キララの祝福
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――キララの祝福――
「よろしいですかな?目をつぶり気を落ち着けて自分の呼吸を数えるのです。何も考えられなくなるまで呼吸を数え続けてください。」
「……はい。」
ユキはあれから毎日ガルドの元で訓練を受けている。
ガルドは体を使うことよりも集中力と胆力を鍛える事を中心にユキに教育を施していた。
瞑想を行うユキの横で同じ様に目をつぶるサキュアがいる、更にその隣ではキララとお兄ちゃんが同じ様に瞑想をしていた。
ユキの反対側の隣ではクロちゃんが船を漕いでいる。
「よろしいですか?では両手のひらを上に向けて泡を思い浮かべてください。」
ユキの広げた手の上にボールが浮かび上がる。
「目をつぶったままボールが果物ほどの大きさだと思い浮かべてください。」
一度少し大きくなったボールが小さくなってリンゴほどの大きさになる。
「よろしいですよ、今度は1メートル程上に上げて見ましょう。」
ボールはそのまま1メートル位上昇する。
「今度はもとの位置にまで下げて見ましょう。」
ボールが下がってきて元の位置に戻る。
「よろしい、今度はそれを何度か続けてみましょうか?」
ボールはゆっくりと上がって行き、再び下がってくる。
「よろしいですぞ、もっとゆっくりやってみましょう。呼吸を乱さずに、ゆっくりと、ゆーっくりと……。」
ユキの手のひらの上をボールは何度も上がり下がりを繰り返す。
しばらくそれを続けているとガルドはそっと足元の小石を拾うとユキの隣で船を漕いでいるクロに向けて指先で弾く。
「ピキイイイ~~ッ」
頭に小石を当てられたクロは大声を上げてその辺りを走り回る。
キララ達は驚いてクロの方を見たがユキは姿勢を崩すこと無くボールを上下させていた。
「おお、これはユキさん素晴らしいですね、周囲の出来事に心を惑わされる事無く心の平安を保っておられる。」
「クエッ!クエッ!」
頭にコブをこさえたクロちゃんは怒ってガルドの足を蹴っ飛ばしている。
「それにしてもサキュア様は流石に見事な精神の集中力でございますな、周囲の喧騒に眉一つ動かされません。」
ガルドが感心したようにサキュアをたたえる。
「いえ、なんか寝ているみたいなんですけども。」
サキュアは背筋を伸ばしたまま微動だにせずに居眠りをしていたのだ。
これも生まれた時から行ってきた巫女としてに訓練の賜物であったのだろう。
帰りにみんなでケーキ屋によってまたケーキを食べる。
ちなみにこれらの経費は全て社から支払われる。
竜神を知らぬものなどいないのでどこの店に行っても支払いは社に回ってくるのである。
無論社には街の議会からも予算が回されており社自身も竜神の利権があり財政的には潤っている。
例えば竜が毎日食べる大型魔獣の毛皮は非常に丈夫であり高値で取引されている。
その中でも傷の少ない大型魔獣の一頭物の毛皮はインテリアとしての人気も有り全ての販売権は社が一手に仕切っていた。
それらの収入と街からの補助金は全て社としての活動の為に消費されていた。
当然竜神の欲するもの全てはこの予算の中から捻出されるのだ。
もっとも竜神自身が人間が扱えるようなものを使えないという状況も有り、その使用用途は竜神の生活改善というレベルでしか無かった。
何より大きさが違いすぎてまともに街にも降りて来られない竜神達はまこと不憫な者達であった。
その頃お父さんは巣の中で頬杖をついてため息を履いていた。
「ワシらなんの為に生きているんじゃろな~っ。」
竜神のお父さんのぼやきは全ての竜神のボヤキでも有る。
本当の所は最近子供たちがお父さんと遊んでくれない事を嘆いていたのだ。
ユキやサキュアと毎日警備団の訓練所に遊びに行っていおり帰りに街でケーキを食べてくるようである。
残されたお父さんは一人巣に取り残されて暗く深く沈んでいる。
