第一章 アリソン王太子
__やめて!! やめて!! 痛い!! 苦しい!! ……お願い……もうやめて!! __
私は動かない唇を懸命に動かそうとするけど……唇は動かず。
声も立てられず、指すら動かせない。
そう、私は死んでいる。
でも不思議な事に、瞼は閉じられているのに。
なのに彼らが見える。
彼らは私の屍を取り囲み嘆いている。
私は祭壇の上に寝かされ、死に装束を纏い死んでいる。
『君を愛していたんだ』
彼らは闇の中ポツリと呟く。
『俺は彼女を殺した』
『俺は彼女を死に追い詰めた』
『俺は彼女を事故死させてしまった』
『俺は彼女を病死させてしまった』
『俺は彼女を自殺させてしまった』
『俺は彼女を……』
『俺は彼女を……』
『俺は彼女を……』
彼らは私の亡骸に取りすがって慟哭する。
『愛していたんだ』
『なのに……』
『死なせてしまった』
『だから、君が幸せになるまで』
『続けるよ』
彼等は私を逃がさない。
私は再びあの時に戻される。
何度死んでも!! 殺されても!! 自殺しても!! 事故死しても!! 彼等は私を逃がさない。
『愛している。愛している。俺たちは君を愛している』
彼等は時を戻す。
また……地獄が始まる。
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割れんばかりの拍手の音。
始まりはいつも同じ。
妹がステージの上で艶やかに微笑む。
スポットライトを浴びて長い髪が揺らめく。
赤い唇が美しい声を零す。
妹は美しい。この国一番の美姫で歌姫だ。そして……
髪には真珠が散りばめられ。
ドレスは金色に白い絹糸で薔薇の花が描かれている。
豪華でそれでいて下品ではない。
妹はその声で。その顔で。
多くのファンを魅了する。
ああ……
また時が戻った。
ちらりと隣の席の婚約者を見てそっと溜息をつく。
いつも同じだ。彼は何も覚えていない。
そして彼はまた恋に落ち。私は地獄に落ちる。
私も忘れたままなら良かったのに。
何故だろう?
時を戻した彼は忘れ。私は覚えている。
まるで地獄の中でもがき苦しめと言われているような気がする。
彼は興奮し頬を染めて、立ち上がり拍手をしている。
恋に落ちた瞳。私には一度として向けられることがなかった熱の籠った瞳。
私の存在など忘れ果てる。
ならずっと忘れたままで良いのに。
打ち捨ててくれたままでいいのに。
冷めた目で私は王太子様を見る。
彼もまた美しい。
初めて会ったその時に私は恋に落ち。地獄のような王太子妃教育を耐え抜いた。
彼の横に立つために。相応しい王族と成る為に。
全ては無駄に終わる。何のための努力だったのか……虚しい。
愛していたのだろう……でも、繰り返すループにその愛はすり減り。
今は……今は……?
かつてこの方を愛していた……?
いいえ。愛だと勘違いしていただけなんだろう……
本物の愛ならすり減るはずはないのだから……
「お姉様嬉しい。見に来てくださったのね」
劇場のボックス席に妹がやって来る。
護衛がドアを開け、妹を通す。
ファンから貰ったんだろう。
両手に一杯花束を抱えて、私達の所にやって来た。
「いや、素晴らしかった。正に我が国が誇る歌姫だな」
「もったいないお言葉。ありがとうございます」
妹が頭を下げた。
「凄い花束ね」
「ふふ……ファンに貰ったの。お姉様におすそ分け」
アデルは私に花束を渡す。
「まあ、ありがとう」
私は花束を受け取った。いい香りだ。
私の婚約者である、王太子様は私のことなど見ていない。
熱の籠った眼差しで妹を見る。
何度目だろう。何度この地獄を繰り返したことだろう。
始まりはいつもこの劇場で、アリソン様は歌っている妹に恋をする。
初めは、嫉妬に狂った私が妹を殺そうとしたと、冤罪をかけられ広場で首を落とされ死に。
二度目は、二人が不倫をして子ができたと、私の部屋に来てそう告げた。私は窓から身を投げた。
三度目は、二人が裸でベッドの中に居るのを見付けてホテルを飛び出して馬車に撥ねられ死に。
四度目は、結婚式の日二人が私に火を付け事故に見せかけ殺された。
五度目は、たまらず馬車で逃げ出して盗賊に襲われ崖から転落死だったわ。
それから……どれぐらい繰り返したことか。
今度はどうしょう?
