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竜守の巫女

1-002


――竜守の巫女――


 お父さんが周囲の様子を見に飛び立って行った。


 キララは子供を抱いて様子を見ている。子供は白く長い髪をした10~11歳位の女の子で有った。

 身体にぴったりした白い上着にスラックスを着用し革の長靴の様な物を履いていた。


「キララその子を離すな。」

 お兄ちゃんがキララに寄り添って来る。

 周りを見ると逃げ出していた魔獣たちが戻ってきていた。

 藪の中に隠れながらこちらを覗いているのが判る。

「囲まれてるわね、何故コイツら戻って来たのかしら?」


「キララ、その子を守って!お兄ちゃんの後ろから出るんじゃないぞ。」

 コイツら僕の事を小さいと思って舐めているんだ、目に物を見せてやるさ。

「うん、お兄ちゃんに任せた、あたしはこの娘を守ってる。」

「よ~し、コイツらに生まれて来た事を後悔させてやる、お兄ちゃんの頼りになる所をみていろよ。」


 突然藪の中から魔獣が飛び出した。

 猪に似た魔獣だ、下あごから牙が大きく飛び出していて一直線に二人に向かって突っかかって来る。

「このおおお~~~っ。」

 お兄ちゃんが思いっきりパンチを出すとまともに鼻面に当たり魔獣がふっとぶ。

 それを皮切りに四方から様々な魔獣たちが二人にとびかかって来る。

 パンチで殴りつけ尻尾で跳ね飛ばし足で踏み付けにする、お兄ちゃんは獅子奮迅の活躍で有る。

「どうだ!お兄ちゃんは強いだろう!」

 キララの前でガッツポーズを決めてキララを振り返る。


 そのキララの後ろからウサギの様な形の魔獣がとびかかって来るのが見えた。

「あぶな……い……。」

 と叫ぼうとしたらキララは子供を抱いたまま振り返りもせず尻尾を一閃させて魔獣を跳ね飛ばした。

「なに?お兄ちゃん。」

 キラキラした眼で僕を見返して来る、その目がすごく可愛いい。

「い、いや……なんでも……ない……。」

 そう言ってる間にも後ろも見ずにぶっ飛ばした魔獣に対し尻尾を何度も叩きつける。


 コ、コイツ意外と容赦ないな……。


 しかしおかしい、なぜこれだけ痛い目を見ながらコイツらは逃げ出さないのだろう?

「お父ちゃ~ん、戻ってきて~っ。キララすご~く危機一髪なの~っ。」

 キララがお父ちゃんを呼んでいる、やっぱり女の子なんだ。

 その間もキララは後ろから襲い掛かる魔獣を何度も尻尾で叩き伏せる。


 お前発言と行動が一致していないだろう。


 よし此処はお兄ちゃんの威厳を見せつける所だ。

 お兄ちゃんは正面の魔獣に対してブレスを見舞ってやった。

 そのままぐるりと周囲の魔獣に対しブレスを吐き続けると炎は舐めるように魔獣達の群れを包んでいく。


「バカ!何やってんのお兄ちゃん?そんなことしたらこの子が死んじゃうじゃない!」

 気が付くとブレスのお陰で周り中が火の海になっていた。

 慌ててキララの方を向き直るとキララは既に子供を抱えて飛び上がっていた。

 その後ろには10匹以上の魔獣が伸びていた。

 なにこれ?全部キララが尻尾で倒したの?


