ザンザルド
1-022
――ザンザルド――
「あ~っ、気持ち良かったぜ。」
ケアルはパンツ一丁でシャワー室から出てきた。
「あんた女性の前なんだから少しは考えなさい。」
「おお、そうだった、すまねえすまねえ。」
あわててズボンをはくケアル、こいつ絶対あたしの事を女と見ていないな。
ミゲルはまだ若く顔も十人並みには綺麗であった。
しかし異なる獣人の間では子供が出来ないことがわかっており若いケアルにとってミゲルは配偶者の対象にはなっていないのである。
無論交尾は可能であったし番になる者のもいた。その場合はどちらかの種族を養子にして育てるしかなかった。
女性とは見られていないことにいささかのプライドが傷つくミゲルである。
ケアルにしてみれは配偶者対象から外れたミゲルはただの保護対象者に過ぎない。
全力を以ってミゲルを守るであろうが恋愛対象にはなっていない。
「やっぱりどうにもふんどしでないと気合が入らねえんだよな。」
ズボンを履いたケアルはどうにもどこか不満そうにつぶやく。
突然台の上に設けられた窓のようなものが開いてそこに40代位の男が現れた。
「お、ようやく親玉の登場か?」
そのうち現れるだろうとは思っていたのでさして驚く風もなくケアルが答える。
「私は外部探査機関のザンザルドという。我々の欲する情報を提供してほしい、そうすれば君達の安全は保証する。」
男は人型の風貌をしていたが人間の種族的特徴である耳は無かった。この男の耳はかなり下の方に小さく付いている。
彼がどのような種族なのかについてミゲルに知識は無かった。
「ここはどこだ?俺達はいつ帰れる?その答えを聞いてからだな。」
「来たばかりでもう帰る算段かね?一応断っておくがそこの部屋は君の持つ魔力程度では破壊は出来ないと思うよ。」
あらら、こいつら俺たち狩人の特性を知ってやがるな。
「君達は男の方は犬族、女性の方は兎族で間違いはないのかな?」
ダメを押すように種族の事を質問するが今の人間の間ではこのような呼び方はされていない、逆に自分たちの知識の古さを露呈させていた。
「ふん、そういうあんたは何族なのか教えてもらえねえかな?」
「君達に必要以上の情報を与えると帰すことができなくなるのだが、それでも聞きたいかね?」
いかにも官僚的な物言いが偉そうであった。
「それじゃ聞き方を変えるわ、あなたは私達の敵なの?」
横からミゲルが口を出す、意外とこの女は男の後ろに隠れているだけの女ではないようだ。
「我々は敵でも味方でもない、できれば君達とはかかわらずに生きていきたいのだ。」
つまりアクシデントが有って我々とコンタクトしないわけには行かなくなったと言うことらしい。
「私としては穏便に情報を提供してもらえれば君達を帰還させる事にやぶさかではない。」
やり方はわからないが何らかの方法でミゲル達をさらって来たみたいであり、その目的が情報の収集で有るとこの男は言っている。
その後果たしてこの男は我々を本当に帰す気が有るのかどうかまではわからない。
ただ先程の話からどうやら長い間外の人間達と接触しておらずどうしても接触する必要が出来たと言う事なのだろう。
「なる程な、それで?何が聞きてえんだ?」
「すまんが君達の名前を聞かせてもらってもいいかな?話がしづらいのでね。」
「ああ?ああ俺はケアル、こいつはミゲルってんだ。」
「若い男女なので同室はどうかと思ったのだが……別室の方が良かったかな?」
いきなりケアルはミゲルを抱き寄せるとサムズアップをする。
「いやそれには及ばねえ、俺達はこういう仲だからよ。」
「ちょっとケアル、何言ってんの……。」
言いかけてミゲルも気がついた、二人が分けられたらケアルはミゲルを守れなくなると考えたのだろう。
「そ、そうね、一緒のほうがいいわね。」
そっと抱き寄せるケアルの手を解くミゲルである。
仕方がない、しばらくの我慢である。
なんとなくザンザルドがジト目で見ているような気がする。
「君達がいた場所なのだが、我々の仲間が消息を断った、その事について聞きたいのだ。」
ケアルとミゲルは顔を見合わせる。
「なんだそんな事か?わざわざこんな大げさなことをしなくとも聞きに来れば教えてやったのに。」
「それはすまなかった、しかし仲間が消息を断った理由が君達の攻撃で無いと確信できなくてね。」
「まあ、あんた達あんなに弱っちい仲間しかいないんじゃそれもわからなくはねえな。」
ミゲルはふと今の言葉に違和感を覚える。少なくとも人間同士初対面の相手を敵とみなす理由が無いのである。
現在は魔獣のお陰で良くも悪くも街同士の戦争は起きにくく、人間に敵対する物は魔獣しかいないのである。
無論無頼の輩はいるし犯罪者もいる、しかしそれよりもはるかに魔獣の方が人間に取っては脅威なのである。
それが何故この連中は仲間がいきなり我々に殺されたと考えたのだろうか?
