第13話
「姉さん! みんな!」
必死で姉を探すスーラを嘲笑うように、森を焼きつくす炎はゴーゴーと音を立てる。
燃えた木々がいつ崩れるか分からず、森の中に入れたものではない。
「そんな……」
僕がそばに駆け寄ると、スーラの目から溢れる涙は、皮肉なことに燃える炎でキラキラと美しく輝いていた。
いくらなんでもここまでの勢いの火を相手に飛び込む勇気はない。
だけど、焼け落ちる木々の向こうに僕は何かが動いたように思った。
「スーラはここで待ってて」
言い終わるか終わらないかのうちに僕は駆け出していた。
「ハルカ様!」
後ろから聞こえた声も無視して猛スピードで炎の中に飛び込むと、進行方向の地面のあたりに何かがいるのが見えた。
間違いない。スライムだ。
燃える木々が作る炎のアーチの下を一気にかけぬけると、弱ったスライムを両手に抱える。そして、元来た道を全速力で帰る。
最大限に集中しているにも関わらず、熱さが意識の邪魔をするが、脚の感覚がなくなるくらい速く強く地面を蹴る。
気がつけば、森の外に出ていた。
目の前にスーラが寄ってきたので、彼女にスライムを手渡すと、僕は力なく倒れこんだ。
「ハルカ様! 大丈夫ですか? しっかりしてください!」
息を激しく切らしていたが、自分でも驚くほど早く回復してくる。勇者の体とはどうなっているのか。
「だ、大丈夫。それより、そのスライムがお姉さん?」
「はい! 間違いありません! 姉さんです!」
姉を抱き締めながら、スーラは笑顔でうなずいた。
よかった。
でも、まだ安心はできない。
僕は立ち上がるとスーラの腕の中のスライムを覗きこむ。
「お姉さんは大丈夫?」
「姉さん! 姉さん!」
まだ生きてはいるがかなり弱っているらしい。このまま放っておいたら危ないと直感した。
そのとき、僕の右の手のひらが虹色に光りだした。この能力は魔物を退治して女の子にするというより、弱った魔物を女の子にする能力のようだ。
「お姉さん、このままだと危ないから、人間にするけど、いい?」
スーラは首を縦にふった。
光る手のひらをスライムにかざすとスライムは輝きはじめ、大きくなってスーラには抱えきれなくなった。
そして、人の形をとると光の消失とともに全裸の女の子が現れた。スーラによく似ているようだが、じろじろと見るわけにもいかない。
僕は後ろを向いた。
「姉さん! 姉さん!」
「んー、ん? ここは? えっ? 私、どうなってるの? ええ?! 人間になってる?! しかも裸!!」
「姉さんっ! 良かったあ!」
「姉さんって?! あなた誰? 私に人間の妹なんか……って、ひょっとしてスーラ? スーラなの? あなたも人間になったの? ってきゃああああ、裸なのに男の人がいる!! 痴漢!! 変態!!」
二人のやり取りを聞きながら、僕は思った。
またパンツ1枚の半裸で帰らないといけないのかと。
これでも勇者です。今日は特に勇者らしいことをしました。
そんなこんなで僕の服はスーラのお姉さん、スライに貸し出された。スライの髪は肩にもかからない長さで色は藍色でスーラよりも濃い。
しかし、それ以外は非常によく似ていた。
スーラがおっとり娘なら、スライは元気娘という感じだ。
僕たちはネスターの街までの帰り道だった。
「姉さん、他のみんなは?」
その質問を受けてスライの表情は暗くなった。
「えーと、みんなは魔王様のご命令で。わたしだけ残ったの。あなたを待つために」
「そうなんですね。姉さん、待ってくれてありがとう」
「心配したんだからね」
スーラはスライにくっつき、頭を撫でられている。
やはり姉妹なんだな。
でも、スライの様子が不自然だ。
「あの、スライさん」
僕が遠慮がちに訊ねると。
「スライでいいよ! ハルカでいい?」
元気に答えが返ってくる。
「じゃあ、スライで。もちろん、僕のことはハルカでいいよ。ところで訊きたいことがあるんだけど、紫のフードと黒いローブを身につけた奴、見たことない?」
すると、スライは。
「その話はやめて!!」
突然泣き出した。
「どうしたの?! 姉さん? 何があったの?」
「ごめん、ほんとはそいつにみんなやられたの」
「え?!」
スーラはそれっきり言葉につまる。
「わたしだけが生き残ったの」