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ミゲルの涙

1-025


――ミゲルの涙――


 久しぶりの一人でゆっくり寝ていたミゲルの前で扉がいきなり開いた。


「ひえっ、な、なによ?」

 慌てて居住まいをただすミゲルである、これでもうら若き乙女なのである。

 もっとも全部監視されていたとも思うのだが。

 扉の中を見ると犬の人形が2頭立っておりその間にケアルがふんどし一丁で倒れていた。


「ケ、ケアル?ど、どうしたの?死んじゃったの?」

 慌ててベッドから降りるとケアルの両脇にいる犬人形が吠えた。

「わんっ♪」

「ひええ~っ。」

 作り物だと思っていた犬が動いてミゲルに吠えたのである。

 気の小さなミゲルが肝をつぶすのも仕方のない所であろう、ずざざざざっと反対の壁際まで後ずさる。

 流石に兎耳族は後先考えずに逃げるのだけは一流である。


 声も出ずに壁にへばりつくミゲルの前で一頭の犬がケアルの体の下に潜り込んでその体を持ち上げる。

 もう一頭がケアルの服を咥えてあとに続く。

 ミケルはケアルの容態を見ようと手を伸ばそうとした。

 その時スクリーンが点灯してザンザルドがこちらを見ていた。

「やあ、ミゲルさんおやすみでしたか?ああ、ご心配無くその犬たちはあなたに危害は加えませんから。」


「ケ、ケアルに何をしたのよ。」

 震える声で尋ねるミゲル、これでも精いっぱい勇気を振り絞っているのだ。

「ああ、彼が部屋に帰るのをごねたものですから少し薬を使いましてね、なにすぐに目を覚ましますよ。」

「なんでふんどし一丁なのよ!」

「いやそれはケアル君が自分で脱いだのですよ、危なくて我々が脱がせられる訳も無いでしょう。」

 まあ、そう言われて見ればそうだと思う。


 あの人間たちじゃ10人かかってもケアルの服を脱がせられないだろう。


「もしかして誰かと決闘をしたの?」

 以前から警備部隊内では諍い事の解決に決闘を行うとは聞いていた、その際は幹部立会の元ふんどし一丁で戦い合うとされていた。

「はい、その犬と。」

「そう言うことなの?」

 ミゲルはいやーな顔をして頭を抱えた。単細胞だとは思っていたが何で犬と決闘なんて考えたのか?


