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兎耳族のミゲル

1-010

 

――兎耳族のミゲル――

 

「なんだ?魔獣が襲って来た?」

 

 魔獣とは言え普通は小型の物が人間を襲うことはあまり無い、人の気配を感じただけで逃げ出すような魔獣なのだ。

「大変だ、ものすごい数の生き物が動いてるます!」

 気配を感じたのだろうミゲルが大声で叫ぶ。

「まさか!壊嘯かいしょうか?」

 ミゲルならずともそこにいた全員がこれまでにない大量の魔獣の気配を感知していた。

 

「いえっ、魔獣の移動に方向性はありません、みんなこの場所を目指してきています。」

 ざざざっと周囲の藪が揺れて小型の魔獣が飛び出して来る。

 全員が短槍を抜いて応戦する、小型とは言え大きなものは100キロ近い物もいるのだ。

「馬を守れ!陣形を変えろ!」

 流石にゼルガイアは落ち着いている、魔獣が攻撃をして来る以上狙われるのは人も馬も同じである、馬をやられれば帰る事も出来なくなる。

 

 十数頭いる馬を一か所に集め囲むように布陣を変える。

「ミゲル、馬車に登れえ!ケアル、ミゲルを守って盾になれ!」

「た、隊長!俺だって……。」

 ケアルが異議を唱える。

「命令だ!ミゲルを守れ。」

「お、お願いしますケアルさんが守ってくれないと私死んじゃいます。」

 必死の表情でそう言った途端ミゲルの背後から魔獣が襲いかかる。

 

 ケアルはミゲルの前に立ちはだかり襲って来た魔獣を一刀の元に突き殺す。

「ひえええ~~~~っ。」

 ミゲルは悲鳴を上げながら馬車の御者台に跳ね上がる。

 ゼルガウスがミゲルに馬車の上に登るように指示したのは安全を図っての事ではない、全体の音を聞き分け情報を兵士に告げさせる為である。

 

 情報こそが討伐部隊の生命線であり茂みに隠れた敵を発見できる能力の有る人間を最優先で守るのは当然であった。

 ただケアルに取っては自分の周囲の魔獣が全てであり切り伏せる対象と考えていた、その外側にいる魔獣の気配までは気にも止めていなかった。

「魔獣は西側からたくさん来ます……30以上!北からは10……ケアル!後ろから!」

 ケアルは振り向きざま襲って来た魔獣を切り振せた。

「ケケケ、ケアルさんお願いしますよ、私は攻撃力は全くのゼロですから。」

 はじめての戦闘に震えながらもミゲルは索敵を続ける。

 

「分かっている大丈夫だ!お前は絶対に俺が守るから。」

 若い女性にこのように頼られて発奮しない若者はいない。

 ケアルはせいぜい良い格好を見せようと張り切って前に出ようとする。

「私の近くから離れないでください。私本当に死んじゃいますから、あっ左から魔獣が!」

 飛び出して魔獣と戦おうとするしっかりとケアルに助言をし、なおかつ自分の脇に留まらせる。

 

 見かけよりこの娘はしたたかであった。

 

 臆病が服を着て歩いているような娘だったが、的確な情報を周囲に与え続ける事が自分の生き残る道であることをこの兎耳娘はよく分かっていた。

 脳筋のケアルよりはよほど優れた兵士であるとも言えるかもしれない。

「北の方から更に魔獣が集まってきます。その数約20!」

 方角で魔獣の情報を伝えるのは全員が絶対方向感覚を持っているからでこれは人間(獣人)が普通に持っている能力である。

 したがってこの様な集合戦の場合は方位のほうが正確に情報を伝えやすい。

 

「西の方からの追加は有るか?」

「ありません!北に戦力を集中してください。」

「猫耳族は西から北の守りに移れ!」

 すばやく猫耳族は北の敵に向かって戦線を移動する

 

 布陣を変えている間も魔獣がとびかかって来る。

 次々と切りつけると血を流しながら退散する、しかし一度傷ついた魔獣は藪に隠れて逃げ出しているようだ、傷ついた魔物は攻撃してこない。

 魔獣の治癒能力は恐ろしいほど強い、手足の一本や二本切り落としても時間さえかければ生えてくるのである。

 

 焚火が消えてしまって馬たちが怯えている。しかし獅子族達に取ってはむしろ余分な光が無いだけ周りはよく見える。

 元々ここにいる人間達は夜行性の性質を強く残しておりおり光の無い闇でも物が見えるのだ。

 

