豚の皮を被った獅子
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――豚の皮を被った獅子――
熊族の盾持ちはジリジリとお兄ちゃんに近寄っていく、その間にも犬耳族と猫族の若者は遮蔽物から遮蔽物へすばやく移動していった。
犬耳族も早いが猫耳族の移動はもっと早く目にも止まらない位である。
お兄ちゃんが大きく息を吸い込む。
「退避!魔法が来るぞ!」
獅子族の男が大声で叫ぶ、どうやらこの男が隊長の様である。
お兄ちゃんが口から炎を吐き出す。
「うわっ、お兄さんが炎を吐き出したわ、みんな大丈夫かしら?」
「大丈夫よサキュアちゃん、見た目だけでそんなに温度を上げていないから。」
それを聞いて安心したサキュアであったが、杞憂をよそに全員が岩や木の影に隠れて炎をやり過ごす。
炎が出きった所で獅子族の男が盾の後ろから飛び出しお兄ちゃんから一番近い岩の影に隠れる。
それに気がついたお兄ちゃんは再び岩にめがけて炎を吐き出す。
獅子族の男は頭を下げて炎をやり過ごす、炎が止んだ時点で飛び出す気なのだろう。
「うわっちっちっ!!」
獅子族の男が岩から飛び出す。
「ばかもの!頭隠して尻尾隠さずじゃ!」
見ると飛び出した獅子族の尻尾の先の毛が燃えている。
ゲルドが手を振るとその先に竜巻が出来て獅子族の所に飛んで行き尻尾の先の炎を吹き飛ばす。
獅子族の男は必死の形相で周りに置かれていたバケツに尻尾を突っ込むとふうっため息を吐き出した。
「グンザル!お前は死亡!失格じゃ!後で今回の反省文を訓練所長宛てに提出しておけ!」
先程までとは全く違い恐ろしいほどの迫力のある物言いであった。
「は、はい。」
獅子族の男は耳をしおらせうなだれながら退場していく、尻尾の先の毛は綺麗になくなっていた。
「おじさん魔法使いだったの?」
「ゲルドさんといえば昔は警備隊一の魔法の使い手だったのよね。」
キララは子供とは言え長生きしているだけ有り、流石にゲルドの事を知っているみたいであった。
「いやいや、これでも怪我をする前はゼルガイアの魔法の教練をした事も有りましてな、前線に出られなくなってからは運動不足で太ってしまいましたが……。」
人の良さそうな笑顔で苦笑する、太った獅子は唯の豚ではなかったようである。
グンザルの退場で中断された訓練はそのまま犬族のサブリーダーが継続して続けられた。
「がお~っ、燃しちゃうぞ~っ。」
周りを囲む隊員たちにお兄ちゃんが威嚇の咆哮を上げる。
「お兄ちゃんそれはもいいいから。」
犬耳族の男が片手をお兄ちゃんに向けると目の前で閃光が破裂する。
一瞬の事にお兄ちゃんは目をつぶる。
猫耳族2人がお兄ちゃんの目の前ですばやく左右の木から木に飛び移る。
二人のスピードに幻惑されたお兄ちゃんは叩き落とそうとして腕を振り回すが空を切った。
その間に盾持ちの熊族がお兄ちゃんの目の前に迫る。
後ろに隠れていた犬耳族の男が盾の横からお兄ちゃんの足めがけて槍を突き出す。
突き出された槍の先で小さな爆発が起きる。どうやら槍に魔法を乗せて爆発させたようだ。
「魔獣左足負傷!」
ゲルドが物見台の上から怒鳴る。
左足負傷を宣言されたお兄ちゃんは大きく尻尾を振り回す。
木影に隠れた猫耳族は尻尾の間合いを計っている。
逆に振り回された尻尾を掴むとそこで一回転して足元に降りるとナイフでお兄ちゃんの後ろ足を斬りつける。
無論お兄ちゃんの足には傷一つつかない。
しかしゲルドが叫ぶ。
「魔獣の左足腱切断!」
もう一人の猫耳族もその隙に後ろに回ると同じ様に斬りつける。
「魔獣右足腱切断!魔獣は移動できない!」
すばやくそこから脱出する猫耳族、そして犬耳族の二人が背後に回りお兄ちゃんの背中に槍を突き刺す。
熊族は盾をお兄ちゃんに押し付けブレスを封じると斧をお兄ちゃんの肩に振り下ろす、残った人間が一斉にお兄ちゃんの胴体に槍を突き刺す。
「や、やられた~っ。」
お兄ちゃんは芝居がかって片手を上げ苦しそうに叫ぶと倒れた。
キララはお兄ちゃんを見ないように明後日の方向を向いている。
「ふーんなるほど、猫耳族はそのスピードを活かしてナイフで魔獣の足を止め、犬耳族と獅子族がは盾に隠れて槍を突き出すのですね。」
「さすが巫女殿、そのとおりで有ります。猫耳族は小柄なので槍を持っても魔獣には突き通らんのです。魔獣の足を止める為にはよく切れるナイフで足の腱を切るのがもっとも有効なのです。したがって至近距離でナイフを振り回す事になるのであの様に曲がったナイフを使用しております。」
