竜のドレス
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――竜のドレス――
「こんにちわ、竜神様。」
ケーキ屋に現れたのは警備軍の制服を来た兎耳族の女性であった。
「ああ、ミレイネさんよく来てくれたわ。」
サキュアが挨拶をする。キララとユキは訳が分からなかったがとりあえず挨拶をする。
「今日はユキちゃんの服を買おうと思ったんだけど私はあまりお店を知らないから案内をお願いしたのよ。」
「え?私の服?」
ユキが驚いたように自分を指さす。
「いつまでの私のお古と言うわけにも行かないでしょう。」
今ユキが着ている服はサキュアの普段着のお古である。
しかし正式の巫女になってからサキュアは巫女服を着る事が多く自分自身はあまり服を買う事が無くなってしまたのだ。
とりあえずと思って着せてはいたし下着などは竜僕達に頼んで用意してもらっていた。
それでも滞在が長期化して来たのでちゃんとした服が必要になってきたと考える様になってきたのだ。
サキュア自身はユキを引き取って以来竜神の元で過ごすことも多くなりずっと巫女服で過ごしている。
「こんにちわユキちゃん、今日はうんとかわいい服を見繕って上げるわね。もちろんキララ様も一緒にいらっしゃるわね。」
ミレイネは獲物を前に舌なめずりをする獅子族のようである。
要はユキに可愛い格好をさせて楽しみたい様で、竜神の巫女の依頼という事を口実に仕事をほっぽり投げて来たようである。
今頃はゼルガイアの怨嗟の声が警備隊中に響き渡っている事であろう。
「え?ユキちゃんに服を買ってあげるの?行く行く、私も一緒に行く。」
キララも目を輝かせてユキの着せ替え人形まっしぐらである。
あ~、これは今日は一日かかるなとお兄ちゃんは思った。
「お兄ちゃんも一緒に行く?」
「もちろんさ~、ユキちゃんの可愛い服を是非見たいと思ってるんだよ~。」
優しいお兄ちゃんである。
「ね、お兄ちゃん?」
「なに?ユキちゃん。」
「ユキ達は服を着ているのになんでお兄ちゃん達は服を着ないの?」
ユキは自分たちが服を着るのを当たり前だと思っている。
しかし竜族と一緒に暮らしてみてわかったのは外見とは異なり彼らの中身は人間そのものであったのだ。
そう感じたユキは何故キララ達が服を着ないのを恥ずかしいと思わないのか?それを疑問に感じていたのだ。
キララとお兄ちゃんは顔を見合わせるとつい笑ってしまう。
「僕たちの体は剣や槍も通らないほど硬いんだよ、それに暑さも寒さも感じないから服を着る意味がないんだ。」
ユキは頭をかしげる。
「そうなの?サキュアお姉ちゃん。」
「う~ん、そうですね~、竜神様達の体は私達とは根本的に違っていますからね~。」
サキュアも今までそんな事は考えた事もなかった。
確かに竜神様は服を着る必要がない、というよりはそんな格好で狩りをしたらすぐに服がボロボロになってしまうだろう。
「ああら、よろしいんじゃ有りませんこと?街に来る時にだけでも服をお召しになっては?これ以上大きくなられたら服も着れなくなりますし~。」
意外なことをミレイネさんが言い始める。たしかに今でも普通の人に比べればかなり大きな体をしている。
これ以上大きくなれば街での活動も大きく制限されてしまうようになるだろう。
とは言え獅子族の様な大型の人間もいるので今くらいの大きさで有れば街で遊ぶ事も出来る。
そうで考えれば服を着るのもまた一興と言えるかもしれない。
「アグンさんはどう思います?」
アグンがミレイネのお茶を持ってきたのでキララは尋ねて見た。
「左様でございますねえ、キララ様は学校に来られていた頃から服はお召しになってはいませんでしたが、私は服を着たら可愛いと思っておりましたよ。」
「そうなの?」
「そりゃああの頃のキララ様は小さくてコロコロしていて結構みんなに人気が有ったじゃないですか~?」
そう言われてみるとなんとなく女の子達にペット扱いをされていたような気がする。