まだ、修道院には逃げ込んだ事がない。
今度修道院に慰問に行くから下見しよう。
「……でねお姉様。……聞いている?」
「ああ……ごめんなさい。お花があまり綺麗だったから見惚れていたわ」
「明日新しく出来たお店に皆で行かないかとお話ししていたの」
「ああ。ごめんなさい。明日は王太子妃教育のダンスがあるの」
「まあ。そうなの? 息抜きも必要よ。子供の頃からずっとお勉強ばかりで大変ね」
そう子供の頃から王太子妃教育は大変だった。
出来なくて何度も泣いた。
出来ない自分が情けなくって。先生に失望の眼差しで見られるのが怖くて。
必死だった。そして……気が付いたら一人だった。
誰もが自分の欠点をあげつらうんじゃないか?
誰もが足を引っ張るんじゃないか?
疑心暗鬼の中でただ一人。
でも、彼だけが私の心に火を灯す。
あれは何度目の転生だったかしら?
この国の東にダンジョンがある。
【暁のダンジョン】と呼ばれている。私はそこに逃げ込んだ。
そこに彼がいて。頬に十字の傷があり、赤茶けた髪の毛。眠そうな目。
彼は冒険者で、私は辺境に逃げ込んできたところで出会い。
私はひったくりにあい、それを彼が取り戻してくれた。
安物のペンダントだが、お母様の形見。
肌身離さず持っている。他の装飾品を売っても、これだけは手放せないでいる。
それを彼が取り戻してくれた。
私は恋をした。
冒険者ギルドの受付嬢で働く様になって。
仕事にも慣れたところで彼からプロポーズされた。
彼が持ってきてくれたのは、たった一輪の花。
エーデルワイス。
辺境のダンジョンに咲く花だ。恋人にプロポーズする為に摘まれる花。
ダンジョンの20階に咲くその花は、冒険者達が己の勇気と力を示すために摘む。
花が咲く辺りは強い魔物が多く。命懸けだ。
だからこそ恋人に己の本気を差し出すのだ。
私は泣いた。嬉しくて嬉しくて。
こんなに心の籠った花は初めてだから。
王太子様は侍従にいつも選ばせていたから。
高価だけれど心の籠らない贈り物。直ぐに妹に取りあげられる贈り物。
私は頷きプロポーズをうけた。
でも……私は花嫁になれなかった。
「この淫売!!」
王太子に見つかり、私は切り捨てられ。
彼は……どうなったのだろう?
妹と結婚するには私は邪魔なはず。
なぜ? 探したのだろう?
病死ということにすれば良いのに。
妹が結婚するなら父親も反対しなかっただろに。
「痛い!!」
私は思わず指を見た。手袋に血が滲んでいる。
「まあ。お姉様大丈夫? 薔薇の棘に刺さったの? 薔薇の棘は花屋さんが抜いてくれるのに? 自分の家の花壇で育てた薔薇なのかしら? メイドか庭師が抜き忘れたのね」
大丈夫? と妹が首をかしげる。
「ええ。大丈夫よ。少し切っただけ」
妹は私の手袋を外すとハンカチで血を拭い回復魔法をかけてくれた。
「凄いね。流石聖女様」
王太子様は驚く。初めて聖女の力を見たのだろう。
そう妹は聖女様。
だから妹は王太子妃の資格がある。
王族は魔力の強い者を求める。
でも……私は余り魔力が強くない。
容姿も平凡で、モブ顔と言われている。
妹の様に輝くブロンドの髪も、エメラルドグリーンの瞳も持っていない。
ライトブラウンの髪と琥珀の瞳はこの国では珍しいが、隣の帝国ではゴロゴロいる。
私が妹に勝るのは王太子妃教育だけ。
それだって魔力と比べればゴミのようなもの。
歌姫で聖女で美しい。
同じ姉妹なのにこの差はなんだろう。
勝てる要素がまるでない。思わず苦笑いが零れる。
「アデル」
いつの間にか劇場の外に出ていた。
妹の取り巻きが呼んでいる。5人の高位貴族子息たち。
「皆が呼んでいるわ。ではアリソン様御機嫌よう」
妹がパタパタと駆ける。貴族子女では、はしたない行為だ。
でも皆は妹を咎めない。
何をしても好意的に見られる。
ぞくり
悪寒がはしる。
なぜ? 私は妹を嫌わないの?
