第10話
あの呪術師はどうしてあんなところにいるのか?
呪術師といっても、僕が勝手にそう呼んでいるだけなんだけど。
だって、身なりが紫のフードをかぶって顔は見えず、あとは真っ黒なローブで身に纏っているのだから、呪術師っぽいでしょ。
とりあえず、あの呪術師と戦うのはかなり大変そうだ。
突然現れ、竜殺しの武器を一瞬にして奪ったかと思うとそのまま消えたり、やっかいな術を使う。
コボルトを大量にやっつけて稼いでやろうと思っていたのに。
「どうするんだい?」
ひそひそ声で尋ねてくるドーラ。
「ちょっと様子を見よう。あの呪術師みたいなのと戦うとか想定してないし」
広い集会場のような空間に多数のコボルトたちがひしめいていた。
なにかこれからあの呪術師による演説でも始まりそうな空気感だ。
ガヤガヤとしていたのが静かになっていく。
「呪術師が椅子から立ち上がったぞ」
そして、呪術師が声を発する。
「こんばんは、コボルトの皆さん」
異様な声色だ。
まるでボイスチェンジャーで無理やり変えたかのような音色だ。
「先日、新しい魔王様が王座に就かれました。それによってこれまでとは違った戦略が取られることになります」
コボルトたちの中でどよめきが起こった。
魔王はやはりいるのか。
だから、僕は勇者として転生してきたのだが。魔王に転生したほうがよかったかもな。少なくとも食費にはそこまで困らなかったのではないだろうか。
コボルト代表の一回り大きいやつ、彼をコボルトリーダーと呼称しよう。彼が挙手した。
呪術師はうなずいた。
「どうぞ」
「新しい戦略とはいったいどんなものなんです?」
再びうなずき呪術師は答える。
「次の魔王様の方針は、人間たちに餌を与えないこと」
「餌? なんだ餌って」
コボルトたちが口々に様々な発言をしてやかましくなる。
「つまり、あなたがたのような力のない魔物が冒険者によって狩られることで、冒険者は成長していきます。あなたがたはいわば冒険者にとっての餌なのです」
「餌とはなんだ、餌とは!」
おいおい、ケンカ売ってるなあ。まあ、コボルトが弱いのは事実なんだけど。コボルトたちがますますうるさくなっていく。
「あなたがたは今後、成長していない冒険者の相手をすることはなくなります。いえ、むしろ強い冒険者の相手をするのです」
ん? 呪術師の言っていることがよく分からない。
「あなたがたは魔王城周辺で戦うのです。このあたりにはあなたがたの代わりに強い魔物たちが来ます。これまで魔王城の警護をしてきたものたちです」
ってことはこのあたりの魔物は格段に強くなるということか。逆に魔王城の警備が雑魚モンスターになるって……。
これってすごい情報なんじゃ。
ってかこれがゲームの世界なら、魔王はプレイヤーの気持ちをへし折る天才なのかもしれない。
「ハルカ様」
スーラが僕の袖のすそを引っ張ってくるのが、愛らしい。
「なんだ? スーラ」
「今の話ですと、わたくしたちスライムも魔王様のお城に?」
「そういうことになりそうだね、それがどうかしたの?」
彼女はかなりためらいがちであったが口を開く。
「実にはわたくしには家族がいます。といっても姉一人なんですが」
そして、上目遣いで。
「姉もハルカ様とご一緒するわけには参りませんか?」
な、なに言ってるんだ、この子……。