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大競技場

1-023


――大競技場――


「何だよこれは?」

 初めてドアが空いたと思ったらドアの向こうにドアの幅と同じくらいの小さな部屋に椅子が一脚だけ置いてある、その向こうに部屋に有ったのと同じだが小さめのスクリーンがあった。


「やあ、ケアル君。すまないが君の体を調べさせて欲しいんだ、ついてはこの椅子に座ってはもらえないだろうか?」

 スクリーンにはザンザルドの姿があった。

「ばかったれ、なんでそんな事に協力しなくちゃならねえんだ?」

「先日の事を考えると素手とは言え君に直接会うのは危険なのでね、我々としても君を傷付けたくは無いし嫌なら麻酔ガスを流し込んで運び出してもいいのだが、それでは君の方も不本意だろう。」


「おめえ今さらっとドギツイ事言ったな。」


「我々としても君の能力を知らなくてはならないのでね、科学者の探究心だよ。」

「よかろう、ただしコイツも一緒だ。」

「その娘には別の試験を考えているよ、明らかに君ほど凶暴では無いようだし。」

「誰が凶暴だ!誰が!」

「まあ、防具を着けた兵士十人あまりを素手で病院送りにされた身としてはそれくらい用心するのも理解してもらいたいものだなんだがね。」

「そうなの?」

 ケアルがミゲルの方を見るとミゲルは黙ってうなずいた。


「まあその中の3人はそちらのお嬢さんの分だがね。」

 ケアルはミゲルが飛び上がりながら兵士たちを踏み潰していた光景を思い出した。

「そう言えばおめえ、良く相手に当てられたな。」

 逃げる以外は全く不器用な種族である、ケアルが呆れたようにミゲルを見る。

「アタシを捕まえようとわざわざ落下地点にやってくるからよ。」

 ミゲルは真っ赤になってプッと膨れる。


「どうかね?協力はしてもらえるのかね?」

「協力したら何をもらえる?」

 しっかりと報酬を要求するケアルである。


「要求によるが何を求めるのかな?」

「魔獣の肉!」

 ザンザドルが呆れたような顔をする。

「普通の肉なら提供できるが?」

 魔力の源泉が魔獣の肉に有ることは知られているのか?あるいは別の理由か?


「ま、良いだろう肉の塊をレアでたのまあ。」

「あたしには追加のカーテンをちょうだい。」

 少なくとも若い女性が男とひとつ部屋にいるのである、くつろげる空間を要求するのは当然であろう。

「わかった、すぐに用意する。」

 ケアルが椅子に座ると扉が閉まってミゲルは部屋に一人になる。

 ミゲルはドテッとベットにひっくり返る。


 久しぶりの一人なので大いにくつろぐ事にした。


 一方ケアルは椅子に座ると扉が閉じその部屋が動き始めるのを感じた。

 犬耳族の方向感覚は此処でも健在らしくミゲルのいる部屋の方向は常に感じていた、これならば何か有ってもすぐに戻れる。


「これから俺を何処に連れて行くつもりなんだ?」

 ケアルは目の前のスクリーンに映るザンザルドに話しかける。

「なに、只の体力測定だよ。何しろ君は我々の予想以上の身体能力を見せるものでね。時に聞きたいのだが君は君たちの仲間では特別な身体能力の持ち主なのかね?」

「おおよ、警備部隊期待の新星とはこのケアル様の事だぜ、そこいらの奴らと一緒にされたくはねえな。」

「期待の新星?つまりまだ初心者ということかね?」

 思いっきり突っ込まれ動揺するケアルである。


「ちゃうわい!そこいらのポンコツと一緒にすんな!」

「要するに君以上の身体能力を有する人間は他にもたくさんいると言うことだね。」

「ま……まあ、それは否定しねえよ。」

「あの女性はどうなのかね?やはり特別なのかね?」

「いや、ありゃポンコツだ、あいつに手を出すんじゃねえぞ。」

「大丈夫だよ君と違って私はそこまで若くは無いから。」

 若かったら手を出すのかよ?などと考えているうちに部屋が停まってドアが開く。


 ドアが開いた先は何かの競技場の様に見える。

「なんだ?此処はどっかの訓練所か?」

「いや、普段はただのレクレーション施設だ、屋内に有って全部のドアは閉まっているよ。出来ればなるべく壊さないでほしいものだと思っているよ。」

「さらっとまた物騒な発言をしやがるな。」


 競技場の反対の方を見ると扉が開いて何かが出てくるのが見える。どうも犬のようだが形がおかしい。

 競技場の上の方に大型のスクリーンが有り、そこにザンザルドの姿が映る。

「なんだてめえそんな所から見物かよ。あそこに出てきた奴らは一体何だ?」

「あれは犬を模した機械だよ、性能は普通の犬の数倍は有る。」


「噛み付くなんて言わねえよな。」

「ああ、無論噛み付くよ、普段は害獣の駆除に使われていてね、大丈夫君には優しく噛むように言ってあるから傷にはならないだろうと思うよ。ただ牙に魔法がかかっているから噛まれるとしびれるから気をつけてね。」

