第22話
足を踏み入れると騒々しい観衆の声が僕を迎えてくれる。
かなり大きい円形闘技場だ。
「今回初参戦! ハルカが入場! いったいどれほどの強さを見せてくれるのか!」
それっぽいアナウンスが聞こえてくる。
そして、僕が入ってきたのと向かい側の入り口から気配が近づいてくる。
なんだ、地面が揺れている。
そして、巨体の何者かが一歩ずつ近づいてくる。
そのたびに地響きがひどくなる。
入場してきたそれは僕の3倍以上の身長はある全身黒いコボルトだ。金の装飾のついた豪奢な銀の鎧と巨大な剣を身につけている。
まさにエンペラーだ。なんて思うか! 鎧はともかくこの巨体なら名前はコボルトジャイアントだろ!
「多くの初挑戦者を退けてきた最高の化け物! コボルトエンペラー! 並みのコボルト数百匹に匹敵する圧倒的な強さを前に初参戦のハルカはどこまで善戦できるのか!」
へー。そんなに強いのか、このデカぶつ。
心の中でそう棒読みした。
「やっちまえ、コボルトエンペラー!」
「エンペラー、ぶち殺せ!」
観衆からはぶっそうな声援が送られている。もちろん、僕に向けてではない。
「ハルカ様ーー!」
「ハルカーー!」
後ろから小さいがはっきりと僕を応援する声が聞こえてきた。
振り向くと観客席にスーラとドーラの姿。
なんだかんだ応援されると嬉しいので手を振ろうとしたとき。
「ハルカ様ーーー! ご飯はやく食べたいでーーーす!」
「ハルカーーー! 肉食べたーーーい!」
なんだお前ら。
やる気が失せてくる。
もうどうでもよかった。
「それでは試合開始!」
コボルトエンペラーがズシン、ズシンとけたたましい音をたてながら突進してくる。
だが、僕は動かない。
やつは脇に差した剣を抜くと大きく振りかぶる。
それでも、僕は動かない。
剣が僕の脳天めがけて振り下ろされる。
僕はギリギリのところを一歩右に退いてかわすと、巨大な剣の刀身に飛び乗った。
そして、駆け上がり、コボルトエンペラーの眼前に跳ぶ。
ロングソードを大きく横に振る。
切っ先は奴の両目を切り裂く。
怪物の悲鳴が闘技場内にとどろく。
傷をおさえながら、もう一方の手で剣を振り回す。
だが、僕にはかすりもせず、むなしく宙を薙ぐばかりだ。
そこで。
僕の意識は遠退いた。
「これは、明らかな栄養不足ですな」
闘技場の医務室で僕は目を覚ました。
ベッドに寝かされていて、見知らぬ白髭のじいさんとドーラ、スーラが僕の顔をのぞきこんでいた。
「食べなさすぎて、意識が保てなくなったのでしょう。ちゃんと食べれば問題ありません」
見知らぬじいさんはどうやら医者のようだ。
じいさんは去っていって、あとにスーラとドーラが残された。
「僕は?」
「ハルカ、負けたよ」
「お腹の空きすぎで気絶されたそうです。それでハルカ様の負けになりました」
「…………は、ははっ、はははっ、はははははっ!」
「ハルカ様! どうされましたか?!」
「ハルカ! 大丈夫?! 頭おかしくなったんじゃない?」
笑えてきた。
ほーら、言わんこっちゃない。
本当の敵はコボルトエンペラーなんて雑魚じゃなかった。
空腹だった。
僕はその後、200ゴールド使ってご飯を食べた。
そして、再戦を挑もうと闘技場に再び出向いた。
だが。
「コボルトエンペラー負傷により、最低ランクの挑戦者は当面の間エントリーできない」と掲示板に書いてあった。
「あたしのお肉はどーなんの?」
「もうわたくし、なにか食べないと1歩も動けそうにありません」
うるさい元魔物の二人。
「知るか!」
そのときだ。
「ねえ、君。さっき、コボルトエンペラーと戦ってた男の子よね?」
後ろから声をかけられたので振り向くと、そこには銀髪にエメラルドのような瞳をした美人が立っていた。白いローブをまとっている。
そして、彼女の耳は尖っていた。
「あのコボルトエンペラーに傷を負わせたことを見込んで、君にお願いがあるんだけど」
銀髪の美人は微笑んだ。