ない、既に何千年も経っている筈なのに……。」

 老人は少女を見て驚愕の表情を表す、余程意外な物を見たような話しぶりである。

「なに?お祖父ちゃん、この子がどうかしたの?何か問題でもあるの?」

 サリュアは耳をヒクヒクと動かす。


 サキュアが少女の怪我の様子を見ていると少女むずむずと体を動かしうっすらと目を開ける。

「おお、気が付いた様じゃな。」

 少女は目を開けるとどこか焦点の合っていない目でゆっくりと周りを見る。

 サリュア達はその少女の様子を黙って見つめていた。


 周りを見終わると少女はサキュアの前で視線を止める。

「大丈夫ですか?ここは安全ですよ、どこか痛いところはありますか?」

 サキュアが様子を見ようと少女に顔を近づける。

 少女は体を起こすと不思議な物を見るような目でサキュアを見る。


 少女は黙ってサリュアの頭の上の耳を指差した。

「この耳が珍しいのですか?私の種族を見るのは初めてなのですか?」

 サリュアが落ち着いた声で少女に話しかける。

「種族………?」


 頭を少し傾ける、言葉が通じない訳ではなさそうだ。

 今度はキララの方を見る、キララは歯を見せないように目だけで微笑みかける。

 キララも竜族である為に口を開けると大きな牙が何本も生えている。

 これまでも子供たちの前で口を開けて笑うと皆怖がって逃げていくので人間の前では口を開けないようにしていた。


「私の事がわかりますか?何が有ったのか覚えていますか?」

 少女はサキュアの方にゆっくりと手を伸ばす。

 サキュアの頭の上にある耳に手を触れるとゆっくりと撫で回していた。

 いきなり耳をつかまれるとギュッと引っ張られた。


「ひぎゃあああぁぁぁ~~~~っ。」

 耳を掴まれたサキュアが悲鳴を上げる。

 あわててガルアが少女を押さえる。

「これこれ、耳を引っ張ってはいかん、ワシらにとっては大切な物じゃからな。」

「ふぎゅううぅぅ~~~っ、ひどいですぅぅ~~っ。」

 サキュアが耳を押えてべそをかく。

「わしらは兎耳族じゃ、あなたは何族なのじゃろうか?」


「どうした!変な声がしたよ。」

 お兄ちゃんが入り口から顔を突き出す、その後ろにはお父さんの顔が覗いている。

「覗いちゃ駄目だって言ってるでしょ!」

 キララがドアを尻尾で思いっきり叩きつけると閉められたドアに顔をぶつけられたお兄ちゃんがひっくり返った。

「いててて~~~~っ。」

 鼻を押さえたお兄ちゃんがうめき声を上げる。


「こらこら、竜族のお兄ちゃんがその程度で悲鳴を上げちゃいかんよ。」

「ううう~~~っ、父ちゃ~ん他人事だと思って~っ、鼻にぶつかった~~っ。」

 お兄ちゃんが涙目になっている。不死身でも痛い物は痛いのだ。

 実際の所この世で竜を傷付けられる者は数えるほどしか存在しない。

 人々に恐れられる大型の肉食魔獣ですら竜に取っては餌に過ぎないのだし。


「ほほほほ、だめよお父さんあたし達が覗いているとあの子が怖がるじゃない。」

 如何にも他人事の様にお母さんが明後日の方を向いて言う。

「お母さんも覗いていたんじゃがなあ。」

「おほほほほ、さあ、お兄ちゃんもいらっしゃいごはんの支度よ。」

「ああ~ん、またかよ~っ。」

 お兄ちゃんはお母さんに尻尾を掴まれて引きずられて行く。


「いささか騒がしい所が有りますが、ここは安全な所ですから安心してください。」

 ガルアが少女に向かって優しい微笑みをかける。

「………………。」

「さて、貴方はどちらの町からおいでになったのか教えてはいただけませんかのう?」

 ゆっくりと柔和に話しを続ける祖父をサキュアはさすがだと思う。


 まだまだ自分にはこのような話し方は出来ない、巫女としての未熟さを感じる。

 少女はゆっくりとガルアの方を見る。

「覚えておられますか?あなた方は魔獣の群れに襲われたのですよ。それを此処の竜神様が助けて下さったのです。」

 少女は話を聞いているのかいないのか分からない虚ろな瞳をしていたが徐々にその瞳が見開いて行く。

「………………あ……ああ。」


 ガルアは少女の様子をじっと見ていたが、その時異変に気が付いた。

「あああ……ああ~っ。」

 少女の頭の上にシャボン玉の様な球体が現れる。

「なにこれ?変な物が現れたわ。」

 サキュアが球体に触ろうとする。

「いかん、サキュア触るんじゃない!」

 ガルアはその球体に対して何故か異常な危険性を感じサキュアを止めた。


 元々臆病な性質の兎耳族である、危険を回避する天性の勘が危険を知らせていたのだ。


 ゆっくりと球体は少女から離れて進んでいく。

