表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/53

卵の怪物

1-014


――卵の怪物――


 警備部隊の倉庫に置かれていた卵が夜中になるとブルブルッと震えてパカッと2つに割れた。

 ケアルとミゲルが消えた場所に有ったあの卵である。

 ゼルガイアが調査の為に持ち帰り警備隊の倉庫に保管していたのである。

 明日には調査部が卵の調査を始める事になっていた。


 卵の中から何やら黒いものがズルズルと滑り出してくる。

 外に出たそれは出て来た卵の殻を閉じて棚から降りようとしたが足が短かったので転げ落ちた。

 頭から落ちると短い足をジタバタ動かしてなんとか立ち上がった。

 身長が1メートル程のその生き物は出入り口に近づくと壁にピッタリと体を寄せる。

 ドアの隙間から外を伺って音を立てないようにそっと外に出る。


 ドアをしっかり閉じて出入りの痕跡を無くすとすばやく廊下を走っていく。

 その動きは足の長さの応じて遅いものではあったが用心深く物陰に隠れながら進んでゆく。

 様子を見ながら進む怪物は人の気配を感じると物陰に隠れる。

 幸い暗い上に背中は黒いので物陰に隠れると簡単には見つからなかった。

 安全な隠れ場所を捜して建物内を探索していく。

 階段の下の草むらに箱などのゴミが置かれた場所が有った。


 ゴソゴソとごみの配置を変え中に怪物一匹が隠れられるスペースを作る。

 此処であればごみを片付けない限り見つかる事は無いだろう。

 この怪物にはそれなりの知能が有る様に見受けられる。


 隠れ家が見つかると次は餌の探索である。

 再び危険を冒して建物内の探索を続行する。

 夜間であるにもかかわらずある程度の人間は活動をしているらしく一瞬たりとも気の抜けない探索が続く

 遂に怪物は厨房らしき部屋を見つける。ドアをそっと開けるとコソコソと忍び込んでいった。

 食料庫を見つけ食い物を物色する、倉庫には肉の塊がいくつも吊るしてあった。

 おそらくは討伐された魔獣の肉と思われた、怪物は肉の匂いを嗅いで魔獣の肉を探した、吊るされている肉の多くは魔獣の物であった。


 喜んで食おうと思った物のいささか大きすぎる、厨房に取って返すと明日の朝食にでも使うつもりだったのだろう、切り取った肉の塊が台の上に乗っかっていた。

 怪物はそれを引きずり出しすと隠れ家まで持って行く。

 ここまでは緊張の連続であったが隠れ家に戻ってほっとしたのかぐてっとなる。

 怪物は安心して肉にかぶりつくとゆっくりと食べ始める。

 大きな肉の塊を全部食べるとお腹が大きく張り出してきた、満足げにゲップをすると眠りについた。


 エネルギーが補給されると怪物は休むことなく建物内を探索する。

 ある時は物陰に身を潜めある時は天井裏に忍び込みある時はトイレのゴミ箱に隠れ精力的に情報を収集する。

 腹が減ると再び餌を求めて建物の中を徘徊する。

 厨房では先日の肉の盗難に用心したのかテーブルの上に肉の塊は置いていなかった。


 仕方なく食糧庫に吊るしてあった肉の所に行く。