「ま、それはともかく君達はなぜあそこにいたのかね?」
「ああ、実はあの付近で魔獣に襲われた人間がいてな、竜神様が一人救出して来たらしいんだが他にもいるかもしれねえってんで俺たちが捜索部隊を作って調査に来たんだ。」
「竜神とは一体なんだね?」
「知らねえのか?大きな竜の格好をして空を飛ぶ種族さ。」
男は納得したようにうなずく。
「それで?救助されたのはその一人だけかね?その救出された人物のことはわかるかね?」
「いや、俺達は緊急に集められてな、そこいら辺は何も聞いていねえんだ、ただ他に生き残りがいたら救出するつもりで来たんだが。」
「君たちは同じ種族でなくとも救出をするのかね?」
「はあ?何言ってんだ。あたりめえじゃねえか。あんたらは種族が違ったら見捨てるんか?」
ザンザルドはなんとも言えない様な顔をしていた。この連中は仲間でなければ見捨てるのだろうか。
「そうか、君達には感謝しなくてはならないようだな。それで?他の生き残りは発見できたのかね?」
「いや、何ヶ所か血溜まりを発見して遺品を回収しただけだ、魔獣の住む樹海の中だぞ生き残っているとも思えねえ。」
「あの人たちはあなた達が送り出したの?」
「……ああ…そうだ私たちが送り出した。」
男の目が泳いでいた、どうやらこの男が彼らを送り出した人間なのだろうとミゲルは思った。
「今回は運がなかったな、大型魔獣のいる森だぞ。なんで護衛を付けなかったんだ?」
それにザンザルドは答えなかった。
「聞きてえ事はそれだけか?」
「今一番聞きたかった事はそれだけだ、もう少し聞かせてもらいたい事も有るがそれは後ほどにしよう。君達をそこから出すことは出来ないが必要なものがあれば言ってくれ出来る事はなんとかする。」
「ふんどしを返せ。」
いきなりケアルが言う、最初の要求がそれかよ?
「ふんどしとはなんだね?」
「男の下着よ、タマを納める大事な物だ。」
横からミゲルがケアルのアタマをひっぱたく。
「そ、そうか。後で聞いてみるよ。」
ザンザドルがかなり引いているのがわかる。
「あと食事のことなんだけど、私は肉が食べられないのよ。」
「ん?」
男は何かを操作するような素振りを見せた。
「おお、これは申し訳なかった、この次は気をつけるようにするよ。」
そう言って男は消えた、どうやら兎耳族の情報は持っている様だった。
「いってえな、何をするんだよ。」
「女性の前で下品な事は言わないで。」
「男にとってはものすごく大切な事なんだぞ。」
「その男が私の前でオオカミにならないように気を付けてちょうだい。」
「ああ?オマエ俺と同室になったことを気にしているのか?」
「当たり前じゃない、オオカミと同じ部屋で寝起きするのよ。」
何故だか女を襲う男の事を種族を問わずオオカミと表現される事に犬耳族のケアルはかなり違和感を持っていた、ご先祖様は一体何をしてくれちゃってたんだろう?
