収容所
1-021
――収容所――
遺跡の調査に来たゼルガイア達の前に鎮座している卵状の物体を発見した。
異常な魔獣たちの行動とこの遺跡の関連性が疑われる時に現れた場違いの物体にそれを収容しようと考えるのは当然である。
卵に手を伸ばし持ち上げようとしたケアルの肩にミゲルが手を置く。
「待ってケアル!またあの音が。」
その声に一瞬動きを止めたケアルの周りに何か変な霧のようなものが広がるのが見えた。
「な、いかん離れろ!」
ゼルガイアの怒鳴り声が聞こえた、しまった!なにかミスを犯したのか?
そう思った刹那周囲の霧が晴れた。
ケアルとミゲルの周りには何十人もの男たちが何かを構えて立っていた。
「何だコイツラは?」
手に持っている棒のようなものは短槍か?新型のボウガンか?とにかく鎧を着込み兜を被っている、明らかに兵士の様に見えた。
「ケアル、後ろ。」
ミゲルの声に後ろを見るとなにか低い塔のようなものが立っていた。
ケアルの後ろの方でボンッと言う音が聞こえ尻に何かを突き刺された様な痛みが走る。
手を当てると確かに何かが刺さっていた。
「てめえっ、なにをしやがる!」
先端に針が付いた吹き矢のように見えた。
引き抜いたものを叩きつけるとそれを見た正面の人間が慌てて武器をこちらに向ける。
「きゃああああ~~~っ。」ミゲルが大声で叫んで飛び上がる。
それに気を取られた隙にケアルは男の武器を捻り上げる。
相手はあっさりと武器を取り上げられた、ケアルはそれを使おうかとも考えたが使い方がわからないのでとりあえずそれでぶん殴る。
男は吹っ飛んで動かなくなった。
なんだ?コイツ弱すぎねえか?
一瞬そんな考えが浮かんだが背後で人の動く気配がしたので振り向きざま体を寄せてぶん殴る。
一発でひっくり返って動かなくなる、周囲の男たちはひるんだのか動きが止まってしまっている。
こいつら狩人としての練度も低い、まるで兎耳族みたいな奴らじゃないか?
そう考えたケアルの背後でミゲルの叫び声が続く。
「ひええええ~~~っ。」
5メートルは飛び上がったミゲルの落下地点に男が駆け寄る、そのまま捕まえようと言うのだろう。
「いやあああ~~っ。」
ミゲルは駆け寄ってきた男の頭の上に落下しそのまま飛び上がる。下敷きになった男はその衝撃で動け無くなっている。
そんな情景を片目で見ながらケアルは男たちを次々とぶん殴っていく。
槍と予備の剣も装備したままだったが近接線では拳のほうが間合いが近くて使い良い。
それにしてもコイツら弱すぎるだろうとケアルは思った、何族か知らんが良く生き延びて来れたな。
ボンッ、ボンッと周囲で音がしてケアルが殴っている男たちもろともに吹き矢みたいなものが当たる。
あっちでは相変わらずミゲルが男たちを踏み潰している。
あと何人のしたらいいのかな?等と考えていたら突然ケアルの視界が歪んだ。
バタッと倒れたケアルの上から男たちが駆け寄って取り押さえる。
しかしケアルは完全に意識を失っていた。
「いやああぁぁ~~っ。」
相変わらずミゲルはぴょんぴょん跳ね回って犠牲者の数を増やしている。
「そこの女!おとなしく捕まれば手荒なことはしない、これ以上暴れるならこの男を殺すぞ!」
ケアルが捕縛されたのを見てミゲルも諦めたのか飛ぶのをやめてケアルの方に歩いてくる。
というよりここでケアルを見捨てて逃げてもミゲル一人では現在の事態の打開は出来そうにないという判断からである。
兎耳族は全般的に臆病ではあるが極めて理性的な判断を行える種族でもあった。
それ故に行政でも警備隊でも文官として重用されているのである。
男たちは揃いの兜に鎧を付けていたおそらく軍隊か警備隊のような組織のものだと考えられた。
なぜかミゲルたちに異変があった直後から待っていたように現れた以上周囲が消えてしまった……というよりミゲルたちが何らかの方法でここに連れて来られたと考えるべきであった。
そうなれば彼らの目的はミゲルたちの殺害ではなく情報収集であると考えられる。
ミゲルには全くと言行ってよいほど攻撃力はないのでケアルの無事がミゲルの保身にとっての最優先事項と言うことになる。
すなわちミゲルとケアルは一蓮托生、運命共同体なのである。
ケアルに打ち込んだ吹き矢のようなものに毒が仕込まれていたのだと最初は思った。
しかし担架に寝かされているケアルはすややかな寝息を立てている、どうやら人を眠らせる薬だったらしい。