 小屋の壁に当たるとなにも無かったように壁をすり抜けて外に出ていく。

 あっけに取られてみんなで見守るが突然小屋の外で球体が爆発した。

「わわっなんじゃ!?」

「ひえええ~っ。」

「危ない!」

 爆発の衝撃で小屋の中の物がばらばらとみんなに降り注ぐがキララが素早くみんなをかばった。

 幸い爆発の規模は小さく小屋に被害が出る程では無かった。


「お父さん何が有ったの?」

 お母さんが叫んで地響きを上げて歩いてきた。。

「判らんのよ、いきなりなんかが爆発したけど。」

「俺見てたよシャボン玉の様な物が小屋から出て来て爆発したんだ。」

 お父さんたちが爆発の有った小屋の前に集まって来る。


「あ…………。」

 少女が驚いたように小さな声を上げる。

「どうしました、どこか怪我でも致しましたか?」

「………お父さん………?」

 少女はボソッとつぶやくと起き上がった。

「ど、どうしたの?」

「お父さん………。」

 ベッドから降りると少女はよろよろと外に歩いて行く。


「ど、どうしたのかしら?」

「何かお父さんと言う言葉に反応した様じゃったが。」

「ふらふらしながら作業小屋から外に出た少女はお父さんを見上げる。」

「…お…とうさん……。」


 突然は小屋から出てきた少女を見たお父さんは驚いた顔をしていた。

「危ない!そんなにお父さんに近づいたら潰されちゃうよ。」

 お兄さんが少女を止めようとドシドシと駆け寄って来たがお母さんに尻尾を踏んずけられる。

「な、なにするんだよ母ちゃん。」

 思いっきり前に倒れて顎を打ったお兄ちゃんが涙目になって抗議する。


「だめよ~っ、人間を相手にする時にはゆっくり動かなきゃ、アタシ達と違って人間はもろいんだからね~っ。」

「うう~っ、分かってるよ~っ。だから止めようと思ったのに~っ。」」

 全く納得のいかないお兄ちゃんであった。


「まちなさい、少し様子を見るんじゃ。」

 ガルアは少女に駆け寄ろうとするサキュアを止める。

 お父さんは前足を付き体を折って動きを止める、こうでもしておかないと少女を踏みつぶしかねない。

 お母さんもそれを判っていてすぐにお兄ちゃんを引きずって少女から離れていく。


「どうしたね?お嬢さん目を覚ましたのかい?」

 竜は優しく少女に問いかける。

 魔獣に追われここでも爆発の衝撃に見舞われたのである、当然怯えていると思っていた。

「おとうさん?」

 しかし少女から発せられた声は思いもよらない物であった。

「ああ?……わしゃお父さんだよ。」

 お父さんは少女を脅かさないようにゆっくりとしゃべる。

 あれだけ恐怖の体験をした後である、なにか妄想に取り付かれているのかもしれない、そんな虚ろな目でお父さんを見ていた。

「おとうさん………。」


 頭を下ろしたとは言え竜の頭は少女の頭のはるか上にある。

 たどたどしい歩き方で前足に近づくと足の爪に体を寄せる。

 何しろ竜は大きいのだ、お父さんの前足の爪だけで少女の胴体位はある。

 少女はお父さんの爪を抱きかかえるとそこにもたれかかる。

 どこか安心したように爪の上に頭を乗せると動かなくなった。

「あれ?どうしちゃったのかな?」

 サキュアが寄ってきて少女の様子を見る。


「竜神様この娘寝ております。」

「なんじゃろう、竜神様に触れて安心でもしたのじゃろうか?」

 ガウルも少女の所に来て様子を見るが、何か安心したような笑みを浮かべて寝ていた。

「ワシに抱き付いて安心すると言うのもずいぶん変わった娘だね~。」

「ああ~ら、お父さんいつの間にか人間の子供まで作っちゃうなんてずいぶんお盛んなのね。」

 後ろからお母さんがニコニコ笑ってお父さんに顔を摺り寄せてくる、お父さんの顔が引きつっていた。


「ば、馬鹿言いなさい、竜のワシがどうやって人間の子供を作るんじゃ?」

「ああ~ら、ドラゴンも5000年も生きていれば人間に変身ぐらいするかと思って。」

「で、出来る訳無いでしょ、いくら何でも大きさが違いすぎるでしょ。」

「いずれにしてもお食事の時にゆっくりとお話を聞かせていただきますわ。」

 なぜかお母さんの微笑みが怖い。


「まあまあ、お母さん多分この娘の勘違いかと思いますが。」

 隣からサキュアが助け船を出すがその顔もだいぶ引きつっている。

やしろの方でもその様な事態の報告は受けた事が御座いませんし~。」

「そうなの~?サキュアちゃんがそう言うならきっと本当の事なのね。」

 相変わらずニコニコと笑みを絶やさない母さんである。