 この犬一体何なの?生き物の様には見えないけど。

 「ああ、私達が作った犬の模造品ですよ、此処にも少ないですが魔獣がおりましてね、見つけ次第に犬たちが殺しているのですよ。」

 どうやらこの犬は魔獣を狩る狩猟隊の代わりをしているみたいだ、それにしてもこんなものを作れるこの連中はいったい何なのだろうかという思いがミゲルに浮かんだ。

 とはいえこの犬が単体でケアルに勝つのは無理だろうとも思った、この程度の大きさの魔獣ならばケアルの力が有れば一人でも狩れる位の魔獣である。


 犬たちはケアルをベッドに押し込むとちゃんと寝かせて体の上に毛布を掛ける。流石に服は着せられないので毛布の上に放り投げていた。

 それが終わると犬たちはミゲルの方を見る。

「ひいいっ!」

 魔獣よりも弱い犬であってもミゲルにの取っては非常に危険な相手である事には変わりがない。

 ミゲルは体を硬直させると壁を伝ってずずずっと距離を取る。

 臆病なのである、兎耳族の天与の習性なのである。


 犬たちは構わずミゲルに体をすり寄せる。

「ひえええええ~~っ、来ないで~~っ。」

 すりすり。


「な、何よ~っ、あっちに行って~~っ。」

 すりすりすり。


「来ないでよ~、一体何のつもりなのよ~っ。」

 ミゲルが擦り寄せられる犬たちから逃げようとすると反対方向からもう一頭が体をすり寄せる。

 すりすりすりすり。


 はっと気がつくと開いた扉の前に誘導されていた。


 すりすりすりすりすり。

「いやあああああ?っ!」

 犬に誘導されてミゲルも運搬車に放り込まれた。

「わん♪」

 お座りをした2頭の犬の間に縮こまったミゲルが運搬車で運ばれて行った。


 ドナドナ~♪………。


 競技場に着いたミゲルは犬に挟まれて同じ様にすりすりされながらグラウンドに降り立つ。

「やあ、ようこそ屋内競技場へ。」

「ここはどこよ?」

「普段は市民で賑わう運動施設だよ、今日は君達の為に貸し切りだけどね。」

 ザンザルドはにこやかに答える。


「こんなところに連れてきてどうするつもりなの?」

「いやいや、大したことはないよそこにいる犬たちと追いかけこをしてもらいたいだけだよ。」

「わん♪」

 なぜか尻尾を振っている犬たちが10頭ほどで縮こまっているミゲルを取り囲む。


「この犬たちは一体何なのよ?犬みたいだけど作り物なのよね?」

「ああ、作り物のだけど普通の犬と変わらない位の性能だよ、犬たちは君は追いかけっこをしたくて尻尾を振っているんだよ。」

「ケアルもやったの?」

「ああ、そうしたら犬たちとボス争いをしてね、彼がボスを倒したので競争は中断されてしまったんだよ。」

 ミゲルはものすごーくうんざりした顔をする。あの脳筋本当にやったんだ、犬耳族だし。


「おとなしく部屋に帰ってくれないので止むを得ず麻酔の使用となったんだよ。」

 とにかくミゲルにとっても危険は無さそうなので安心をする。

「それで?どうしたいわけ?」

 後ろに回っていた犬がミゲルのお尻に噛み付くと電気がバチバチッと放電する。

「きゃあああ~っ!」

 お尻に突然電撃を受けて本能的にその場から5メートル位飛びがる。


「おお~っ、素晴らしい何という跳躍力なんだ。」

 犬たちはゆっくりとミゲルの方に歩いてくる。

「それは兎族としては普通の跳躍力なのかね?」

「そうよ、みんなこのくらいは飛ぶのよ。」

 ミゲルはお尻をさすりながら、女性のお尻を狙うなんて最低の奴と思った。


「アタシに手を出すとケアルに殺されるわよ。」

「ああ、もう復讐ノートの第一ページ目に私の名は大きく書き込まれていると思うよ。」

 まあこんなことやったら黙っている奴じゃ無いわねあの本能丸出しの犬耳族だもの。


「それじゃ犬たちは君のお尻を狙って噛み付くから出来るだけ逃げ回ってもらえるかな?大丈夫、甘噛みしかし無いから……多少しびれるけど。」

「わんっ、わーん♪」

 何故か嬉しそうにミゲルに襲いかかる犬たち、口の中で放電をしているが。

「いやあああ~~~っ!」

「ひえええぇぇ~~~っ!」

 襲ってくる犬たちからポンポン飛びながら必死に逃げるミゲルである。


「しかしこれは予想以上にすごい能力ですな。」

「はい、ただ飛んで逃げているように見えますがちゃんと情報を収集していますね。」

 ミゲルは飛びながら常に耳をヒクヒクと動かしている。

 着地点を目指して飛びかろうとする犬たちに対しては空中で体をひねって攻撃を交わす。


「ああやって空中でも周囲の情報を探って次の逃走に備えているのですな。」

「大した空中感覚ですね、素晴らしい運動神経だ。」エルギオスが非常に感心していた。

 客席に追い詰められると上からぶら下がっているものにしがみつくがそこからは他に飛び移れない。


「どうしたね?隣の梁に飛びつかないと犬が上がってくるよ。」

 犬たちは爪を使ってガシガシと上がってくる。

「うっさいわね~っ、人を犬に襲わせて何を勝手なこと言ってるのよ。」

 ぶら下がりながら足をジタバタするだけでそこから移動できないミゲル。

「ああ~っ、もしかしてとは思うのだが、君は運動神経が悪いのかな~?」

 ミゲルの弱点をズバッと突いた発現に思わず手を滑らす、真下には不幸な犬がいた。

「グギャン!」


「どうやら運動神経は全て逃げる時の空中姿勢だけに回されているようですね。」

「それ以外は全くダメみたいですね。」

 トカゲ男が不思議そうな顔をする、こんな運動神経が有るのだろうか?