これまでの転生を考えれば可笑しな話だわ。
死に追いやるアリソン様を恐れ逃げ出したのに。
妹には無防備だ。
「馬車が来ました」
さっきまで妹に見惚れていた護衛が思い出したようにそう言う。
「そうか。じゃツェレ私は城に帰り書類をかたづけなくてはならない」
「今日は妹のデビューの為に、わざわざお越しいただいてありがとうございます」
私は王太子に頭を下げた。
「いや。良いんだ。家族になるんだから」
家族……貴方と妹がね。
王太子が馬車に乗り込み見送る。
「お嬢様。お花を持ちましょう」
着き従っていた侍女が花を持つ。
良くできた侍女だ。王の命令で私を監視しているので無ければ。
何時からだろう……護衛と言う監視がつくようになったのは?
数回前の転生では、彼等は居なかった。
「お嬢様。馬車が来ました」
私は頷き。護衛と侍女と一緒に馬車に乗る。
聖女と呼ばれる妹は、学園を卒業した後神殿に入る。
本来ならばそのまま神殿で一生を終える。
しかし……例外がある。
王の花嫁になること。
妹は王太子様の花嫁になったんだろうか?
「あ……手袋……」
「どうしました?」
「いえ……破けた手袋はどうしたのかしら? アデルが持っていたのかしら? お気に入りだったのに」
「破れて血が滲んでいましたから。アデル様が持っていたみたいですが、もう捨てられたのでは?」
「そうね」
「同じものをご用意いたします」
「ありがとう。そうしてくれる」
本当によく気が付く侍女ね。
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「まあ。ご覧になって。王太子様よ」
「あらあ? 一緒に踊っているのは、ツェレ様じゃないわね」
「妹のアデル様ね」
「二人共麗しいですわね」
「本当に美男美女ですわ」
「ところでツェレ様はどちらにいらっしやるの?」
「一番最初に踊るのは婚約者のはずですわよね」
「まるでアデル様の方が本物の婚約者のよう」
何度も何度も二人が幸せそうに踊るのを見て。
初めの方は心が抉られる思いだった。
今は……心がすり潰されて何も感じない。
王太子様を好きだった事もあつたわね。
そんな白けた思いだ。
妹はあっという間に王太子様の心を掴んだ。
でも……
いつもの地獄より早くないかしら?
大体私達の結婚式の前に(二年後)急接近するのだけれど……
しかも今回は帝国の客人を出迎えるパーティ?
そんな事これまでにあったかしら?
今回は今までとは違うの?
そんな事より明日の修道院の方が気になる。
あそこは縁切り修道院と呼ばれている。
夫の暴力から逃れるため修道院に逃げ込み離縁する。
そしてそのまま世俗を捨てるのだ。
しかし……王都の修道院では王族の権力からの保護は無理だろうか?
やはり地方の修道院の方がいいだろうか?
