第四章 温室のプロポーズ
「いかがされました? アリソン王太子様」
温室の入り口に護衛に取り囲まれた男がいた。
小首を傾げてツェレティーアはアリソンを見る。
その眼には咎める様に細められた。
片手を上げ護衛にアリソン王太子を通すように合図する。
護衛達はサッと王太子から離れる。
護衛達はあからさまにアリソン王太子を嫌っていた。
まあぶっちゃけ敵だから仕方ない。
リンも何かあれば直ぐに剣を抜ける体制をとる。
「先ほど貴方と話をしようと思ったのだが他の者に邪魔されたので。不作法だが貴方に会いに来ました」
「まあ。そうですの? ああ……おめでとうございます。婚約されたそうで。何でも【真実の愛】を見つけられたのだとか。羨ましいですわ。王族、貴族は政略結婚が殆どですもの。私も【真実の愛】を見つけてみたいですわ」
扇で口元を隠しころころと笑う。
アリソン王太子の目が少し揺らぐ。
「そう言えば……婚約者の方は来られなかったのですか?」
「……か……彼女は国にいます」
アリソン王太子は視線を落とす。
「まあ。お国で御二人の結婚式の準備をしているのかしら?」
「ええ……まあ……」
「二人の結婚式を夢見て今が一番幸せな時期ですわね」
私も覚えがあった。
王太子との結婚式を夢見て。
一針一針ベールに刺繡して。
あれは何度目のループだったかしら?
そうそう一番最初のループだった。
何も知らなくて。ただ幸せになれる。幸せになるんだ。
と自分に言い聞かせていた。
彼の心変わりを見て見ぬふりをしながら。
自分が無用の長物になっているとはつゆ知らず。
【真実の愛】だと思い込んでいた。
私はアリソン王太子を愛していたの?
愛していると洗脳されたの?
お幸せですね。
そう言ったのは誰だろう?
お幸せですね。お幸せですね。お幸せですね。お幸せですね。
皆にそう言われて……
泣いていた。ちっとも幸せじゃなかった。
貴女は王太子妃になるんだから、幸せなのよ。
孤児が貴族に拾われて贅沢に暮らせるんだから。
貴女はとっても幸せなのよ。
義母がいつも言っていた。
貴女は幸せなのよ。
皆に感謝しなさい。
私達に拾われて。王太子妃になれるなんて。
貴女は何て幸せなんでしょう。
義母は知っていたの?
私の実の母を殺し。
帝国の王妃や側室や私の兄弟の王子や王女を殺し。
私を攫い。私の力と真実を封印し。
母の形見のペンダントを渡されたときには魔力封じの紋様が刻み込まれていた。
養母は知っていたの?
それでも私が幸せだと言うのかしら?
いいえ。私は嘘ばかりを教え込まされ。
偽りの自分を演じさせられていた。
ーーー 帝都で拾われてきた? ---
いいえ。家族を殺され。攫われた。
ーーー 孤児が貴族に拾われ養女になって幸せでしょう? ---
いいえ。私は帝国の姫。孤児では無い。優しいお父様やお兄様から引き離された。
ーーー 王太子と婚約してもらって。感謝しなさい ---
母親や兄弟を殺した敵国の王太子と婚約? 人質の間違いでしょう。
そして……婚約破棄。
育ててもらった恩を返すのに妹に婚約者を譲るのは当然でしょう。
そう言ったのは執事のサイデイングだったわね。
メイドも使用人も頷いていた。
妹? 赤の他人で。敵の娘。
私は妹の影として育てられた。
華やかなドレスを纏うアデル。
それに比べて地味な服ばかり着せられて地味な髪型ばかりの私……
王太子妃が派手な服など下品です。
まるで喪に服しているような地味な服ばかりで。
私は妹の引き立て役だった。
「喪服のようで辛気臭い」
とアリソン王太子に嫌味を言われた。
辛気臭い女だと。
アデルの様に笑えないのか?
