第26話
目を擦りながら起き上がる元魔人の女の子。
名前を聞く前だが、この子の名前はマージだ、間違いない。
確信が僕に言わせた。
「君の名前はマージだね? 魔人だけに」
次の瞬間、僕は吹っ飛んでいた。
いくつもの木々にぶつかり、それらをなぎ倒しなから。
腹に突き刺さるような痛み。
少女の細腕から繰り出された一撃だ。
油断していたのもあって、まともに受けてしまった。
本当に魔物から人間になったのかというほどの恐ろしい威力。
腹を押さえている僕のところに、少女がやってくる。仕草こそ小さな女の子がかけてくるかのようだが、とにかく速い。
「ジーマの名前はジーマなの。絶対間違えないでなの」
ジーマ……。そうきたか。
おそらく名前を呼び間違えられることは彼女にとってとてつもなく嫌なことだったんだろう。なにか必死な訴えだった。
「すまん、ごめんな。ごほっ!ごほっ!」
彼女のパンチの余韻がぬけないながらも、謝ってやる。
すると、彼女は手を差し出してくる。
こちらも差し出し返す。
僕の手は少女の小さな手に握られる。
ぐぎっ!
僕の手のひらの骨から変な音がしたかと思うと。
「いってええええええ!」
激痛が走る。
「これで赦してあげるなの」
満面の笑みを浮かべるジーマ。
そして、滅びの一言をもらす。
「お兄ちゃん、お腹空いたなの」
魔物のときの巨体から考えて、いったいどれだけ食うんだろうか。
そこから考えられる1日の食費は、ドーラの2倍プラスアルファ。
約7000ゴールドは見ないといけない。
ドーラとあわせれば1万に到達するだろう。あ、5桁の大台に乗った。
どうにかしなければ、こんなのをパーティに加えたら、無茶苦茶になる。
スーラの姉のスライは永遠に宿屋での労働から解放されることもなく、僕たちが食事にありつけることもないだろう。
「大丈夫ですか、ハルカ様?」
「ハルカ、大丈夫か?」
「一体どうなってるの、今の? 魔人が消えて女の子に」
スーラ、ドーラ、シーラさんがやってくる。今更だが、名前が似すぎててややこしいことこの上ない。
そういや、シーラさんには話してなかったな、僕の能力のことを。
「え、なにそれ?! 魔物を女の子にする能力ですって?!」
説明するとシーラさんは驚きのあまり目を丸くする。
「はい、ですが食料事情もあるので、これ以上増やすつもりはなかったんです。しかし、さっきついうっかりで魔人をこの女の子にしてしまったわけです」
なお、ジーマはシーラさんが持っていた布切れのおかげで裸ではなかった。
女の子を増やすたびに服も必要になるのだったなそういえば。
シーラさんは興奮ぎみに語り出す。
「とってもすごいわ!! 魔法の類いなんでしょうけど。この子たちから魔物の気配を全く感じないもの。正真正銘の人間になってる。炎を出したり、とても力が強かったり、食欲のすごいってのは謎だけどね。ただ、彼女たちを全員を君が養うのは無理があるわね」
ジーマに聞いたところ、このあたりにはあまり強い魔物はいないとのことだったので、僕たちは森の近くで野宿をすることになった。
シーラさんの魔法のおかげで周囲の動物を眠らせることができたので、狩りで大量の獲物をゲットできた。
寝静まったころ、尿意を催して僕は茂みのほうに向かおうとした。
だが、スーラの姿を見当たらない。
よく見ると彼女が寝ていたところの地面に字が書いてあった。
「今までありがとうございました、探さないでください」