「オマエ知らないだろう、野生のオオカミは博愛主義者なんだぞ。魔獣に襲われた人間の子供を守って育てるんだ。」
まあ、育てられた子供は犬耳族だったそうだから兎耳族を育てたかどうかまではわからないが。
「あの窓、気がついた?」
「ああ、窓じゃねえなどうやってんのかしらねえが幻を映し出してやがる。」
それでいてそこにいるかのようにケアル達と話をしていた。
つまり二人の話し声は好きなだけ彼らに聞かれていることを意味しているのだ、おそらく姿も見えているに違いない。
「アタシ達どうすればいい?」
「少なくともすぐに殺すつもりも無いようだ、情報を取った後の事はわからねえがな。それに思ったより待遇は良いみたいだしな。」
この連中がどの様な思惑で動いているのかはわからないがこの部屋は街の最上級のホテルよりも良い宿泊施設であることは間違いなかった。
「そうはいってもなあ、こんな所に閉じ込められていたら体がなまっちまうしなあ。」
その考えが杞憂であることは後日思い知らされる事になるた。
「ザンザドルさん確保した獣人達からなにか情報は得られましたか?」
ケアル達との通信を切ってもザンザドルの側のモニターは表示されたままであった。
そのザンザルドの後ろから声を掛ける者がいた。
「エルギオス殿、残念ながら彼らは魔獣に襲われた者達の救助に来た連中の様です。あまり多くの情報は持っていないようでした。」
ザンザドルが振り返るとそこにはかなり身長の高い竜が人間の服を着て立っていた。
「生存者は確認できましたか?」
「1名いるようですがそれが何者かまでの情報は得ていないようです。信じて宜しいでしょうか?」
「救助隊であればそういった事も十分にありえる話ですね。それにしても獣人達は十分に社会的生活を送っているようです、出動までに思った以上に迅速な動きをみせていますからね。」
竜は感慨深そうにうなずいた。
「当初は人類の介入がなくなれば原始時代に戻るとされていましたが、異種族間でも対立すること無く共同生活を送っているようです。とても喜ばしい事ですね。」
「しかし生存者の情報を得られないのは痛いですな。」
「それはこちらが送り込んだエージェントに託すしかありませんね、うまく立ち回れば生存者の救出が出来るかも知れませんし。」
二人はそこで言葉を切った。
数日間は何事もなく過ぎた。ケアルはミゲルに優しかったが決して手を出そうとはしなかった。
種族が違うとは言え多少は興味を持って欲しいという微妙な乙女心である。
一方ケアルはこの閉塞的な状況にもかかわらず全くへこたれること無くそこいら中を触りまくっている。
「おお~っ、このトイレ水が吹き出すぞ~っ。」
「なんだこの箱は?おお~っ?ボタンを押したら周り始めたぞ~っ。」
食事の時に一緒にふんどしが届けられた時には一瞬食事から身を引いてしまった。
いくら洗っているとは言えふんどしを食事と一緒に出すな。
あまつさえ戻ってきたふんどしを締めようとミゲルの前でズボンを脱ごうとしたのでドロップキックを食らわせてやった。
何故か奇跡的にケアルのお尻に当たったので部屋の反対側まで吹っ飛んでいった。
「う~ん、当たれば威力があるんだけどな~っ。」
「ま、奇跡を期待するよりは安全に逃げ回ってろ。あいつらは俺が素手で片付けてやるからよ。」
壁にぶつかって赤くなった鼻で振り返るとニカッと笑う。
優しいのか見捨てられてるのかわからない微妙な発言である。
それでも体をなまらせない為に警備部隊式格闘術の練習に汗を流すケアルである。
むさ苦しいことこの上ない。
警備隊式格闘術は素手で魔獣に襲われたときの護身に重点を置いたもので決して対人格闘術では無い。
柔よりは剛に振れており防御をせずに魔獣の急所を一撃で撃ち抜く打撃技を中心に組み立てられている。
そんな格闘術で殴られた此処の人間は可哀想に一撃でふっとばされていたのだ。
もっとも犬耳族や獅子族はそれでお互いを殴り合って魔獣に対する耐久力を上げる訓練をしている。
猫耳族は斥候なので攻撃よりはそれを躱す動きの訓練をするし、熊族は元々攻撃的ではないが天性の体の大きさと力の強さは獅子族の一撃すら耐える力があった。
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次回は火曜日の朝の更新になります。