 下にいた犬の頭を踏みつけて再び飛び上がるミゲル。

「君に踏み潰された隊員はそんな感じだったわけだ?」

 ザンザルドが渋い顔をする。

 しかしミゲルは逃げるのに精一杯で人の言うことなどまったく聞いてはいない。

 いかな兎耳族とはいえ支援無しに逃げ回るのは難しく次第に飛び上がる高さが低くなって来る。


「はあっ、はあっ。」

 動けなくなったミゲルを犬たちが取り囲む。

「いやあああ~~~っ。」

 ペロン。

 犬がミゲルの頬を舐める、犬の唾液が付くがこれは唾液では無い、本当は電気の伝動性を高める液体なのである。

「ひええぇぇ~~~っ。」

 悲鳴を上げるミゲルを次々と犬たちが舐め回す。


 ぺろぺろぺろぺろ。

「ひやああああ~~~っ!」


 兎が犬に舐め回されたら悲鳴を上げるわな。


  ◆


「ん?」

 ベッドで目を覚ましたケアルは状況がわからずに頭をひねる。

 自分がふんどし一丁で寝ておりベッドの上には服が乗っていた。


「あれ?」

 麻酔のせいもあって現状を認識するのにしばらく時間がかかった。

「くそーっ、あの野郎!今度会ったらただじゃ済まさねーえっ。」

 大声で怒鳴るケアルである。


 その時ドアが開いて例の犬が2頭座っていた。なぜがケアルに向かって尻尾を振る2頭。

 その犬の前にはうずくまっている者がいる、ミゲルであった。

「おいっ!ミゲル大丈夫か?何をされた?」

 ミゲルを抱き起こすと何やら顔がベタベタである。


「ケアル~っ。」

 いきなりミゲルが抱きついてきた。

「お、おい大丈夫か?一体何をされた?」

「犬に舐められた~っ。」

 涙ながらに訴えるミゲルである。


「お前らな~っ。」

 渋い顔で犬を睨むと犬たちはプイッと横を向く。

 ミゲルをベッドに運ぶとその間にドアが閉まって犬たちもいなくなった。


「えっぐ、えっぐ、えええ~ん。」

 ベッドで泣き出したミゲルを見てケアルは困ってしまった。

「もうあいつら行っちまったぜ。舐められたくらいで泣くんじゃねえよ。」

「怖かったんだも~っ。本当に怖かったんだも~っ。」


「魔獣の攻撃を逃げ切ったお前が犬くらいでオタオタすんなよ。あの時のお前は立派だったぜ。」

「う、うん…?」

「ぴょんぴょん飛び回りながら俺たちに魔獣の動きを逐一報告してくれたじゃねえか、あのおかげでみんなは助かったんだからな。」

 ケアルは心密かにミゲルのことを見直していたのである。


「う、うん……。」

「ひでえ顔をしてるぜ、シャワーを浴びて来いや。」

「うん……。」

 ミゲルはノロノロとシャワー室に向かう。

 その時になってケアルも自分の格好に気がついて慌てて服を着直す。

 ミゲルも動転して気が付かなかったのだろうがもし見られていたら偉いことになっていたに違いない。


「俺もシャワーを浴びなきゃいけないな。そういや誰が俺をベッドに運んだのかな?」

 ポツンと壁のスクリーンが灯るとザンザルドが姿を見せる。

「やあ、ケアル君ミゲルさんはお元気かね?」

「おめえミゲルで遊ぶんじゃねえよ、あいつは俺と違って逃げる事しか出来ないポンコツなやつなんだぞ。」

「ああ、無論君のようにぞんざいに扱ったりはしなかったとも。おかげで伝説の獣人達の良い身体データーが取れたよ。」

「伝説の獣人?それは俺達人間を総称して言っているのか?」

 ケアルがギラリと睨むとザンザルドの目がわずかに泳いだ、コイツ何か隠してやがるな。


 この男がミゲルとケアルをあわせて獣人と呼んだ。

 確かに人間は5つの種族に分かれているが自分たちを獣人と呼ぶことはない。

「アンタら自分たちの事を何て呼んでるんだ?」

 ケアルは相手を見透かすような強い視線をザンザルドに送る。。

「ああ……我々は自分たちを……人族と呼んでいるよ……聞いたことは無いかね?」

「いやねえ、俺が知っているのは5つの種族の人間と竜神族の事だけだ。」

「そうかね?それなら我々はもう6つ目の種族の人間だと思ってもらえれば良いよ。」


 違うだろう、人間の中の人族では無く俺達を獣人と呼んでいる人間なんだろう、ケアルはそう思った。


お読みいただいてありがとうございます。

お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。

次回は金曜日の朝の更新になります。

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