 お兄ちゃんの面目丸つぶれである。



「お父ちゃ~ん。」と言う子供たちの呼ぶ声が聞こえる。

 振り返ると子供たちのいた場所から煙が上がっていてその中に二人いるのが見えた。

 それにしても風向きも考えずにブレスを使うとは相変わらず未熟者じゃな。


 すぐに戻ってみるとキララが子供を抱いてこちらにヨチヨチと飛んで来る、やたらに遅い。

 二人のいた場所には死んだかどうかわからんが累々と魔獣が倒れている。

 他の魔獣も炎に追われている様だが、逃げ出さずまだ周囲をうろついている奴もいる。


「ふむ、それでも少しは強くなっているようだな。」

 いささか子供の成長を嬉しく思うお父さんである。

 そう思いながらさっき倒した大型の魔獣の所に行くと後ろ足で掴みあげる。

 魔獣達はワシに恐れをなして一旦は引くが周囲を囲んで逃げることもない。

 なんじゃろう?普段はワシの姿を見ただけで逃げ出す連中が今日に限って集まってきよる。


 魔獣を掴んだまま飛んでいるキララの所に行く。

 そこへお兄ちゃんも獲物を掴んで飛び上がって来た。

「お父ちゃん、この子が気がついた。」

「う~ん。」

 キララの腕の中で子供が体を動かす。


「どれどれ、怪我はしていないか?」

 ワシは飛びながら子供をよく見ようと顔を近づける。

 目を開けた子供はワシの顔を見たようだ、良かったあまり怪我はしていないようだ。

 ワシは子供を安心させようと目いっぱいの笑顔を作ってやった。


 子供は目を大きく見開いたように見えたがそのまままた寝てしまった様だ。

「魔獣に追いかけられて疲れておったのか?寝てしまったようだな。」

 キララが可哀想なものを見る目でワシを見る、ワシなんかしたのか?

「お父ちゃん、お父ちゃんがそんなに顔を近づけるからこの子がまた気を失っちゃったわよ。」

 娘が我を睨みつける。


「いや、ワシその子の様子を見ようとしただけなんじゃが。」

「わざわざ歯をむき出して脅かすなんて信じられない。」

「あ、いやワシ少しでも笑顔を作ろうと思ってだな……。」

「ふううう~~っ、まあ家には鏡がないからな~。」

 キララは諦めたようにため息を付く、なにそれものすごい失礼な事を言う娘だね。


「それよりお父ちゃん、早くここから離れようよ、キララがこの子を抱いて飛んでいくから。」

 ワシは人間に触れた事は無い、力が強く細かい動きが出来ないので人間に触れるのは非常に危険なのだ。軽く触れただけで大人一人が吹っ飛びかねないのだから。

 だからワシら大人の竜は街に行く事も出来ない。

 ちょっと触っただけで家でも何でも壊れてしまう、どこでどんな事故を起こすかわかった物では無いのだ。

 しかし子供たちの方はまだあまり大きくないので街に降りていって人間の子供たちと遊んでいる様である。

 それ故人間の扱いには結構慣れているようだ。

 そういえば小さい頃は学校にも行っていたような気がするが、いつやめたのかな?