「やっほ~っ、帰りにケーキを食べて帰ろうよ~。」
お兄ちゃんが立ち上がるとキララ達に向かって手を振る。
物見の上のキララ達に気がついた隊員達が一斉に頭を下げる。キララも応答して頭を下げた。
「お兄さん今日はご苦労様でした、またお願いいたします。」
ゲルドが愛想良くお兄ちゃんに挨拶をする。
「いいよ~っ、いつでも呼んで~っ。」
「よろしければ本部でケーキなどいかがでしょうか?」
ゲルドの申し出にサキュアはゲルドのお腹を見る。
「いいえ、結構です。」
冷たく言い放つサキュアであった。
結局ゲルドの誘いにキララもお兄ちゃんもユキちゃんまで屈して訓練場の庭でケーキをごちそうになっている。
お兄ちゃんは相変わらず大きいのでゲルドの部屋には入れないのだ。
無論サキュアの前にはケーキが置かれておりお兄ちゃん達の前にはホールケーキがドンと置かれていた。
お茶を飲んでいる間にユキの持つ能力に話が及んでしまいユキがボールを出してみることになったのだ。
「ほう、これはこれは。」
ゲルドはユキが出したボールを目の前にして驚いたように目を丸くした。
ゲルドはこう見えても警備軍随一の魔法の名手であるばかりでなく非常に優秀な教官でもあった。
現役の頃は魔法使いとして活躍しながら多くの後輩を育ててきたと言うことだ。
怪我をして一線から退いても警備軍の教官として訓練所で教鞭を取っている。
こうしてみると人の良いおじさんという様に見えるが現役の頃は鬼教官として勇名を馳せたらしい。
人間変われば変わるものである。
その元鬼教官がユキの魔法を是非見たいと言い始めたのだ。
ユキは魔法のボールをまともにコントロール出来ないのであるから危険極まりないのである。しかしゲルドがそれ程優秀な教官であればとサキュアも許可したのだ
なによりここは屋外の訓練場である、まあ多少のことはなんとでもなるだろうと思っていたのだ。
ユキが精神を集中すると手の中のボールが出来始める。
サキュアはケーキを持ったまま早々に椅子を離して座っている。
クロちゃんはユキの横に立って膨らみ始めたボールをじっと見ていた。
神経を集中しているのだろうユキがじっとボールを見つめていると徐々にボールが大きくなる。
そこに警備軍の事務の兎耳族の女性が新しいお茶とケーキを持って現れた。
「皆さん、お茶とケーキのお替りを、きゃっ!」
ドシャン、ガチャーンと音がして食器の壊れる音がする。
「くええ~~~っ。」とクロちゃんが大きな声で鳴いた。
その声ににユキがびくっとなる。
突然ユキの前に有ったボールが大きく膨らみ始める。
「きゃっ、な、なに?」
突然の事にパニックを起こしたユキが立ち上がろうとしてひっくり返る。
「こりゃいかん!」
ゲルドがその大きな腹にも関わらずすばやく動くとユキの目の前でパン!と両手を叩く。
大きくなっていたボールはふっと姿を消した。
「あ、あれ?」
何が起きたのかわからずユキが当惑していた。
クロがいつの間にかユキに抱きついていた。
「うむ、まだまだ心のコントロールが出来てはおらんな、まあ子供じゃから仕方が無いのう。」
ゲルドは椅子を直すとユキを座らせる。クロはゲルドを睨んだままユキから離れようとしない。
つまずいてコケた事務の女性は顔をクリームだらけにして立ち上がった。
「あ、あの申し訳有りません。」
女性が真っ赤になって頭を下げる。
「ミレイネさん、石にでもつまずいたのか?まあ仕方ないそれより顔を洗って着替えをして来なさい。」
「は、はい。失礼いたします。」
「ああ、ついでにお茶とケーキのお替りを持って来るように誰かに頼んでおいてくれ。」
ううむ、この爺さんは見た目よりずっと出来る。サキュアはケーキの残りを口に突っ込みながらそう考えた。
席を作り直して再びお茶を囲む。
「あなたが人族であるということはゼルガイアから聞いております。ああ、帽子は脱がないでください、この事を知っているのは警備部でも一部の者だけですから。」
どうやら人族の発見は警備軍のみならず街にとっても大きな問題になっているようであった。
「それで?あなたは人族の事をどうするお考えですの?」
警備軍における人族に対する立場を明確に知らされていないサキュアはじっとゲルドの表情を伺う。
しかしゲルドは大きな腹をゆすらせながら話を続ける。
「人族が我々同様に魔法を使うという伝承は残されておりませんでな、そのメカニズム共々私達は興味を持っております。」
私達?ユキを魔法の研究対象ととして考えているのか?ユキを差し出せとでも言うつもりだろうか?