「そんな物を俺にけしかけてどうしようってんだ?」

 扉から出てきた犬は10頭ほどいた。形は犬そのものだがその体には毛が生えておらず目の部分はつるりとしたメガネの様になっていた。


「なに、大したことじゃないあの犬たちが君を追いかけるから元気いっぱい逃げ回って貰えればいい、なるべく怪我をしないように頑張りなさい。」

「てめえ!今度あったらただじゃ済まねえぞ!」

「そうだね、なるべく合わないように気を付けるよ。」

 その言葉とともに犬たちが一斉に吠え声を上げながらケアルめがけて走り始めた。

「わんっ!わんっ!わんっ♪」

 本物の犬と変わんねえなとケアルは思った。


 ケアルはすばやく周囲を見渡す、競技場と言うだけ有って地面はクッションを敷いた様な感じで道が出来ておりその周りには様々な形の器具が置かれている、おそらく体を鍛える為の物か競技とやらに使用する物なのだろう。

 競技場の周りには観客席のようなものがありどうやら此処で何かしらの興行を行えるようになっているみたいだ。

 とりあえずケアルは観客席を隔てる2メートルあまりの壁に飛びつくとすばやく登る、普通の犬であればこんな所まで飛び上がる事は出来ない。

 上を見ると出口のようなものが見えたのでそこまで走ると鉄のドアが閉まっている。


 ドンドンと叩いてみるが、この程度なら魔力を使えば破壊できるかも知れない。

「あ~、ケアル君ドアを魔法で破壊しても外にも同じ犬がいるからね、そっちは本気で噛み付くよ。」

 後ろの方からザンザルドの声がする。


 ちっ、こいつら兵隊より犬のほうが優秀だと思ってやがるな。そんな事を考えていたら後ろから犬達の声がする。

「なに?」

 犬たちは2メートルの壁を何の障害とも感じない程の高さまで飛び上がってケアルを追ってくる。

「冗談じゃねえぞ。」

 先頭の犬が牙を向いてケアルに飛びかかってくる、反射的に犬に向かって拳を繰り出す。


 ガツッという感じで手応えが拳に伝わる、かなり固いやはり生き物ではない。

 2番めの犬がケアルの足首に噛み付く、食いちぎる様な噛みつき方ではなく甘噛である、しかしビリビリしたしびれが足首を走る。

「ツツっ!畜生。」


 怪我はしないが非常な苦痛を感じる、これがさっきザンザドルの言っていた事らしい。これが嫌なら逃げろってか?

 噛まれた所は唾液に濡れていた、コイツら機械のくせになんでだ?という思いが頭をよぎる。

 先程殴った犬は平気な顔をして起き上がって来る、その間にも次々と犬たちは壁を飛び越えてきた。

 左右を見ると客席がずらりと並んでいる、犬たちはケアルを取り囲むように動いて来る。

「こういうのは兎耳娘の方が得意だろうがな。」


 ケアルは座席が固定されていることをすばやく見て取るとぞの上を走り始める。

 周囲の犬たちは4つ足なので座席の上は走りにくいと見たのか座席の間の通路に向かって回り込み始める。

 2本足のケアルは座席から座席に飛ぶように大股でぴょんぴょん飛び上がりながら走り続ける。

 ケアルの周囲を走っていた犬たちがケアルの方に向かってくるとケアルは方向を変え大きく飛び上がると椅子の列を下っていく。


 頭上を飛び越された犬たちは慌ててケアルを追おうとするが椅子の列に邪魔され通路を迂回する羽目になった。

 その間に観客席のフェンスの上に飛び乗ると再び競技場の中に飛び降りる。

 狭い椅子の間で右往左往していた犬たちもフェンスを飛び降りて来る。

 グラウンドの中は楕円のトラックになっていた。そこをケアルは走り始めた、犬たちは次々とフェンスを飛び降りるとケアルを追い始める。

 