「仕方ないじゃない?私達死なないんだもの。とりあえず子どもたちが大きくなるまでは生きていましょうよ。」
こう言って慰めるお母さん。達観したお母さんである。
「でもさ、子どもたちが大きくなって巣立ちをしたらワシ達どうなるのかな~?」
「ああ~らその時は第2の人生を求めて私も旅に出るわ。いや……第4……?第5だったかしら?」
にっこり笑って首をかしげるお母さんである。
恐ろしいことをあっさり言われたお父さんは蒼ざめる。
だが考えてみれば寿命のない竜神族である、無制限に添い遂げる訳にも行かないのである。
「い、いやお母さん、そしたらワシどうなるの?」
「お父さんはお父さんでまた新しい番を探して子作りに励むのよ。」
子供が自立したら離婚をすると宣言された亭主であった。
「ね、ねえ君これまで何柱の男と番になって何柱の子供がいるの?」
「ああ~ら言わなかったかしらね~4柱と番になって3柱の竜を育て上げたのよ。」
お母さんは悪女ではない、これが死ぬことのない竜たちの当たり前のライフスタイルなのである。
実はお父さんも何人かの嫁さんをもらっているのだがそんな事はとうに忘却の彼方である。
「だって私達は子供を生むために作られた竜なんだから。」にっこり微笑むお母さんである。
ガ、ガ、ガ~ンという音がお父さんの頭の中で鳴り響いた。
グワシ!とお母さんの手を握るお父さん、いささか涙目になっている。
「母さん!子供を作ろう。あと10柱位!」
「ああ~ら今日はずいぶん積極的なのね10年ぶり位かしら、仕方のないお父さんね。まだまだあの子達が大きくなるのには間がありますからね。」
「……ん?」
社で執務を行っていたガルアは地面が揺れているのに気づいた。
山を見ると木々が揺れに伴って動いているのがわかる。
ガルアは早々に祭壇の有る部屋に向かって行き、とりあえず烏帽子だけをかぶると大麻を取り上げお祓いを始める。
「ガルア様!」
すぐに社の他の従者達も集まって来る。
「竜神様がいたしておられる。無事お子をはらまれる事をみんなで祈るのじゃ。」
「「「ははっ!」」」
全員がガルアに従って大麻を振る、厄災を払い竜神の受胎を願って祈祷を始める。
社屋の揺れはますます激しくなってきており受胎の儀が滞り無く完了することを示していた。
「なんか久し振りに竜神様がいたしておられるようね。」
巣の有る山の近所に住む奥さんが揺れに気づいて山を見上げる。
「おかあさん竜神様が何をしているの?」娘が屈託のない表情でお母さんに尋ねる。
「竜神様が新たなるお子を授かる様に山の神様にお願いしているのよ。」
「お子様が生まれると何かいい事があるの?」
「お子様を育てるのに一層魔獣を狩って下さるのよ、そうすれば私達は安全に暮らしていけるの。」
「ふ~んそうなんだ。」
「さあ、手を合わせて竜神様が新たなるお子を授かれるようにお祈りするのよ。」
「わかった~っ、竜神様が元気なお子様を授かりますように~。」
ふたりはそろって巣の有る山に向かって手を合わせる。
「グアオオオ~~~~ッ!」
「ウグウウウゥゥ~~~ン!」
山の上から竜の咆哮が聞こえてくる。
「母様、竜神様が吠えておられます。」
「無事に受胎の儀が終了したことを山の神様に報告しているのよ。」
「それじゃお子様が出来るの?」
「さあ?それはあくまでも授かりものだから。」
「誰が授けてくれるの?」
「きっとそれは天地万物の神様よ。」
親子は竜神様の咆哮に向かって深々と頭を下げた。
などと言う事が山の巣でいたされているとは全く知らないキララ達はアザンのケーキ屋でケーキを食べていた。
手袋を付けて以来キララ達は爪を使う事が出来なくなった。
それを見たアザンはホールケーキを切り分けグローブでも掴めるようなおおきなフォークを刺してくれていた。
ケーキの美観が台無しだとサキュアは思ったがグローブをしたまま食べられるこのケーキを思いのほか二人は喜んでいた。