当時は同級の人間たちよりもキララは小さかったのだ、50年の歳月はキララをここまで大きくしてしまったが。
キララ達は手袋を見る。
何かを身につける必要が無く、またそうした経験の無い竜族に服を着ると言う発想が出なかったのも無理からぬ事だった。
しかしよく考えてみれば毎度すっぽんぽんで街に来ているのである。
「まあとりあえずユキさんの服を選ぶ所を一緒にご覧になれば考えも変わるかも知れませんわよ。」
ミレイネが連れてきたのは大きな店構えの洋服店というよりはブティックのような店であった。
ユキの話を聞いて竜神様の服をオーダーしてくれそうな店を選んだのである。
「これはこれは竜神様良くいらっしゃいました。本日はどの様なご要件でしょうか?」
兎耳族の店主がもみ手をしながら愛想よく出迎える。
「はい、この娘の服を選びたいと思いまして。」
サキュアがユキを示す。
「おお、巫女様これは可愛いお嬢さんですね、よろしい私が腕によりをかけてお選び致しましょう。」
「それじゃ中に入りましょうか?」
ミレイネがここを選んだのはもう一つ理由が有り、この店は天井が高く比較的ゆったりした作りをしいるのでキララ達が店の中に入れたからだ。
ミレイネとサキュアが二人してユキの服を選ぶ。
サキュアはこれまでも昼間は巫女服で過ごし家に帰ってからようやく寝間着に着替えるという生活を送っており巫女修行と勉強と竜神のおもりという日課を繰り返していたので可愛い服を着るという機会は少なかった。
その反動かミレイネと二人して一生懸命にユキの可愛い服を選んでいる。
ミレイネも可愛い服症候群を発症しているのでかユキのファッションショーにこれでもかと服を探してくる。
お兄ちゃんはいささか引いて冷や汗を流しているが、キララの方は次々と着替えるユキを見て思いっきり喜んでいる。
ちなみにクロちゃんはお腹が膨れて眠くなったのか店の隅で昼寝を始めている。
どうせ支払いは社から出ると思えばなんぼでも高い服を選ぶ、警備隊の予算とは違って遠慮することはないと考えるミレイネである。
常日頃隊の予算に四苦八苦する立場のミレイネはここぞとばかりに日頃のうっぷんを晴らしているのかも知れない。
「やっぱり普通の生活をするための服ですからこの辺で良いのでは?」
結局あまりにもピラピラでは巣での生活に支障が出そうなので適当な所でミレイネと折り合いをつけるユキである。
「それじゃ請求は社の方に……。」と言おうとしてサキュアはミレイネに止められる。
「何を言っているのですか?今日は巫女様の服も選んで差し上げます。」
ここに来てサキュア自身がターゲットになっていたことを初めて理解する。
更にここからサキュアのファッションショーが始まる。
キララは喜んでいたが既にお兄ちゃんはサキュアの真似をして目を開けたまま居眠りを始めていた。
強靭な体と尻尾がなせる技である。
サキュア服が決まった所でキララの服も作ろうと言うことになった。
「左様でございますね。キララ様には大きな太い尻尾と背中に翼がございますからかなり作り方が限られます、とりあえず採寸をしてデザイン画を作成してみましょう。」
ミレイネがこの店を選んだのもう一つの理由はデザインオーダーをしてくれる店であったからだ。
店主はキララの体の寸法を調べ皮膚の硬さを調べていた。
ついでにお兄ちゃんの分もと言われ、立ったまま寝ているお兄ちゃんの寸法も一緒に測っていた。
制作には一週間かかるとのことでみんなで約束して再度来店することになった。
「クロちゃん起きて、帰るわよ。」
「クエッ?」
目を擦りながら起きるクロちゃんである。
「お兄ちゃん帰るわよ。」
「ん?…うん帰ろうか。」
妹の言葉で目が覚めたお兄ちゃんは今まで何が有ったのか全く分かっていない。
◆
約束した日にミレイネさんと一緒に店に行ってみると服が出来ていた。
「いや~っどの様なものにしたら満足いただけるかだいぶ迷いましたよ~。」
店主が愛想良く出迎える。
「何しろ大きいものですからね、可愛く作ってもなかなかバランスが取れないものですから。」
そう言って吊るしてあるキララの服を見せる。
