ドラゴン・サッカー
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――ドラゴン・サッカー――
「お兄ちゃん今日はグラウンドに行くのー?」
末っ子のロロが聞いて来る。
「ああそうだよエルメラス先生がそう言ってたじゃないか。」
3男のエルガラが如何にもお兄ちゃんらしく答える。
「今日はボールを使うそうだから爪の先を研いでおきなさい。」
長男のダンタリスがグラインダーに自分の爪を押し当てながら言った。
グラインダーからは激しい火花が飛び散っている。
「まだ大丈夫かな?だいぶすり減ってきているな。」
爪を研ぎ終わってグラインダーの砥石を見ると真ん中だけが激しく削れている。
「結構痛んできているなあ、そろそろ新しい物を頼まなくちゃだめかなあ?」
竜の爪は非常に丈夫である定期的に先端を研いでいないとすぐにとがってしまってちょっとしたことで人に怪我をさせてしまうのだ。
「ナナちゃんとロロちゃんいらっしゃい研いであげるから。」
「「あーい。」」
長女のエリアスが二人を呼ぶ、まだ二人とも一人では爪を研げないのだ。
ふたりの手と足の爪を研いでやっていると4女のララがやって来る。研いで欲しいのだろう。
「ララちゃんはもう7歳なんだから自分で研げるでしょ。」
「うん……でも……。」
まだエリアスに甘えたいのだろう、グラインダーの前でうろうろしている。
「気を付けるんだよ真ん中だけヘリが早いけど端を使うと砥石が欠けて跳ねるからね。僕らは平気だけど周りの壁を壊すから気を付けなくちゃね。」
ダンタリスはこの間の父さんの事を考えていた、僕らを此処から出す算段をしているらしい。
此処から出すと言う事は結解に守られたこの国から魔獣達が大量に生きている外の世界で暮らすことを意味している。
4000年前に人間達は結解を作りこの国に閉じこもり、そして今日まで外部との一切の交流を絶ってきた。
とは言えたまに外部からと思われる魔獣が侵入して来る所を見ると結解にもほころびが有るらしい。
そういった魔獣は犬の形をしたガーディアンロボが駆逐していると聞いている。
もっとも元々この世界でもすべての魔獣の根絶は難しかったらしく生き残った魔獣が隠れ住んで繁殖をしてもいる様だ。
ロボット犬が年中探索して処分しているのでこの世界ではまれにしか魔獣を見かけない。
魔獣は人間に向かって来るので人都市部周辺で暮らす人々にはロボット犬が貸与されている。
人間に誘われて出て来た魔獣を彼らによって処理するためである。
人間を囮に使っている様に見えるが、実際にはその通りで人間を使って魔獣をおびき出しているのだ。
中央の安全な都市部での生活は非常に快適で便利ではあるが、あまりにも人間が接近して生活しすぎる為に相応なストレスを抱えるらしい。
希望者は郊外での仕事をする事も出来るのでそれなりの不便さと魔獣の危険と引き換えても希望者は途切れることなくいるらしい。
彼らのお陰で魔獣が増える前に退治することが出来るので都市部の安全性は保たれているのだ。
結解の外が現在どんな状況なのか全くわからないと聞いている。
外から紛れ込む魔獣がいると言う事はまだ外は魔獣の世界だと言う事だ。
つまり人間は外の世界に出る事は未だに出来ないだろう。
先日外部の試験探査を行ったチームが消息を絶ったと聞いている。
獣人と呼ばれる人・キメラの種族は生き残っているのだろうか?
外にいる竜族達すなわち5000年前の自分たちの兄弟は僕らを受け入れてくれるのだろうか?
いや最悪生き残っていない可能性すら有るのだ。
全く支援を受けられず僕らだけで魔獣を狩って生きて行かなくてはならない場合も十分考えられる。
僕に魔獣が狩れるのだろうか?
いや、狩った獲物の首をはねて内臓を引きずり出せるのだろうか?
