新しい家族
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――新しい家族――
お兄ちゃんが部屋の中に入れてもらえないのは無論大きさのせいも有る、キララと2柱が入ると部屋の中で身動きができなくなるからだ。
実際の所やはり女の子の部屋に男の子が入りにくいと言う事も有っていつもお兄ちゃんは部屋の外である。
食事を済ませた手には二人共手袋がはめられている。
巣の中にいてもユキと合う時は二人共手袋をしている、このおかげで二人と人間たちとの距離はぐっと縮まったと言える。
街に出ても安心して人々に触ることが出来るのは大きかった。
「この子はこの家に住むことにするの?」
キララが聞いてくる、この獣がユキの知り合いならユキが記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないからだ。
「この子を飼ってもいいのかしら?」
ユキが遠慮がちに聞いた。
「いいと思うわ、ペットが出来るのは私も嬉しいから。」
歯をむき出してニッコリ笑うキララである。
最近はユキも竜達の表情が読めるようになったのか牙を見ても気にしなくなっていた。
「それじゃこの子の名前を決めなくちゃ。」
「そうね名無しじゃ可愛そうだものね。」
ユキは何かを一生懸命考えている様子であった。
「クエッ?」
聞こえているのかいないのか?それともさっきの事故の事を思い題しているのか?寝ながら声を上げる獣である。
「それじゃ全身真っ黒だからクロちゃんでどうかしら?」
「…………。」
「い、いいんじゃないの?」
「う、うん良く似合ってるのかな?」
キララとお兄ちゃんの間にやや微妙な空気が流れたがそんな事はまったく感じないユキである。
「よろしくね、クロちゃん。」
「グエップ。」
ユキの呼びかけに眠りながらゲップで答える獣である。
「あらあら珍しい、ペンギンさんじゃないの。もう絶滅したと思っていたのに。」
お兄ちゃんの後ろから声がする、見るとお母さんが覗いていた。
「お母さん、その獣の事を知っているのかい?」
「私も名前だけよ、なんでもうんと寒い地方に住んでいて水中を飛び回る鳥だと聞いているわ。」
「水中を飛ぶんだ。」
キララは眠っているクロちゃんをしげしげと眺める。
「ほら、後ろ足に水かきが付いているでしょう。水鳥の一種ね。」
「お母さんは何故かそう言った事に詳しいんだねえ。」
「ほらあ、お父さんより少し若いから。」
若いと言ってもせいぜい500歳くらいだろう。
5000歳の竜の年齢からすれば若いと言っていいのだろうか?そんな疑問を持つお父さんであった。
第一自分の昔のことすら忘れているのに良くそれ以外のことを覚えているものだと感心する。
意外とお母さんのほうがお父さんより優秀なのかもしれないなどと思ってしまう。
ううむ、お父さんの面目が丸つぶれである。
「それじゃ母さんこの子は獣なのかい?魔獣なのなのかい?」
「元々魔獣の先祖は獣なのよ、解剖すればすぐ判るけどねえ。」
ギロリとキララに睨まれるお母さん、そそくさとお水を汲みに出かけていく。
どうせまた水辺で付近の奥方たちとおしゃべりを繰り広げるのであろう。
「ワシも狩ばかりしていないで少し誰かとおしゃべりにでも行こうかな~?」
などと言いつつ食後の昼寝に勤しむお父さんであった。
クロちゃんはその夜目を覚ますとベッドの上でユキが寝ているのに気がつく。
そのまま藁の寝床から這い出しユキのベッドに潜り込む。
自分の探していた人間にようやく出会えたのである。
クロちゃんはユキの寝顔を見ながらそのままベッドの中で寝ようと横になる。
ところがいきなり誰かに抱えあげられる。
「あなたの寝床はあっちよ。」
クロの動く音に気がついたサキュアがクロをベッドから引きずり出す。
「クエエ~ッ、クエエ~ッ。」
「静かにしなさい、ユキちゃんが起きちゃうじゃないの。」
サキュアはクロのくちばしを掴んで黙らせる。
「あんたの体は汚れているから、傷が治ってお風呂に入らなけりゃベッドに入れてあげないわよ。」
サキュアにギッと睨まれてクロは頭を引っ込める。
寝床を外に持ち出されドアをバタンと閉められてしまった。
ドアの前に取り残されたクロの目から涙が一滴流れる。
しかし気にしても仕方がないと思ったのかその夜は藁のベッドで眠ることにしたようだ。
「見て、この子の傷もう治っているわよ。」
翌朝外に出されていたクロの様子を見たユキが驚きの声を上げる。
すでに傷口は塞がっていてかさぶたができていた、しばらくは痛むとしても動くのには問題が無いようだ、さすがに野生の回復力である。
「何で外で寝ているの?なかに入れておいたのに。」
「昨夜この子はユキさんのベッドに潜り込もうとしていたので外に追い出したのですが。」
「あたしのベッドに?なんだそれなら別に良かったのに。」
「いけません、あんな汚い格好でベッドに潜り込まれてたまるものですか。」
