犬耳族のケアル
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――犬耳族のケアル――
ケアルの魔力の乗った拳を受けて犬の身体が吹っ飛ぶ。
「おお、それが君の魔力かね、ええ~っとなんと!打撃力が5トンも有るじゃないか。」
本当は最初から魔力など乗せてはいない、こんな所で手の内を見せる程ケアルも単細胞では無かった。
この程度の破壊力では普通の魔獣でも殺す事など出来はしない、しかしここの連中はこの程度でも大喜びをしている。
コイツら獣人族の事を知っていながら本物は見た事が無いらしい。
「わんわん♪」
それなら意地でも本当の力など見せてやるものか、ケアルはそう決めた。
「もう一丁!」
思いっきり犬の鼻面を殴る。
ドカン!
他の犬達も次々と壁を登ってくる。
「この野郎!」
ケアルは通路に戻るとそこに登ってきた犬を掴んで通路から飛び降りる。
「バキン!」犬の首が嫌な音をたてるが爪が引っかかって落ちる事は無い、そのまま犬のを中心に体を振って壁を登って来る犬に向かって飛び移る。
首に抱きつくと犬の爪が壁から剥がれる。
そのまま犬と共に落下するがうまく犬の体を下にする。
落ちていく下の通路に犬の体がめり込んで動かなくなった。
「いやいや、見事なバランス感覚に反射神経、これほどの身体能力とは思わなかったよ。」
ザンザルドがスクリーンの中で手を叩いていた。
「ぜえええっっっっってえに、てめえをコロスかんな!」
起き上がったケアルの周りに犬たちが飛び降りてくる。
落ちたショックは大部分犬が吸収してくれたがやはり体にはダメージが残っている。あまり長くは動けそうもない。
「どうしたね?犬たちはまだ8頭程残っているがまた追いかけっこをするかね?それとも怪我でもしたのかね?」
「うるせえ!てめえをコロスまでは怪我なんぞ出来るか!」
「頼むよ私も仕事でやっているんだから個人的な恨みはまたこの次にしてもらえないかな?それにその犬も結構高いものなのだしね。」
「そりゃどうも、大いにぶっ殺してお前さんたちの懐にダメージを与えてやろうじゃないか。」
「まだ奥の手が有るのかね?ぜひ見せてほしいものだね。」
再度グラウンドに降り立ったケアルを犬たちは取り囲むが、コースの有る方向だけ囲みが空いている。
「畜生、こいつらまた俺を走らせるつもりか?」
「わん♪」
なんか群れるのを楽しんでいるように見えるな。まるで本物の犬の様だ、尻尾も振ってるし。
「どうしたね、もう走らないのかな?」
ザンザルドがケアルを挑発する。
「こいつら犬のように見えるが獣なのか?」
偽物にしても如何にも犬らしい、いや犬すぎるところが有る。犬耳族であるケアルはそこのところが妙に引っかかった。
「ああ……多少微妙なところは有るが心は犬そのものだよ。」
「おめえらが呼び出した使い魔なのか?」
ケアルにはロボット犬の発想は無い、せいぜいが魔法を使った何かの獣という発想なのである。
「そうだよ、でもちゃんと生きた犬のように群れを組んで獲物を狩るように出来ている。」
「おめえが仕込んだのか?」
「いやいや、その体に犬の心を植え付けたと思ったほうが良いだろう。」
「ふん、それならこれでどうだ?」
ケアルはいきなり服を脱ぐとふんどし一丁になった。
見事に引き締まったケアルの背中の肩から腰にかけて犬の毛のようなものが生えており、胸から腹にかけても同じ様に毛がつながっていた。
「おやおや、何をするつもりなのかな?君に露出狂の趣味が有るとは思わなかった。」
「やかましい!男祭りはふんどし一丁と決まっているんだ!」
ケアルは大声で怒鳴り返すと口の中にある大きな牙がはっきりと見える。
「男祭り?男色乱交祭りの事かね?」
「てめえの発想は品がねえんだよ。同族の男同士が寸鉄を帯びずにその五体だけで戦う祭りの事だ。」