「考えてみりゃあよう、おめえらが俺の事調べるように俺もコイツらの事調べられるんだよな。」

 トラックに沿って走るケアルの後ろを追いかけてくる犬たちでは有るがコーナーを回っても律儀に後を付いてきてショートカットしようとする犬はいない。

 やはりケアルの身体能力を調べる為であり捉える事が目的ではないという事である。

「そうとも、その為に競技場を利用しているんだからね、でもさすがに君が犬達よりも身体能力が高いとは思えないんだがね。」

 ザンザルドが余裕ぶっこいて発言してやがる、これは挑発だなとケアルは考えた。

 やはり此処でケアルの最大能力を見せるのはまずいと思った。なるべく力は隠しておいた方が逃げ出すときに有利だからである。


 ケアルは最大の半分ほどの速度で走る、この程度であれば数時間は走り続けられる。

「おお、なかなか足が早いんだね。」

 ザンザドルが感心したように言う。どうやらコイツラの基準では相当に早いと思われているようだ。

「でももっと早く走れるんだろう?見せてもらえないかな~?」

 後ろに付いていた犬の集団から1頭だけが速度を上げ抜け出して来る。


「ちっ、もっと早く走れってか?」

 犬は一度ケアルに並びかけ顔を見ると口を開けてニヤッと笑ったように見えた。

 そう思った次の瞬間ケアルに飛びかかると尻尾に噛み付いた。

「あたたたたっ!この野郎!尻尾はやめろ尻尾は!」


 ケアルがスピードを上げて逃げる、すると犬たちもスピードを上げる。

「やはり犬族なので尻尾に噛みつかれるのは嫌なようだね。」

「尻尾は犬耳族のアイデンティティだぞ!」

「これだけの速度で息も切らせないとはさすがだねえ。」

 このやろう、俺の全力を見極めるつもりか?そんなら犬の来れねえところに行ってやる。



 再びフェンスに飛び上がると観客席を駆け上がり外周部の壁に取り付いて壁を登り始める。

 ここなら犬の形態ではついて来れないだろう。

 思った通り犬たちも観客席に上がってくるが壁の下でウロウロしているだけである。


「いやいや、走るだけではなく足がかりの少ない壁の登攀能力と言いたいした運動能力だねえ。」

「恐れ入ったか!ここから飛び降りておまえさんの犬を踏み潰してやろうか?」

「それは兎耳娘に任せるとして、君はその高さから飛び降りても平気なようだね。」

「それがどうした!」

「それじゃ君を追っかけて見るよ上に行ったらどうなるのか?」

 すると一頭の犬の前足から大きく曲がった爪のようなものが伸びて壁に取り付く。


「なんだそりゃ?」

 そのままガシガシと壁をよじ登ってくる。

「犬もおだてりゃ木に登るのかよ、猫耳族におこられっぞ!」

 慌てて天井付近まで登ると外周部に作業用の通路が有る。

 そこを走り始めたのだが前の方の壁を別の犬がガシガシと登ってくる。


「挟み撃ちかよ。」

 天井から下にグラウンドが見えるがこの高さだと20メートル以上ある。

 目の前に天井を支える梁が有るので仕方なくそれに取り付くとそのまま梁の中を進んでいく。

「ちなみにそこから飛び降りる事は出来るのかね?」

 スクリーンに映ったザンザドルが非情な事を言ってくる。

「バカタレ死ぬわ、俺はムササビじゃねえぞ。」

「おお、ムササビも生き残っているのかね?」

「森には魔獣しかいないとでも思っているのか?普通の獣ともちゃんと共存してらあ!」


「その話は後でゆっくり聞かせてもらうとしてとりあえずその犬を倒さないと君に明日は無さそうだよ。」

 犬もまた梁の上を伝ってケアルの方に歩いてくる、後ろを見ると両側から犬が来ていて挟まれる格好になっていた。梁の中央の高さはは30メートル位は有ろうか?

「てめえの目的は情報じゃねえのかよ!」

「なに、君のような人間は生きてさえいれば寝たきりのほうが警備が楽だからね。」

「てめえ!ぜえってえに後でコロス!」


「わん♪」

 吠える犬の顔面に魔力を込めた拳を打ち込む。

 ケアルの魔法能力は手の先に魔力を込め貫通力を上げる、ケアルはこの技の名を高らかに叫んだ。

「貫通拳(ギャラクティカ・エクスプロージョン・パーンチ)!」

 ドカン!


 その時ミゲルの背筋に寒いものを感じて周りを見る。

 しかし今はケアルも連れて行かれこの部屋にはミゲル一人だけである。

「なに?今の悪寒は?まさかケアルの身に何か有ったの?」


 いえ、何でもありません、ただの黒歴史です。


お読みいただいてありがとうございます。

お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。

次回は金曜日の朝の更新になります。

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