 しかし切っても突いても怯むことも後退することもなく魔獣は次々と集まってくる、まるでこの森中の魔獣がここに集まってきているような錯覚を覚える。

「一体何が起きているのだ?こんな事は聞いたこともないぞ。」

 徐々に傷を負うものが増えて来る。返り血を浴びたのか自らの血なのかすら判別は難しく全員が血まみれになって魔獣達に突き込んでいる。

 何匹か殺した後の槍には脂肪が付き切れ味が鈍る。

 一撃では難しく何度か突いて突き殺す、足元にも魔獣の死体が増えてきておりつまずく者も出始める。

 体の二周り程大きなゼルガイアとナンナは剣を抜かず革の手袋だけで魔獣を殴りつけている。

 この様な近接戦で鎧を付けない相手の場合は剣よりも鈍器や木刀のほうが有効な場合が多い。

 

 がっはっはっ、と笑いとも咆哮ともつかない声を上げて魔獣達をぶっ飛ばしていく。ミゲルはゼルガイアをまさしく脳筋の鏡であると思った。

 その時ミゲルの耳に恐るべき音が聞こえてきた。

「南側から大型魔獣グリック!距離約200、肉球付きと思われます!」

 肉球付きと言えば狼やヤマネコに似た種類の魔獣を示す。動きが蹄付きよりもしなやかで左右への動きが激しい。

 

「獅子族は全員南の防御へ回れ!大型が来るぞ!」

 ゼルガイアが叫ぶか叫ばないうちに南側から強力な光線が発せられミゲルの乗った馬車を直撃した。

 馬車が爆発をして火炎に飲み込まれた。

「しまった!ミゲル~っ!」

 ケアルは燃え盛る馬車を見上げる。これではとても助かるまいと思った。

「くそうっ、ミゲルを守りきれなかった!」

 ケアルは悔しそうに言葉を吐く。

 

「ひえええええぇぇぇ~~~~っ。」

 

 その刹那どこからか声がしてケアルの前に何かが落ちてくる。

 四足を付いて着地したのは紛れもなくミゲルであった。

「ミゲル!無事かっ?」

 ケアルが叫ぶ間もなくミゲルは周りを見回す。

 魔獣の一匹がミゲルに向かって飛びかかってくる。

 

「いやあああぁぁぁ~~~っ。」

 

 叫び声を上げてミゲルが跳躍する。

 あっけにとられて見上げるとなんと5メートル近くのジャンプを行うではないか。

「ひやあああ~~っ。」

「だめえええ~~~っ。」

 叫び声を上げながら次々と魔獣の襲撃を躱していく。

 

「ミゲルは放っておけ、兎耳族の逃げ足は天下一品だ!それよりここを頼むぞ。」

 ゼルガイアが叫ぶ、ケアルはあっけにとられた。なんかひどくない?いいのかそれで。

 南側の木々の間を大きな物がこちらに向かって突進してくる。

 獅子族の4人は魔獣を囲むように散開する。

 藪の間から大きな怪物が立ち上がる、熊のような形をした魔獣、ビッグベアラだ。

 

 5メートル以上の身長の有る怪物である。

「カムラン!魔術攻撃で足を止めろ!」

「了解!」

 獅子族の一人が手の平を内側に向け両手を前にかざして何かをつぶやく。

 その手の平の間から激しい炎が吹き出して怪物の顔を焼く。

 

「ぐおおおお~~っ。」

 大きな吠え声を上げて怪物は苦しそうに両手で頭押さえる。

 その隙に他の3人は短槍を魔獣の腹に突っ込む。

「がああああ~~~っ!」

 槍を突き込まれた怪物は苦しげに暴れまわる。

 怪物の前足には大きな爪が生えており非常に強力な破壊力が有る。

 

「ぬおおおお~~~っ。」

 カムランが一歩遅れて魔獣の正面から喉元を狙って槍を突き込む。

 しかし魔獣は突かれた途端にカムランめがけて前足を振り抜く。

「ぐあっ!」

 カムランが悲鳴を上げて吹っ飛ばされる。

 

 魔獣がカムランめがけて突進しようとするところを今度は顎の下から延髄を狙った一撃を突っ込む。

 その瞬間最後のあがきで獅子族の兵士をなぎ倒すとそのまま倒れて動かなくなった。

「カムランとイゼルは無事か?」

 ゼルガイアがカムランの所に駆け寄る。

 

 カムランは鎧の胸当てが裂けていたが幸い傷は浅かった。

「イゼルは腕が折れてるわ。」

 ナンナがイゼルの具合を見ていた。

 二人共命に別状は無いがもう戦闘には加われない。

「アグン!そちらの様子はどうだ!」

「あらかた片付きました!」

 その時木の枝からぶら下がっていたミゲルが悲鳴を上げる。

 

「まずい、ものすごく大きな物が動いてきているわ!」

 ミゲルは魔獣から見を守るため飛び上がった先にあった木の枝にぶら下がっていた。

 そのまま枝によじ登ろうとしたがうまく行かない。

 逃げ回る以外は何も出来ない、無論木に登ることすら出来ない可愛そうな種族である。

 それでも枝にしがみつきながら周囲の探索は怠らない所は兎耳族の鏡である。

 