本当なら帝国辺りに逃げ込みたいんだけれど。
海の向こうにある帝国は実力主義。様々な民たちが居る。
しかし逃亡ルートでは港は出るのが難しい。厳しいチェックがある。
誰かの手引きが無ければ無理だわ。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか中庭に出てしまった。
空を見上げて思い出す。
牢屋で見た満月も美しかったな。
噴水の前に洒落た鉄のベンチが置いてある。
私は椅子に座り。月を眺める。
噴水が涼しげな音を立てて、水面が揺れる。
「今夜は月が美しいですね」
一人の男が現れ。
聞き覚えのある声。
振り返ると彼がいた。
ああ!! なんてこと!!
「貴方は誰?」
震える声で尋ねたら。彼は微笑んだ。
「私の名前は、ロイド・ゼラズニーと申します。帝国軍人です。以後お見知りおきを」
私の知っている彼は冒険者。
だけど、今の彼は帝国の軍服を纏い。私の側に立っている。
右頬には斜め十字の傷跡。
ぼさぼさの髪の冒険者ではない。
赤茶色の髪をオールバックに撫で付けて。
エーデルワイスを私に差し出してくれた人ではない。
『エーデルワイスの花言葉を知っているかい? 【大切な思い出】【勇気】【忍耐】だ』
「貴方はジャック・ハンターではないの?」
止めようとした言葉が零れる。
彼のグレーの瞳が驚いて大きく見開かれる。
けれどすぐに彼の瞳は凪ぐ。
「ああ。ごめんなさい。人違いね。あなたがとても知っている人に似ていたの……だから……間違えてしまったわ」
「その人はどんな人ですか? この世には自分に似た人が三人いると言われています。だからとても気になります」
私は微笑む。
「彼は辺境の【暁のダンジョン】に潜るA級冒険者。とても優しい人で私にエーデルワイスの花言葉を教えて下さったの」
「王太子の婚約者である貴方が、一体何処で冒険者と知り合ったんですか?」
私はくすりと笑う。
「二年後、【暁のダンジョン】がある町で会ったのよ」
「酷い人だ。私をからかったんですね」
困ったように彼が言う。
あの時は辛くて苦しくて我慢できずに王都を飛び出した。
運良く王太子様や実家の追っ手を逃れ。
【暁のダンジョン】に逃げることが出来た。
「お姉様」
鈴が転がる様な声がした。
「あ……妹が呼んでいますわ。それでは御機嫌よう。ロイド様」
私はベンチから立ち上がり。ゆっくりと妹の所に向かう。
「あ……」
ロイドは呼び止めようとした。
チャリッ
足元で音がした。
拾い上げると赤い石のついたネックレス。
月の光に照らされてキラキラ光る。
「お姉様。どうなさったの? どなたとお話しなさっていたの」
「なんでもないわ。少し暑くて。外で涼んでいただけよ」
「そうですの。お父様が呼んでいましてよ」
「お父様が……何かしら?」
私は父の執務室に向かう。父はこの国の首相だ。
父と妹は仲が良い。妹は亡くなった母に似ているからだ。
私は誰にも似ていない。でも母はとても可愛がってくれたけれど。
十歳の時に母が亡くなり。
その時から王太子妃教育が始まり。忙しい父。忙しい私。
親子の絆が切れたような気がする。
いえ……切られたのは私ね。
「お前と王太子様との婚約が破棄され代わりにアデルとの婚約が成った。お前は直ちに辺境のグレゴリ修道院に迎え」
「賜りました」
グレゴリ修道院は手の付けられない不良貴族子女が行くところだ。
とても厳しい所だと聞く。監獄修道院と陰で言われている。
私は父に頭を下げドアに向かって歩く。
「まて」
「?」
「何か言う事は無いのか?」
「いいえ。何もございません」
私は部屋を出て行く。
「ふん。可愛げのないことだ」
「お父様。何のお話だったの?」
「おお。アデル。お前と王太子様との婚約が決まったんだよ。これで神殿に行かなくてよくなったよ」
「そうなの? じゃお姉様はどうなるの?」
「あれはグレゴリ修道院に入ることに決まった。明日にでも修道院に出発させる」
「まあ。随分早い出立ですのね」
「善は急げと言うだろう」
「……」
「アデル」
王太子様がドアを開け入って来た。
「これで私達は一緒になれる」
「とても幸せです。アリソン様」
アリソンに抱きしめられてアデルは舌打ちする。
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ガラガラと馬車が走る。
粗末な馬車にはツェレ一人が乗っている。
侍女も護衛騎士もいない。
年老いた御者のみだ。荷物も小さなカバンひとつ。
数日前とは大違いだ。
ぼんやりと窓から外を眺める。
グレゴリ修道院に近づくに従い空気は乾燥してくる。
「今回は修道院で病死かしら? それとも盗賊にでも襲われるのかしら?」
今回は嫌に展開が早いと思った。
「魔物だ!!」
御者は悲鳴を上げる。
「ぐおぉぉぉぉ!」
魔物が恐ろしいうなり声を上げて追いかけてくる。
狼に似た魔物で三匹もいる。
ファイアーウルフ。火をふく魔物だ!!