 竜は街の人間とさほど交流がある訳では無い、無論街の人間は竜の事を神として敬っている。

 しかしそれは竜と積極的に交友を持ちたくないと言う考えの裏返しに過ぎないのだ。

 その理由竜の大きさにあり、竜のちょっとした動きでも人間は蟻のように踏みつぶされかねないのだ。

 竜がこの街にとってかけがえのない物であることな皆が知っている。

 しかし竜が市民の中に入るのにはやはり恐怖の対象なのである。

 かろうじて子供達程度の大きさで有ればまだしも成人の竜に町に来れば大災害となる事が判っているのだ。


 結局竜には街に居ては欲しいが関わり合いたくは無いと思っている訳で、その為にやしろと言う組織を作り竜の相手を押し付けているに過ぎないのである。

「ワシが町に降りれば道路はへっこむし、尻尾を振り回せば家がこわれるからなあ。」

 かつてお父さんも街に降りて大被害を出した事も有るのだ。


 本当の所は住民が竜に抱くのは恐怖である、自分たちと違いすぎ大きすぎる相手に恐怖を覚えるなと言う方が無理である。

「はい、その為に私達社の物が竜神様と街の者達の間に入っておるのでございます。」

 結局竜は孤独の中で生きて行かざるを得ず、それでも巫女達との繋がりだけが心の潤いである竜も多い様である。

「固い事はいいんだけどさ、体の近くに人がいるとワシの動けんのよね、ちょっと動いても周りの人間吹き飛ばしちゃうから。」

「よっしゃー、ボクがその子を運んでやるよ。」

 後ろの方からお兄ちゃんが走って来る。お父さんは軽く尻尾を動かすとお兄ちゃんはあっちへ吹っ飛んでいく。


「ほおらあ、お兄ちゃんはご飯のお手伝いして頂戴。」

 お母さんに尻尾を掴まれて引きずられて行くお兄ちゃんである。

「あーん、またかよ~っ。」

「サキュアちゃん娘をベッドに連れてってくれない?このままじゃワシ動けんから。」

 サキュアがどうしようかと少女を見ていたが後ろからキララがやって来る。

 キララはそっと少女を持ち上げるとベッドまで運んでいった。


 ベッドに寝かせて毛布を掛けようとするがキララの爪ではうまくつかめなかった。

「わたくしが致します。」

 サキュアが変わって少女に毛布を掛ける。

「キララ様この娘の両親はどうなったのでしょう、生きているのでしょうか?」

「わからないの、お父さんがたくさんの血だまりを見つけたと言ってたから……。」

 眠りながらも少女は痙攣でもするように体を動かしている。

「どうやら恐ろしい経験をしたので心が折れておるのじゃろう。しばらく静かにしておいてやろう。お前はしばらく付き添っていなさい。」

 おじいさんはその場を離れる。

 

 小屋の外に出るとお父さん達が心配そうな顔をしてこちらを見ている。

 ガルアは長い竜との付き合いの中であまり変わらないその表情も読めるようになっていた。

 本当にこの竜族は心が優しいな、ガルアはそう思った。

「それで?お祖父さん一体何が有ったんじゃろ?小屋の前で何か爆発していたけど、この娘魔法でも使ったのですかな?」

「定かでは有りません、我々が知っている魔法とは異なる物の様にも感じます。」

 ガルアは球体が突き抜けて行った壁を見る。

 壁はまん丸く穴が開いており切断面は非常に綺麗で仕上げた様にツヤツヤした状態になっていた。


「なんだろ~ね~。」

「まるであの球体が壁を吸い込んで失くしたような感じですな。」

 一人と一柱は壁に開いた穴を両側から覗き合って何もない事を確認していた。

「あの子がやったんだよね?」

「判りません、あの子の身体の前にいきなり球体が現れてゆっくりと動き出しましてな、壁を突きぬけて爆発致しました。」

「な~んだかな~、だけどどっかで見たような気がするけどねえ。」

 お父さんは頭を傾けて一生懸命思い出そうとしている様である。

「左様で御座いますか?それはいつ頃のお話でしょうか?」

「あんまり覚えていないんだよね~、人間だって100年前の事覚えていないでしょう。」

 

「まあ………大体は死んでおりますからな。」


お読みいただいてありがとうございます。

お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。

次回は金曜日朝の更新になります。


登場人物

ユキ 人族 10歳 140センチ

サキュア 社の巫女 兎耳族13歳 身長145センチ(耳を除く)

ガルア  社の宮司 兎耳族 サキュアの祖父 62歳 身長160センチ(耳を除く)


次回更新は金曜日の朝です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