「ほう、それは勇ましい。その格好で犬たちと戦うつもりかね?」
「そうよ!」
ケアルは片手を地面に付けると唇がめくれあがってその口の中の牙が剥き出してしになる。
「な、なんと犬耳族の牙はあんなに鋭い物なのか?」
相手に対して唸り声を上げると共に正面から大きく口を開けて牙を見せて威嚇する。
「ガアアアア~~~ッ!!」
ケアルの背中に生えている毛が逆立っているのがはっきりとわかった。
「なんですな、これはそのまま犬の喧嘩じゃないですか?」
ザンザルドの後ろにいたトカゲ男がつぶやく。
「面白いですな、あの犬は単体でも魔獣を仕留められる程度の能力は有りますからな。」
「グルアアア~~~ッ!!」
気圧された様に犬たちがビクッと下がる。
「グアアアアア~~~ッ!!」
体勢を低くしたまま前に出るケアル、戸惑ったように犬たちは後退する。
「ガルルルルッ!」
一頭のロボット犬が前に出る、他の犬たちはそれを見て回りをウロウロしている。
両者が威嚇しあいながらゆっくり回り込む、他の犬たちは周りを囲んで様子を見ている。
「グアアアア~~~ッ!ガウッ!」
「ガルウウウ~~~ッ!ガアアッ!」
いきなり犬がケアルに牙を向ける。
ケアルは立ち上がる事無く向かってきた犬の頭をぶん殴る。
「グギャッ!」
殴られた犬はふっとばされるがすぐに立ち上がってくる。他の犬たちが介入する様子はない。
「噛み付くのかと思いましたがぶん殴りましたな。」
「まさかボス争いをロボット犬が受けるとは思いませんでした。」
この事態はザンザルドにも予想外の出来事であった。
「自立プログラムとは言えロボットの犬なのにですか?」
「一応集団の狩りを行う為には群れのリーダーは不可欠ですがそれを決める手順の一つなのですよ。」
「リーダーは人間が決めるのでは無かったのですか?」
「普通はそうですが、犬の性質が強く出るようにプログラムをしていますし、彼は犬耳族ですから同族と判断したのかも知れません。」
なにかあきれ果てて物も言えないとでも言いたげであった。
「そんな馬鹿なバグがあり得るのですか?」
「実は我々にも判らんのです、その昔作られたプログラムをそのまま使っているだけですから。」
「もしかして当時のプログラマーがものすごい犬フェチだったとか?」
ありえそうなだけに馬鹿馬鹿しくて絶対に認めたくはない話だった。
「そこまではちょっと……既に過去の人ですし、我々も自分たちの技術の見直しが出来れば良いのですが……。」
「グガガアアルルル~!」
ロボット犬が牙を剥き出すと歯と歯の間にバチバチと放電が起きる。
「まずいのでは有りませんか?最大出力で歯に電流を流したらあの男も死ぬかも知れませんよ。」
「今のところはまだ威嚇のようです。最初は威嚇から始まって実力行使はその後です。」
「ぐああががが~~っ」
ケアルが大声を上げて口を目一杯開ける、4本の牙が更に大きく剥き出される。
「なんですかあの牙は?人間の形をしているのにあんなに大きな牙を持っているのですか?」
「あれが犬耳族の特徴のようですね。」
回り込みながら両者は近づきいきなり噛みつき合おうと牙を向ける。
ところがケアルは横っ飛びに飛ぶともう一頭の犬を捕まえて放り投げる。
投げられた犬は決闘の相手の犬にぶつかり体勢が崩れる。
すかさずケアルが飛びかかるがすばやく相手は逃げる。しかし逃げると見せかけてそのままだっと走ってケアルを襲う。
ケアルは大きくジャンプをし着地と同時に前に飛び出す。
「ガアアアッ!」
「ぐるるるっ!」
牙と牙を交え噛み合っては離れる戦いが何度か続いた。
「はあっ、はあっ。」
ケアルの息が荒い、一方犬の方は変わることはない、ロボットであるが故に疲れる事はない。
両者が睨み合うケアルの手のひらにボウっと何か光の様な物が浮かび上がる。
