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第43話

 くらくらと目眩が起こるような強烈な一言だった。

 ‎スーラに告白されていたし、なにより事前にドーラの気持ちは分かっていた。

 ‎それでも告白の一言というのは、こんなにも威力のあるものなのか。

 何か言わなきゃとか思うけれど、脳は何か言わなきゃという心の言葉を山びこのように繰り返すだけで、考えることを放棄しているかのようだ。


 だが。


「あたし、言っちゃった」


 ドーラは頭を抱えてなにやら悶えている。

 ‎その様子を見ていると僕の脳も冷静さを取り戻したのか、少しは思考する余裕も出てきたらしい。


「ドーラ」


 僕は優しく彼女に話しかける。


「ごめん」


 いきなり謝り始めるドーラ。

 ‎そんな彼女は僕に背を向けている。


「なにを謝ってるの? ってかこっち見てよ」

「無理」

「えっ?」

「とにかく無理。あんたの顔、まともに見れない」


 ドーラってこんな娘だったっけ?

 ‎なんだかやたらと新鮮だ。

 ‎彼女の振る舞いは豪胆で、お世辞にも女らしいとは言えなかった。

 ‎けれど、目の前の彼女を見ると、こんな一面もあったんだとギャップを感じる。

 ‎と、同時に胸が熱くなってくる。

 ‎これだろ、これ!

 ‎僕が最初求めていたものは。

 ‎

 ‎だけど、僕は非常な現実を思い出す。

 ‎そう、食費だ。

 ‎そして、それに関して大切なことがある。


「ドーラ」

「分かってるよ」


 恥ずかしさで身悶えていた彼女が落ち着いたトーンで答えてきた。


「あたしじゃダメ、分かってる」

「ドーラ」

「ハルカが好きなのはスーラのほうでしょ。あたしよりずっと女の子らしいし。それにあたしは食費がかかる。スーラだけならハルカも余裕で養えるから」


 そう言って僕を見てくる琥珀色の瞳はわずかに潤んでいたように思う。


「スーラには悪いけれど断った」

「そっか、それでスーラどっか行っちゃったのか。でもなんで? 断る理由ないと思うけど。ハルカ、ひょっとして女の子に興味ないとか」

「違うよ」

「じゃあなんで?」


 そう言われるととても答えにくかった。

 ‎食費の問題が理由と答えれば、ドーラが責任を感じることは間違いないからだ。

 ‎そして、それを理由に僕は今また断ろうとしている。

 なら、やっぱり言わないわけにはいかない。


「今、僕の力じゃ十分に養えないから恋愛してる場合じゃないって思ったから、そう伝えた」


 ドーラが途端に悲しげな表情をする。

 ‎かと思うと、彼女は急に笑いだす。


「あたし、最低なやつだよね。あたしがいなかったら全部うまくいく。そんな気がする」

「そんなこと、言ってないだろ」 

「分かってる。でも私の食費がすごいせいでハルカを苦しめてるし、スーラの恋路まで邪魔してるんだ。それが現実だよ」

「いや待て、誰もスーラを選ぶとは言ってない」

「えっ?」


 ドーラが再び僕を凝視した。

 ‎僕の心のうちを漏らさず読み取ってやるといわんばかりに琥珀色の両眼が鋭い煌めきを見せる。

 僕は彼女のそんな様子を見てから、自分の失言に気づいた。今のはドーラを勘違いさせかねない。

 ‎早く言わなきゃダメだ。

 ‎そう、僕は。


「まさか、スーラじゃなくて……」


 さっきよりずっとキラキラした目をしている。それは自分が選ばれるかもという希望のせいなのだろう。そのくらいは分かった。だが、それは偽りなのだ。僕は二人とも選べない。でも、ドーラの瞳を見ていると、言うべき言葉が口の中から出てこない。


「そう思っていいの?」 ‎


 ドーラの確認の問い。

 ‎ここでオッケーしてしまうとまずい。

 ‎だけど、これだけキレイで、かわいい一面も見せてくれたドーラの好意をはねつけてまで、僕は何を守りたいのだろう。

 ‎熱を帯びた神経回路がまともな思考を阻害する。


「いや、そうじゃない」


 僕は、安易な方向への誘惑に打ち勝った。

 

「えっ?」


 困惑しているドーラにまくし立てる。


「僕にはどっちかを選ぶなんて資格ないんだ! 僕には責任がある。君たちを人間にしてしまった責任が。君たちの最低限の食費は僕がなんとかしないといけないんだ。好きとかそういうこと言ってる場合じゃないんだ。何より僕がどっちかを選んだら、もう一人は居場所を失う」


 息継ぎして最後の一言をなんとか吐き出す。


「だから、僕はどっちも選べない」



 



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