というわけで朝食後にはサキュアの手でクロはきれいに洗われていた。
向こうの方ではお父さんがお母さんに叩き起こされて魔獣を狩りに出かけて行った。
最近はお兄ちゃんもユキ達といるのが楽しいらしく一緒に狩りには出かけなくなっていた。
何故か出かけるお父さんの背中が寂しそうであった。
元々クロは水鳥なので水をかけられると嬉しそうな顔をしておとなしく洗われていた。
シャボンを付けて洗ってもしみないらしく平気な顔をしている。
洗い上がって見ると黒い毛並みが非常に綺麗でさわるとすべすべしていた。
確かにこれなら水のなかを飛ぶのに適しているかもしれない。
もっともサキュアには水のなかを飛ぶ鳥という概念がいまいちピンと来るものではなかった。
「クエエエ~~ッ。」
クロは一声鳴くと嬉しそうにユキに体を擦り付ける。
「だめよ!まだ湿っているんだから。」
「大丈夫よこの位なら。」
ユキはそう言うがサキュアは渋い顔である。
「クウウ~~っ。」「キュルル~っ。」
お腹の音が二つ揃って聞こえた。この子達のお腹はどうなっているのだろうとサキュアは考える。
早速朝食を取ることにする。
「ユキはお肉がいい~っ。」
「朝からお肉ですか~?」
サキュアがげんなりした顔をする、まあサキュアはベジタリアンですから。
本当は昨日クロがお肉を喜んで食べていたのでユキは朝食にお肉を頼んだのである。
なんとなくそれを感じたサキュアは黙って朝から魔獣の肉を焼いてあげる。
ユキがテーブルにつくとクロはテーブルの横に走ってきて大声をあげて口を大きく開ける。
「クレーッ、クレーッ!」
なんか鳴き声がおかしい。
「わかったから今あげるから待ってね。」
ユキは切り分けた肉をテーブルの横で期待に満ちた目で大きく開けているクロの口に突っ込む。
「ピイイイーッ!!」
突然クロは部屋のなかを走り回り始める。
「ど、どうしちゃったのかしら?」
「熱すぎたんじゃないですか?」
暖めたニンジンを切り分けて口に運ぶサキュアはボソッと言った。
「はひっ、はひっ。」
口のなかをやけどしながら肉を吐き出さない根性はなかなか見上げた物だとサキュアは思った。
「熱すぎた見たいね。ごめんなさい、今度は大丈夫よ。」
ユキは切り取った肉をふうふうと息を吹きかけて冷ましてあげる。
「むきょっ、むきょっ。」
美味しそうに突っ込まれた肉を頬張るクロである。
肉を飲み込むとまたユキに向かって大きく口を開ける。
鳥の雛は親鳥が餌を持ってくると大きく口を開けて餌をねだる。
親鳥は一番大きな口を開けているヒナの口に反射的に餌を突っ込むと言われている。
それ故に大きく口を開けることは雛にとっては命がけの行為なのである。
大きな口を開けて餌をねだるクロを見ていると何となくサキュアはそんなことを思い出してしまった。
「あ~っ、お腹いっぱいになっちゃった。」
「グエップ。」
昨日に続いてお腹を大きく膨らませたクロがぐてっと伸びている。
「少し休みましょう。」
そう言ってユキはベッドに潜り込む。
その後を追ってクロがベッドに向かう。
「こら!クロ!」
サキュアがクロを止めるがユキがそれを遮る。
「いいのよ、クロちゃんちゃんと体洗ったんだからいらっしゃい。」
ユキがクロを呼び込む。
渋い顔をするサキュアに向かってクロは舌を出してベッドにぴょんと飛び乗る。
コイツ私の言うことが判っているのか?
一瞬そう思ったサキュアだったがそんな事は無いと頭を振って仕事をしに社に向かう。
後ろではキララ達が楽しそうにそれを見ていた。
「う~ん、また家族が増えたみたい。」
キララは単純に一緒に住む者が増えたことを喜んでいたのだ。
ペットと言っても下手にキララが可愛がろうとすれば殺してしまうこともあるのだ。
これまでもペットを飼おうとしたが家族の不注意で死なせてしまった経験が何度か有る。
「あのクロは獣かな?魔獣かな?」
気になることをお兄ちゃんがいい始めた。
獣であれば特に問題はない、しかし魔獣となると問題である。
あんなに魔獣の肉を喜んで食べる獣が魔獣であるとすればこれは看過できない。
魔獣があんなふうにガツガツと肉を食っているとそのうち危険な魔法を使う様になるかもしれないのだ。
そうであれば魔獣の肉を食わせる事は出来ない。
「その時はあたしが獣を狩って来るから。」
そうキララが言い始めた、竜にとって肉といえば魔獣の肉である。
それが魔獣でない肉を取って来ると言い始めたのだ、無論街に行けば普通の肉が売っているのでその必要は無いのであるが。
キララはこれまでは気にしたことも無かったがクロの出現でその事に気をつけなくてはまずいと考え始めた。
竜族に取ってはクロが魔獣であろうが無かろうがどうということもない。
しかし人族のユキにとっては危険な事になりかねない。
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次回は火曜日の朝の更新になります。