サキュアはちらりとキララの方を見る。
キララは明らかにユキを手元に置いておきたいと考えている、しかし今のゲルドの話の意味を理解してはいない様だ。
どう考えてもキララがユキを手放さないであろうことは言うまでも無かった。
「私もこちらのお嬢さんの魔法を初めて拝見いたしましたが極めてユニークな魔法と感じられます。そして小規模ながら爆発を伴うものであると言うこともゼルガイアから報告を受けております。」
「危険で有ると言われますのか?」
サキュアは強く身構える、警備部の仕事は街を魔獣から守ることに有りそれは突き詰めれば魔法を使用する大型の魔獣から街を守る事にあるのだ。
「はい、コントロールの出来ない魔法は極めて危険であります。出来うれば私にその少女のコントロールの仕方をお教えしたいと思っておりますが?」
意外な申出でであった。サキュアはキララを振り返る。
その時のキララもサキュアの方を見た、キララが何を考えていたのかはサキュアならずともわかった。
いずれユキは人間の中で生きていかなくてはならないかもしれない、それでもなるべく長く自分の元にいてほしいと考えているのだ。
竜はその存在故に孤独なのである。人は必ず自分より先に死ぬのである。
友人と呼べる者は遠からず死に、結局は家族だけで生きていくことになる。
サキュア達社の者達の大きな仕事のとは竜の友人や相談役になることでありその為には竜の信頼が不可欠であった。
それは竜に媚びる事では無く竜の生活にとって最善と思えるアドバイスを行う事に有った。
「実際にはどの様な手段でそれを行われるのでしょうか?」
人間の社会の中で生活できない竜は逆に言えば非常に幼い者たちである。シンプルに食っちゃ寝の連続でしか無いのである。
竜が街に住み続けたいと思う事を提供するのが社の存在目的である。
竜に傅くだけではなく人間との利害の調整を行うのが巫女の仕事なのである。
「できるだけ毎日私を訪ねておいで下さい。私が手ずから魔法のコントロールの仕方をお教えいたします。」
この人間を信頼して良いのかと言う思いがサキュアの頭をよぎる。
しかし既にユキの情報は伝わっている様である。それであればその事を隠しておく意味はない。
「ユキさんの秘密は厳守していただけますか?」
「おお、勿論ですとも、私としても竜神様の怒りを買うようなことは絶対にいたしませんとも。」
その時に別の女性が新しいお茶とケーキを持ってやって来る。
ワゴンに乗せたケーキスタンドの下部にはホールケーキが2つ収まっている。
ワゴンを押せる場所でどうして女性職員が石につまずけるのだ?
コイツ、油断ならん。サキュアはガルドの評価をその様に変えた。
「竜神様にはホールケーキのお替りをどうぞ。」
お兄ちゃんとキララの前にドカンとホールケーキが置かれる。
流石に胸の焼ける光景ではあるが鉄の胃袋の竜神様に取っては意に介する程の物では無いようである。
手袋をはめた手で特大のフォークを操って口に放り込んで入る。
サキュアはお茶だけで遠慮したがクロちゃんはサキュアの分までケーキを突っついてクチバシをクリームだらけにしていた。
「グエップ。」
お腹を大きく膨らませてテーブルの下に伸びている。
なんか日に日に太って行くような気がするのだが。
次の日からユキはサキュア達と一緒にゲルドの所に通い始めた。
「なんだかな~っ、最近子供たちがワシのことかまってくれなくなったんだよね~。」
お父さんのボヤキが聞こえたが全力で聞こえないふりをする。
「よろしいですか?まずは心を落ち着かせ自らを見つめ直す所から始めます。」
ゲルドは椅子に座ってユキと向かい合い両手を繋いで瞑想を始める。
何も考える事無く繋がっているお互い手の感触だけを感じる事にする。
ゲルドに言わせるとゲルドのほうが魔力を循環させユキとの精神的な結びつきを強めるのだそうである。
二人は先日の訓練所のグラウンドに椅子を置いて行われていた。
やはり爆発性の魔法なので二人共用心しているのかもしれない。
サキュア達一人と二柱に一匹は変化のない二人の様子をじっと見ていた。
「くわああぁぁ~っ。」
クロがあくびをする、流石に何も起こらないので退屈したらしい。
なんでペンギンがあくびするんだ?
そう思ったサキュアの所に先日コケた女性職員がやってくる。
「このまま1時間くらいはこれを続けるそうなので、皆さんは街でお買い物などをしてはいかがでしょうか?後でケーキとお茶を用意いたしますわ。」
サキュアはじっと女性を見つめる。
にこやかに笑みを浮かべる女性職員を見て、『この女、ドジっ娘では無い。』そう結論づけたサキュアである。
サキュア達は街をぶらついて時間を潰した後に訓練所に戻って来るとユキがちいさなボールを木の間に飛び回らせていた。
「おお、サキュア殿この娘はなかなかに飲み込みが良くてな、この様にボールを制御しておりますぞ。」
この爺、豚の皮を被った獅子だったのか。サキュアは見たままにそう思った。
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次回は火曜日の朝の更新になります。