男たちはミゲルの手と足に鎖のついた枷をつけると天蓋付きの馬車に乗せる。
足にまで枷を付けたのはまた飛び上がられるのを恐れたのであろう。
それにしても飛び上がって逃げ出したのに相手が真下にやってきてそれを踏み潰したというのははじめての経験であった。
この連中が何者か知らないがミゲルより鈍い人間がいるとは思わなかった。
ここの馬車には馬が繋げられてはいなかった何やら聞き慣れない騒音が聞こえるがそれが馬の代わりに馬車を動かしているのだろう。
天蓋の隙間から外を観察する。捕まった場所は開けた牧草地の様な場所であった。
しばらく走ると広々とした場所に出る。そこに何やら繭のような恰好をした物が置かれてる。
繭の上にキノコの傘を2つくっつけたような珍妙の恰好をしていた。
兵士たちはミゲルを抱えるとその繭の中に押し込む。
中には座席が有りベルトで座席に縛り付けられる。
ケアルはタンカのまま運び込まれやはりベルトで縛り付けられた。
ベルトを引っ張ってみるとかなり緩い、どうやらこのベルトは体を拘束する為の物では無い様だ。
ドアを閉めるといきなり上に引っ張り上げられた。
窓を見ると地上がみるみる小さくなり、これは飛んでいるのだと気が付く。
窓からは広大な牧草地帯とその周辺に存在する山や森が見える。
所々に人家と思われる大きな集落が見えた。この牧草地帯に存在する町であろう。
かなり長い間飛行を続けその間ずっと医者と思われる人間がケアルの容態を見ていた。
途中に何か非常に大きなモニュメントの様な物が集合した場所が見える。
モニュメントにしては形がおかしいのでこれは建物では無いかとミゲルは考えた。
建物で有ればあれがこの連中の街と言う事になる。
あれが建物とすればいったいどの位の人間が住んでいるのだろうか?
この連中があの遺跡を作ったと考えればこの程度の物は作るだろう。
建物の周囲には高い塀が見える、ここの人間も魔獣に怯えて生きている様である。
運ばれている最中にもミゲルは冷静に情報の収集に努めていた。
◆
「あれ?ここはどこだ?」
ケアルが目を覚ますと隣のベッドにミゲルが座っていた。
寝ているベッドはやたらに寝心地が良い、もう一度寝るかと思って寝返りを打つ。
「バカ!なに二度寝しようとしているのよ!」
ミゲルの声ではっと思い出すとガバッとベッドから起き上がる。
「ここはどこだ!」
ミゲルを見て大声を上げる。
「わからないわよあたしたちを捕まえた連中のアジトよ。」
部屋は10メートル四方位でベッドが2つあり壁には大きな窓が有ったが扉が閉められているらしく外は見えない。
ベッドの周囲はカーテンで仕切られておりどうやらこの部分だけはプライバシーが保たれている様である。
窓の下には机のような出っ張りがあり、部屋の隅には扉が有った。
他に家具としては簡易なテーブルと椅子が2脚有るだけであった。
ケアルはベッドから降りて自分の格好を見る、装備は完全に剥ぎ取られ全く違う服を着せられていた。
「畜生、全部持っていきやがったな。」
立ち上がってみると妙に収まりが悪い。
「あれ?もしかして。」
ケアルはズボンを思いっきり下げる。
プランと一物が揺れている。
「畜生!ふんどしまで持っていきやがったのか!」
パンツの概念がないのでパンツぐるみズボンを下げてしまったケアルである。
「あんた!」
ミゲルはいきなり飛び上がると足を向けてケアルに飛びかかってきた。
しかし狙いが数れてケアルの横を飛んで行き反対側の壁にぶつかって落ちる。
「お、おい大丈夫か?」
「そ、そんな汚いものいつまでぶら下げているのよ!さっさとしまいなさい!」
「おお?すまんすまん。」
慌ててズボンをたくし上げるケアルである。
プリプリしながらミゲルがベッドまで戻ってくる。
「あ~、もしかしたらとは思うんだが、今俺にドロップキック食らわせようと思わなかった?」
プン!と後ろを向くミゲル。
ああ、やっぱりか。
改めて運動神経が壊滅的な兎耳族の本領を見てしまった。
「それにしてはお前俺たちを捕まえに来た連中を何人も踏み潰していたな。」
いくらミゲルが軽くても5メートル上空から落下されたらたまらないだろう。
「あれは勝手にあたしの落下地点に来るからよ。」
「もしかして連中の運動神経も壊滅的だったと言いたいのか?」
「うるさい!」
ミゲルは枕を投げつけてくるがこれも的を外してケアルには当たらない。
この娘よりも運動神経の悪い兵士なんて存在するのか?
