第32話
ギルドの外で僕たちが途方にくれているところに、シーラさんが銀の髪と豊かな胸を揺らしながら駆け寄ってきた。
「あ、いたいた。その様子だとせっかくギルドで冒険者登録しても依頼がなくて困ってたんでしょ? 言い忘れたことがあったのよね」
「言い忘れたこと?」
「ずばり、依頼を受けずに冒険者ランクをあげる裏技よ! ハルカ、あなたならそれができるわ!」
僕にはシーラさんが女神に見えはじめた。
「ハルカ様なら裏技もできるんですね」
「さすがだね、ハルカ」
「裏技なの!!」
腹ペコ3人娘も元気をとりもどしたようだ。
「で、どうすれば?」
「この国の王様に会うのよ」
そう言ってシーラさんが指差す方向には城が見える。王様なんかいたのかこの国。ぶっちゃけ闘技場とギルドしかない街、というイメージだったぞ。多分、腹が減りすぎて視野が狭くなっているんだろうな。ところで。
「どうやって会うんですか?」
僕は当たり前の質問をぶつけてみた。
「普通に会うのよ普通に」
シーラさんに連れられて僕たちは城の正面に立ち塞がる巨大な門の前にやって来た。
門番として2人の衛兵がいて、僕たちをじろじろと見てくる。だが、そんな視線をもろともせず、シーラさんは2人の前に立った。
そして、懐から手のひらサイズの手帳のようなものを見せる。
すると、門番の2人はロボットのように気をつけをして、敬礼をしてみせる。
白く並びのよい歯を見せ満面の笑顔で振り返るシーラさん。
シーラさんに付き従って、豪奢な壁と高い天井の長い廊下を歩く。コツコツコツと足音がよく響くこと。
「シーラさん、いったい何者なんです?」
僕の目から見ても、シーラさんはただ者ではない。
「まあ、私は王様にコネがあるのよ、コネがね」
王様とコネ! これってうまくやればまともな服の1枚くらいくれるんじゃないか。
僕は希望に胸を膨らませた。
そこでふと思う。いつから僕はこんな小さなことで幸せを感じられるようになったんだろうかと。
そもそも女の子モテモテ計画を実行すべく勇者として僕はこの地に舞い降りた。
にもかかわらず、僕は毎日の衣食住も保証されない。
かわいい女の子は確かに仲間になったが、ゴルゴブの鼻水を食らってからというもの、みんなの目線が冷たい。
廊下を何度か曲がり、奥に進むと一際大きく金で縁取られた赤い扉の前に着いた。
ここも衛兵が二人立っている。
そこでまたシーラさんがなにかを見せると、衛兵は慌てて扉を開ける。
僕たちはシーラさんのあとに従い、中へと足を踏み入れた。
そこは広間のようなところで、緋色の絨毯がまっすぐ伸びた奥には王座とおぼしき豪華な椅子があり、白髭を蓄えた初老の男性が鎮座していた。
彼からはいかにも王様という雰囲気がビンビン伝わってくる。
絨毯の上をサクサク進むシーラさん。
「王様、拝謁いたします」
王様の前にたどり着くと彼女はやたらと仰々しい礼をする。すると、王がそれらしく喉をならし口を開いた。
「おお、シラルクレ・エンドースト・ストラメラルではないか! 久しいのう」
誰それ? これがシーラさんのお名前?!
無駄に長い! 噛まずにスラスラ言った王様、絶対事前にすごい滑舌の練習してるだろ。ってかよく覚えてたな。
「はっ」
「ところでそのものたちは?」
「はっ、このものたちは今回私が成功したヒュージゴブリン捕獲に極めて大きな貢献をしたものたちです」
「ほほう、それはまたでかしたのう。ところで後ろの3人の娘たちはなにをしておるのかのう」
「はあ?」
振り返る僕とシーラさん。
そこには3人がうずくまっている光景が。
よく耳をすましてみると、なにかつぶやいている。
「お腹空きましたお腹空きましたお腹空きました……お腹空きました……」
「お腹空いたお腹空いたお腹空いた……お腹空いた……」
「お腹空いたなのお腹空いたなのお腹空いたなの……お腹空いたなの……」
それを聞いた僕の口は反射的に。
「腹へった腹へったついでに服ください腹へった腹へったついでに服ください腹へった腹へったついでに服ください……腹へった腹へったついでに服ください……」
とつぶやきだした。
止まらない。
「なんだ、このものたちは! さては怪しげな呪文でこのわしを呪い殺す気だな!」
怒りだす王様。
違うんです違うんです王様違うんです。
心でそうどんなに叫んだことだろう。
でも実際は。
「腹へった腹へったついでに服ください」
という発言になってしまうのだった。
かくして、僕たちは牢獄へと連れていかれることとなった。