 しかし吊るされている肉は怪物より高い所に吊るされており掴むことは出来ない。

 仮に手が届いてもこんな場所で食っている訳には行かない。

 怪物は厨房に取って返すと台になるものを探す。

 木箱が有ったのでそれに乗り作業台によじ登る、そこに置かれていた肉切り包丁を取り上げると台と一緒に吊るされている肉の所に行く。

 怪物は包丁を使って一生懸命肉の一部を切り取る。

 何しろ怪物の手には指が無いので道具をうまく使うことが出来ない。


 それでも時間をかけ吊るされていた肉の一部が切り落とす事に成功する。

 物音がする度に物陰に隠れることを繰り返していたのですごく時間がかかってしまった。

 すぐに状況を掴まれないように包丁と台を元の場所に戻すと再び肉を咥えて隠れ家まで戻って来て肉にかぶりつく。


 段々と情報が集まってきて自分を運んできた人間の勢力がどの様な性質のものか理解し始める。

 どうやら組織的に魔獣を狩る組織であることが判った。

 情報を集めるのにこれ以上最適な場所も考えられず怪物はこの建物に居続けることにした

 その結果この建物は街の中に設けられており、その街は大型の竜によって魔獣から守られていると言うことも分かった。


 竜は人間に対して好戦的では無く、かなり人間に慕われているらしい。

 人間も竜との付き合いを進化させ竜にサービスを提供し代わりに街を魔獣の驚異から守ってもらっているらしいことも分かった。

 そして重要なことは自分を連れてきた連中は魔獣に襲われた人間の生き残りを保護したらしいということであった。

 これは驚愕すべき事項であった、行方不明になった人間が生きているという情報が得られたのである。

 後はその生き残りの人間がどこにいるのかさえ突き止めれば目的は達成される。


 昼は物陰に隠れての探査、夜はあちこちに忍び込み魔獣の肉を探した。

 なるべく同じ場所からの肉の奪取は避けるつもりであったがやはり食料は厨房以外では簡単には手に入れられなかった。

 何度か忍び込み肉を手に入れ隠れ場所で食っていた。

「ぐえっぷ。」

 怠惰な生活に慣れてくるとだんだん初期の目的を忘れそうになる。

 そんな時に階段を降りてくる人間の話し声が聞こえてくる。


「おい、最近厨房から肉を盗むやつがいるらしいな。」

「ああ、寮にいる訓練中の若い連中かな?なにか刃物のような物で吊るしてある肉を切り取って行くんだ。」

「肉を十分に食わせていないのか?訓練でずいぶんエネルギーをつかうんだろう。」

「食いきれずに無理にでも食うくらいにみんなに配給しているよ。」

「いずれにせよそうそう甘い顔をしている訳にも行かないからな、今度見つけてとっちめてやらなくちゃな。一応犬耳族の隊員に館内の捜索を依頼したんだが断られた。」

「まあ多分肉をつまみ食いしているのは自分たちの仲間だろうからな、そりゃ断るさ。」

「違いない……。」

 どうやら厨房関係の人間に肉を盗んでいることがバレてきたらしい。


 次に厨房に忍び込んだ時には近くに兎耳族が隠れていた。

 呼子を吹かれあちこちから現れた職員に怪物は追いかけ回された。

 犬耳族が多数混じっていたのは濡れ衣をかけられた恨みからか?