「いや、お前一人ではその子を落とすかもしれん、お前はその子を抱いたままお父さんの背中に乗りなさい。」

「うん、わかった。」

 子供を抱いたキララを背中に乗せるとワシらは獲物を足で掴んだままその場を離れた。

 魔獣の重みに娘の重みが加わって来るがまあこの位なら大した事はない。これでも無敵の竜じゃからな。

 意気揚々と獲物とキララを乗せてスピードを上げる。


「あまりその娘を風に当てんように気をつけてな、人間はワシらと違って脆弱じゃからな。」

 キララは子供をかばうようにお父さんに背中を向けて乗っている。

「うん、気をつける。」

 キララは子供を自分の懐に囲い込んで体温を奪われないようにしているのだ、聡明な娘である。

 「大丈夫よお父ちゃんじゃないんだから。」

 そんな娘の声が聞こえたような気がするが……うん、きっと風の音だ。

 後ろの方からお兄ちゃんが自分の仕留めた魔獣をぶら下げてついて来る。

 小型とは言え自分の体と変わらない位の大きさだ、この子も結構力が付いてきたようだ。


 帰りながら下の森を探っていく、この子の仲間が生き残っているかもしれない。

 しかしそんな事はただの気休めであり希望的観測でしか無い。

 あの惨状から逃れてきただけでこの子は奇跡的な幸運だったに違いない。


 家に帰るとお母さんが料理の用意をして待っていた。

「あらあら、立派な獲物を取ってきたわね、おや、お兄ちゃんも今回は仕留められたのね。」

 解体場に獲物を落とすと家の方にすぐ向かった。


 家と言っても山の山頂に石畳をしつらえただけのものでしかない、竜族には固い鱗があり雨露を凌ぐ必要など無いのだ。

 石畳にしてある理由は人間に取って掃除をしやすくする為の物でもあるのだ。

 周囲は高い木々に囲まれ俺等のプライバシーも十分に守られるよう配慮されている。

 巣を整備することにより竜に来てもらえるのであるから、人間は喜んで我々の巣を綺麗にしてくれる。

 その程度の事で魔獣から守ってもらえるのであれば安いものだからである。


 巣の端っこに大きな木のゲートが組まれておりその下は勾配の付いた石畳になっている。

 お父さんが狩ってきた大型魔獣グリックは軽く1トンを超えていたがお母さんは獲物の両足を10センチはあろうかという太い縄で縛ると片手で持ち上げて梁から吊るす。

 鼻歌交じりに前足の鋭い爪で獲物の頭を切り落とすと首から血が流れ落ちる。

 血は勾配を取られた溝に流れ込み溜桝に流れ込む。

「ガルルオオォォォ~~~~ッ」

 お母さんが遠吠えの様な叫び声を上げる、こうすると竜守たちが獲物の解体にやって来る事になっている。


「お父さんどうしたの?キララを背中に乗せるなんて珍しいわね。」

「途中で人間の子供を拾ってな、仲間はみんな殺されたらしい。」

「ああらいやだ可哀想に、それで何族の子供なの?」

 そう言われれば怪我の有無しか気にしていなかったので種族まで見てはいなかった。

「いや、まだ良く見てはおらん、いずれにせよ巣の掃除をする作業小屋に仮眠用のベッドが有っただろう、そこに寝かせてやりなさい。」

「わかったわ、それと巫女のサキュアちゃんを呼んだほうがいいと思うわ。」

「そうだな、すぐ呼ぶことにしよう。」

 ワシは口を細くして点に向かって小さな火の玉を吹き出す。

 炎の塊が空中に飛び出し上空で小さな爆発を起こす。


 これが下にいる社の竜守の巫女を呼ぶための合図になっている。

 キララは子供を抱いて作業小屋に入っていく、この子ならなんとかこの子供をベッドに寝かせられるだろう。

 作業小屋はかろうじて子供たちが入れる程度の大きさで、巣の端っこに建てられていた。

 我は小屋に入るどころか顔もドアを通りそうもない。


 作業小屋は巣の清掃などの作業の道具を入れる為の物であり巣の端っこに建てられているのだ。

 時々遅くまで作業をする場合もあるので粗末な2段ベッドがしつらえて有るのを見た事があった。

 キララは子供をベッドに寝かせていた、本当は服を脱がせたり怪我の確認をしたいのだろうがキララも竜族故にあまり手先が器用ではないのだ。

 その上に鋭い爪も有るのでうかつに子供に触ると怪我をさせかねない。

 そう言った細かい作業をさせる為に竜守の巫女を呼んだのである。


 竜守の巫女は代々竜のやしろの宮司の一族から選ばれる女性である。


 その仕事は主として我等竜族と人間達の調整役としてある。

 領主や商人等の様に利に聡い者たちに竜神の利権を独占させないための橋渡し役となっている。