出来なくてもやらなくてはならない、僕は兄弟たちの長男なのだから。
「さあさあ皆さん今日はフットサルですからね、赤と青の服に着替えて下さい。」
エルメラス先生がやってきてみんなをせかせる
いつも着ている服を脱いで体操着に着替えるとグラウンドに向かってみんなでトテトテと歩き始める。
今回はボールを蹴ると言うので靴を履く、ボールを強く蹴ると足の爪でボールが割れてしまうのだ。
小さい子は体に比べて頭が大きいのでバランスが少し悪い、靴を履くと足が大きくなり頭とのバランスが取れるから不思議だ。
「や~ん。みんなすっごくかわいいわ~っ。」
リフリ先生がその胸とお尻をプリンと振って喜んでいる。
ここにいる兵士にはこのプリンが人気らしいが竜の子供達にとっては人間の事なので何も感じる事はない。
ダンタロスにとっては長女のエリアスの方が美人だと思っている。
お父さんは人間そっくりな体をしているけど僕らの身体は竜族の姿そのままだそうで大きくなってもお父さんの様にはならないらしい。
体操着と言っても上半身の上着だけである。
僕らは指がうまく使えないので上着を着こんで前を合わせるとそれだけで着れる様になっている。
そう言った事はガルディ先生が一生懸命研究している。
今日は体操着なので何も付いていないが、この人は何故だかみんなにフリフリの服を着せたがる。
フリフリの服は人間ではメスのみが着るようであるが僕らには適用されないらしい。
まあ尻尾と羽が生えているのだからデザイン的にワンピース形状になるのは仕方が無いだろう。
背中の羽が服の中に入っちゃうけど飛ぶわけでは無いので問題が無い。
それを着たエルメラは更に可愛さが増したような気がした。
ここから外に出たら僕はエリアスと結婚するのだろうか?
お父さんは外には他にも竜はいると言っていた。
寿命の無い僕らに適齢期は無いらしいから年齢は特に問題が無いらしい。
エリアスを取られないように気を付けていなくては。
ただ出生率は極端に低いそうだ。
不老不死の竜が何人も子供を儲けたらたちまち世界は竜で埋め尽くされてしまうからだ。
今日は体育館は使用できないらしい、他の人が使っていると言っていた。
でも天気がいいから屋外のスポーツの方が良いかもしれない、あまり外に出してもらえないからこんな時くらいは楽しまなくっちゃ。
「あれ?お兄ちゃんあれは何だろう?」
部屋の扉の前に荷台をぴったりくっつけているトラックがあった。
「あそこ倉庫だったのかなあ?」
「さあ、何を持ってきたのか知らないけど僕らには関係がない物だろう。」
そう思ってその横を通り過ぎていく。
グランドに出ると天気が良くてすごく気持ちが良い。
グラウンドから離れた場所を見ると高い壁が見える。
僕らのいるこの街は高い壁に囲まれた場所にあるのだ。
コートとなるグラウンドの隣では人間の大人達が何か一生懸命練習している。
何をやっているのかは知らないけど人間は何故あんなにも脆弱なんだろう?
素手だと、まあナナやロロでは無理かもしれないけどエルガラ(9歳)やエルミオス(10歳)にはかなわないだろう。
馬鹿にしている訳じゃない、武器を使えば僕らを殺すことも出来ると言っていた。
父さんがゼリーを渡したと言う事はその時は飛んで逃げろと言う意味なのだろうか?