 怪物はモップやホウキでしたたかぶん殴られ必死で逃げ回る。

 その時だけは自分でも信じられないほどの速度で走り回れる事に気がついた。


 とにかく怪物は警備隊本部から命からがら逃げ出し近くの藪に見をひそめる。

 犬耳族の能力であればさらなる追跡も可能であっただろうがそこまで執拗には追ってこなかった。

 後に聞いた所によると魔獣や野生の動物は意外と街中での生活に馴染んでいる物もおり下水や屋根裏に住み着いているらしい。

 怪物もまたそう言った小型の魔獣か動物と思われたのだろう。

 隠れ家に近づいてみるとすでにゴミは撤去されていた。

 どうやら隠れ家が見つかったらしい。


 怪物はこれを見てここも潮時と考えた、どの道もうここにはいられない。

 ここで得られる情報は一つを除いて大体手に入れる事が出来たと考えて良いだろう。

 魔獣の肉はここの人間たちも常食にしているらしいので街に出ても調達は可能だと思われた、怪物は隠れ家を放棄し街に出ることにした。

 夜に暗くなると怪物はゴソゴソと警備隊の敷地から這い出す。

 以前に周囲を調べた時にこの建物の状況はだいたい把握していた。

 建物を囲む空き地をすぎると外には道が出来ている。

 かなりの多くの人間が住んでいるらしく暗くなってからも喧騒は続いている。


 怪物は用心深く物陰に隠れながら移動する。

 街は多くの建物が建ってはいた。

 建物の前には明かりが灯されているが町全体が明るいと言うほどでもない。

 しかし住人達はさしたる不便も感じないのか人々は夜でも活発に行動していた。


 馬車は暗くなってもランプを灯して街を走っている。

 人間は以前から言われていたとおり獣人である。

 獣人はやはり夜目が効くようである、用心しなければこちらが先に見つかる危険が有る。

 観察していると大きく別れて2種類の獣人がいることが判る、人族の顔をし、頭に特徴的な耳を乗せた獣人と、顔が獣のまま体が人間化した獣人である。

 顔が獣のままの獣人はやはり体が大きく運動能力もかなり高いものが有るように見えた。


 突然怪物の後ろから唸り声が聞こえる。

 振り返ると犬が牙をむき出してこちらを威嚇している。

 魔獣か?怪物は一瞬そう思った。

 しかしすぐに魔獣ではなくただの獣であることに気がついた。

 魔獣でなければ食う意味は無い、しかし騒がれて人間に気づかれるのもまずい。


 殺すか?


 しかし殺そうと思って良く見ると首にベルトが巻付いているのに気がついた。

 誰かに飼われている犬らしい、殺して死体を残すのもまた、まずいことになりかねない。

 躊躇しているといきなり犬が飛びかかってくる。藪の中での死闘が繰り広げられた。

 最後に怪物が犬の尻尾に噛み付くとそこが弱点らしく犬は悲鳴を上げて逃げて行った。

 怪物はペッと犬の毛を吐き出すが怪物自身かなり噛みつかれてしまった。


 かなり大きな悲鳴だったので誰かに聞かれているとまずい、怪物は物陰を伝ってその場から離れる。

 先程人間に追い回された時に何度も殴られた傷と合わせ怪物はかなりボロボロになっていた。

 しかしこんな所で足止めを食っているわけにも行かない、早く目的を遂行しなくてはならない。

 怪物は這うようにしてそこを離れる。


 腹が減ってきた、しかしこんな所に食い物が有るのだろうか?