「今回は魔物に襲われて死ぬのね」
ぼんやりとそう思った。
乾いた笑みが零れる。本当に今回は早かった。
馬車が猛スピードで走る。しかしカーブを曲がり切れずに横転し。
ギシャャャ!!
嫌な音を立てて回転する馬車。
馬車の中で回転するツェレ。あちこちぶつけて痛い!!
やっと馬車が木にぶつかって止まり。
「う……っ……」
ぬるり
額に触ると血が滴る。
「ひぎゃあぁぁぁー!!」
「ブヒヒヒーン!!」
外で御者と馬の悲鳴が聞こえた。
ふっふっと獣の吐く息が聞こえる。
四つ足の獣が近づいてくる気配。
薄れゆく意識の中で最後に聞いた悲鳴は誰の物だったのか。
分からない。
ツェレの意識は闇に飲まれた。
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「ここは?」
ツェレは見知らぬ天井を見上げる。
「痛っ!!」
起き上がろうとして直ぐにベッドに倒れた。
頭がズキズキする。頭に包帯が巻かれている。
頭を押さえながら辺りを見渡す。
粗末な手作りのベッドに寝かされている。山小屋のようだ。
窓から見える風景は、さっき走っていた場所ではなく。
通り過ぎた森の中だろう。
「気が付かれましたか?」
赤茶色の髪と瞳。
今日は軍服ではなく冒険者の格好だ。こっちの方がいいな。
軍服だと知らない人みたいだから。
「ロイド様? 貴方が助けて下さったのですか?」
「ええ。気分は如何ですか? 頭の傷は4針縫うぐらいで、酷くは無いのですが。出血が酷いようで。三日ほど眠っていましたよ」
「三日も……あっ!! それで御者は?」
ロイドは首を振った。
「そうですか……」
「この村の共同墓地に埋葬しました」
「ありがとうございます。お手数をお掛けしました」
「あの御者とは親しいのですか?」
「いえ……今回の旅で初めて会いました。あの人も身内が居ないそうで。私と同じだなと思っておりました」
「身内がいない? 伯爵家の御父上と妹殿がおられるのではないですか?」
「……実は私。養女なのです。お父様とお母様が帝都に行かれた時。拾った捨て子なのですわ」
「なんと!!」
「ところでロイド様はどうしてこんな所に?」
ロイドはポケットから首飾りを取り出した。
「まあ。私の首飾り。何処に落としたのか分からなくて。諦めていましたの。ありがとうございます。まさかこれを届けるためにわざわざこんな所まで追いかけて下さったの?」
私は首飾りを受け取ると心の底から笑った。
彼の前だと自然に笑える。
「ああ。君の家を尋ねたらグレゴリ修道院に向かったと。てっきり慰問かと思いましたが……」
「お恥ずかしい話ですが。私は王太子様との婚約が破棄されまして。妹が王太子様の婚約者になりました」
「兄貴!!」
女の人がドアを開け入って来た。彼女も軍服ではなく冒険者のかっこをしている。
「あっ!! 気が付いたんだ。良かった」
「これは私の妹でエーゼリンって言います。貴女の着替えはこいつがしたから心配なさらないでください」
「お腹空いたでしょう。今スープ持ってくるね。あたしのことはリンって呼んでくれていいから」
バタバタと元気に走っていった。
「ガサツ者ですいません。貴女と同い年なのに落ち着きがなくって。男兄弟に囲まれて育ったのが悪かったのか。軍人一家なのが悪かったのか」
「いえ。元気が一番ですわ」
私は微笑んだ。
「所で俺は貴女の父親を知っているます」
「えっ?」
「その首飾りといい。貴女の顔といい。間違いないでしょう」
「本当ですか!! 本当に私の両親を知っているのですか!!」
