第39話
突然森の奥に走り去っていったジーマのあとを追う。
速すぎてもう後ろ姿は確認できない。
今さらも今さらなんだけど、この魔物を人間の女の子にする能力、いろいろ中途半端すぎるだろ。
まあ、もとの魔物の性格とかが反映された女の子になるのは分からないでもない。
でも、食欲も身体能力も人間離れし過ぎている。
僕はこんなのを望んでいたわけじゃないんだ。
勇者として人の役に立って、そしてモテたかった。
元魔物の腹ペコ系女子に好かれる能力なんて望んだ覚えはないんだ。
けれど、僕はこの能力でスーラやドーラ、スライ、ジーマを人間の女の子にしてしまった。
彼女たちの食欲を満たすのが、僕の最低限の責任なんだ。
そして、スーラとドーラはどういうわけか、僕に好意を抱いてくれているようだ。
ジーマはああ言っていたが、僕はどうしたらいいのだろう。
正直、彼女たちから好かれるのは嬉しいことだ。
そもそもハーレムを夢見てこちらにやってきたわけだし。
だけど、現実は厳しい。
王様にもらった服しかまともな衣類はないし、今日の寝る場所も確保できてないこんな状況で、僕に恋なんてする贅沢なんてものが許されるだろうか。僕が神様なら許さない。
にしても青白い妖しい光が木々の間からこぼれている。
これはなんだろうか。
そんなことを考えているうちに前方から複数の気配がした。
多数の骨が浮かび上がると、カタカタと音を立てながら人の形をとる。
スケルトンだ。
クアアアアアアア!
甲高い雄叫びをあげながら、進むべき道に立ち塞がる。
もたもたしているとジーマとはぐれてしまう。
こんなスケルトン、ものの数じゃない。
と心の中でイキっていた。
すっかり手に馴染んだ鉄の剣を抜くと、真ん中のスケルトンに飛びかかる。
一瞬でけりがつく。
かと思ったが。
スケルトンはボロそうな剣で僕の攻撃を防いでみせた。
眼のくぼみの奥の青白い光からは鋭い殺意を感じる。
強い。
そこに左右から他の2匹が襲ってきた。
後ろに飛び退いて距離を取る。
さっきまで僕がいた空間を容赦なく斬撃が通過する。
なんだこれ、強すぎないか。
スケルトンなんて勇者からしたら雑魚中の雑魚のはず。
しかも、続々と登場する増援のスケルトンたち。
確認しただけでも20は下らない数だ。
正直、1匹ずつなら全然たいしたことないが、この数をまとめて相手をするとなると……。
魔法でも習っておくべきだったな。
多数を攻撃できる魔法があれば。
って、魔法なんて習う余裕があったと思うか?
最低限の生活をするだけで精一杯だったわ!
なんなら、最低限の生活もできてないわ!
と、自分で自分にツッコミながらスケルトンたちを睨みつける。
ここは。
強行突破しかない。
タイミングを見計らって。
もうすぐ、もうすぐだ。
そこで鳴り響く僕の腹の虫は突撃の合図。
一気にスケルトンの集団に突進すると、ジャンプ!
飛び越える。
そして、かっこよく着地すると、ダッシュ!
目の前には道を塞ぐように次々と現れる骸骨たち。
それを剣でいなしながら、全速力で前進する。
背後には骸骨の大群の気配。
お化け屋敷で追いかけられるときの1万倍くらい怖くて振り向きたくもない。
そして、そんな恐怖とは関係なくお腹の虫は相変わらずうるさい。
ジーマ、どこだ?
行けども行けども見えてくるのはスケルトンばかり。
人が一生に見るスケルトンの数は優に超えたんじゃないか、と心の中で愚痴る。
空腹のせいか走っていてクラクラしてきた。
急に開けたところに出た。
前には池が広がっていた。
青白く光る水面。
これがあの妖しい光の正体か。
そして、見慣れた後ろ姿。
僕が膝に手をついて息を激しく切らしていると、ジーマがこちらを振り返る。
「あ、お兄ちゃん、遅かったなの」
彼女は完全にバカにしたように笑っている。
「ジーマ! はあはあ……。お前なあ! いきなり走っていきやがって! はあはあ……」
そこで。
「なにものだ?」
池から唐突に聞こえた声。
それはまるで地獄の底から放たれているように低く響いた。
「ジーマ、今の声は?」
「おじいちゃんなの」
「おじいちゃん?」
魔人のおじいちゃんは魔人なんだろうか。
馬鹿げたことが頭をよぎるのと、池の水面が揺れ始めるのが同時だった。