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第1話

 夜道を二人で自転車に乗って、僕、(はるか)と凛太郎こと凛は長い坂を下っていた。

 こいでいるのは僕だ。

 夜空は晴れ渡っていて、無数の星の煌めきが見守る中、僕たちは涼しい風を切る。


 凛は幼なじみで同い年の16歳。

 ‎見た目は、ボーイッシュな女の子にしか見えない。

 身長は僕より10センチは低く、160センチほどで小柄。

 その上、美少女並みのかわいさときた。

 はっきり言っておくけど、僕は男には興味がない。

 だが、こいつが女の子だったらなあと思わない日はなかった。

 

 後ろに座った凛を少しびびらせてやろう。

 ‎加速。こぎまくる。


「ちょっと、とばしすぎだよ!」


 僕に必死にしがみついてくる凛。

 本気で怖がっている。

 それにしても本当に男なのか疑ってしまうくらいに、耳をくすぐるようなかわいい声だ。


「大丈夫だって」


 そう言って僕はペダルにかけた足にさらに力を入れた。

 だが、ずるっとペダルから足を滑らせる。‎回転するペダル。

 慌ててブレーキをかけながら、足をつく。

 けれど、坂道を下った勢いは止まらずバランスを崩す。

 目の前に電柱が迫っていた。

 


 まずいと思うと同時に、体がふわっと浮かんで、体に衝撃が走って……。


 

 気がつくと僕は、天井を背に、もう一人の僕を見下ろしていた。‎

 もう一人の僕は処置台の上で、多数の医師や看護師と思しき人たちに囲まれていた。

 点滴をされ、人工呼吸器らしきものをつけられ、心臓マッサージが行われる。

 ‎だが、医師が胸の圧迫をやめると、心電図の波形にとたんに平らになってしまう。そして、鳴り響くピーという音。

 心臓マッサージはその後も何回か試みられたが、やがて皆あきらめる。いやあきらめないでくれ。


「僕はここにいるぞ!」


 だが声をあげても誰も反応してくれない。

 

 僕は死んだのか。

 坂道でスピード出して、ペダルを踏み外して、そして、死んだのか。

 なんというバカな死に方だろう。

 自分が死んだことによる絶望感よりもくだらない死に様による羞恥心のほうが圧倒的に勝っている。

 目の前に自分の死体がある。

 非現実的だ。

 そういえば、凛はどうなったのだろう。

 ひょっとして僕のせいで……。

 ‎

 ‎そのとき、唐突に天井を通り抜けるように人影が現れた。

 それは白髪に雲のような長い髭をたくわえた老人だった。‎

 体が光り輝いている。

 老人は僕を見て、口を開いた。


「はじめまして。いきなりなんだが、ハルカ、君は死んだ」  


 現れ方も死の宣告もなにもかもいきなりすぎるわ。


「あなたはいったい?」


「まあ、天使といったところかのう」


「天使?!」


 天使とか空想の世界の話だろ。

 そんなのいるわけないだろ。

 そして、それ以前に天使がおじいちゃんってどうなの?

 


「おじいちゃんで悪かったな!」


 あ、なんか聞こえてたみたい。  

 心を読まれるのか。さすが天使様。


「コホン、話が逸れた。君は死んだのだが、あまりに早い死だ。それで、こことは違う異世界に転生させることになった」


 異世界転生だって……?!

 ‎話が急でますますリアリティーを感じない。

 当事者という感覚が削ぎ落とされていく。


「そこでだな、君には選択権がある。異世界に転生する際にいわゆる勇者、英雄として転生したいかね? それとも魔族や魔物を統べる魔王として転生したいかね?」


 なんだその究極の選択?! 

 対極過ぎだろ?!


「いや、いきなりそんなことを言われても」

 

「急かして申し訳ないのだが、なるべく早く決めてもらいたいのだ」 ‎  


 このような重大な決定をせかす天使って……。

 ここに来て、僕はなにやらどうでもよくなっている自分に気づいた。そう。もう、どうでもいい。なにもかも。  

 

 これはきっと悪い夢かなにかで、本当の自分は今頃暖かいベットで寝ているんだ。

 それなら、どんな決断をしたところでなにか変わるわけもない。

 

 勇者か魔王か……。ゲームで勇者としてプレイすることは多くても、魔王としてプレイすることは稀だ。だから、興味ひかれるところがないわけでもない。

 

 でも、僕はろくに恋もしたこともなかったし、女の子にモテたかった。だが、魔王では周囲は化け物だらけだろう。

 ‎勇者になって人助けをしたほうが女の子にはモテそうだ。


「じゃあ、勇者で!」 


「よし、では勇者としよう。身体能力と魔法の素養も高めにしよう。そして特殊能力だが」 ‎ ‎


 異世界転生といえばチートな特殊能力だ。

 ‎僕はここだけは譲れないところがあった。せっかくの夢だ。本音を言ってしまえ!


「僕は女の子にモテたいんです! だから特殊能力はモテる能力にしてください!」


 僕の心の底からの願いを聞くと、天使は腹をかかえて笑った。


「なるほど、それくらい造作もない。ならば、勇者として魔物退治に精が出るように、退治した魔物を女の子にできる術が使えるようにしよう。使い方は魔物を倒せば分かるからな。では、時間がないので早速、異世界に行ってもらうぞ」


 僕はそれに対して一言も返す間もなかった。

 目の前に突如黒い穴が音もなく開いたと思うと、一瞬で僕の全身を飲み込んだのだ。

 


 長いトンネルのようなところを通って、落下して尻もちをついた場所は夜の草原だった。

 ‎いてててとお尻を擦りながら立ち上がる。

 

 見るといつの間にもらったのか、後ろに黒いマントがついていた。‎なんか勇者っぽいと一人ほくそ笑む。よし、魔物を退治して女の子にして、モテまくり生活の始まりだ。

 ‎

 そこで、唐突に草が踏まれるような音がした。‎そちらを振り向くと、水のように透けた青く丸い物体が這い出てきた。

 ひょっとしてスライム、なのか。‎

 心臓の音がドクンと大きく響く。

 こいつでさっきもらった能力を早速試してみるか

 

 だが、倒せるのか?

 身体能力が高くなっているはずだけど、もし高くなっていなかったら?

 そんな不安が頭によぎる。


 闇夜に満月が浮かぶ。そして、その光を受けて輝くスライム。


 ‎ぴょんぴょんと飛びはねながら襲ってくる。

 ‎だが、その動きはなんとも遅く見える。‎

 身体能力が高くなったおかげなのだろう。

 自分の体とは思えない反応速度でスライムの攻撃をギリギリでかわすと、片足で軽く踏みつけた。


「むぎゅっ」

 ‎

 変な声のようなものが聞こえた。

 足裏に残る感覚が生々しかった。 

 そして、スライムはすっかり弱ってしまう。

‎ 魔物とはいえ、なんだか可哀想なことをしたと内心後ろめたく感じた。

 小動物を踏み潰したようなものだ。

 そう考えると心臓がきゅっと握られたみたいになって、気分が悪くなってきた。

 

 だが、そのとき、僕の手のひらが虹色に光りだす。

 直感的にこれを魔物にかざせば、魔物を女の子にできるのだということが分かった。天使の言う通りだ。異世界転生のチート能力は説明書要らずでありがたい。

 

‎ 僕は虫の息のスライムに光る手をかざした。

 虹色に輝きだすスライム。

 やがて、人の形をとる。

 光が徐々に消えると、眠っている素っ裸の少女が姿を現した。




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