第42話
スーラはそんなに足が速いわけではないから、僕の足ならすぐ追いつけただろう。
でも、僕は追いかける気にはなれなかった。
スーラのことをどうでもいいなんて思っていない。
ドーラのことだってそうだ。
だけど、僕が今どう言ってもそれが伝わらない。
そんな気がした。
僕が戻るとドーラとジーマはなんとなく察してくれたようだ。
「お兄ちゃん、いざとなったらジーマがスーラを必ず捕まえるなの。だから大丈夫なの」
ジーマがこのように空気を読んだ発言をするなんて、僕の顔はよほどヤバいことになっていたんだろう。
「ハルカ」
ドーラは遠慮がちに話しかけてきた。
黄色の瞳はいつもと違って輝きが翳っている。
彼女はそっと僕の手を握ってきた。
柔らかく暖かい感触が、疲れた僕の心を優しく包みこむようだ。
僕はドーラとも話すべきだと感じた。
「ドーラ、ちょっといいかな?」
こくりとうなずく彼女。
「あたしも話したいこと、あるし」
「そっか、じゃあ」
そして、ジーマのほうを見ると、いつもの意地悪い笑顔ではなく、優しい笑顔で去っていく。僕の肩を押してくれたように思った。
僕とドーラの二人だけになった。
しばしの沈黙の後。
「あのさ」
僕から先に切り出した。
「さっき、スーラと喧嘩みたいなのしてたと思うけど、あれはどうしたの?」
「あ、あれはその……」
ドーラは目を合わせず、そこで口ごもる。
僕は少し考えてからさらに突っ込んだ質問を投げてみる。
「実はこの間、スーラから、告白されたんだ。意味わかるよね?」
すると、ドーラは静かにうなずく。
「そのことと関係あるのかな?」
訊いてみてから、もし関係なかったらどうするんだ、やっぱりやめておけば良かったかなと少し思った。
でも、結果的にはこれでよかったのかもしれない。
「そう、関係ある」
ドーラはそう言ってじっと僕を見つめてきたのだった。
「あたし、スーラに言われた。ハルカに想いを伝えなくていいのかって。スーラは想いを伝えたことも聞いた。あたしはそれですごく腹が立ってしまって、それで喧嘩みたいになっちゃって」
「そう、なんだ」
そこでドーラははっとして顔を赤らめた。
耳まで真っ赤だ。
「あ、あたし、あたしあたし」
「ドーラ?」
困惑したようなそぶりを一瞬こそ見せはしたが、意を決したように僕の瞳を見つめてくると。
「ごめん、あたし、あたしはハルカのことが好きだ」
もう彼女の想いは知っていたけれど、それでも彼女の凛とした声が僕の心を揺さぶった。