第16話
魔王となった凛が目の前にいる。
僕が凝視してると顔を赤らめる。
お前は恋する乙女か!
こっちまで照れるだろうがっ
ってそういう方向に行くのいろいろまずい。
それよりもまず一言。
「凛、魔王とかぜんっぜん似合ってない!」
それを聞いてガックリと肩を落とす凛。
「そ、そんなー! ひどいよー、ハルー! どこが似合ってないのさー?!」
ほら、そういうところだよ、そういうところ。なにせ凛太郎から凛って名前に改名しても名前の方が凛としすぎている、それが凛というやつだ。
「しかし、なんで魔王なんて因果な稼業に?」
「なにいってんの?! ハルが勇者をやりたいって先に転生するから、僕が残りものの魔王になったんだよー!」
一生懸命、ジェスチャーもそえてなんともかわいらしく説明する凛。
女の子にしか見えない。
「そう言えば、自称天使が勇者か魔王から選べとか言ってたな。それでそのあと死んだお前が魔王に。なるほど。合点がいったよ。でも」
「でも、なに?」
「ぜんっぜん似合ってない!」
「ひどいー」
ここで、僕は隣のスライの気配が消えている、というか、地面にめりこんでいることに気づいた。
見ると彼女は土下座しているのではなく、肩から上だけを地面に出し、それより下は今掘ったばかりの穴に埋まっていた。
「ま、ま、ま、魔王様!!」
魔族の最上級と最下級のご対面というわけだ。
「頭を上げてよ! ついでに穴からも出てきてよ!」
「そ、そんな畏れ多い!」
お互いに恐縮しあう2人。
やはり魔王になりきれてないぞ、凛。
しかし、今までの緊張した面持ちから急に訝しげな顔になるスライ。
「ってほんとに魔王様なんですか?」
「だから、そーだって!」
スライムからも魔王かどうか疑われる威厳と迫力のなさ。
「しかもハルカの知り合い?」
スライが訊ねてくる。
「そうだ、僕の幼なじみの凛太郎。凛って呼んでるが、こう見えても男だ」
「男の人?! ぜんっぜん見えない!」
「僕は正真正銘、男だよー!」
スライが凛のプライドをずたずたにする。
「それにその服装」
スライは声のトーンを低くして凛の服を指差す。
「この間、私たちの集落のスライムを虐殺したのはあなたですよね?」
「えっ?」
「どうしてあのような騙し討ちを?!」
真剣な眼差しで詰め寄るスライ。
同じスライムなのにスライはスーラとかなり違うなあ。
自分の仲間の敵だと分かって、かなり感情的になってるから仕方ないようだが。
「騙し討ち?」
「それに、あのコボルトたちもあなたの仕業ではないのですか?」
「えっ? 僕はなにもしてないよ」
凛はどうも身に覚えがないという感じだ。
一体、どうなっている?
「こないだ、宿屋で竜殺しに襲われたとき、助けてくれたのは凛なのか?」
「うん、それは僕」
こくこくっとうなずく凛。
「じゃあ、それ以外は別人の変装とかそういうことか?」
「わかんないけど、その可能性ならあると思う」
「どういうことなんだ?」
「えっと、僕、部下を全部は支配できていないんだ。そのうちの誰かが僕を貶めるためにやってる可能性はあると」
部下を全部支配できているほうがむしろびっくりだ。
スライはまだ疑っているようだ。
当然だろう。
だが、僕はこの凛が嘘をついているようには見えないし、偽物とも思えない。
「ところで、こちらの女の人は誰なの、ハル?」
「わたしはスライと言います、魔王様。元スライムなんですが、ハルカに人間の女の子にしてもらったんです」
露骨に嫌そうな顔して、凛に答えるスライ。
思ったことを顔や言葉に出しちゃうタイプなんだな。
「えっ、すごい! ハル、そんなことできるの?!」
かなりはしゃいでいるようにしかみえない魔王様。
「ま、まあな。立ち話もなんだし、とりあえずネスターの街に行かないか?」
このときの僕はまだ知らなかった。
ドーラがとうとう我慢できなくなって、宿屋の食料を食いまくっているということを。