「あれは?獣人族の魔法……でしょうか?」
ザンザルドがエルギオスの方を振り向く。
「はい、個体によって発現の仕方は様々な様ですが間違いないでしょう。」
それを見たロボット犬はジャキッと爪を出す。
「いけない、魔法を見てケアルを魔獣と認識したようだ!」
「いや、多分勝てそうもないので爪を出したのではないでしょうか?」
なぜか茫洋と答えるエルギオス、まるでこれからの展開が判るようであった。
「どちらにしても止めなければ。」
「まあしばらく待っていなさい、あの獣人族の能力は侮れない程高いですよ。」
エルギオスの言葉にザンザルドが指示を出すのをためらう、その間にロボット犬はケアルに向かって爪を振りかざして飛びかかる。
「アホウ、ビビって飛び上がんじゃねえよ。」
ケアルは二本足、犬は4本足、当然ケアルの方が姿勢が高い、飛び込んで来た犬の背中に抱き付くと一回転して犬の頭を地面にたたきつける。
「ぐぎゃん!」
4本足は常に背中からの攻撃には弱いのである。
犬はあきらめずに再び爪を立ててケアルにとびかかって来る。
今度は飛び上がらずに爪をむき出して来るがケアルは横っ飛びに飛んで犬の横腹に抱き付くとぐるっと回って犬の頭を地面に押し付ける。
そのまま犬を目よりも高く持ち上げるとパワーボムの様に思いっきり頭を地面に叩きつける。
「ぎゃうん!」
「すごい力ですな、あの犬だって80キロ以上有るのですぞ。」
「細身に見えるケアルの身体は驚くほどの力が出せるようだ。」
ふらふらしなから立ち上がった犬を上空に飛び上がったケアルの拳が襲う。
「ギャラクティカ………。」
ドカン!
「おお、なんと!」
「見事にめり込みましたな。」
ケアルの体重を乗せたパンチはロボット犬の頭を直撃し地面にめり込ませた。
「グギュッ!」
押しつぶされるような悲鳴を上げた犬は逆さのまま手足をピクピクさせてオブジェクトのように地面から突き立っていた。
「壊れましたかな?」表情を変える事無くトカゲがつぶやく。
「いや……結構ロボット犬は丈夫なものでして。」
そのままどさりと横に倒れた犬はゆっくりと起き上がる。しかし既に戦意は無く頭を下げてケアルの方に擦り寄ってくる。
耳が下を向き尾が股の間に入っている。
ケアルが手を上げるとごろりと横になって腹を見せる。
「あそこまで真似することもないでしょうが?」
「まあ……昔の人の作った……物なので……。」
やはり犬フェチの組んだプログラムだったのだろうか?
それを見た他の犬たちも耳と頭を下げてケアルに恭順の意思を示した。
ケアルは脱ぎ捨てた服を拾うとスクリーンを見上げる。
「どうでい、犬たちは俺の子分になったぜ。」
「いやいや、君の戦いは素晴らしかったよ。」
心の動揺を全く顔に出さずに拍手をして見せるザンザルドもなかなかのしたたか物である。
「んじゃ俺はここから出さしてもらうぜ。」
犬を引き連れてそのまま出口に向かって歩きだす。
「いや流石にそれは。」
見えない位置でボタンを押すザンザルドは麻酔銃作動させた。
隠れた場所から発射された注射器はケアルの背中に向かって飛んでいく。
ところがケアルは振り向きざまに服を薙ぎ払うと飛んできた注射器は弾き飛ばされる。
「おんなじ攻撃が2度通じるとでも思っていたのか?」
「す、すごいっ!気配だけで注射器を弾き飛ばしたのか?」
なぜか嬉しそうなザンザルド。
「犬耳族をなめんなよ。」
「君達があんな装備で外を生き抜いてきた理由がわかったよ。」
「外?なんの事だ?」
「君には関係ないことだよ。」
いきなりケアルの周囲でボンッボンッと爆発が起きる。
慌てて飛び上がって場所を変えるケアルで有ったが目の前の景色が歪む。
「すまんね、こんな場合も想定して用意はしてあったんだ、君のおかげでとても良いデーターが取れたよ。」
遠くでザンザルドの声が聞こえていた。