サキュアは兎耳族なので卵と牛乳を多量に使用したケーキ食べすぎるとお腹を壊してしまう。
アザンはその辺も配慮して卵とミルクの少ないケーキを用意してくれる。
ユキは全く考える事無くもりもりとケーキを食べている。
足元でクロちゃんがキーキーと泣くのでアザンがもう一皿用意してくれる。
「クエケケケケ~~~ッ。」
パタパタとヒレを動かして喜ぶと椅子の上にひょいと飛び上がる。
「あら、あなたもそこで食べたいの?」
アグンはケーキとお茶をクロちゃんの前に置いた。
「クエッ、クエ~ッ。」
嬉しそうな声を上げ置いてあったフォークをヒレで器用に掴むとケーキを切り取りながら食べ始める。
「………………………。」
全員が目を点にしてクロちゃんを見ている。
「クエッ?」
首をかしげて周りを見るが如何にもこれが普通だとばかりにケーキを食べた。
最後に両方のヒレを使って茶碗を持ち上げて美味しそうにお茶を飲んだ。
「ゲエッフ。」
「やっぱりクロちゃんもケーキの後のお茶は美味しいんだよねー。」
ユキは何も考えずに言っている、短い期間に兄弟の様に仲が良くなっている。
「クエッ、クエッ。」
相槌を打つクロちゃんである。
コイツ只物では無い。サキュアはそう思った。
「ああらずいぶんお行儀のいい鳥さんね。」
ヨチヨチ歩きの小さな子供の手を引いた若い猫耳族のお母さんがクロちゃんを見て感心する。
「とりー。」
子供がにっこり笑ってクロちゃんに手を伸ばす。
「ゲッ?」
思わず身を引くクロちゃんであるが子供は構わずクロちゃんに抱き付く。
「グギャ~ッ!」
子供抱き付かれ逃げようと声を上げるが誰も助けようとはしない
あらあら駄目よ、その鳥は獲物じゃないんだから。
さらっと恐ろしい事を言ったお母さんである。
なに?この子クロちゃんがかわいくて抱き付いたんじゃなくて狩ろうと思ったの?
「ミギャーッ!」
小さな子供が猫目で牙を剥きだした。
「ビエエエェェェ~~ッ!」
必死の涙目で頭を振るクロちゃんである。
「こら!竜神様の御前ですよ。」
クロちゃんを襲った子供の頭をぺちんと叩いたのはアザンであった。
「ミニュウ~~ッ。」
アザンを見てにっこり笑うとぴょんと胸に飛びつく。
流石に猫耳族はこんな幼くても身が軽い。
クロちゃんはユキの後ろに隠れて冷や汗を拭いている。
「アザンちゃんその子がお孫さんなの?」
「はい、キララ様この子が私の娘が生んだ孫のミヤンです。」
「初めまして竜神様、アザンの娘のメレンです。」
子供の母親がみんなの前で頭を下げる。
「クエエエ~ッ!」
クロちゃんだけはユキの後ろに隠れて威嚇の鳴き声を上げている。
「元気なお子さんでうらやましいわ。」
「せっかくキララ様がお出でになっているんだ、お前の方から頼みなさい。」
「は、はい、竜神様。よろしければこの子に祝福をいただけると嬉しいのですが。」
「いいわよ、元気に育つように私が祝福をしてあげる。」
キララは子供に向かって両手を出した。
以前は子供に祝福を頼まれても極力避けて来たキララであった、なぜなら子供が暴れた時キララの爪で怪我をする事が良く有ったのだ。
無論母親もその危険性を承知の上で渡しているのであり、その傷跡そのものが祝福を受けた証と言って喜ぶ母親もいた。
しかし自分の爪で傷つき激しく無く子供を見るのはキララにとっては非常に心の痛む出来事に他ならない事であった。
今はグローブのお陰でその心配も無くなった。
キララは子供を受け取ると高く持ち上げてそれから抱きしめるとほおずりをした。
子供はキララを恐れる事無くキャッキャッと笑っていた。
子供の体温や顔をさわるその手の感触はキララの厚い皮膚によって感じる事は出来ない。
しかし子供の笑顔と笑い声はとてもキララを幸せな気分にしてくれた。
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次回は火曜日の朝の更新になります。