枕を拾ってミゲルのところに持ってくるとケアルはニッコリと笑ってサムズアップする。
「大丈夫!何があろうと俺がお前を守ってやるからよ。」
ニカッと笑った口の大きな犬歯がキラッと光る。
いや、一度それに失敗した実績があるのだが、とミゲルは思った。
「うん、たよりにしてるよ。」
ニコッ笑い返すミゲルである。
若い女性の笑顔は若い男をやる気にさせることをこの娘は知っていた。
ぐううう~~~~っ。
ケアルの腹が盛大な音を立てる。
「腹が減った、そろそろ晩飯の時間だな。」
「あんたこんな状況でもお腹が減るのね。」
「おおよ、猟師はいかなる所でも飯を食う、肉を食わなきゃまりょ……。」
「シッ!」
魔力が出ねえと言おうとしてたのをミゲルが遮る。
「ん?なんだ?」
ミゲルはケアルを凝視してアタマを振る。
その行動を見てケアルは何かまずいことを言ったと感づいた。こういった事は兎耳族のほうが気が回る。
「奴らが聞いている。」
狩猟隊で使用するハンドジェスチャーで意思を伝える。
「ああ、そうか……。」
どうやらミゲル達を捉えた者たちの目的は情報収集らしい、その目的が判るまではうかつに情報を漏らすのは得策ではない。
当然兎耳族のような者が聞き耳を立てていると考えたほうが良い。
もし彼らに必要な情報を渡してしまえば最悪処分される可能性も有るのだ。
ここに連れてこられるまでの間ずっとミゲルは彼らと自分たちの状況を考え続けてその結論に至った。
痩せても枯れてもミゲルは兎耳族であった。
「どうやら俺が寝ていたのは6~7時間くらいみたいだな。」
腹時計だけではない獣の血の混ざったケアル達にはかなり正確な体内時計が働いているのだ。
「だいたいその位ね、あんたに打ち込まれたのは麻酔薬みたい、普通の3倍位打ち込んでやっと寝たと言ってたわ。」
ミゲルには彼女を捕えた連中の言葉が判った。少し訛ってはいるが人間達の標準語であったからだ。
「ああ?いきなり周囲の景色が歪んでぶっ倒れたような気がしたがそれが原因か?」
「つまり彼らは私達を最初から無傷で捕らえるつもりだったということと、あそこに連れて来られたのは偶然じゃ無いって事ね。」
何者かが罠を仕掛けてここに連れて来たと考えた方が良いであろう。
「そういやここはどこなんだ?」
「わからないわよ、ただ私達が捕まえられた場所から7~800キロは離れていると思うわ。」
「何か乗り物で運ばれてきたのか。」」
「空を飛ぶ繭みたいなもの、私達の知らない技術でしょう。」
「そりゃすげえな、一体あいつら何者なんだ?人間のようには見えたんだがな。」
「確かに人間よ。ただものすごく弱いみたい。」
「おおそうだな、俺も殴ったらあまりにも弱いのであっけに取られていたんだ。」
「あれじゃ私達の所じゃ生きては行けないわね、もしかしたらここでは狩りをしないのかもしれないわね。」
そんな話をしていると窓の下の台がブザーのような音を立てる。
見ると台からなにか引き出しのようなものが出てきてそこに何かが乗っている。
どうやら食料らしい。
台を見ると緑色のボタンが有ってそこを指の形の絵が書かれている、どうやらそこを押せと言うことらしい。
試しに押すと引き出しが引っ込んでいく。
「あっ?」
慌ててもう一度押すとまた出てきた。
出てきたものを取り上げると引き出しの上に食器らしきものを入れるような絵が書かれていた。
どうやら食い終わったらここに入れろと言うことらしい。
隣には小さな扉がありそこには手が何かを落とすような絵が付いていた。
どうやらここはゴミ箱らしい。
二人は食事をテーブルに運んで中身を見る。
「ああ~っ。」
ミゲルが悲しそうな顔をした。
肉の入ったシチューのようなものに肉を固めたようなもの、それに卵を混ぜた野菜とパンのようなものであった。
ミゲルのような兎耳族は肉を消化する能力が弱い。
それは卵も同じようなものであった。
大丈夫だ、俺の野菜を全部やる、肉をこっちによこせ。
二人で食事前に一生懸命食材をより分けた。ミゲルもアレルギーではないのでスープ程度であればなんとか消化は出来る。
ケアルは犬耳族だけに肉は大好物である。
二人で差し向かいになって食事をする。はっきり言ってかなり美味しかった。
「なんか意外なほどに美味しいわね。」
「ああ、魔獣以外の肉も結構うまい物だな。」
食事にはスプーンとフォークが付いていた。ここにいる食事の仕方は我々と同じだと見える。