 その耳が大きな物の接近を感知していた、超大型魔獣ドリュックである。

「大きさは推定で2トン以上!」

 獅子族が二人も怪我をした今、そんな物に来られては勝ち目がない。

「どっちだ?どっちからきている?」

「西の方角!」

「一頭だけか?」

「今の所一頭だけですがかなり大きい蹄持ちの様です。」

 

 地響きが聞こえバキバキと言う枝の折れる音がする。

 それだけでこの怪物が桁外れの超大型魔獣ドリュックであることが感じられる。

「来ました!」

 赤く燃えるような眼の光が見え、大地を震わすような咆哮が聞こえると共に無数の光の塊が発射される。

 全員が伏せるか木の影に隠れて攻撃をやり過ごす。

 ミゲルは必死で枝にしがみつく。

 

 光の当たったところでは次々に爆発が起こり何本もの木が破壊されて倒れ掛かってくる。

「いやあああぁぁぁ~~~っ、死んじゃう~っ、死んじゃう~っ。」

 叫びながら爆発の中を逃げ回るミゲル、本能なのか光が当たる直前に身をひるがえして逃げ回っている。

 ミゲルの悲鳴が聞こえる中、馬車や馬に光があたり爆発が起きる。

 怯えた馬たちが暴れて逃げ始めた。

 周囲を見ると小型の魔獣たちも姿を消している、超大型魔獣ドリュックの出現に恐れをなしたのであろうか?

 

「隊長!」

 ナンナがゼルガイアの方を見る。

「うむっ、ナンナ、アグン、ワシの後ろに回れ。」

「あれを使うのですか?」

「止むをえん、あんな怪物を倒す戦力はもう無い。」

「二人が背後に回るとゼルガウスにしがみ付く。」

 

 正面にはっきりと超大型魔獣ドリュックの姿を認める。

 口の周りに光をまとわるり付かせなからこちらに突進してくる。

 ゼルガイアがその大きな口を開ける、するとその口の中に光の粒子が集まって行く。

 獅子の口からまばゆいばかりの光が走り超大型魔獣ドリュックを簡単に飲み込む程の大きな光の塊が魔獣を捕える。

 

 反動でゼルガイアの身体が後退する、後ろの二人はゼルガイアが倒れないように必死で支えていた。

 暴風の様な大きな風が起きゼルガイア達を吹き飛ばそうとする、後ろにいる二人がそれを押える。

 巨大な光が木々を吹き飛ばし光の通った道がはっきりと判るくらい周囲のものが破壊されていく。

 光の道が通過した跡には胴体が消し飛んだ魔獣の足だけが立っていた。

 ゼルガイアは体中の力が抜け尻もちをつくがナンナとアグンがそれを支えてくれる。

 しかしもうゼルガイアには剣を振るう体力も残っていなかった。

 

「くそっ、次が来たらおしまいだ。」

 ゼルガイアの持つ最大攻撃魔法、『地獄の業火』《ヘル・ファイア》である、体が大きく大量の魔獣細胞を蓄えられる一部の獅子族のみが使用できる強力な魔法である。

 とは言え体中の魔力を使うこの技は一回しか使えないもう一頭大型魔獣グリックが来たらもう立ち向かう術は無い。

 すぐに体制を整えて逃げ出さなくてはならない、これ以上は戦いにならない。

「周囲に警戒!馬車を捨てて逃げる準備にかかれ!」

「隊長!」誰かの声が響く。

「ミゲル!他に大型魔獣グリックの気配は無いか?」

「隊長!!」再び声が聞こえる。

 はっと気が付くと辺りは静まり返っていた。

 

「なんだ?何があった?」

「判りません、魔獣たちの気配が一斉に消えました。」

 さっきからゼルガイアを呼んでいたのはミゲルであった。

「おさまったと言うのか……?」

 全員がまだ周囲に対して気配を探っている。

 

 周りを見ると馬車が1台燃えておりもう一台の馬車も横腹に大穴が空いていた。

 それでもなんとか形は保っており車輪は使えそうだった。

 その周りには数頭の馬の死体が転がっており他の隊員が3頭の馬をなんとか捕まえていた。

 馬と馬車と装備と食料を失ってしまった。

「怪我人は?被害はどのくらいだ?」

 獅子族以外にも二人が怪我をして戦闘不能になっていた。

 

 ミゲルを除いて7人が戦闘可能と言うことだ。

 歩いて脱出することを考えるといささか心もとない。

「使える武器を集めて馬にくくり付けろ、馬車にけが人を乗せて撤収する。」

「食料は?」

「構わん捨てろ、そこいら中に有る。」

 周りには何頭もの魔獣の死体が転がっていた。

 

 ミゲルだけは天を仰いだ。

 仕方がない、いざとなれば木の実か草の根っこでも食べるしかない、などと諦めの胸中であった。


お読みいただいてありがとうございます。

お便り感想等ありましたらよろしくお願い致します。

次回は火曜日の18時頃の更新になります。

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