何をやってもやらなくても嫌われた。
そもそもこの男は私の顔を覚えているのか?
元婚約者ではないかと探りを入れに来たのかしら?
まさか……気が付いていない?
髪型とドレスが違うだけで?
まさか……私が分からない?
「そう言えば、婚約者は聖女で歌姫なのでしょう。ぜひ歌声を聞いてみたかったですわ」
「いえいえ。ツェレティーア姫ほどではありません。先ほどみんなの前で歌われた歌声は素晴らしかった。まるで初代聖女のようでした。今はアデルは姉を亡くしてふさぎ込んでいます。その為浄化もままならなくって。聖女の仕事も休んでいるんです」
どうやら首飾りの魔法陣を壊されて魔力が使えなくなったのね。
「まあ。お姉様がいらしたの? どうしてその方は亡くなったのですか?」
「領地で静養する為に帰還途中で魔物に襲われたそうです」
「まあ。恐い。魔物に襲われるなんて。怖い思いをしたのでしょうね」
私は同情する振りをした。
怖かったわ。
いつだって死ぬのは怖い。
しかも痛い。
何度も繰り返し殺された。
安楽死なんて無かった。
いつもいつも考えていたわ。
私は地獄の苦しみを与えられるほど。どんな罪を犯したのかしら?
いったいいつまでこの地獄は繰り返されるの?
【真実の愛】
それを見つけた時。
私は解放されるの?
私は、ここに来て本当に良かった。
お父様もお兄様も弟も私を大切にしてくださる。
誰も感謝しなさいと言わない。
善意の押し売り? いえ。洗脳ね。
今なら分かる。
あれは単なる虐待だと。善意の仮面をかぶり。己の醜い所業を隠していた。
お父様もお兄様も本当の事を教えてくださった。
ねえ。アリソン王太子様。貴女は知っていて?
私が明るい色が好きだった事を。
ぎゅうぎゅうに引っ張った髪型が嫌いだった事を。
平坦に塗りたくる化粧が大嫌いだった事を。
辛気臭いのなら明るい色のドレスを送って下さればよかったのに。
もっともドレスも宝飾品も何もかも妹に取り上げられていたから意味は無かったわね。
お父様は、私が好きなパステルカラーの服も作って下さった。
頭ごなしに否定されない。ちゃんと好きな物を聞いて下さる。
なんて幸せな事でしょう。
これが本当の家族で愛情なのだと分かる。
アリソン王太子。貴方は私を愛していない。
私も貴方を愛していない。
私たちの間には愛は無い。
昔はその事を認めるのが怖かった。
だって認めたら。私の存在価値が無くなると。
奈落の底に落ちる。
誰にも必要とされない。永遠の孤独。
そんな思いだった。
でも……今は家族がいる。
本当の家族。
婚約破棄は本当に感謝しています。
貴方が婚約を破棄してくださったから。
お父様とお兄様と弟に会えたのだから。
温室の入り口が騒がしくなる。
顔を上げ今入ってきた人物を見ると。
「ツェレティーア様只今戻りました」
ロイドが立っていた。
「ロイド。急な用事で帝都を離れていたけど。用事は済んだの?」
「はい。申し訳ございません。ツェレティーア様」
ロイドは私の前で跪き一輪の花を差し出した。
エーデルワイス。
あの花だ。
初めて会ったループの時。エーデルワイスを差し出してプロポーズしてくれた。
覚えているの?
いえ。まさか……
そんなはず無いわ。
私以外ループを記憶している者はいない。
でも……
「私の側にいて下さるの?」
震える手でその花を受け取る。
「死が二人を引き裂いても……きっと貴方を探し出します」
ダンジョン都市で見せた屈託のない笑顔で彼は答えてくれた。
ほろりと涙が零れる。
ああ……
私は何て幸せなんだろう。
何度も何度も頷いた。
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2018/7/27 『小説家になろう』 どんC
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