それも無理な話だと思う、この間渡されたゼリー位ではいくらも飛ぶことが出来ないだろう。
ただはっきりしている事は僕らは大人になる前に処分されるであろうと言う事だ。
僕らが50歳を超えればおそらくここにいる人間と兵器を使っても僕らを殺すのは難しくなると父さんは言っていた。
先の事は判らない、でも今の小さい子たちに取って人間が脅威であることに変わりはない。
ああ、早く僕が大きくなれればこの子達を守る事が出来るのに。
エルメラス先生が全員に注意を与えてからコートに散る。
先生はコートの横にある高椅子に腰かける、なぜか椅子の周囲には目の粗い網が張られていた。
ダンタロスとエリアスがキーパーになる。
小さい子達と一緒にゲームをやる以上体格差が出るのは好ましくないからだ。
まず末っ子のロロがトットットッとドリブルを行う、やはり足が短くてボールが大きいのでドリブルと言うよりは玉ころがしに見える。
敵側に回ったナナが両手を広げてロロの行く手に立ちはだかり進路を阻む。
しかし周りは子供は手を出さない、小さい子同士のプレーに大きい子が手を出さないのが暗黙のルールなのだ。
ロロは殆どボールを腹で抱える位の身長しかない、それはナナも一緒であった。
前に出ようと左右にフェイントをかけるロロ。
しかし一瞬ナナは後ろを向くと尻尾でボールを跳ね上げる。
竜族だけの特別ルールで尻尾の使用を認めているのである。
したがってこの勝負も如何に尻尾を有効利用するかが勝負の分かれ目なのである。
ナナの後ろで待機していたユリアラが胸でボールを受けるとアクアレスにパスを通す。
アクアレスはだんだんだんっと走ってゴールを目指すがエルミオスに行く手を阻まれる。
エルミオスはポンとボールを跳ね上げると尻尾ではじく。
ララがしったしったと走ってきてボールを尻尾で受けるとゴールキックを放つ。
しかし素直すぎる攻撃はキーパーのダンタロスが正面で受け止める。
「いいぞっララ!いいシュートだ。」
ララが嬉しそうに笑う。止められたとは言ってもお兄ちゃんに褒められたのがうれしいのだ。
すぐにコートにボールが入れられる。
アクアレスがボールを受け取りドリブルを行なう。
とったったっ、と器用に足を使って敵を交わしていく、次男の面目をかけて次々と兄弟たちの間を縫っていく。
ユリアラにパスを通しアクアレスは前に出るが、エルミオスが付いて来る。
エルガラを抜いたユリアラは前に出たアクアレスに再びパスを出す。
ゴール前にはロロとナナがポジション取りをしている。
ナナがロロの前に出てブラインドになるその隙間を縫ってアクアレスは思いっきり尻尾のシュートを出す、
ロロが体を開いてブロックに飛び出す。
ドカッ!
「ふげっ!」
体の小さなロロはボールごとくるくる回りながらゴールに飛び込んで来る所をエリアスにキャッチされた。
「ロロ、大丈夫?」
「ふにゃにゃ。」
目を回していたが怪我をした様子はない。
「ロロは大丈夫?」エルメラス先生が大声でロロの様子を聞いて来る。
「大丈夫ですよ、竜族ですから。」
エリアスが笑いながら答える、ロロがよっとばかりにエリアスから飛び降りて走り始める。
全く問題ない様である。
試合が再開されると周囲で訓練をしていた人間達が竜の子供達の様子を見に来る。
どうやら訓練が休み時間になったみたいだ。小さな竜達のサッカーを生温かな目で見ている。
とてとてと小さな体で一生懸命走る竜の子供は見ているだけなら可愛い物なのである。
「おい、お前らあまり近づくんじゃないぞ。」
訓練の教官らしい人間が怒鳴る。どうやら見ているのは新規の隊員らしい。
彼らが何故ここにいるかと言えばこの施設の警備の為である、ここには魔獣もいるのだ。
この中の者をこの塀の外に出さない為に彼らは存在する、つまり魔獣と僕らだ。
「聞こえたでしょう。あなた方もう少し離れなさい。」
エルメラス先生が隊員達に向かってコートから離れるように指示する。
若い隊員たちは特に危険も感じないのでにこやかに笑って返す。
何しろサッカーをやっているのは竜族とは言え小学生位の子供達である。
怖いもの知らずだから仕方ない、エルメラスはそう思った。
何故彼女の座る審判椅子に網がかかっているのか理解していないのだ。
その時アクアレスの放った尻尾シュートが目標をそれて審判椅子に当たって跳ね返る。
跳ね返ったボールはそこにいた新米隊員の頭に当たり吹っ飛ばされた。
「ひえっ!」
大きく審判椅子が揺れて先生は椅子にしがみ付く。
「お、おいっ!なんだ?何が有った?」
隣に立っていた隊員が悲鳴を上げる。
ボールに当てられた大人が2メートルも吹っ飛んだのである。
「だからあ、竜族の教師は命がけなんだってばあ!」
一人叫ぶエルメラスである。
他の隊員に囲まれている隊員を慌てて駆け降りたきたエルメラスが見る。
「あ~あ、完全に白目を向ちゃっている。」
周囲には集まって来た竜の子供達が心配そうに見ていた。
すぐに救護班が駆けつけ隊員を搬送したが様子を見ていた新米隊員たちはそそくさと訓練に戻って行った。
向こうで教官が竜族の危険性を説教をしていたみたいだ。
「ふにゃ?」
それを見てロロは首をかしげていた。