 聡明で竜人の利益を第一に考える人間がそれに当たる、なにしろ竜に嫌われれば国が亡ぶのであるからその立場は正に神聖な物とされていた。

 この巫女に当たる人間が己が利益を考えたが故に竜に逃げられた話は多々聞かれその人選には非常に注意を払われている。


 しばらくするとたったったと軽やかな足音が聞こえ12、3歳位の少女が階段を駆上がって来た。

 竜守の巫女である。この仕事に就くために幼少より仕込まれてきたが先代の急死により昇格したばかりの少女であった。

 少女は片膝を付くとお父さんに向かってこうべを垂れる。

「緊急の呼び出しを受けまして参上いたしました。祖父は高齢故しばらくのご猶予を願います。」

 固い言葉遣いで有るが涼し気な目に強い意志の力を感じる。聞くところによればかなりの美少女との事である。

 ワシ?ワシ竜だよ、人間の美醜なんてわかる訳無いじゃん。


「あ、そう。いいのいいの、お爺さんお年寄りだからいたわってねあげてね。」

「もったいないお言葉、祖父もお父さまに感謝いたす事と思います。」

 幼少時から教育のせいかすごく態度が固い、もう少し子供らしくすればいいのにとも思うお父さんである。


「固い事はいいけどね実は狩りに行って子供を拾ってきちゃったんだよ。」

「子供を拾った?この町の人間で御座いましょうか?」

「そこまでは判らんのよ。北の森に行ったら子供が魔獣に追いかけられていてね、近くに大勢が魔獣に食われて死んでいたんだよ。」

「なんと!?その子に怪我は?」

「判らないからあんたたちを呼んだんだよ、こういう事はワシらには難しくてね。いま作業小屋にある仮眠用のベッドに寝かせてあるんだよ。」


「わかりました早速拝見いたします。それで、その時の犠牲者は何人程?」

「みんな食われちゃって残骸しか残っていなくて良くわからないんだ。だから捜索隊も一緒に出して欲しいんだよね。」

「委細承知いたしました。先程呼び出しの遠吠えが有りましたから竜僕の者達がじき到着いたすでしょう。とりあえず子供の様子を見させていただきます。」

 少女は足早に作業小屋の方に向かっていく。

 作業小屋ではキララが子供の様子を心配そうに見ていた。この子は心の優しいお父さんの自慢の娘なのだ。


「失礼いたします。」

 サキュアは小屋の中に入ると子供を見ているキララの前に出て様子を見る。

 そこに寝ていたのはサキュアより少し年下の10歳前後と思われる位の大きさの女の子供であった。

 白い長い髪をした少女で軽い上着にズボンをはいている。

 体のあちこちに泥が付いており魔獣に追いかけられていた事をうかがわせる。


「服がかなり破けています、まるで刃物で切ったような傷が………。」

 あ、それアタシだとキララは思った。少女を抱えて戦ったので前足の爪が少女を傷付けたに違いない。

「幸い服の下の傷はかすり傷程度です。キララ様よくこの娘をお守りくださいましたな。」

 違うとも言えないのでキララはとぼける事に決めた。


「それにしてもこのベッドのシーツは汚いですね。」

「ああ、時々竜僕の方がお休みになっているベッドみたいですよ。」

 藁の床にシーツをかけただけのベッドで有る、仮眠用なのであまり気にすることも無かったのだろう。

 サキュアは渋い顔をした、こんなベッドでは傷が悪化してしまう。


 サキュアは傷を確認するために上着を脱がし始める。

 ふと視線を感じて後ろを見るとお父さんとお母さんとお兄ちゃんが心配そうに外から中を覗いている。

 何しろ竜は大きいのだ、立ち上がると家の煙突よりも背が高い、顔ですら作業小屋の入り口から中に入る事は出来ない。

 お兄ちゃんは小さくても小屋の天井より高いので横から顔を出して中を覗いている。

 一番小さなキララだけはかろうじて中に入れるが立っていると天井に頭が当たる。


「女性が着替えますので、殿方はご遠慮下さい。」

 サキュアは咳ばらいをすると振り向かずに言った。

「そ、そうか助けたのは女の子だったのか?」

「おほほほほ、そ、そうね女の子が着替えるんじゃ見ていたらいけないわね。お父さん、お食事の用意でもしましょうね。」

「ほれ、お前もいくぞ。」

「あ、父ちゃ~ん、キララだけずるいよ~っ。」

「馬鹿たれ、キララは女の子だ。」


 お父さんはお兄ちゃんの首根っこを掴んでズルズルと引きずって行く。


お読みいただいてありがとうございます。

お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。

次回更新は火曜日の朝です。

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