「突然の事で申し訳無いのですが、俺と一緒に帝国に来てくれないでしょうか。貴女のお父様に貴女を探すように頼まれているのです。大精霊に誓います。決して貴女を害することはしません」
「ああ。でも私は修道院に入らないといけないんだったわ」
「ゼルテネス伯爵には私から手紙を出しておきます。実の親が見つかったのです。伯爵も許して下さるでしょう」
私は嬉しくて涙が止まらない。
この地獄で初めて親が分かるのだ。
「お母上は亡くなっておられますが、父上はご健在です。御兄弟もおられます」
「そうですか。お母様は亡くなってるんですか。でも私に血の繋がった兄弟がいるんですね」
「ハーイ♥お待たせ♥リン特製の野菜スープだよ」
元気なリンが、トレイを持って現れる。
「一杯食べて体力つけて家族に会いに行かなくちゃね~」
トレイの上には野菜スープとパンと小皿に入った野菜サラダとミルクが乗っていた。
はしたなくもお腹が鳴った。
「わあ~美味しそう。いただきます」
「兄貴。ちょっと」
「なんだ?」
「ちょっと兄貴をお借りします~」
二人は出ていった。
山小屋から離れた所に来るとリンは怖い顔をした。
「これ見てくれる。馬車の屋根に仕込まれていたの」
「これは……まさか魔物を呼び寄せる香?」
魔物を呼び寄せる草を丸く麻紐でグルグル巻きにしている。
しかも何やら血の付いた女物の手袋も巻き込んでいる。
「これは……呪術か? 俺は詳しくないが……」
「かなり高度な呪術よ。やはり彼女は狙われている」
「彼女のドレスは?」
「びりびりに引き裂いて馬車の近くに置いたわ。御者の墓と彼女の墓を作ったのは正解ね。ある程度時間稼ぎができると思う」
「なるたけ早く出発した方がいいな。彼女には無理をさせるが仕方ない」
リンは頷き。
「国境を越えてから馬車の用意をしましょう。兄貴が彼女を馬に乗せてね。私は旅の準備をしとくわ」
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私達はその日のうちに出発した。
国境を超えるまで三日ほどかかり。私の身分証明書は冒険者見習いとなっている。
いざ私が見つかった時の為に用意された物らしい。
帝国軍人の彼ではあるが、彼は伯爵家の三男で後継ぎではないため軍を退役したら冒険者で身を立てるつもりだと笑う。
さすが、A級冒険者。ギルドマスターとのコネもしっかりある。
その為に無理な依頼も引き受けているのだから。
とロイドは私にウインクする。
私は彼の笑顔を見て。
「相変わらずの女たらしね」と呟き。
顔を背ける。顔が赤い。私は服の下にあるペンダントを握りしめる。
『これはね。貴女が捨てられていた時に身に着けていたものよ。だから大事に身に着けているのよ』
母は死ぬ前にそう言った。血は繋がってなかったが優しい人であった。
ありがとうございます。お母様。私は本物の家族に会えます。
お母様が渡してくれたペンダントのお陰です。
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二週間後。私達は海を渡り。帝国の王都に着き。
私が案内されたのは王都の外れに在る静かな館だった。
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2018/6/15『小説家になろう』 どんC
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最後までお読みいただきありがとうございます。
不定期更新です。
日間異世界恋愛8位ありがとうございます。
皆様のお陰です。