肩と裾の部分にフリルを設けたゆるく広がったピンク色の袖無しのワンピースである。
ムームーの様な感じであった。
「わ、こんなふうになったの?」
キララが目をキラキラさせている。
「このデザインは柔らかい布で作るのが普通ですがキララ様の皮膚は硬いのでそうも行かず丈夫な布を使っています。
それでも全体が大きいのでそれ程違和感は出ないと思いますが。」
「サキュアちゃんはどう思う?」
「はい、良い出来ではないかと?私はいささかこういったものには疎いものですから。」
「いいわよ~、流石に私が見込んだお店だけのことは有るわ、ちゃんと耐久性まで考えているのね~。」
ミレイネ的には大満足の様である。
まあ、これで魔獣刈りに出られたらイチコロですがね。
「早速着てみたいわ。」
「よろしいですよどうぞどうぞ。」
服は通常のワンピースのようになっているが形としては前掛けに近い。
キララはドレス頭から被る様にして着込む。裾が広く作ってあり背中の羽は意外と邪魔にならない。
そのままフリルの付いた肩ひもをたくし上げると背中が大きくえぐれていて羽が全部出る。
尻尾はスカートの下からはみ出して見えてくる。
「ユキちゃん。」
サキュアがそっとユキをお兄ちゃんの後ろに移動させる。
「少し前掛けの様な感じですね。」
「はい巫女様、やはりたたまれても羽にはそれなりの大きさが有りますからやはり背中は大きく開けて置きませんと。」
キララは用意された鏡の前に立つとくるっと回ってみる。
尻尾がブーンと振り回されてクロちゃんが跳ね飛ばされる。
ミレイネさんは軽々と飛び上がって尻尾を交わす、さすが兎耳族である。
「クエエ~ッ!」
ブリブリ怒ってキララの尻尾を蹴飛ばすクロ。
「ああらごめんなさい。嬉しくてつい尻尾まで回しちゃったわ。」
「素敵だよキララちゃん。まるで女の子みたいだ。」
「お兄ちゃん!キララは最初から女の子です。」
ぷーっと膨れるキララである。
「あ、いや!そういうわけじゃなくて。」
慌てて手を振って弁解するお兄ちゃん、本当に妹には弱い。
「まあまあ、キララ様もお年頃ですから、店長さんとても素敵なドレスに仕上がっておりますわ。」
「はいありがとうございます。これで感覚は掴めましたので次はもっと素晴らしいものをご用意できると思います。」
そう言われると嬉しくてつい尻尾を振り回したくなるキララであった。
「それじゃお祝いにみんなでケーキを食べに行こうよ。」
ノー天気なお兄ちゃんは相変わらず色気より食い気である。
「何言ってるの?お兄ちゃんの服も有るのよ。」
「え、ボクの?そんな物いつ頼んだの?」
「………………。」
あれ?なんか視線が痛い、そう思うお兄ちゃんである。
「お兄様には吊りの半ズボンをご用意致しました。」
そこにはユキが10人くらいまとめて入りそうな大きさの半ズボンの様な物がぶら下がっていた。
「これ、ボクの?」
「男の子ですからスカートと言うわけにも行かずいろいろと苦労いたしました。」
「うわあ、うれしいな。早速履いてみよう。」
ズボンは下から足を通すが大きく太い尻尾が邪魔になる。そこでズボンを履いたあとベルトの部分を背中でボタンで止めている。
正面から見ると肩ベルトで吊った、吊り半ズボンそのままである。
吊りベルトなので背中の羽も邪魔にはならなかった。
肩ベルトを止めているお皿くらい有る大きなボタンが印象的である。
グローブに合わせた真っ青な色が良く似合っていた。
うん、野球帽をかぶせたらまるっきりの少年野球で有る。
「これもまたよくお似合いですよ。」
「どうだい、キララちゃん似合うかい?」
「うん、すごく子供っぽくて素敵よ。」
「そうかな~、いや~っ照れちゃうな~。」
恥ずかしそうに頭を掻くお兄ちゃんである。
お兄ちゃんは一応100歳なんですけど。
お読みいただいてありがとうございます。
お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。
次回は金曜日の朝の更新になります。