 一生懸命周囲を探してさまようと食い物の匂いがするのに気がついた。

 見ているとドアを開けた人間が大きなバケツに食い物を捨てている。

 そっとバケツに近寄って見るとバケツの中には残飯と思われる物が入っていた。


 ゴミ箱の中の残飯を漁ることにいささか心理的抵抗を覚える怪物では有ったが背に腹は変えられない。

 バケツに頭を突っ込んで食おうと思ったら足が短くて中に落ちてしまう。

 逆さに残飯の中に頭を突っ込みながら構わず残飯を口に運ぶ。

 バケツの中でゴソゴソと残飯を漁っているといきなり建物のドアが開き先程残飯を捨てに来た男がモップを持って現れる。


「このやろう性懲りもなく現れやがって!」

 バケツの中にひっくり返っている怪物めがけてモップの先を突っ込んでくる。

 どうやら常習的にこのバケツを狙って来る獣がいるのであろう、音が聞こえたので出てきたらしい。

 俺は今日初めてこのバケツに頭を突っ込んだばかりだという怪物の言い訳がこの男に通じるはずもなく、何度もモップの先で殴られたあと命からがらバケツの中から脱出した。


 傷の上に傷を重ねようやく逃げ出した怪物は藪の中に逃げ込んだ。

 流石に男もそれ以上追うこともなく家の中に戻っていった。

 仕方なく怪物は足元の雑草をちぎって口に運ぶ。

 ものすごくまずい、それでも怪物にはそれを食って食えないことはない。

 ひとしきり草を口にねじ込むと再び思考を巡らせる。


 自分の目的を達成させる為には情報が欠かせない、しかし重要な情報源である警備団の庁舎からは追い出されてしまった。

 街中のどこで情報を得やすいか考えた。

 その時目の前の店に警備部隊の制服を着た男たちが入っていくのが見えた。

 そういえばこの店は警備隊本部からほど近い距離に有る、この店にいれば警備隊員の話が聞かれるかもしれないと考えた。

 怪物は閉店後に店に忍び込み店の上の天井裏に潜んでみた。


 この店は昼食時と夕方は警備隊の人間でごった返していた、特に夕方からは多くの人間が酒を飲みに店を訪れていた。

 彼らは酒を飲みながら他愛のない話か上司の悪口を言って過ごしていた、しかしその中に時折重要な情報も含まれていた。

 怪物は店が終わるまでそこで過ごし閉店後に店の裏のゴミバケツで残飯を漁った。

 しかし今度は残飯を漁ったとわからないように後片付けはきちんと行って証拠を隠滅した。

 時折残飯を狙う犬と遭遇したが尻尾を噛み付いて撃退してやった。


 状況はだいたい分かってきた、これで街の中で生き抜いていく術が見つかったのだ。

 怪物はそれから昼間は屋根の上や天井裏に潜み街の人々の話に耳を傾ける事を続けた。

 特に酒場と呼ばれるアルコールの販売を行う店では大声で話すので様々な街の噂を耳にすることが出来た。

 しばらくすると街の状況も見えてくる。

 この街の組織形態はすでにわかっていたが、庶民の生活レベルの話もまた重要であった。


 街の人間に取って竜とは恐ろしい魔獣ではなく結構親しみを持って接しているらしいこと。

 竜には2頭の子供がおりたまに街に来てお菓子を買っていくこと。

 特に竜はやしろと呼ばれる組織によって高い待遇で処されていることなどで、この街の竜はかなり人間臭くなっているようである。

 

 昼間は天井裏でずっと寝て過ごす、餌は十分とは言えないが飢えて死ぬほどでもない。

 時々ネズミが来て尻尾をかじろうとするのを逆に噛み付いて追い返した。

 やがてある日ついに怪物の求めていた情報を聞きつける事が出来た。

 竜に救助された人間は自分が追い求めていた人間らしいこと、大きな怪我もなく無事に生きていること、等であった。

 その結果魔獣に襲われた人間は竜と共にいるらしいということを聞きつける。

 竜の巣がどこに有るのかはすぐにわかった、街中から見える場所に有る小高い丘の上である。


 怪物は移動を開始した。

 その時異様な感じがして身を隠す。

 建物の影に隠れて様子を伺うとなんと竜が飛んできたではないか。

 それも見たこともないような子供の竜が2頭である。

 竜は出生率が低いと言われていたはずであるがこの街では繁殖に成功したらしい。


 竜は怪物の近くに着陸すると抱いてきた人間を下に下ろす。

 一人は頭に兎のような耳を付けた獣人であった。

 しかしもう一人の人間の頭には帽子をかぶっていた。後ろを向いているので顔はわからないが女の子の様に見えた。

 怪物の胸は高鳴った、あれこそが怪物の探していた目標ではないのだろうか?

 帽子を被った人間がこちらを振り向く、その顔を確認した怪物は歓喜に叫び声を上げる。

 彼女こそ怪物が探し求めていた人間であったのだ。


 怪物は我を忘れてその人間の元に向かって走り始めた。

 しかし怪物の足は自分で思っていたより短かったのだ。

 道路を横断しようとして走っていた怪物は反対側から走ってきた馬車にあっさりと跳ねられてしまった。


 怪物は目標を目の前にして意識を失った。

お読みいただいてありがとうございます。

お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。

次回は元旦の朝の更新になります。

それでは良いお年を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