第29話
巨大金色ゴブリンをゴールデンゴブリンと呼称しよう。
ゴールデンゴブリンは僕たちの方を睨むと牙をむき出し、鼻息を荒くする。
とても分かりやすい大変お怒りの仕草である。鼻息が荒いせいで、鼻水か鼻くその集合体だかが出口のあたりから時々顔を覗かせる。汚い。
それはともかくこの金色の怪物は怒濤のごとく追いかけてくる。
「とりあえず逃げよう!」
僕はスーラの手を取って駆け出す。
ドーラもそれに続く。
脱兎のごとく逃げる僕たち。
「どうすんの?!」
赤い髪を振り乱し、走りながら訊ねてくるドーラ。
「こいつはコボルトエンペラーの代わりになるんじゃないかと思う。ってことは捕獲するのにシーラさんが必要だ。ここからシーラさんのとこまで逃げ切る!」
実はけっこう無茶な作戦のような気がする。
案の定、後ろからスーラの不安げな声が聞こえてくる。
「そんなに走るの、わたくし無理です」
「だったら!」
僕はスーラをお姫様だっこして走り出す。
「あ、スーラずるっ! ねえ、ハルカ、あたしももう疲れてきちゃったからおんぶして!」
といいながら、両腕をよせて胸の谷間を作ってくるドーラの姿。かなり、大きい!
しまった、一瞬見てしまった。
「ハルカ様、なに見てるんです?!」
下からスーラのかわいい非難の声が聞こえてくる。
そんなことをやっているうちにゴールデンゴブリンにすぐ迫られる。
毎回ゴールデンゴブリン、ゴールデンゴブリンは長いので、ゴルゴブという愛称をくれてやろう。
「ゴルゴブ来てるぞゴルゴブ! ドーラ!」
「え、なに? ゴルゴンゾーラ?! 食べさせてくれるの?」
僕の頭の中で生まれたばかりのゴルゴブという呼称がドーラにまで伝わっているわけもなかった。それはいい。だが、こんなときも食べ物のことしか頭にないのかこいつは。
聞いてないぞ、ゴルゴブの野郎がマラソン強いなんて。姿こそ見えないだけの距離は保っているが足音からぴったりつけられているのが分かる。
ドーラがすこしつらそうだ。
「はっ、はっ、はっ、あたしもう限界。もう無理、マジ無理。なんか食べないと無理」
体力の問題よりそっちの問題か……。
「はっ、はっ、はっ、シーラさんまだかな。似たような名前のスーラさんはさっきからここにいるんだけど」
「申し訳ありません! わたくしがスライムじゃなくてシライムならきっとお役に立てたのに!」
「そういう問題じゃないし、そもそもシライムってなんだ?!」
もう足が感覚を失い、もつれて倒れそうになってきたところだ。
これ以上は逃げられない。
「ドーラ、スーラを頼む。スーラごめんよ。とりぁ!」
「きゃあああ!」
僕はスーラをドーラに向かって投げる。
ドーラはなんだかんだキャッチする。
「はっ、はっ、ここで僕が食い止めるからシーラさんを呼んできてくれ」
「分かったよ」
ドーラが走り去るのとほぼ同時に目の前に姿を見せる金色の怪物。
息が苦しい。
一度立ち止まってしまってすぐには動けない。
一方の金ゴブは息切れなどしていない。
僕を目にしてまたも鼻息を荒くすると、そのとき悲劇は起こった。
びしゃとなにかが僕にかかった。
避けることはできなかった。
粘液的なそれは鼻くそだか鼻水だかだった。
それを認識した僕は真っ先に気にしたことはもちろん。
「服が! 1枚しかない服が!」
1人発狂するしかなかった。