「しかし弱っちいフォークだな、これじゃすぐ壊れちまうぞ。」
多分武器として使えない様に考えているのかもしれない。
もっともケアルの力ならばこの程度の食器でも十分な威力を発揮するだろう。
「それで、あなたの力は?」
無論ここで言う力とは魔力の事である。武器が無くとも武器の代わりになる魔力があれば対処の方法は残されている。
ただ体内に蓄積された魔力は時間とともに減少する傾向があり、焦ることはない物のそうそうのんびりもしてはいられない。
おそらく魔力を使えばこの部屋からの脱出は難しくはないだろう、ただしその後の手段が無い。
いずれにせよとにかく情報が必要だ。
焦らず、恐れず、諦めずになんとしてもミゲルだけは帰してやらなくてはならない。
それがケアルという男に与えられた使命である、何しろ憧れのゼルガイアから直々にミゲルを守るように命ぜられたのだから。
もっともその後の襲撃ではミゲルは大丈夫だから魔獣と戦えと言われたのだからゼルガイアもたいがいである。
いずれにせよここはケアルの男をかけての舞台が提供されたのである。
ここで張り切らなくては男がすたるというものであった。
「ねえ、ケアル。これ何かしら?」
「え?な、なに?」
「この容器みたいなやつ、食べられるのかしら?」
半透明な容器の中に入った物が食事の横に置いてあった。
舐めて見るが味がしない。
「どうやらこの容器に封印されているみたいだな。」
ケアルはかじってみた。
犬歯を突き立てられた容器には穴が開き中のものが見える。
「甘いな、果物じゃないが果物に近い匂いがするが、多分偽物だな。」
ケアルは容器を噛み破りながら中のものを食べる。
ミゲルはじっと容器を見ると蓋の開け方が図示されている。
「こうやって開けるんじゃない?」
ミゲルは蓋の部分を開けると中にはゼリーが詰まっていた。
「これをスプーンで掬うみたい。」
ケアルは渋い顔をしていた。
「次は気をつけような。」
「あ、でも美味しい!街にも似たようなものは有るけどこんなに洗練された味にはなっていないわ。」
流石に女性である、甘いものにはこだわりが有るようである。
食事の質は文化程度に比例するという話を聞いたことが有る、衣食足りて人間は美食を求めるものらしい。
そう考えるとここの連中の文化度はかなり高いと考えて良いのかもしれない。
食事が終わり台の部分に食器を乗せると中に引っ込んでいく。
ケアルが目覚めお腹がいっぱいになったミゲルは安心したのでベッドに横になる余裕が出来た。
隣のベッドではケアルが後ろを向いてズボンをずらしていた。
「あんたなんか変なこと考えているんじゃないでしょうね、言っとくけどここの連中絶対どこかからアタシ達覗いているからね。」
「いや、下にどんな下着を着ているのか気になってな、なんか普通のズボンを薄くしたような物を履かされているな、ここの連中はみんなこんなのを履いているのかな?」
「多分そうなんじゃないの?」
「おめえの下着も同じようなものなのか?」
ケアルが後ろを向いたまま尋ねた。
「どうでもいいでしょう、それよりそんな物見たけりゃそこのドアがトイレになっているからそこでじっくり見てくればいいでしょう。」
ミゲルは此処に入れられる前に自分で着替えをさせられたからどんな物を着ているのかは判っていた。
まさかビキニパンツだとは言えない、穴の開いていないパンツだと尻尾をうまく出すことが出来ないのでビキニパンツになったのだ。
「おお、そうか。それじゃ入って来るか。」
部屋の隅に有る扉に入ると便器が置いてある。隣には流しがあり反対側には簡易な扉が付いていた。そこはシャワールームであった。
「おおっ、すげえ!ここはお湯が出てくるじゃねえか!」
トイレからケアルの声が聞こえる。
「あ、そう。良かったわね、ちゃんと耳の後ろも洗うのよ。」
お湯を浴びるのは街でもまだ非常に贅沢な物であった。それが捕虜になった場所で使えるとは考えてもいなかったからだ。
ここの連中はかなり文化度が高い、野蛮な蛮族では無さそうである。ミゲルはそう判断した。
その頃ケアル達を監視していた男は2人の行動を見て感心していた。
「もっと野蛮な連中かと思っていたが、どうしてどうしてなかなか理知的な行動を取るじゃないか。」
お読みいただいてありがとうございます。
お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。
次回は金曜日の18時頃更新になります。




