第5話
鋭く睨みつけてくる元レッドドラゴンの彼女。
だが、そこで急にニコリと笑う。
「まあいいや、あたしはドーラ。名乗っても仕方ないかもしれないね。だって、あんたは」
ドーラの手のひらが赤く光る。
「これから死ぬんだから!」
彼女の手から放たれる炎が僕を襲う。
僕はすんでのところで避ける。
「よくも、あたしの裸を見たな! もう1発食らいな!」
なんで殺されそうになってるのかと思ったらそれか!
にしても、スーラのときとは反応が全く違うじゃないか。
魔物は人間にされたら喜ぶものだとばかり思っていたが。
だが、さらにドーラが炎を放とうとしたとき。
ぐ~という轟音が響き渡った。
そして、彼女が膝をつくと、腹に手を当てる。
「お腹空いた」
え? なんだかすごく拍子抜けだ。
だが、腹減ったという不吉な言葉が。
僕の予感が間違っていることを願ってやまない。
「あんた、その、なんか食べ物ない? それと服も」
今、殺そうとした相手に次の瞬間に飯と衣類をねだるとは、ドラゴンとはこんなにいい加減なのか。
僕は思わずため息をついてしまう。
「今、食べ物は持ってない。服はどうしようか……」
どうしようもなくて、僕はパンツ1枚の半裸となった。
ドーラに服を着せないわけにはいかない。
「ごめんよ、さっきはつい恥ずかしさで頭に血がのぼって。改めて、あたしはドーラ。あんたは?」
「僕は宙だよ」
「ハルカ、よろしくね。人間にしてくれた以上あんたについていくよ」
一時は殺されかけたものの、僕についてきてくれる女の子が無事増えた。
ドーラには、スーラとは違う魅力があって、なんだかんだ僕はテンションが上がっていた。
このあとすぐに下がりまくることになるのだが。
夕方には隣街のネスターに着いた。
僕たちの手もとに残ったのは先の方がひん曲がって、血まみれになった鉄の剣1本と、そして。
「腹減った」
「お腹空きました」
「お腹空いた」
僕たち3人の空腹だった。
早速テンションは急降下爆撃機。
なお、ドーラが水浴びしてる間に、商人には、ドラゴンとの戦いに巻き込まれて服が焼失し、馬も逃げてしまったと説明した。
それで商人は納得し、ドーラを馬車に乗せてこのネスターまでやってくることができた。
とりあえず、街の掲示板に向かったが、そこまで歩くのも辛いほどに3人の空腹は重症だった。
だが、掲示板を見ても依頼はことごとく魔物退治のみ。
「スーラ、ご覧の通りだよ。さすがに魔物退治しかないよ、ご飯食べる方法」
「ハルカ様……」
「それでも魔物退治はダメ?」
「……仕方ありませんね。でもスライムだけは殺さないでください」
上目遣いで懇願されると僕は断れない。
だが。
「スーラだっけ、そこのスライム女」
ドーラが露骨に嫌悪感を剥き出しにして、スーラを睨みつける。
スーラはびくっとなると僕の背中の後ろに隠れる。
「魔物退治はダメだとかスライムはダメだとか言ってる場合じゃないだろ!」
ドーラの怒号が響くと、僕の背中に隠れながらもスーラも反論する。
「ドーラさんには、多くの冒険者に一方的に虐げられる弱小モンスターの気持ちなんて分からないんです!」
「分かりたくもないね! この世は弱肉強食だよ!」
おそらく、食べてないから二人とも苛立っている。
なんか僕の思ってたモテ生活とはそこはかとなく違うような……。
とにかく、食費、いやその前にこの二人にちゃんとした服を買わないと。
しかも、同伴の僕がパンツ一丁では、いつ変質者として捕まってもおかしくないし、急を要する。
僕たちは、ゴブリン退治の依頼を受けた。
そして、早速ゴブリンが出没するという街の裏の小高い山に向かう。
急峻な坂に木々が生い茂り、夜の暗がりも手伝って、進みにくく、どこにゴブリンが隠れているか分かったものではない。
この世界でもゴブリンは雑魚の代表なんだな。
スライムもそうだけど。
ふと、辺りに気配を感じた。
こんな気配を感じられるのも勇者として転生したおかげだろう。
振り返ってドーラを見ると頷いている。
ドーラも気づいたらしい。
一方、スーラはきょとんととしていた。
ダメだこりゃ。
そこでドーラが突然手のひらから火炎を放つ。
ちょっと待ってよ、連携とかないのか。
そこいらじゅうから、耳の大きい小人みたいな連中が出てきたかと思うと、大量の石を投げつけてくる。
「ひぃーっ!!」
スーラは怖がってしゃがみこんでいる。
やはり戦力にならない。
一方、ドーラは炎を的確に放ち、すごい勢いでゴブリンたちを撃滅していく。
僕も負けてはいられないと、前方のゴブリンの集団に向かっていくと曲がった鉄の剣で仕留めていく。
戦いは数分で終わった。
そして、街に凱旋する僕たち。
報酬の1000ゴールドを受け取った。
衣類の店は閉まっていたから、宿屋で食事つきの宿泊をすることにした。
これで三人で600ゴールド。
あれ、ゲームとかより宿代高くないか。
それはともかく。
宿屋の食堂で待っていると食事が運ばれてくる。
クリームシチューだ。
空腹のおかげでこんなにおいしいシチューは初めてだと感じた。
一言もしゃべらず食べ続けた。
隣を見るとスーラも満足そうにお腹をさすっている。
「とっても美味しかったです。お腹いっぱい」
だが、ドーラは僕たちよりもはるかに早く食べ終わったらしく、ウェイトレスにメニューを持ってこさせ、なにやら注文しまくっている。
「足らなかった?」
僕が尋ねると、ドーラはきつく睨みつけてくる。
「こんなの足りるわけないよ!」
本気で怒っていてちょっと怖かった。
そして、しばらくして運ばれてきたのは、とにかく肉、肉、肉だった。
30人前など余裕で超えていると思われる。
「こんだけ?」
と言いながら、それすら1分ほどで食らいつくした。
そこに宿屋の主人が現れた。
「注文して食べてくれるのはかまわんけどね、代金払えるのかい? 合わせて4000ゴールドだよ」
僕はそれが幻聴だと信じたかった。